次の目標は・・・

「はあああああ……」


 と、大きくため息を吐いたのは僕である。


(せっかく、お嬢様にご満足いただける場面を用意できたというのに)


 最後の最後でケチがついてしまった。


 お嬢様は、もう、聖女のほうに引き返すつもりはないらしい。

 僕の前をひたすらずんずん突き進んでいる。


(なんというか、もうね。ツッコミどころが多すぎた)


 ちょっとレベルが高め程度の盗賊相手にやられかけていた護衛の騎士たち。

 命を賭けて戦った騎士たちに感謝する前に、盗賊を殺したことをなじる聖女。

 聖女の理屈で言えば、助けに入った僕とお嬢様も、ただの人殺しだということになる。


(特殊な環境で育ったんだろうけどね)


 死んだ盗賊を見て涙を流す――それ自体は、一概に悪いとは思わない。死ねば皆仏という立場の人は、元の世界にもいる。


 護衛の騎士や助けに入った冒険者|(じゃないけど)への配慮より自分の気持ちを優先してしまったのはいただけないが、年齢を考えればそんなもんだろうとは思う。


(お嬢様を逆怨みしないといいんだけどね)


 いろいろややこしい問題を抱えているにせよ、善かれと思って行動する少女のようではあった。命を助けられた立場は自覚してるだろうから、逆怨みしたりはしないと思うが。


(問題は、周りだよね)


 この一件がどこかに報告され、どこかのお偉い誰かが怒り狂い、「その無礼な冒険者を叩き殺せ!」などと言い出す恐れはある。

 リーダーらしき女性騎士は、もののわかった人のようだったが、騎士全員がそうとは限らない。

 それに、あの女性騎士は、まず間違いなく、起きたことをそのまま上に報告するだろう。命を助けられたことをなかったことにはできない、恩に報いなければならない、などと考えて。

 むしろ、冒険者に助けられた事実なんてなかった、自分たちが聖女を守ったのだ、そんなふうに言い張るような、腹芸のできるタイプの方が安心できた。

 良心的であることがかえって迷惑という意味では、聖女といい勝負かもしれなかった。


(でもまあ、それはいいんだ。済んだことだし)


 聖女を擁する勢力がお嬢様に害意を向けるのなら、僕は僕で「自衛」の策を講じるまで。今回の護衛の騎士のレベルや力量を見る限り、やりようはいくらでもありそうだ。


(それより気になったのは聖女だね)


 もちろん僕は、馬車から聖女が現れた瞬間に【鑑定】を使った。

 その時表示されたステータスはこんな感じだ。



 ティア・ルクセンティア

 ルクセンティアの聖女

 聖導士

 レベル 33



 【鑑定】では、味方であればスキルまで、そうでなければ名前とレベルまでが見られるようだ。

 盗賊や騎士の名前が表示されていなかったのは、僕が盗賊や騎士の名前に関心を持たなかったからかもしれない。

 また、スライムパークのスライムだけは、なぜかレベルが見えなかった。


 聖女の場合、僕やお嬢様にはない、「ルクセンティアの聖女」という通り名のようなものが表示されている。


 もうひとつ注目すべきは、「聖導士」という項目だ。

 これは、ゲームにおけるジョブのようなものだろう。

 だとすると、「盗賊」や「騎士」もジョブだったのだろうか。


 ジョブがあるなら、ジョブ固有のスキルもあるはずだ。

 「聖導士」というレアっぽいジョブなら、何か強力な固有スキルがあるのかもしれない。


(でも、その割には、戦闘には全く姿を見せなかったな)


 レベルだけで見るなら、聖女は護衛の騎士よりも上である。

 戦闘向きのスキルがないということなのか、あるいは、お嬢様の言ったように、身分が高いから戦いの場には出ないのか。

 聖女の物腰は完全に素人のそれだったので、レベルが上がっても身のこなしがよくなるわけではないらしい。この一日で大幅にレベルが上がった僕はといえば、なんとなくだけど、体力がついて身体が軽くなったような感じはある。この状態で修練を積めば、身体能力の底上げができそうだ。ただし、それには時間がかかるだろう。


(聖女一行の目的地は、僕たちが目指してる街だろう。最終目的地はもっと遠方かもしれないけど、少なくともあの街に立ち寄ることは間違いない)


 盗賊に襲われたばかりで、街の外で野営しようとは思わないはずだ。

 つまり、僕たちがあの街を目指せば、また顔を合わせる可能性がある。


(その時までには、素姓を明らかにしておきたいね)


