道端で美少女2人を説教したら、なりゆきで俺の家に来ることになりました。
なかの豹吏
第1話
ある日の放課後、帰宅部の高校一年生、
高校から一人暮らしという環境とはいえ、男ながらに自炊をするとは良い心がけだ。 スーパーで買うのがカップラーメンや冷凍食品ばかりでは残念だが、そういう訳ではない。
叶米は料理が好き、というか、食に対して真剣に向き合っていた。
そう、それが彼の人生の命題の一つなのだから。
(今日は……そうだな、ベトナム料理にしようか。 フォー、生春巻き、あとは……)
叶米が今晩の献立を悩み立ち止まると、一人の女子生徒が横を追い越して行く。
(そうだ、デザートにチェーを作ろう)
献立が決まり、叶米は視線を前に戻し歩き出した。
その時―――
「――ん?」
叶米の目に映ったのは、見通しの良い十字路を右方向から向かってくる自転車に乗った女性。 その女性は有ろう事か、携帯を弄りながら自転車を漕いでいたのだ。
そして、叶米の前を歩く先程の女子生徒、彼女もまた手に持った携帯を弄り、二人はお互いの存在に気付いていない様子。
その二人の速度は、不幸にも十字路で交わることになる……と、叶米の脳は瞬時に判断した。
「ちょ、あぶなーーーい!!!」
大声を出し危険を伝えようとしながらも、足はもう地面を蹴っていた。
「――え?」
叶米の声に女子生徒は立ち止まるが、状況を把握する暇はなさそうだ。
「んっ? ――きゃぁぁ!」
叶米の警報に自転車の女性も前を向くが、悲鳴を上げるだけでこちらも回避は難しい。
「くっ……そぉぉぉ!!」
叶米は何とか衝突を避けようと、女子生徒の身体を力任せに抱きかかえ、活路へと跳んだ。
「――ぐッ……!」
瞬間意識を飛ばす衝撃が叶米の脳を襲い、間髪入れずに背中から全身に壁と地面の衝撃が伝わる。
最終的に壁に持たれ、尻もちをついた状態になった叶米。 抱えた女子生徒は、叶米の上に座る形になったのでどうやら無事のようだ。
「あ……ああ……」
女子生徒は一瞬の出来事に放心状態の様子、叶米は頭を手で押さえて、苦痛に顔を歪ませている。
「……ってー」
幸い気絶する程ではなかったらしい。 座り込む二人のすぐ側には電柱が立っていて、どうやらそれに頭を打ち付けてしまったようだが。
「チャリは……大丈夫か……?」
自転車の女性の安否を気遣い、叶米が辺りを見渡すと、慌てて自転車を路地の端に止める姿があった。 こちらは無事、転倒も免れたようだ。
「おい、いつまで乗ってんだよ」
「――ご、ごめんなさい……!」
不機嫌そうな声で我に返り、慌てて腰を上げ、黒い髪をはためかせて振り返る女子生徒。
しゃがんだまま叶米に目線を合わせ、怯えと羞恥の入り混じった表情で見てくる。
その容姿は、少し髪が乱れているものの、見かければ目で追ってしまう程の、可愛らしい美少女だった。
この女子生徒の不注意が原因とはいえ、こんな美少女を助けられたのなら男冥利に尽きる、寧ろ仲良くなれるきっかけ、まさに運命の出会い―――
「あのなぁ! 場合によっちゃ大怪我だぞっ!!」
「ひっ……」
―――にはならなそうだ。
叶米は手加減なしの怒号を浴びせ、女子生徒は顔を歪ませて怯えている。 そして、容赦無く次の叱咤が畳み掛けてくる。
「携帯弄るのも場所考えろ! 自分の身体より大事かよッ!!」
「は、はいっ、すみません……」
黒髪の美少女は身を竦めて謝罪をする。
おそらく彼女程の容姿なら、普段は男子生徒に優しく接してもらっているのだろう。 それがこんな大声で、怒りを露わに睨みつけられたのだ。 その愛らしい瞳に涙を浮かべ、肩が震え出している。
叶米が立ち上がり、おどおどと少女も続いて立ち上がったその時、自転車を置いてやって来た女性が青白い顔で合流する。
「だ、大丈夫です――」
