悪人の第六王子様はとある子爵家のご令嬢を手に入れたい

華宮ルキ/扇レンナ

第1部

本編 第1章 『冷たい婚約者と優しい第六王子』

第1話 『冷たい婚約者』


 どうしてなのだろうか。どうして、彼は私にここまで嘘を重ねてくるのだろうか。もしかして、彼は私が自分の嘘に気が付いていないとでも、思っているのだろうか。もしも、そうだったとしたら……私も、甘く見られたものだ。


「……どうしてですか、いい加減、本当の理由をお聞かせください」


 私の真っ赤な髪が、風に揺られて靡いていく。その髪が視界に入るのもお構いなしに、私はただ目の前の彼を見据えていた。


「……言っているだろう、用事があるのだ、と。前までのアミーリアならば、ここまで深く問い詰めたりはしなかったというのに……。今のお前は、どこまでも面倒くさい令嬢でしかない。……はぁ、もういいか。こちらは時間に追われているんだ」

「ちょっ! ま、待ってください!」


 彼は、彼の腕を掴んだ私の手を思いっきり振り払うと、私の目の前から去って行く。そんな彼の後ろ姿を眺めながら、私は小さくため息をついた。きっと、このため息さえも、彼には聞こえていないのだろう。


 ――今の彼は、どこまでも私に無関心だから。


********


 私はアミーリア・オルコック。オルコック子爵家の令嬢。それ以下でも、それ以上でもない。そんなただの子爵令嬢だ。先ほどまで私とお話をしていた彼はネイト・ニコルズ様と言い、由緒正しいニコルズ伯爵家の長男で跡取り様。そして、私の婚約者様でもある。あるの、だけれど……。


「……何なのよ! 私が気が付いていないとでも思っているの!? 本当に腹が立つわ!」


 今の私たちの関係は、どこからどう見ても、冷めきっていた。百人に私たちの関係を見せたら、きっと誰もが「冷めきっている婚約者同士の関係だ」とでも言うだろう。それにならば、賭けてもいい。


 そんなことを思いながら、私は中庭で大好物のクッキーをつまみながら、ネイト様への文句を一人ぶつぶつとつぶやいていた。傍から見れば、きっと私は完全なる不審者だろう。でも、仕方がないのだ。元はと言えば、ネイト様がすべて悪いのだから。……なんだか、自分で言っていて情けなくなるけれど、それでも真実はそうなのだ。それがすべて、なのだ。


 普段だったら、私もここまで怒らなかっただろう。でも、でも……! 先ほど私たちが繰り広げた修羅場。それが、全ての引き金となってしまった。今までの不満の積み重ね。それが、あの場で爆発してしまったのだ。


 先ほど、私はネイト様に「今日の約束は守れない」と告げられた。用事があるとか、そう言った理由で。だけど、私はそれが嘘であり、デマカセであるということを知っている。ここ三ヶ月、ネイト様はいつもそう言う理由で私との約束を断わっているからだ。


 ある時は「用事があるから守れない」。ある時は「体調が悪い」。そんな事ばかりをおっしゃって、私との約束を何度も何度も破ってくるのだ。初めこそ、私はその嘘を信じていた。けど……ここまでくると、いくら鈍いといわれる私でも気が付いてしまう。


 ――ネイト様は、私に嘘をついている、と。


 私とネイト様は、所謂政略結婚だ。子爵よりも上の爵位を持つ貴族との繋がりを持ちたいオルコック子爵家と、財政が厳しく、金銭的援助が欲しいニコルズ伯爵家の思惑が重なった。ただ、それだけで決められた婚約者と言う関係でしかないのだ。たったそれだけ。それだけで、私たちは生涯の伴侶を決められてしまった。


 でも、これは貴族の間では珍しいことではない。家の為、お金の為、名誉のため。理由は様々だけれど、政略結婚というものは今の時代でも、当たり前のように行われている。だから、私もすんなりと納得した。まぁ、冷めきった関係だけは、嫌だったけれど。だから、少なくとも私はネイト様と良好な関係を築いていこうと、努力していた。そう、思っていたのだ。これが、今まで育ててくれた両親の為なのだ、と信じて。そう、思っていたのに……!


 きっと、ネイト様もはじめはわたしと似たような気持だったのだと思う。だから、私のお茶のお誘いにも乗ってくださった。共に散歩などもしたし、時には街にお出かけをしたりもした。そんな風に、婚約者としては微妙だけれど、友人としてはそこそこいい関係を築けていた私たち。なのに……ほんの三ヶ月ほど前から、彼は変わってしまった。


「……はぁ、クッキーみたいに人生甘くないってか……」


 甘酸っぱいベリーのジャムが練りこんであるクッキーをつまみながら、私はそうつぶやいた。政略結婚はうまくいかない場合の方が多いと聞いていた。でも、私ならばきっと大丈夫。私ならば……きっと、上手くいくだろう。そんな変な過信があった。そのせいで、今回のこの結果を招いてしまったのならば……己の浅はかな考えが、情けなくなる。


「……まるで、シュガーの入っていないココアクッキーのようね……」


 ココアクッキーを手に取った時、私は不意にそうつぶやいていた。そして、それとほぼ同時に出てきたのは、重苦しいため息。


 ……前は、ネイト様も一緒に食べてくださったのに。


 そんなことを考えると、ため息が自然と出ていた。

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