 素姓のわからない相手を、お嬢様に近づけるわけにはいかないからね。

 僕がそんなことを考えてると、


「ねえ、わたしは間違ったことを言ってたのかしら?」


 不意に、お嬢様が聞いてくる。


「そんなことはありませんよ。おっしゃることは正しかったと思います」

「そうよね。わたしも、間違ったことを言ったとは思ってないのよね」

「じゃあ、なんです?」

「わたし、テンション上がっちゃってさ。盗賊どもをさくっとぶちのめしちゃったわけだけど、考えてみれば、聖女の言う通りでもあるわけ。べつに殺さなくてもよかったし、わたしには殺さないこともできたのよ」

「女性騎士が言ってたじゃないですか。盗賊は生死不問だと」

「こっちの世界の倫理観なんてどうでもいいわよ。わたし自身の価値観に照らしてどうだったのかな……って話」


 お嬢様の言葉には、どこかすがるような感じがあった。


(そうか……)


 盛大に論破してたように見えたけど、それだけ、聖女の言葉がお嬢様の痛い所を突いたということでもあったのだろう。

 普段のお嬢様なら、意見が食い違ったところで、自分は自分と受け流していたはずだ。


 僕は、しばし考えてから口を開く。


「いつになく弱気ですね、紅華お嬢様。まさか今さら、盗賊を殺したくらいでビビってるんですか?」


 からかうように言ってはみたが、内心ではめちゃくちゃビビってる。ビビってるのはむしろ僕のほうだ。


「なっ……! そ、そんなんじゃないわよ! どんな事情だか知らないけど、人殺しを引き受けて女の子を殺そうとするような連中にかける慈悲なんてないわ!」

「そうですよ。考えてみれば、一人くらい生け捕りにして背後関係を聞き出すべきでしたかね。反省するならそっちだと思います」

「そうよ! それこそ、あんたが連中のかしらを押さえててくれればよかっただけじゃない!」

「どんなスキルを持ってるかわかりませんでしたからね。殺す以上に確実に、安全を確保できる手段がありませんでした」


 すこしギクリとしながらそう返す。

 僕の都合で、あのかしらには死んでもらう必要があった。

 しかもその理由は、「お嬢様を楽しませるため」なのだ。

 僕は、お嬢様からも聖女からも、倫理的に叩かれる立場にある。


 でも、そんなことは僕は毛ほども気にしない。

 僕の中の優先順位を守った結果として誰かに非難されることになったとしても、そんな非難は織り込み済みだ。


「それもそうよね。自分の身の安全も確保できてないのに、他人の命に気を配ってる余裕はないわ。まして、人を殺そうとしてる盗賊の命なんてね」

「そうですよ。お嬢様は聖女のピンチに颯爽と駆けつけて盗賊どもを蹴散らした。お嬢様つえええ、お嬢様最強、お嬢様無双しすぎぃっ! ……となる場面でしょう」

「何言ってるのよ。あんな雑魚ども、無双したうちにも入らないわ」


 そう言いつつも、お嬢様の顔は明るくなった。


(そうだ。お嬢様にはもっと無双してもらわなければ)


 そのために利用できるものはなんでも利用してやろう。盗賊や聖女が善だろうと悪だろうと関係ない。大事なのは、お嬢様が気持ちよく戦えるかどうかだ。もちろん、鳳凰院の名に恥じない程度には世間体を守る必要があるが。


「そういえば、さっきの女騎士はわたしたちのことを『冒険者』と言ってたわね」

「ですね。まさか、冒険者なんてものが実在する世界があったとは」


 「冒険者」という存在は、個人的に異世界転生小説を読んでいて引っかかるポイントのベスト3には入る。それだけの武力を持ちながら政治権力に関心がない人間集団などありえないと思うのだ。もし冒険者側が政治と距離を置こうとしたとしても、権力の側が放っておかない。軍事や警察権といった実行権力――平たく言えば、いわゆる「暴力装置」を独占できることこそが、国を支配する条件なのだから。

 ベスト3の残り二つは、機会があったら披瀝ひれきしよう。


「そんなの、今さらじゃない。でも、面白そうな話よね。街に行ったら早速冒険者になりましょう!」

「いや、もう少し慎重に行きましょうよ。ひょっとしたら冒険者は安くて危険な仕事を受けさせられるだけの被差別階級なのかもしれないですし、冒険者ギルドが腐敗しきっていてまともに報酬がもらえないなんて可能性も……」

「あんた、ライトノベルの読みすぎよ。そんなにひねりにひねった展開は、現実にはあまりないものよ。とにかく、今日中には街に入るから!」

「えー……」

「えー、じゃない!」


 早くも調子を取り戻したお嬢様とともに、僕は森の中の道を進んでいく。

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