「大丈夫じゃねぇだろっ!!」
「「ひぃッ!」」
叶米は心配して声を掛けてきた女性の言葉を食い気味に怒鳴りつける。 自転車の女性は出会い頭に、女子生徒は弱った気持ちに追い討ちされ、二人は憤怒の表情をした叶米を見て怯えている。
「アンタなあ、いくらなんでも自転車で携帯はねーだろ!」
「すいま、せん……」
女性は消沈した顔で俯き、手を前で組んで謝罪をしている。
見たところ年上のようだが、歳が上とか下の問題ではない、そう叶米の顔が物語っていた。
この女性、見れば切れ長な美しい瞳、整った小顔の絶世の美女だ。 うなじを隠す程度の茶色い髪で、大人びて見えるが、まだあどけなさが残る二十代手前と言ったところか。
「はっきり言って悪質だぜ、アンタ」
「はい……」
言葉は辛辣だが、落ち着いてきたのか叶米は声量を抑えて女性に言った。
この美女も女生徒同様、いや、おそらくはそれ以上に男性にもてはやされていそうだが、女子生徒より悪質な行いをしたこの女性に、叶米は容姿云々は度外視のようだ。
「……ん?」
「「あ……」」
叶米は頭から額に何かが滴る感触を覚え、不思議そうな声を出す。 それとほぼ同時に、二人も何かを見つけたように呟いた。
それを、汗のような感覚で手で拭った叶米は、掌を見て、それを二人に突きつけた。
「血……」
「は、ハンカチ……!」
どうやら電柱に頭を打ち付けた際、頭部は出血していたようだ。 女子生徒は茫然と呟き、女性はハンカチを探し始める。
「いいよ、それよりさ、不注意っていうにも限度がある、周りにも迷惑をかけるって事を覚えた方がいい」
「はい、すいません……」
「気をつけます……」
美少女と美女、二人を並べて説教する男子高校生。 確かに危険で迷惑な行いをしてしまった二人だが、ある意味男としてはまたとない二つの大きなチャンスだったのかも知れない。
しかし、怒りに我を忘れていた叶米は、その出会いより説教を取った形になった。
間違った選択ではない、寧ろ言ってやるのが彼女達の為、とはいえ、はたして他の男性が同じ立場だったならこうなるだろうか、それは些か疑問である。
「じゃ」
叶米は短くそう言って二人に背を向けた。
「あ、あの、病院に……」
「お、同じ学校ですよね、名前だけでも……」
罪悪感の残る二人は、叶米の背に縋るように声を掛けるが、振り返る事なく彼は去って行った。
(全く、大分時間とっちまった。 特売品の卵、残ってるかな……)
しかし、昨日は散々だったな。 頭から血を流すなんて初めてだったぜ……。
世の中便利になるのはいいが、それによる不幸な落とし穴ってのも付いてくるもんなんだ。 あれ? 俺なんか頭良さそうじゃね?
でも、今になって思えば少し勿体なかったのかもな。 あの女の子うちの生徒だったし、可愛いかった……ような? それに、あのお姉さんもかなりの美人だった気がする……。
てことは……ひょっとして俺、結構な出会い逃した?
そうだよな、あんなシチュエーションそうそう無いぞ? その上相手は美女二人……これ、人生最大のチャンスだったんではっ!?
それを俺は、怒鳴りつけて説教した訳か……。
ビッグチャンスを、二つまとめて……。
何してんだ俺は、カッとなると相手構わず言ってしまうのは悪い癖だ。 もしかしたら、求めているものの一つが手に入ったかも知れないのに……!
ははは、笑うしかないな。
「はぁ……なにやってんだか」
己の愚かさに落ち込んでいると、クラスの男友達が話し掛けてきた。
「おい坂井、後ろの入り口見てみろよ」
「は? なに?」
「なぜかE組の駒形さんがこの教室を覗いてるんだよ」
「駒形さん?」
「なんだ知らないのか? 一年の隠れナンバーワンと噂のある美少女だぞ?」
美少女……ね。 俺には縁が無い、というか自分から縁を切ってしまった……!
