二章 冒険者の街に迫る危機(※主にこいつの仕業です)

冒険者の街ペリジア

「なんていうか、普通の街ね」

「ですね」


 というのが、最初の街にたどり着いた僕と紅華お嬢様の感想だった。


 一言で言うと、ヨーロッパの城塞都市をかなりコンパクトにしたような感じの街である。

 生活水準はヨーロッパ中世に毛が生えた程度。

 メインストリートは馬車同士がすれ違えなさそうな幅しかない。


 だが、夕刻ということもあってか、人はまずまず多かった。

 革や鉄の鎧を着込んだたくましい男が、背負った剣をそびやかして歩いていく。

 かと思えば、まだ十代半ばくらいの女の子が、杖とローブ姿で道を行く。

 もちろん、一般市民らしき人がいちばん多いのだが、いかにも冒険者ですという風体の人たちが、かなりの数混ざってる。


 僕は、道行く人々に、片っ端から新しいスキルを試してみる。

 新しいスキルの名は【看破】。

 盗賊戦で僕の【鑑定】がスキルレベル41になった。【火魔法】が41になった時には【火炎魔法】を覚えたが、【鑑定】の場合は【看破】だったというわけだ。

 【看破】は、【鑑定】の上位互換と言っていい。【鑑定】では味方以外のHP、MP、スキルは見られなかったが、【看破】では味方以外であっても詳しいステータスを見ることができる。

 僕が【鑑定】を習得でき、お嬢様にできなかった理由は結局わからないが、僕は自分が特別だとうぬぼれるつもりはない。【鑑定】や【看破】を僕以外の人間が持っている可能性は見ておくべきだ。

 僕はさっきから通りがかる人のステータスを片っ端から見ているが、今のところ【鑑定】や【看破】を持つ者はいなかった。


「ケイ、何ぼーっとしてんのよ?」

「あ、いえ……」


 お嬢様に声をかけられ、我に返る。

 この【看破】、【鑑定】以上に集中力が必要だ。

 知らず知らずのうちに、お嬢様から意識を外してしまっていた。

 執事としては失格もいいところだ。

 僕は密かに猛省する。


「この世界の文字が読めるのね」


 お嬢様が通りの左右にひしめいている看板を見てつぶやいた。


「【インスタント通訳】の効果なんでしょうね」

「ああ、あんたが言ってた、ステータスにあったスキルね。いつのまに覚えたのかしら? 常識的に考えて、そう簡単に覚えられるようなスキルじゃないはずよね?」

「そうですね。ネット小説ならそれこそテンプレ、ご都合主義の一言なんですが……。僕が【鑑定】を覚えた時点で既にあったことを思うと、隔世へだてよの門が怪しいですね」


 看板は、明らかに見慣れない文字で書かれている。

 やや実用性に難のありそうな、アルファベットを複雑にしたような文字だ。

 見慣れていない文字が読めるのは奇妙な感覚だが、この街に入ってから、看板のたぐいはきちんとすべて読み取れている。


「ふぅん? そういえばあの門も謎だらけよね。これまでにこっちから屋敷の地下に出た人がいないっていうのも不思議だわ」

「箸蔵さんが通れなかった理由もわからないままですね」

「ま、その辺のことは、きっと今考えても何もわからないと思うわ」

「お嬢様の勘ですか?」

「勘ってほどでもないけど……じゃあ、ケイが考えたらわかるわけ?」

「……わからないでしょうね。情報がなさすぎます」

「それなら気にしないのがいちばんよ」


 一理はあるけど……それでいいんだろうか。

 今からでも、あんな得体のしれないものを使うのはやめるべきではないのか?


(いや……)


 僕は内心で首を振る。

 門については既に、お嬢様の勘が「安全」だと判断している。

 それに、こっちに来てから、お嬢様は目に見えて生き生きしていた。まだ十分な手応えのある相手こそ見つけられていないものの、未知の世界を探索する楽しみが、それを十分に補っているのだろう。

 だが、未知の世界は、徐々に既知の世界へと変わっていく。未知の要素が減っていく前に、本来の目的であるほどよい・・・・強者を見つけたいところだ。


「冒険者にはなるには、ギルドに申請するんだったわね」


 お嬢様が、さっき街の門番に聞いた話を繰り返す。

 街の出入りにお金が取られるようなことはなかった。

 ここペリジアは冒険者の活動拠点として有名らしく、もともと人の出入りが激しいらしい。

 いちいちチェックするのが面倒だから、と門番は言っていたが、


(冒険者の地位が高いのかもしれないね。通行税の徴収を拒めるくらいの発言権があるとか)


 領地を経済基盤とする封建領主が、関所や門の通行税を、そう簡単に撤廃するとは思えない。

 なんでもない場所に、関を造って金を取るーー武力を金に変えるのに、最も手軽で効率のいい方法だ。


「ギルドはどこにあるのかしら?」

「たぶんあっちですね。冒険者風の人たちは、あっちへ行くか、あっちから来るかのどっちかですから」


 道行く人をつかまえて聞いてもいいが、思わぬところでボロを出さないとも限らない。


(本当は僕だけで事前調査がしたかったんだけど……)


