初めての討伐依頼
「――これでいいかしら?」
ガカカカカ――ッ!と音を立て、ギルドマスターの執務机の上に、スライムの核が山積みになる。
紅華お嬢様が冒険者証のインベントリから、収納していたスライムの核を取り出したのだ。
「んなッ……!」
冒険者ギルド・ペリジア支部のギルドマスター・マルクは、口をあんぐりと開けて絶句した。
「……これでいいのよね?」
お嬢様が重ねて聞くと、マルクがようやく我に返る。
「こ、これが全部スライムの核だってのか……!? 嘘だろ、たった一晩で、こんな……!」
「嘘だと思うなら確かめてみればいいじゃない」
ふふん、と鼻を鳴らしてお嬢様が言った。
「うむ、そうだな……。疑うわけじゃないが、手順として検品はさせてもらう」
マルクが机の上にあったベルを鳴らすと、隣室から秘書の女性が現れた。
クールビューティという言葉がぴったりの、キャリアウーマン風の女性である。
鳳凰院家の筆頭メイド・恒川さんに少し通じるものがあるかもしれない。
恒川さんには遠く及ばないが、この秘書もそれなりの物腰をしてる。たぶん元冒険者なのだろう。
【看破】してみると、レベル39の魔術士と出た。
「何かご用でしょうか」
秘書さんがマルクに聞いた。
「ここにあるのがスライムの核かどうかを確かめてくれ。ここに山積みになったのを全部な」
「これは……まさか、このすべてがスライムの核だというのですか!?」
秘書さんが仰け反って驚く。
なかなかのリアクションに、お嬢様が小鼻を少し膨らませる。
「検品って、どうやるんですか?」
僕は興味を惹かれて聞いてみる。
「ギルドによってさまざまだが、うちには優秀な秘書がいてくれてな。聞いて驚け、なんと、【鑑定】スキルを持ってるんだ! 一目見るだけで、たちどころに本物かどうか見抜けるってわけさ」
「ヘェー、スゴイデスネー」
「……なんで棒読みなんだよ」
マルクがつっこむあいだに、秘書さんが机の上に目を向けている。
「結果はどうよ?」
お嬢様が胸を張って秘書さんに聞く。
「はい、おっしゃる通り、すべてスライムの核に相違ありません。それも、すべて
「なっ、マジかよ!? この数が、全部瑕疵なしだってのか!? てっきり力任せに乱獲してきたのかと思ったが……」
「ここにあるいずれのスライムの核も、破損した以前のオーブより数段質の高いものです」
「おいおい……ここにある分だけでいくらになるんだ!?」
「大きな街の中心街に屋敷が建つくらいの額にはなるでしょうね」
「……なんか、手が震えてきやがった」
乾いた笑いを浮かべてマルクが言う。
「あの、瑕疵形容詞というのは?」
僕が秘書さんに聞くと、
「【鑑定】で表示されるアイテム名には、品質に応じた形容詞がつくことがあります。そのうち、品質が悪いことを示すもののことを、瑕疵形容詞というのです。たとえば、《焦げた》《歪んだ》などですね」
「その形容詞は一体誰がつけてるんです?」
「さあ……神に聞いてみないことにはわかりませんね」
「それもそうですね。瑕疵形容詞にはいろいろ種類があるんですか?」
「はい、バリエーションはかなりあります。どの形容詞が上か下かなど、なかなか悩ましい問題ですね。【鑑定】を使う者の言語的素質によって、微妙に表現が食い違うこともあるそうです」
「へえ。定型文が決まってるわけじゃないんですね」
「いずれにせよ、神のみぞ知る領域ですね。一応、ギルドでも瑕疵形容詞の優劣比較などは行なっているのですが、何をもって優れている、劣っていると考えるかは【鑑定】する物によっても変わってきます。結局、なんとなくこういう意味だろうという素直な解釈が妥当である場合が多いと言われています」
「なるほど。神がその表現を用いたのなら、その表現をそのまま受け取ればそう大きな間違いはない、ということですか」