「ふーん、なんで隠れ、なんだよ」
「あまり目立つタイプじゃないからな、ところがだ、実はこの駒形さん、全然隠れてないとこもあるんだわ」
「何言ってるんだ?」
「胸だよ胸、おとなしそうに見えてさ、そこは主張が激しいんですよ」
「ほお、それはまた……無言の主張とでも言いますかね」
ま、俺には関係ないけどな。 なぜなら人生には二度のモテ期があるという伝承があるが、俺は既に昨日、その二つを逃してしまったのだ。
あれだけの美女二人だ、一人いちモテ期ぐらいの換算は出来るだろう。 さらばモテ期、一度も会えなかったね……。
「坂井くーん、呼んでるよ」
「――モテっ?」
やれやれ、別れを告げたモテ期が恋しくて変な返事をしてしまった。 クラスの女子がモテ期を失った俺に声を掛けてくるとは、皮肉だな……。
呼ばれても もう過ぎ去った モテ期かな (by松尾叶米)
「はいはい、誰が呼んでるって?」
どうせ俺を呼ぶなんて氷河期ぐらいだろ?
「この子だよ」
「――あ」
こ、この子は………。
「昨日は、ごめんなさい」
「い、いちモテ期……」
「はい?」
「いやっ、なんでもない。 ど、ど、どうしたの?」
俺を訪ねてきたのは、昨日助けたあの女子生徒だった。 てことは、君が隠れたナンバーワン?
「え……と、廊下で、話せる?」
その女の子は、困った顔で場所を変えようと言ってきた。 そうか、ここ教室の入り口だもんな、なんか注目浴びてるし。
「話せます、いや、話しましょう」
まさかの美少女来訪に、俺は力強く返事をした。
でも、昨日あんなに怒鳴ったりしたのに、よく会いに来たよな。……クレームか? いや、ごめんなさいって言われたし、違うよな。
俺達は少し廊下を歩いて、あまり教室から目立たない所で足を止めた。
「あの、私、
ああ、お礼か、『あんな言い方ヒドイ! 』とか言われるかと、ほっ。
「こっちこそ、あんなに怒鳴ったりしてごめん」
「ううん、私が悪かったから。 それに、怖かったけど、真剣に怒ってくれて嬉しかった。 男子にあんな風に怒られたことなくて………あんなの、はじめて……」
――――――――――あんなのはじめて
――――――あんなのはじめて
――あんなの
「あの……」
「……アンナノハジメテ」
「あ、あのっ!」
「――はっ!……はい」
な、なにやってんだ俺は……。
別に褒められた訳でも告白された訳でもないってのに。 ただ些細な言葉を勝手に隠語として解釈するとは……思春期の悪魔のせいだな。 俺のせいじゃない、断じて……!
「名前、教えて?」
「え、名前? あ、松尾叶米です!」
「松尾くん、か……」
―――あ、ち、がーーう!
それペンネームですぅ!(心の俳句の)
「ご、ごめん間違えた、坂井、坂井叶米です!」
「……自分の名前、間違えたの?」
そうだよな、おかしいよな、どうする? なんて言う? 嘘ついたみたいに思われたんじゃないか!?
「き、緊張して間違えましたっ、ほら、駒形さん、可愛いから」
「えっ?……あ、えと……ありがとう」
………可愛い。
照れてる顔が危険な程に可愛い………ん?
――照れてる!?……俺に? みゃ、脈ありか!?
隠れたナンバーワン美少女が、俺に可愛いと言われて照れる? まさかな、そして……隠れてないのが………。
あ、隠れてなーい。
こ、これは確かに主張が強い。 まるで話しかけてくるかのようだ。 「ぷるんっここだよ」 「ぷるんっここにいるよっ」 ………俺、大丈夫か?
