明日の仕込み

 闇の奥に、人間の集団の気配がある。

 集団は、気配を殺そうとはしていない。

 というか、そのような技術がないように見える。


 しかし、その集団は殺気立っていた。


 殺気立った集団が、別の集団を遠巻きに包囲している。

 まさに、これから襲いかかろうとしているようだった。


「襲われる側は気づいてないね」


 これほど露骨な殺意なら、素人でも勘のいい者なら気付けそうだ。


「これなら、もう少し近づいてもいい」


 僕は慎重に気配を殺し、森の木立の陰を伝っていく。

 油断はしない。

 僕が闇の中を【鑑定】でサーチしたように、連中にもなんらかの探知手段があるのかもしれない。


 【鑑定】を使ってみると、



《盗賊 レベル35》《盗賊 レベル29》《盗賊 レベル39》《盗賊 レベル34》《盗賊 レベル32》……



 襲撃者側は、赤字で「盗賊」と表示された。


 一方、襲われかけている側は、



《騎士 レベル27》《騎士 レベル24》《騎士 レベル23》《騎士 レベル29》《騎士 レベル18》……



「騎士ばかりか。まあ、見た目、騎士以外に見えないけど」


 白銀の鎧兜を着てるし、野営地のそばに馬をつないでいる。

 野営地の中央には天幕があり、豪華な旗がかけられていた。


「戦場ならともかく、こんなところで旗を掲げてしかたないんじゃないかな」


 実際、盗賊避けにすらなっていない。むしろ、この旗のせいで盗賊に目をつけられたのではないか。


「盗賊のレベルが高いな……」


 スキル次第ではあるものの、まともに戦えば盗賊側が勝つだろう。

 レベルだけで言ってるんじゃない。お世辞にも洗練されてるとは言い難いが、盗賊たちは戦いに慣れてるようだ。


「もちろん、この世界の情勢なんてわからないから、盗賊=悪とも言い切れないけど」


 さて、この状況を知った上でどうするか?


「決まってる。どうもしない。僕には関係のない話だ」


 盗賊たちは、戦い慣れした気配こそあるものの、僕ならなんとでもなりそうだ。

 ただ、スキルや魔法という不確定要素がある。レベルの上がった【鑑定】でも、自分|(と紅華お嬢様)以外の相手のスキルまでは覗けない。


「騎士たちを助けたとして、素直に感謝されるかもわからないね」


 僕たちはイレギュラーな存在のはずだ。

 助けたつもりが、不審者扱いされてお縄になる。

 そう簡単に捕まるつもりはないが、指名手配でもされれば、異世界での行動範囲が狭まってしまうだろう。

 そうなると、お嬢様に適度に歯ごたえのある相手をご用意するという当初の目的を達成するのが難しくなる。

 それに、いくら異世界とはいえ、鳳凰院家の執事が指名手配されるのもいかがなものか。


 事情もさっぱりわからないし、ここはスルーするのが合理的な判断というものだろう。


「でも……待てよ?」


 これは、いかにもお嬢様の食いつきそうな状況ではないだろうか?