「その通りです。もちろん、解釈する側がその物を何に用いるかによって、避けたい形容詞は変わってきます。たとえば、《魔力伝導性が悪い》杖などは、魔術士には当然嫌われます」
僕と秘書さんが会話をかわしながら、互いに「こいつ、やるな」という視線を向けあっていると、
「そういう細かい話は後でしてくれない? で、買い取ってくれるのよね?」
と、お嬢様がマルクに尋ねる。
「い、いや、さすがにこの数を全部は無理だ! そもそも一個ありゃ十分だってのに、なんでこんな数を用意してきやがった!?」
「いや、あんたが驚くかと思って」
「嫌がらせかよっ!?」
マルクがお嬢様につっこみを入れる。
秘書さんが横を向いて口元を抑えるのを、僕だけは見逃さなかった。
「僕たちとしては、オーブが砕けたことで騒ぎになるのを避けたかっただけです。オーブの一つを適正な価格で買い取っていただき、オーブが砕けた一件はなかったことにしてもらう。それ以上の買い取りはオプションですね」
「そうだったな。じゃあ、約束通り一つは適正価格で買い取ろう。ケイトが魔力検査でオーブを割ったことは、俺のところで握りつぶす」
「ご配慮ありがとうございます。残りのオーブはどうされます?」
「せっかくだ、予備としてもう一つ買わせてもらおう。それ以上は、動く金が大きすぎる。いくら俺がギルマスでも、なんでもかんでも秘密にできるわけじゃねえ。数年に一度は、本部の監査だって入るしな」
「わかりました。ではそれで」
僕と秘書さんで細部を詰め、スライムの核二つの対価を受け取った。
僕たちは核の適正価格を知らないから、多少値切られているおそれはある。
だが、お嬢様にボコボコにされたマルクがそうふっかけてくることもないだろう。お嬢様を騙せばボコボコでは済まないということくらい、簡単に想像がつくはずだ。
僕とお嬢様はこっちの世界のお金を持ってなかったから、現金で払ってくれたのはありがたかった。
この世界の――少なくともこの地域の通貨は、金貨・銀貨・銅貨らしい。重くてかさばるが、冒険者なら冒険者証にしまえば問題ない。
(この世界の物流ってどうなってるんだろう?)
聖女――ティア一行は、馬車に荷物を積んでいた。
冒険者の一人でも雇えば荷物が減らせそうなものだ。
それとも、MPの問題があるのだろうか。僕がこれまでにステータスを見てきた限りでも、魔術士以外でMPが100を超える人はほぼいない。
(魔術士の場合、魔法のスキルレベルが上がるとMPにボーナスがつくしね)
僕の場合、初級魔法である【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】はスキルレベルが1上がるごとに+4、上級魔法である【火炎魔法】は+8、さらに上の【獄炎魔法】は+16ものボーナスがつく。レベルアップによるMPの基本値の上昇は固定らしく、僕の場合は1レベルあたり+5、お嬢様は+3.5(その代わりにお嬢様は僕よりHPの上昇値が高い)。
つまり、レベルアップによる増分(現在レベル79なので78×4)より、魔法スキルのレベルアップによる増分の方がはるかに大きい。
ちなみに、現在の魔法スキルによるMPボーナスの合計は、(83+33+24+19)×4+43×8+23×16=1248にもなっている。
このあたりの仕様は、屋敷に戻った時にエクセルと睨めっこをして弾き出した。
(お嬢様はこういうことにはあまり興味なさそうだからね)
マルクとお嬢様の戦いを見ても、必ずしもステータスだけで強さが決まるわけではないようだ。
「ところで、ベニカとケイトは初依頼がまだだったな」
マルクが言う。
「初依頼、ですか?」