「坂井、くん?」
「はい坂井ここにいます」
そんな目で見ないで、ボク何も見てません。 嘘です見てましたごめんなさい。
「……なんだか、昨日と別人みたい」
「はい?」
「ううん、もしよかったら、坂井くんの連絡先教えてほしいな」
「う、うん、もちろん」
こんな可愛い女の子と番号交換できるなんて、俺、ついに手に入れるのか?それ を……。
「あとこれ、調理実習で作ったクッキー、もらってくれる?」
「え? ありがとう」
この展開、昔漫画で読んだ事があるが、まさか現実に自分に起きるとは―――わーい。
「あの、一つでいいから、食べてほしいな」
「うん。 じゃいただきます」
おお、これが学年一の美少女が作ったクッキーか。 これは最早ブランド品ですな。
ふむふむ、なるほど……ね。
「………どう?」
「うん、バターと小麦粉の分量のバランスが悪いね、だからパサパサし過ぎるんだ。 あとちょっと焼き過ぎ、苦味が出ちゃってるな」
「…………」
ん? どうしたのかな?
急に下向いちゃって、駒形さん? 可愛い顔が見えないよ?
「………ごめんなさい」
「へ……?」
―――はっ!! や、やってもーた……?
「い、いや、謝る事なんて――」
「今度は、上手に作るからっ……!」
「あっ、ちょっと待って……!」
ああ………行かないで、僕の青春モテ期……。
縋るように手を伸ばす俺の指先は彼女に届かず、駒形さんは走り去ってしまった……。
悪い癖パート2が……! 食べ物にはどうしても嘘がつけない、それは俺の人生で求めるものだから。
しかし、それによりもう一つの求めるものが遠ざかってしまった……。
それが揃う事はないのか……!
さようならモテ期、あ、おかえりなさい氷河期。
「はあぁぁ……」
分量を 間違えたのは 私かな? (by松尾クッキー叶米)
違うか、うん違うな。
――――――――――
――――――
―――
(あんな言い方するなんて……。 普通ちょっと失敗しても、美味しいっていうよね……。 それを、失敗の原因まで掘り下げて言うなんて……ああ……)
クッキー事変から時は経ち、世界学校は何事もなかったかのように新たな時代放課後を迎えた。
(切り替えよう、今日のご飯は……)
本日の献立を考えて現実逃避に勤しんでいると、またクラスメイトA君が俺を現実に引き戻す。
「おい坂井、お前駒形さんとなに話してたんだよ? 羨ましい奴め、噂になってるぞ?」
抉るなまだ真新しい傷跡をっ! だめだ、切り替えろ叶米……! 時代は変わっていく、待ってなんてくれないんだっ。
「振り返っている暇はない、新しい日本の夜明けぜよ!」
「なに言ってんだお前」
俺は立ち上がり、新しい時代に向けて教室の出口に向かい、その扉を開けた。
そう、黒い船がやって来て侍が刀を置き、着物だった女性達が洋服に変わっていったように……。
「坂井くん」
聞けば昔、着物の女性はノーパンだったと言う噂が……。
「坂井くん?」
しかし、男としては下着姿も楽しみたいのが性というもの。 でも、脱がせてみたらノーパンだった、これもまた一つのサプライズか、ノーパン……ノーパンか……。
「坂井くん!」
「――ノーパンっ!?」
「えっ? は……履いてますっ……!」
―――オーマイガッ!!
いつの間にか目の前には真っ赤な顔の駒形さんが……。 と、いうことは……俺はこの美少女にアーユーノーパン? してしまったのか!?
「ち、違うんだ駒形さん、維新が……黒船が……」
「……坂井くんの……えっち」
あ、ちょっとそれいい……。
じゃなくって!
「えっと、さっきはごめん。 余計なこと言っちゃって……せっかくくれたクッキーだったのに」
ちゃんとお昼に全部食べたよ! やっぱりちょっと――ってアホかっ、学習せんかいっ!
