執事の少年とお嬢様

 鳳凰院ほうおういん家の屋敷にあてがわれた私室で本を読んでると、いきなり紅華べにかお嬢様が現れた。

 僕の背後から首を伸ばし、僕の手元を覗きこんでくる。


「あんた、またライトノベル読んでるの?」

「驚かせないでくださいよ」

「ほんとにあんたが驚いたっていうんなら、わたしの腕も上がったってことね」

「お嬢様とまともにやりあったら勝てませんって」


 無防備に近づいてきた横顔にどきまぎしながら、僕は普段通りのかけあいをする。


 北欧の血が入ってる紅華お嬢様の髪は、ゆるくカールしたプラチナブロンド。

 長い睫毛の下には、明るく輝くあおい瞳。

 眉や鼻梁は、当然のように完璧なラインを描いている。

 身長は172センチとやや高め、均整の取れたプロポーションは、もはや芸術の域に達している。


 ――絶世の美少女。


 そんな、陳腐極まりない表現がこれほど似合う女性ひとを、僕は他に見たことがない。


 もちろん、お嬢様の魅力は、見た目の美しさに限るものではない。

 お嬢様がこれほどまでに魅力的なのは、あふれんばかりの生気のせいだ。

 若いカモシカのような躍動感。生きてることそのものが楽しくてしかたないという、一点の曇りもない明るさがそこにはあった。


(僕とは真逆だね)


 黒髪黒瞳で中肉中背。

 顔立ちにもこれといった個性はない。

 性格も、引っ込み思案でおとなしいほう。


 唯一、この歳で「執事」なんていう珍しい仕事をしてるのが特徴だろうか。


(でも、それで十分だ)


 お嬢様とは逆で、悪目立ちしないようにするのが僕の仕事だ。

 そのことに、息苦しさは感じない。もともと目立つのは好きじゃないし、陰から人を助けるほうが向いている。

 だからこそ、息の合った主従でいられるんだろう。


 お嬢様は、気さくで飾らない性格だ。

 「今時主従でもないでしょ」と、僕のことを幼い頃からの友人として、あるいは仕事上のパートナーとして、対等に扱ってくれている。

 いまも、退屈を持て余して、いち使用人である僕の部屋を訪ねてくるくらいだ。


「どういう話なの?」


 お嬢様が、鈴の鳴るような声で聞いてくる。


「歴史の陰で人を殺しまくった現代の暗殺拳の使い手が、神様の手違いで異世界に転生して好き勝手する話だよ。主人公のイカレ具合がいいね」

「またそんな暗いの読んで……。

 でも、その主人公とはぜひ拳を交えてみたいわね!」


 目をキラキラ輝かせてお嬢様が言った。

 同時に握りしめた拳の形は、完全に玄人のそれである。


(また始まった)


 お嬢様は、冗談でそんなことを言ってるんじゃない。

 100%本気なのだ。

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