 僕の仕込んだ「盗賊に襲撃される聖女様を颯爽と助けるお嬢様」という演目は、最後にケチがついてしまった。

 お嬢様の満足度が十分に高められなかったため、「今日はもう帰りましょう」の一手が使えなかったのだ。


(思ったより盗賊が弱かったしね)


 戦い自体も、あっさりとカタがつきすぎた。

 適度に何度かの攻防を挟み、「なんだこの女!? つえーぞ!」などと盗賊が狼狽してから、お嬢様が圧倒的な力を見せつけて勝利する――そんなシナリオを想定していた。

 見た感じ、盗賊はそんなに強くもなさそうだったが、切り札となるスキルの一つや二つはあるのではないかと思っていたのだ。


 それが、戦ってみれば何もなし。お嬢様がただ近づいて殴って倒しただけで、見栄えする場面のひとつも作れなかった。


 というわけで、僕は森での時間稼ぎを諦め、お嬢様とともに街へと入った。

 例の襲撃が正午のこと。

 その後、足を早めて街へ向かい、夕刻前にたどり着いた。

 あまり遅くなると、ギルドが閉まってしまうかもしれないからね。


「あれみたいね!」


 お嬢様が一つの建物を指差した。

 西部劇の酒場みたいな二階建ての建物だ。

 真ん中に、胸の高さに中途半端な板戸のある玄関があり、板戸を揺らして冒険者たちが出入りしている。

 その扉の上に、「冒険者ギルド・ペリジア支部」と金文字で書かれた立派な看板があるのだから間違いない。


 僕は、出入りする冒険者たちに【看破】を――


「頼もーっ!」


 お嬢様がバーーーン!と板戸を開けてギルドに入る。


「ちょっ、お嬢様!?」


 僕はあわててその後を追う。

 ギルドの中は、左半分が受付カウンターとオフィス。右半分に冒険者たちで賑わう酒場があった。


「なんだ嬢ちゃん、元気がいいな」


 近くにいた冒険者が、さっそくお嬢様にからんでくる。

 肩から腕にかけての筋肉が発達した、190を超えそうな長身の男だ。全体に痩せ型で、しゃくれ気味の顎には無精ひげが目立つ。

 年齢は、40前後だろう。

 どちらかといえば軽装で、要所だけを革と軽金属の防具で覆っている。


(へえ……)


 僕は思わず感心した。

 物腰に隙が少ないのだ。

 前に見た盗賊どもや騎士たちと比べるのが失礼に思えるほどだ。

 試しに【看破】してみると、


(わお)


 これはなかなかの逸材だ。

 お嬢様も、男の実力を見て取ったのだろう、にやりと笑みを浮かべて男に聞く。


「冒険者になりにきたんだけど、どうすればいいのかしら?」

「おいおい、嬢ちゃんは冒険者志望なのか? 悪いこと言わねえからやめとけ」

「ちゃんと実力はあるつもりよ」

「武器も持ってねえような備えのねえ奴を冒険者にするわけにはいかねえな」


 冒険者は、お嬢様をちらりと見てそう言った。


「武器なら持ってるわ。見えないのかしら?」


 お嬢様が右手の拳を持ち上げる。

 その拳は、総合格闘技用のオープンフィンガーグローブで覆われていた。


「ほう、自由の利きそうなグローブだが、まさかそんな薄っぺらいので魔物と戦うつもりか?」

「実際、これで十分よ」

「ふざけんな。魔物との戦いは喧嘩じゃねえ。ストリートファイトなら他所よそでやってくれ」


 冒険者はお嬢様を取り合わず、しっしっと追い払うしぐさをする。

 テンプレのような塩対応だった。

 僕はハラハラしたが、お嬢様は案に相違して冷静だった。

 そして、ドスの効いた声ではっきりと言う。



「――つまり、あんたをぶっ倒せば冒険者として認めてくれるってわけね?」



 好戦的な笑みを浮かべて言ったお嬢様に、僕は手で顔を押さえていた。


(ちっとも冷静じゃなかった)