「ううん、平気……嬉しかった……」
「は?」
「な、なんでもないの。……一緒に、帰らない?」
「え?……うん」
なんだこの展開は、終わったんじゃなかったのか? 女の子と縁の無い長い冬を越えて、更に過酷な氷河期を迎えたと思ってたのに。
廊下を歩く俺と駒形さん。 なにかな? モテない男子下々の者達の羨望の眼差しを感じる。 この初めての感覚、悪くないっ。
それにしても、駒形さんっておとなしいって聞いてたけど、結構積極的じゃないか?
やっぱり、みゃ、脈ありなのか!?
俺は、優越感と期待を秘めながら、駒形さんと一緒に校舎を後にした。
校門に向かう途中、俺達を走って追い越していく男子生徒の浮かれた声が聞こえる。
「校門前にすげー美人がいるんだってよ!」
「なんか女優顔負けのお姉さんらしいぜ!」
やれやれ、持たざる者は不憫。 僅かな希望に群がる愚かな者達よ、一本の天国への糸に手を伸ばす餓鬼のように。
過去の自分を見るようだ、だが今俺の隣には……。
(にこっ)
おおっ、ちらっと横の駒形さんを見ると、彼女は俺に微笑みを……! ま、眩しい……。
失明寸前の俺は、クラクラしながら駒形さんと一緒に校門をくぐった。 その時―――
「あ、ちょっと」
「はぁい?」
天使の笑顔の余韻で蕩けていた俺は、呼び止められたその声に顔面を緩ませて振り返る、と、
「あ、いちモテ期……」
「は? なに言ってんの?」
怪訝そうな顔をして立っていたのは、昨日のチャリのお姉さんだった。 あ、やっぱりこっちもすごい美人。
でもな、この人にもかなり強く説教してしまったからな……。
「……なんのご用でしょう」
「な、なんのって……昨日のことに決まってんでしょ?」
(なにこの子、私に声かけられてこんな反応する男なんて……)
なんか、怒ってます? そんな事言われても、悪いのはお姉さんですよね。
「それで、わざわざ校門で待っていたと……」
「べ、別にっ、ただ近所だし、怪我してたから様子見に来ただけだし……」
よく分からないが、お姉さんは不貞腐れて後ろを向いてしまった。
「はぁ、怪我ならだい――ぉお!?」
これは……。 なんていうのこの短パン、ホットパンツだっけ? 長くキレイなおみ足が強調されて、その太腿の上に、ムチっとした膨らみの始まりが、ちょっと、は、はみ出してるっ……!
さすがお姉さん、これが大人のおしりか……。
「坂井くん!」
「――は、はいっ!」
お姉さんの魅惑のヒップに意識を奪われていた俺は、後ろで様子を見ていた駒形さんの強めの出席確認で我に返った。 坂井、出席してます。 もう帰るけど……。
(ん? この女子高生、昨日の……。 そう、そういう事ね)
「なに、見てたの」
「ウンナニモミテナイヨ」
「おしり、見てた」
「オシリってダレ? 駒形さんのオシリ合い?」
ロボット口調から平静を装い、俺は古くから伝わる、現代ではあまり好まれない言葉を唱えた。
「……えっち」
ですよね。 一度目の『えっち』より、格段に尖った『えっち』が突き刺さる。 言葉ってさ、同じでも使い方によって凶器に変わるよねっ! 今回エッジが効いてました。
「あなた、昨日の女子高生だよね?」
「そうですけど」
「私は
「駒形梨実です、こちらこそすいませんでした、お互い気をつけましょう」
葉山さんていうのか、見れば見る程キレイなひとだな。
「坂井くん」
「はい」
駒形さんの厳しい視線、なんかさっきから迫力ありますが、おとなしい隠れた美少女というキャッチコピーはブラフですか?
「こちらは和解したので、行きましょう」
「え、はい」
駒形さんに腕を掴まれて連行される俺。 いやぁ、こんな可愛い子に腕掴まれるなんて、俺ってついてるよなぁ。 でも、ちょっとお姉さんのおしりと別れるのも忍びない気が……。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なんですか?」
「あなたじゃなくって、そっちの、その、君。……名前も聞いてないし……」
「ああ、そうですね、俺は――」
「坂井叶米くんです、それじゃ」
えー……。 自己紹介の代打とかあります? 監督っ、自分に打たさせてくださいっ!