「ああ。冒険者になって最初に受ける依頼は、ギルドが指定することになっててな。といっても、危険だったり、報酬が安かったりする依頼を押し付けるわけじゃない。むしろ逆だ」
マルクが秘書さんに目配せをする。
秘書さんが話を引き取った。
「最初の依頼だけは、ギルド側で冒険者の力量や適性、性格などを勘案して、十分な安全率を見込んだものを指定するのです。報酬も、準備金の代わりとしていくらか上乗せされた額が支払われます」
「なるほど、チュートリアルってわけね」
「指導的な意味を含むという点ではその通りです」
お嬢様の言葉に秘書さんがうなずく。
「まあ、上質なスライムの核をダースで取ってくるような奴らに今さら何を『指導』するんだって話ではあるんだがな。仕事の流れを理解する意味合いもある」
「どんな依頼なわけ?」
お嬢様が、やや弾んだ声でそう言った。
「こっから半日ほどの場所に、ゴブリンの群れが棲み着いてる。それをどうにかしてくれりゃあいい」
「群れ、ですか。何体くらいいるんです?」
「10体ほどだという報告だ」
「少ないわね」
一瞬の遅れもなく言い切ったお嬢様に、マルクと秘書さんが絶句する。
「少ないって、おまえな……。これでも、新人には荷が重い依頼なんだぞ? 偵察によれば、このゴブリンどもはクラス持ちだ」
「クラス持ち?」
「なんだ、知らねえのかよ。おまえら、実力と知識がちぐはぐだよな」
「……遠くから流れてきたもので」
「どんだけ遠くから来たんだよ。
ま、いい。すまんが、説明してやってくれ」
マルクが秘書さんに説明を丸投げする。
「ギルドの冒険者や教会の騎士と同じく、魔物にもクラスを持つものが存在します。ゴブリンやコボルト、リザードマン、オーク、オーガなど、人型をした魔物がほとんどです。クラスを持っているということは、スキルを使えるということです。また、群れの中で役割分担がなされているということでもあります」
「ただの寄せ集めではないってことですね」
「ええ。クラス持ちの群れは、そうでない群れに比べて、組織的に動きます。もちろん、人間ほどの知性はありませんが、決して侮れるものではありません」
「へえ。ちょっとはおもしろそうじゃない」
「今回の群れには、メイジ、アーチャー、シャーマンが確認されています。報告から数日が経っているので、他にもクラスを獲得した個体が出ているかもしれません。このまま放置すると、手のつけられない群れにもなりかねません」
「どのくらい強いのよ?」
お嬢様の質問には、マルクが答えた。
「Cランク冒険者なら、同数以上が必要だとされている。初依頼の場合、本来はパーティの人数
マルクはそこでちらりと僕に目配せをした。
(よくわかってるな)
お嬢様が暴走しそうだったらおまえが止めろ――マルクはそう言いたいに違いない。
僕は苦笑を浮かべて小さくうなずく。
「でも、クラス持ちといったって、マルクほど強いわけじゃないんでしょ? いくら束になったところで、あまり歯ごたえはなさそうよね? 一体一体がマルク並みには強いっていうなら別だけど」
「おい、俺をゴブリンと比べるな! その群れ程度なら、俺一人でも潰せるわ!」
マルクが不服そうに言い返す。
「だが、案外面倒な依頼ではあってな。ちょいと外れたところに群れがあるってのもそうなんだが、安全を見込んで冒険者の頭数を揃えようとすると、どうしたって時間がかかっちまう。ちょうど、高ランクのパーティが街を離れてるところでな。しかたねえから俺が殴り込むかと思ってたところに、おまえらが現れたってわけだ」
「いいんですか、そんなのを初依頼にしてしまって」
「ベニカの言う通りではあるのさ。おまえらなら楽勝だろう。肩慣らしを兼ねて、さくっとやってくれや。もちろん危険度に見合った報酬は出す。初依頼だから上乗せもある。ま、さっき数年は遊んで暮らせそうな額を渡しちまったけどよ」
