お嬢様格闘家に捧ぐ!最強執事の異世界無双

天宮暁

一章 お嬢様格闘家と自作他演の最強執事

プロローグ 自作他演の無双劇

「そこまでよ! 悪党ども!」


 街道に、紅華べにかお嬢様の声が響く。

 同時に、ごしゃッ!と音がして、盗賊の一人が吹っ飛んだ。


「な、なんだ!?」


 盗賊のかしらがうろたえる。


「騎士さんたち! 義によって助太刀するわ!」


 お嬢様はプラチナブロンドの髪をなびかせ、襲撃されていた騎士たちにそう告げる。


「た、助かる……が、あなたは?」

「ただの通りすがりの格闘家よ!」


 答えながら、お嬢様は別の盗賊へと踏み込んだ。


「素手だと!? 舐めやがって!」


 盗賊が、手にした剣を振り下ろす。

 だが、


「はぁッ!」

「ぐはぁっ!?」


 剣を紙一重でかわしながら懐に潜り込んだお嬢様が、盗賊の鳩尾みぞおちに肘をめり込ませる。レベルだけは上のはずの盗賊が、身体を「く」の字に折ってくずおれた。


「くそっ! おまえら、武器も持ってねえ女相手に何やってやがる! 全員一斉にかかるんだよ!」


 さすが、かしらだけあって冷静だ。

 頭の指示に、盗賊が数人同時にお嬢様へと斬りかかる。


「ふんっ、素人もいいところね!」


 お嬢様は振り下ろされる剣をかわして盗賊一人の顔面を拳で打ち、別の盗賊のナイフをグローブの甲で逸らしながら、素早く引いた手で掌打を繰り出す。


「ぐはっ!」

「ガギッ!?」


 最初の盗賊は折れた歯を噴きこぼしながら昏倒し、次の盗賊は顎を撃ち抜かれた勢いで頸椎が砕けた。


「このクソアマがっ!」


 その隙に、背後から盗賊が組みつこうとした。

 だが、お嬢様は突き出していた腕を勢いよく振り下ろし、背後に向かって体重の乗った肘打ちを放つ。


「ぐげぁ……っ!」


 お嬢様に組みつこうとしていた盗賊は、鳩尾に肘を食らって悶絶した。

 その盗賊は革の鎧を着込んでいたが、お嬢様は「けい」を使って衝撃を身体に直接叩き込んだらしい。


「な、なんだってんだ!? くそっ、話が全然違うじゃねえか! 野郎ども、撤退だ!」


 かしらが、形成不利と見て、撤退の指示を出す。


 なかなかの好判断だ。

 伊達に頭をやってるわけじゃないらしい。


 だが、なまじ好判断なだけに、かえって動きが読みやすい。


 僕は・・、隠れていた木陰から、盗賊の頭の前へと姿を現わす。


「なっ……てめえは!?」


 盗賊の頭が目を剥いて逃げ足を止める。

 僕は、にこやかに笑って言ってやる。


「やあ、昨日ぶり」

「てめえ! 約束がちげーぞ!」

「そうだっけ? 僕が約束したのは、襲撃時間の延期だけでしょ。返り討ちにしないとは言ってない」

「だ、騙しやがったな!?」

「悪いけど、お嬢様の前でそれ以上しゃべられると困るんだ」


 言いながら投げたスローイングダガーが、かしらの喉に突き刺さる。


「がひゅ……」

「悪いね。僕の優先順位は、第一に、お嬢様の身の安全の確保。第二に、お嬢様を退屈させないこと。君たちは大いにその役に立ってくれた。紅華お嬢様のお役に立てたんだ。地獄に落ちながら光栄に思うといい」


 僕は、かしらの懐から、渡していた懐中時計を回収する。

 懐中時計は、正午数分すぎを示していた。

 昨夜・・、僕が盗賊の頭に話をつけた、まさにその時刻である。


「見た目と違って、時間に正確な人たちで助かったよ」


 懐中時計には、鳳凰院家の家紋が入っている。

 鳳凰院家の使用人だけが持つことを許される懐中時計だ。

 回収しておかないと、お嬢様にやらせ・・・がバレてしまう。


「ちょっと! 美味しいところを持ってかないでよ、ケイ!」


 他の盗賊どもを片付けたお嬢様が、僕に向かって言ってくる。


「すみません。差し出がましいとは思ったのですが、逃がすと厄介だと思いまして」

「わたしがこの程度の相手を逃がすわけがないじゃない!」

「万一ということがありますので。ここは異世界。彼がなんらかの魔法やスキルを使わないとも限りません。逃走用の罠を用意している可能性もあります」


 僕はつらつらと、用意しておいた言い訳を述べる。


「……まあ、それはそうね。罠となると専門外だわ。そりゃ、ちょっとは知ってるけど」

「でしょう?」

「でも、そいつからは魔力を感じなかったわ。魔法は使えないんじゃないかしら」

「かもしれませんね。でも、まだサンプルが少なすぎます」

「相変わらずあんたは慎重よね。慎重っていうか……なんか隠してない?」

「いえいえ、まさか。いらぬこととは思いつつ、とっさに手を出してしまいました」


 しらばっくれる僕の顔を、お嬢様がじっと見つめてくる。


「ま、いいわ。盗賊に襲われてるなんか偉そうな人を助ける――定番中の定番よね!」


 お嬢様が拳を握りしめ、目を輝かせてそう言った。


 この顔だ。

 この顔が見たくて、ついつい僕は面倒ごとを引き受けてしまう。

 その苦労も、この笑顔を見れば吹っ飛ぶというものだ。


「ご満足いただけたようで何よりです」

「ええ、満足したわ!」


 笑顔でうなずくお嬢様に、助けられた騎士たちの代表が近づいてくる。


「助かりました、あなたは――」

「いいのよ! 行きがかり上助けただけだわ!」


 上機嫌で受け答えするお嬢様を眺めつつ、僕はにやりと一人ほくそ笑む。


(これだから、お嬢様の執事はやめられない)


 理解してもらえるかどうかはわからないが、これが僕の幸せであり、僕という人間の存在意義だ。



 ――そう。


 これは、異世界に紛れ込んだお嬢様格闘家が無双しまくる物語――ではなく・・・・


 それを演出・・する、彼女の執事の物語である。

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