お嬢様のお説教

 紅華お嬢様は、盗賊どもを片っ端から殴り倒した。

 僕は、盗賊のかしらを殺し、口封じを完了させる。

 持たせていた家紋入りの懐中時計も回収済みだ。


(我ながら上出来だね)


 盗賊どもに襲われる聖女さま一行。

 そこに助太刀に入り、敵を蹴散らすお嬢様。

 完璧だ。


 お嬢様は、得意げに小鼻をぴくぴくさせながら、騎士からの感謝の言葉を聞いている。


「助太刀、痛み入ります。われらだけでは犠牲が出ていたことでしょう。魔物ならば聖女さまの結界に近づくことはできません。しかし人間はその限りではない」


 そうお嬢様に語るのは、二十代半ばほどの女性の騎士だった。

 よく見ると、騎士の半数以上が女性である。年齢は、男女ともに二十代が中心だろう。まだ十代のものも混ざってそうだ。

 まあ、僕とお嬢様も17歳ではあるけれど。


「なによそれ。襲われないだろう、なんて油断をしてたって言うの?」

「……そ、それは」


 女性騎士が言葉に詰まる。


「この辺りは、盗賊が多いのでしょうか?」


 僕はそう言って女性騎士に助け舟を出した。


「まさか。この森は強力な魔物が多く棲息しています。生半可な盗賊団では、通行人を襲う前に魔物に平らげられてしまいますよ」

「強力な……魔物?」


 僕とお嬢様は、揃って首を傾げてしまった。

 女性騎士が苦笑する。


「剣すら抜かずに盗賊どもを片付けられた貴女には、さして脅威ではないのかもしれませんね」

「わたしの武器はこれだから」


 お嬢様が拳を握ってそう答える。


 そんな話をしていると、


「――どうなったのですか?」


 凛とした声とともに、馬車の扉が開かれた。

 中から現れたのは、裾の長い神官風の衣装を身に纏った女性である。

 いや、少女と言ったほうが近いだろう。

 銀色の髪とアメジストの瞳をした、どこか憂いを感じさせる美貌の少女だ。

 年齢は、僕やお嬢様よりいくつか下かもしれない。


 馬車から姿を見せた少女に、騎士たちが揃って地面に片膝をつき、顔を伏せる。

 僕とお嬢様はそのまま立っている。お嬢様が誰かに対して膝をつく理由はないし、僕もお嬢様以外に対して膝をつくような理由がない。

 騎士の何人かが、咎めるような視線を僕とお嬢様に向けた。


「構いません。それより、状況をご説明願えないでしょうか?」


 少女の言葉は丁寧だったが、口調は有無を言わせないものだった。

 狙ってのものではなく、習慣として身についたものだろう。

 要するに、高い身分に生まれついた者にありがちな口調なのだ。鳳凰院家の執事として、僕はそうした手合いを数知れないほど見てきている。


 女性騎士が、膝をついたままで顔を上げる。


「は。われらは盗賊どもの襲撃を受けました。盗賊どもは思った以上に手強く、苦戦していたところを、通りがかりの冒険者殿に助けられたという次第です」


 僕たちは冒険者だとは言ってないが、女性騎士はそう判断したらしい。


(冒険者がいるんだな)


 そして、冒険者が森の中にいることは、取り立てて不自然なことではないようだ。


「そうですか」


 聖女は、道に倒れる盗賊たちの死体に目を向けた。

 美しい目をわずかに伏せ、首を左右に振って言葉を漏らす。


「……かわいそうに」


 聖女の言葉に、僕とお嬢様は目を見合わせた。


「何も殺さずともよいではありませんか」


 聖女は、お嬢様をひたと見据えてそう言った。


「お、お言葉ですが、盗賊どもは手強く。とても生け捕る余裕はございませんでした。そもそも、盗賊である時点で、生死不問が世の常識にございます」


 女性騎士が、おそるおそる聖女に言う。


「その常識が間違っているのです。魔物に襲われず、住処があり、日々の糧があるならば、世に盗賊となる者はいないはずです」

「そ、それは……どうでしょうか……」


 女性騎士は、明らかに聖女の言葉に納得していない。


 そりゃそうだ。

 衣食住が足りてたとしても、犯罪に走る奴は必ずいる。人間が集まっていれば、必ず一定の確率でそうした連中が現れる。

 もしそうでなかったら、僕がお嬢様をおまもりする必要だってないはずだ。


「きちんとお話しすれば、盗賊たちも納得したのではありませんか? 悔い改める機会すら与えられず死んでしまっては、神の裁きの場で、地獄に行くことが決まってしまいます。そんなのって悲しすぎます……」