僕とお嬢様は顔を見合わせる。
お嬢様はやや不満そうだが、最初の仕事だ。
これを断っては、この先ギルドで仕事を受けるのが難しくなる。
それに、肩慣らしにちょうどいいというのは、マルクの言った通りだろう。
「あ、わかったわ! それって、ギルドの調査が実はずさんで、現地に行ってみたらゴブリンキングがいるってパターンよね!?」
「んなわけがあるか! ギルドの偵察は正確だッ! 過大報告はあっても過小報告はありえねえ!」
「なんだ、つまらないわね」
「ったく、おまえはよぉ……。
だがな、こいつはチャンスでもあるんだぞ? クラス持ちを一定数倒せば、おまえらもクラスを獲得できる」
「えっ! それって、拳闘士や魔術士みたいな!?」
「はい。クラス持ちの魔物を10体倒すことが、クラスを獲得する条件です。正確には、『ギルドの冒険者か教会の騎士・修道士になった上で、対応するクラス持ちの魔物を10体倒すこと』ですが」
秘書さんがそう説明してくれる。
「クラス持ちならなんでもいいわけじゃないんですね」
「ええ。たとえば拳闘士なら、ゴブリンボクサーやコボルトボクサーといった個体を倒す必要があります」
「でも、10体必要なのよね? 今回の群れだけじゃ足りないわ」
「そんな簡単に条件が満たせてたまるかよ。普通は年単位で時間がかかる。早い奴でも数ヶ月はかかるな」
「冒険者本人の実力はもちろん必要ですが、単純に対応するクラスを持つ魔物が近場に湧くかどうか、湧いたとして、その討伐依頼を受けられるかどうか、という運や競争の面が大きいですね」
「面倒な話ねー。そこまでしてクラスを取っても、強さ的にはマルクみたいな感じなんでしょ?」
「おい、だから俺を雑魚みたいに言うんじゃねえ!」
マルクが憤然と言った。
秘書さんが苦笑してお嬢様に言う。
「ですが、クラスを獲得することで、HPやMPにボーナスがつきますよ。武器職ならHPに+10%、魔法職ならMPに+10の補正がかかります」
「ふぅん? MPが増えるとインベントリも増えるんだっけ」
「HPに不安がないのでしたら、いっそ魔法職を取ってもいいのかもしれませんね。せっかく魔法の適性があるわけですから」
「それもそうね。遠隔攻撃はそんなに好みでもないんだけど、なんかの足しにはなるかもしれないわ」
「魔術士になるには、ゴブリンマジシャンなどのクラス持ちを10体、治癒術士になるには、ゴブリンヒーラーなどを10体です。他にもレアな魔法職はありますが、対応するクラス持ちの出現が稀ですので、狙ってなれるものではありません」
「クラスは、ひとつしか持てないんですか?」
僕が秘書さんに聞く。
「はい。一度に一つです」
「もし、間違えて別のクラス持ちを先に10体倒してしまったら、取り返しがつかないのでしょうか?」
「その場合は、教会でリセットが可能です。リセットしたクラスを再取得したい場合には、対応するクラス持ちを一体倒すだけで十分です」
「ゴブリンヒーラーを10体倒して治癒術士になったけど、やっぱり魔術士を目指そうとしてリセットした。でもなかなかマジシャンが狩れないので、リセットした治癒術士に戻りたい、というようなケースですか。複数のクラスを交互に上げるような人はいないのでしょうか?」
「一つのクラスを上げるだけでも大変なのです。とてもそんな余裕はありません」
「ま、先の話にはなるだろうけどよ。お目当てのクラス持ちが狩れる機会があったら見逃すなってことだ。もっとも、それで無理しておっ
「ふぅん。ま、そういう余禄があるならいいかしらね」
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