第14話 『ネイトとシェリアの企み』


「……ここら辺、だよね……」


 ネイト様を追いかけてたどり着いた先は、滅多に人が寄り付かない校舎裏だった。ゆっくりと足音を立てないように歩いて、ネイト様を視線で探す。すると、一人の男性が視界に入った。だから、その場に身を隠す。少しずつ観察していると、そのにいるのがネイト様だと分かったので、ゆっくりと近づく。そして……もう一人、誰かがいるということに気が付いた。


(……あれは……)


 金色の長い髪が見えたとき、私は察した。その人は、シェリア様なのだということを。ネイト様がこんな人の寄り付かない場所に連れてくる金色の長い髪を持つ人なんて、シェリア様一人だけだろう。だからこそ、私はお二人をきょみ深く観察してみることにした。……我ながら、趣味が悪いと思うのだけれど。


「やったぞ! 今日、いよいよアミーリアを捨てることが出来る!」


 そんな叫び声が、聞こえてきた。……私を捨てる、かぁ。ニコルズ役釈家の財政が危ないため、オルコック子爵家に援助を求めているのに。だからこそ、私を捨てればニコルズ伯爵家は没落の道を辿っていくということを、どうしてわからないのだろうか。それとも、それが分からないほど愚かになってしまったのだろうか。ネイト様は、恋に溺れてダメな人間になってしまったのだろうか。いいや、違う。私と一緒に居る時から……その兆候はあったのだ。それを、私が見て見ぬふりをしていただけなのだ。


「そんなことをおっしゃってはアミーリア様に失礼ですわ。……もとはと言えば、私がネイト様に惹かれてしまったのが悪いのに……」


 今度は、シェリア様のそんな言葉が聞こえてきた。……惹かれてしまった私が悪い、かぁ。確かに、それはその通りなのかもしれない。シェリア様さえ現れなければ、私はネイト様とまだマシな関係を築けていたはずで、ナイジェル様に惹かれることもなかったはずで。こんなにも辛い思いはしなくてよかったはずで。だからこそ、シェリア様が悪いのだ。シェリア様さえ、現れなければ……! そう思うものの、そんなのはただの夢でしかない。現実は、シェリア・ロードという男爵令嬢に心を奪われたネイト・ニコルズという伯爵令息が、邪魔になったアミーリア・オルコックという子爵令嬢を捨てようとしている、ということなのだ。それは、どんなに願ったところで変わることのない真実。


「いいや、悪いのはすべてアミーリアだ! シェリアは何も悪くない」


 そんなことをおっしゃって、ネイト様が強くシェリア様を抱きしめる。その様子を見ていた私は、「すべて貴女達が悪いんでしょう」とつぶやいていた。だって、シェリア様が現れなければ、ネイト様と婚約していなければ。私の人生は、ここまで狂うことはなかったのだから。


「ロード男爵には後々説明に行くつもりだ。これで、ようやく婚約が出来るな!」

「はい!」


 お二人は、そんな風に嬉しそうに微笑み合う。それを見た私だったけれど、不思議なほどに何も感じなかった。辛いとも、悲しいとも、不思議なほどに何も感じなかったのだ。ただ、分かるのはシェリア様とネイト様にとって、私は恋を燃え上がらせるためのスパイスでしかなかった、ということなのだろう。私を恋の障害にして、二人で乗り越え、愛を育んだ、という認識になっているのだろう。そして、その役目を終えた私は捨てられる。……言葉にしてみれば、なんて滑稽なのかしら、私って。……それぐらいの利用価値しかなかったのね。


 そう思うはずなのに……ショックは、全くなくて。どちらかと言えば、喜びの方が強かった。あんな男と一緒にならなくてもい、婚約はあちらから破棄してくれる。そう思うと、嬉しくなってしまった。


 この婚約が破棄になれば、両親が悲しむというのに。なのに……私は、喜んでしまっていた。


「……見ていても、つまらなさそうね」


 私は、小さくそうつぶやくと足音を立てないように、ゆっくりとその場を去って行った。心は、謎なレベルで晴れやかで。だから……私は、忘れてしまっていた。ネイト様のおっしゃっていた「断罪ショー」のことを。


 そして……気が付かなかった。


「…………」


 シェリア様が、私に気が付いていたことを。


 私を……見つめていたことを。

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