 完全に「道場破り」モードに入っている。

 これでもしこの冒険者があまりに不甲斐ない戦いをすれば、お嬢様はギルドの看板を屋敷に持ち帰ろうとするかもしれない。


 お嬢様の挑発に、冒険者の男は、すうっと目を細くする。


「言ったな、嬢ちゃん。そいつを言っておいて、やっぱり冗談でしたってのは受け付けねえぜ?」

「冗談なんかじゃないわ。そっちこそ、見かけ倒しじゃないでしょうね?」

「おいおい……俺を誰だと思ってる?」

「知らないわ。あなたが思ってるほどには有名じゃないってことでしょ」

「くくっ、言うねえ」


 冒険者の男が笑みを深くする。

 挑発され腹を立てたーーわけではない。

 威勢のいい新人に、まぶしいものを見るような目を向けている。

 そこには、腕に自信がある者特有の落ち着きがあった。

 お嬢様は、男の筋肉と、上腕につけた金属製の手甲てっこうのようなものを見て言った。


「だいたい、おかしいじゃない。あんた、ボクシングが専門なんでしょ。それなのに、わたしには拳で戦うなって言うわけ?」

「おっと、よく俺が拳闘士けんとうしだってわかったな?」

「腕ばっか鍛えててバランスが悪いもの。それに、普段から拳を握りがちなのはいただけないわね。それじゃあ咄嗟に殴る以外の選択肢がなくなるわ」

「いいんだよ、俺は殴ることに賭けてんだから。

 しかし、いいな。実にいい。こっちに来い、嬢ちゃん。お望み通り、バトルでケリをつけようじゃねえか」

「望むところよ」


 いつのまにか、僕たち――というかお嬢様と男は、ギルド中から注目を浴びていた。

 男はさっと腕を払い、あわててどいた冒険者の間を抜けて、ギルドの裏口へと向かった。

 お嬢様も、衆人環視の中、実に堂々と後に続く。

 僕は、かなり居心地の悪い思いをしながら、お嬢様の後を追いかけた。


「ここが訓練場だ。新人冒険者に訓練をつけてやる場所だ」


 男がこっちを振り返ってそう説明する。

 ただっ広い空き地に、細かい砂利が敷き詰められた空間だ。

 空き地の奥には、丸太でできた案山子かかしのようなものが立っている。案山子はあらゆる角度から叩かれたらしく、表面がボコボコに凹んでる。


「そこに、立会い用のラインがある」

「これね」


 男とお嬢様が、それぞれ別のラインの上に立って相手を向く。

 男は手甲を拳の方にがちゃりと伸ばし、内側にあるバーを固く握った。拳を、金属の装甲で覆ったということだ。


「へえ、それがあんたのグローブってわけ。見た目だけはかっこいいわね」

「見た目だけじゃねえぞ。こいつはミスリル製の手甲だ。軽くて丈夫。オールラウンドに扱える便利な代物さ」

「ミスリル! そんなものもあるのね!」

「なんなら、初心者向けのを貸してやろうか? こいつとそいつじゃいくらなんでも分がわりぃぞ?」

「結構よ。使い慣れたものがいちばんだわ」

「そうかい。そこまで言うならいいだろう。だが、強情のツケは手痛い教訓として学ぶことになるぜ」

「できるものならやってみなさい!

 ちょっとケイ、何ボサっとしてんのよ! あんたがゴングを鳴らすのよ!」

「あ、僕のこと忘れてなかったんですね」


 僕は、向かい合う二人の中央から、やや下がった地点に立つ。

 僕の後ろ、ギルドの裏口から、冒険者たちがぞろぞろと溢れてくるのが気配でわかった。僕はちらりと後ろを見る。


「おい、あんな女の子がマスターに喧嘩を売ったって?」

「マスターも大人気ねえな。あんな可愛い子の顔に傷でもついたらどうすんだよ?」

「今の内に治癒術士を呼んでおこうぜ」


 等々、冒険者たちは勝手に見物を決め込んでいる。

 酒場からジョッキを持ったままやってくる冒険者も少なくない。

 賭けを始めた冒険者までいるようだ。もっとも、オッズはマスターに有利すぎ、お嬢様の勝ちに賭けるのは大穴狙いの酔狂な冒険者くらいである。


 そう、マスター。


 お嬢様に声をかけた拳闘士の男は、この冒険者ギルドのマスターだった。



 マルク・ボイエ

 冒険者ギルド・ペリジア支部ギルドマスター

 拳闘士

 レベル 58

 HP 267/267

 MP 93/93


 スキル

 【拳闘術】44

 【剣術】23



 ギルドマスターとしてレベル58は高いのかどうかわからない。

 盗賊の最高レベルが39だったことを思えば、高いような気もするし、それほどでもないような気もする。

 というか、現状の僕よりレベルが低い。


 だが、



 鳳凰院紅華

 レベル 29

 HP 127/127

 MP 187/187


スキル

【火魔法】11

【水魔法】3

【風魔法】3

【土魔法】2


【インスタント通訳】



 お嬢様よりは、圧倒的にステータスが上だった。

 HPは倍以上。加えてスキルレベルにも大差がある。

 そもそもお嬢様は、下級魔法のスキルしか持ってない。


(【拳闘術】に【剣術】……いわゆる武器スキルって奴かな?)


 僕はあらゆる刃物に精通しているし、お嬢様はプロも裸足で逃げ出す格闘家だ。技術だけで言うなら、僕やお嬢様に【剣術】や【拳闘術】がついていないのは不思議である。


(でも、逆に言えば、武器スキルなんてなくても戦えるってことか? 実際、盗賊たちはスキルらしきものを使ってきたけど、全然大したことがなかった。まだ【看破】を覚えてなかったから、盗賊たちのスキルレベルまではわからないけど……)


 いろいろな疑問が湧き出てくるが、今はそれを考えてる場合じゃない。

 張り詰めた空気が、お嬢様とマスターの間に漂っている。

 その空気は伝染し、見物気分だった冒険者たちも、いつのまにやら固唾を呑んで黙り込む。


 そんな空気の中で、僕は片手を振り上げ……振り下ろす。


「――始め!」

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