 聖女はぽろぽろと涙を流し、両手を祈りの形に組んで、その場へとうずくまる。


 居心地の悪い沈黙が落ちた。


 それを破ったのは、もちろんお嬢様だった。



「――あんたね。さっきから聞いてれば何様よ?」



 聖女に向かって投げつけられた言葉に、騎士たちがぎょっとする。


「あなたは……ええと、冒険者の方でしたね?」

「命を助けられたくせに、こっちのことを覚えてすらいないわけ? それに、今の涙は何よ? あなたを命がけで守ってくれた騎士たちに対して、『何も殺すことはなかった』ですって? まずは騎士たちの働きをねぎらってしかるべきでしょうが! あんたには人の上に立ってる自覚がないの!?」


 聖女に詰め寄るお嬢様に、騎士の代表があわてて言う。


「なっ……ぼ、冒険者殿! この方は、ルクセンティアの――」

「聖女だかなんだか、そんなのは知ったこっちゃないわ! ほら、立ちなさいよ! 盗賊なんかに同情してないで、あんたのために戦った仲間に感謝なさい!」

「そ、そんな……! 人が亡くなったのですよ!?」


 聖女が立ち上がり、お嬢様に食ってかかる。


「それに、わたしは人の上になど立っていません! 神の前には人は皆平等なのです!」

「へえええっ、平等ねえ? 周りの騎士が命がけで戦ってるってのに、馬車の中で震えて待ってただけのあんたが平等とか言っちゃうわけ?」

「ふ、震えてなどおりません! 神に祈りを捧げていたんです! 誰も傷つくことがありませんようにと!」

「そんなの、震えてるのと同じよ! それとも、あんたが神に祈ったことで何か奇跡でも起こったわけ? 盗賊どもがたちどころに改心して投降してきたりしたわけ? してないわよね!?」

「そ、それは……!」

「わたしが助けに入らなかったら、騎士の誰かが死んでたかもしれないわ! ま、馬車の中にいたあんただけは、安全だったかもしれないけどね! 少なくともさっきの場面では、あんたの命は騎士の命よりも重かったってことじゃない! それでもまだ、あんたは人の上に立ってないなんて寝言を言うつもりなの!?」

「うっ、ぐぅっ……」

「人の上に立つのがお嫌いみだいだけどね! あんたのやってることって、人の上に立ってふんぞり返ってる奴より、よっぽどタチが悪いのよ! 無闇にふんぞり返ってるだけの奴だって、部下が逆らわない程度に最低限の配慮はするもんよ! でも、あんたはそれすらしてないわ! そのくせ、『わたしたちは平等です』なんて言って、いい子ちゃんヅラを決め込んでる! とんだ聖女さまもいたものね!」

「ぐっ、うぇっ……」

「ちょっ、お嬢様! その辺にしときましょうよ!」


 さっきとは別の意味で涙ぐむ聖女を見て、俺はあわててお嬢様を止める。


「いいえ、やめないわ! 命賭けて戦った奴に向かって、安全な場所に隠れてただけの奴が上から目線でお説教なんて、虫唾が走るにもほどがあるわ! 盗賊を悼むのも結構だけど、その前にやるべきことがあるはずよね!?」

「うえっ、ぐすっ、も、申し訳……」


 聖女は泣きじゃくり、騎士たちはあっけにとられて膝立ちのままだ。


「申し訳ない!? あんたねえ、聖女さまぶるなら聖女さまぶるで、それだけは言っちゃダメでしょうが! あんたが信念を持って、どんな場合にも人殺しがダメだって思うんなら、胸を張ってそう言えばいいじゃない! 今日会ったばかりのわたしに凄まれて謝るくらいなら、最初からそんなこと言ってんじゃないわよ! そういうことは、たとえ誰かに殺されたとしても、自分は絶対に人を殺さない、それくらいの覚悟を持った上で言いなさいよ!」

「ま、まあまあ、お嬢様。これ以上は……。聖女様はまだお若いようですし」


 僕は、暴れ馬を落ち着かせるように、お嬢様をどうどうとあやす。

 そして、リーダーらしき女性騎士に小さく頭を下げながら、


「そ、そういうわけで。助けたお礼とかはとくに必要ありませんので。お嬢様が大変失礼を致しました」

「う、うむ……その、なんだ……」


 女性騎士が言い淀む。

 騎士は、二十代半ばくらいの実直そうな雰囲気の女性だ。

 「聖女様」の言葉には、彼女も思うところがあったのだろう。

 お嬢様の言ったことに共感を覚えつつも、この場ではっきりとは賛成できない、せめて視線で僕に伝えよう、そんな感じの顔をしてる。


「さあ、行きましょう、お嬢様」

「ちょっと! まだ全然言い足りないんだけど!?」

「十分ですって! そもそも僕たちが関わるべき話じゃありません!」


 僕は無理やり気味にお嬢様を引っ張って、聖女一行の前から森の奥へと逃げ出した。

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