 お嬢様がこの場にいたら、間違いなく盗賊どもを蹴散らしてる。

 その上で、騎士たちの対応を見定めて、もし問題があるようなら、今度は騎士たちをぶちのめす。

 逆に、騎士たちが善玉なら、お嬢様は窮地を救ったヒーローになる。


 素晴らしい筋書きだ。

 まさに、輝ける太陽のごときお嬢様にぴったりの展開だ。


「それはいいね。そうしよう」


 僕は方針を決めると、森の陰を伝って、標的へと近づいた。


 標的――最もレベルの高い盗賊だ。


 茂みに隠れた盗賊の背後を取り、その首筋にナイフを突きつける。


「――動くな」


「ひぃっ……」


 盗賊が悲鳴を呑み込んだ。


「動くなと言っている」

「な、なにもんだてめえ」

「声を出さずにの話を聞け」

「……わ、わかったよ」


 盗賊は首を動かさないまま、目だけでこちらを見ようとしながらうなずいた。

 僕は盗賊の耳にささやいた。


「――襲撃を、延期してくれないか?」


「はぁ? 延期、だと?」

「ああ、延期だ」

「やめろってんじゃなく?」

「やるなとは言ってない。ただ、俺にとって都合のいい時間にやってほしい」

「な、なんでてめえの都合なんか……!」


 身じろぎする盗賊を片手で制し、手にしたナイフを暗闇の奥へと投擲する。

 ナイフは音もなく空を切り、木立の陰に潜んでいた別の盗賊の喉に突き刺さる。

 盗賊は、物も言わずにその場にゆっくりとくずおれた。


「ひ、ひぃっ……!」


 目の前の盗賊が悲鳴を上げる。

 僕は別のナイフを取り出し、改めて盗賊の喉元に突きつける。


「なんでだと? むろん、命が惜しくないというのなら構わないが……」

「まま、待った! わかった、延期する、延期させる!」

「おまえが盗賊のかしらでいいのか?」

「そうだよ、でなきゃ延期するもさせるもねえだろうが」

「なら、いい。そうだな、明日の正午に襲撃しろ。連中も、正午ならまだ街には着いていないだろう?」

「だろうな……。この森は強力な魔物が溢れてるからよ。いくら聖女さまの結界があると言っても、連中もそう速くは動けねえはずだ」


 聖女。結界。

 よくわからないが、とりあえず覚えておくことにする。


「決まりだな。襲撃は明日の正午だ。もし約束を違えるようなら――」

「わ、わかってる……。夜の森の中で、いきなり背後を取られたんだ。あんたに狙われたら俺らはおしまいだ……。俺たちは、最終的にあいつらさえ始末できりゃあそれでいい。まさか、そいつまで邪魔する気はねえんだろ? もしそうだったら、今すぐにでもやってるもんな」

「……そうだ。襲撃の時刻さえ守られればそれでいい。俺もおまえたちも不幸にはならん」


 僕は、執事服のポケットから懐中時計を取り出した。


「これの見方はわかるか?」

「なんだこれは……魔道具か? 時を見るためのもんだろうが、なんて精巧な作りだ」

「短針と長針が最上部で揃った時間が正午だ」


 森の中は昼でも薄暗いだろう。

 太陽の位置を常に確認するのは難しい。


「へへっ、ことが済んだらこいつを売っぱらってもいいのかい?」

「……好きにしろ」


 悪どい笑みを浮かべる盗賊から手を離し、僕は森の中に姿を消した。




 しばらく監視していたが、盗賊たちは約束通り襲撃をやめ、森の奥へと消えていった。

 騎士たちは、命拾いしたことにも気づかないまま、眠たげな顔で交代で見張りに立っている。


「リスクを冒しすぎたかな?」


 盗賊の頭のレベルは39。

 僕よりレベルが低いとはいえ、未知のスキルや魔法を持ってる可能性もあった。


「でも、必要な仕込みだよね」


 盗賊に襲われている騎士たちを助ける――きっと、お嬢様のお気に召す展開だ。

 うまくすれば、お嬢様はそれで十分に満足して、街へ入るのを翌日以降に延ばすかもしれない。

 そうなれば、僕が街に潜入して必要な調査を行う時間的な余裕も生まれてくる。


「盗賊どもが約束を反故にしないか監視したいところだけど……」


 僕にも、やることがある。

 四色のスライムを可能な限り狩って、魔法のスキルレベルを上げるのだ。


 盗賊が約束を破る可能性もあったが、その時はその時でしかたがない。

 僕の最優先事項はお嬢様の安全だ。

 そのためには、まずは僕の戦力を確保すること。

 その上で、余裕があれば、聖女様とやらを助けてもいい。


 僕は空が白むまでスライムを黙々と狩り続けた。



 霧ヶ峰敬斗

 レベル 69(↑8)

 HP 252/252(↑28)

 MP 972/1092(↑504)


 スキル

 【鑑定】40(↑15)

 【火魔法】61(↑12)

 【火炎魔法】21(↑12)

 【獄炎魔法】1(NEW!)

 【風魔法】33(↑32)

 【水魔法】24(NEW!)

 【土魔法】19(NEW!)


 【インスタント通訳】



 結局、最も伸びている【火魔法】ですら、カンストには至らなかった。

 MPは1000の大台を超えたが、こんなに簡単に超えるってことは、大した数字じゃないってことだ。

 いっそ、999で打ち止めだったほうが安心できた。


「これで、本当にお嬢様の安全が確保できるのだろうか……」


 不安はぬぐいきれないが、一晩でできることには限りがある。

 あとは、己が身についた術理と、お嬢様への確固たる忠誠心を信じるしかない。

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