「け、怪我は? 頭大丈夫?」
その聞き方どうなの?
「頭は大丈夫です、では」
それもちょっと……。 てか他はだめみたいじゃん。
引き留めるように声をかけてくるお姉さんを、駒形さんは結界を張ったかのように払い除ける。
「なにかあったら大変だから、その、叶米くんの連絡先、教えてよ」
「えっ? 俺?」
「……うん」
気の強そうなお姉さん、葉山さんだっけ? その葉山さんは、近寄り難い程の整った顔を赤く染めて、携帯を取り出した。
なんですかこれ? 凛とした美人の照れた時のギャップってやつ!?
キレイと可愛いが鬼に金棒的な? ……違うな、カレーとハチミツ? いやなんかな、ミルクとフルー◯ェ? ………諦めるか。
でもな、なにあった時の連絡先交換で照れるか?
ま、まさか――脈ありか!?
……まっさかねー、こんな年上のキレイなお姉さんが? 無理無理、ないわ。
とは思いながらも、捨てきれない希望を残して番号交換をしようとすると、
「「わっ…!」」
「安心して下さい葉山さん。 坂井くんになにかあったら、私が責任を持って対処しますから」
連絡先の交換をしようとしていた俺達に、駒形さんが身をねじ込み割って入ってきた。
「ちょっと、なにすんのよっ」
「言った通りです、あと叶米くんて言うのやめて下さい、親しくもないのに、し、下の名前でなんて……!」
(なにこの子、ちょっと可愛いと思って……! でも結局、私には勝てないからムキになってるんでしょ)
「彼と連絡先交換して欲しくないんだ?」
「どういう意味ですか?」
「自信がないのかな?」
「――っ! 葉山さんこそいい歳して高校生狙ってるんですか?」
「はぁ!? こ、この私がお子様相手にするように見える? ていうかいい歳って、私18なんだけど!」
……なんだこれは?
学年一の美少女と、女優顔負けのお姉さんが俺を取り合ってる図、なのか?
いやいや、調子に乗るな叶米、お前はやっと氷河期を越えたばかり、常夏の楽園ハワイはまだリゾート化してないだろ?
「坂井くんは、私を助けて怪我をしたんです。 私を、優しく抱きしめて……。 その後、本気で叱ってくれた……」
優しく抱きしめた? ちょっと事実と違うような?
「原因は私達二人なんだから一緒でしょ? それに、歩きスマホと自転車スマホなら断然私の方が悪質だし。だから、あんなに怒って……あんな風にされたの……初めて……」
あ、それ、響くやつだ。
ていうか、自転車スマホなんて言葉あんのかな?
「わ、私の真似しないで下さいっ!」
「なに言ってんのあんた?」
「私の不注意で坂井くんは血を流したんです!」
「責任の重さは徒歩より車、自転車は車に分類されるのよ!」
―――変わった討論が展開してますね、加害者権利の取り合い。 初めて聞きました。
私のせいで怪我をした、私の方が悪質だ、そんな言い合いを続ける彼女達。 被害を防いだ第三者でありながら、被害者の私としては………とっとと帰ってご飯を作りたいッ!
――あ、やばい……。
ご飯の事考えると、この状況が煩わしく感じて……だ、ダメだ、冷静になれ叶米、また氷の世界にもどりたいのか?
で、でもぉ……―――
「いい加減にしろ!!」
「「――ひぃッ!?」」
「ここは校門前だぞ! さっきから人目にもつくし、迷惑だろッ!」
「ご、ごめんね……坂井くん……」
「だ、だってこの子が……」
「言い訳するな!」
「――っ! は……はい……ごめんなさい……」
「俺は忙しいんだ、帰るからな」
「坂井くん待って……! わ、私も……」
「そ、そんなに怒ること……でも……」
なんなんだ、二日も続けて足止めを食らって……! 俺は大事なご飯の支度が……
―――あ。
また……やった? うん、だって俺、今一人だもん。 そっか、やったかぁ……。
―――やってもうたあぁぁぁ!!
……もう、いいや。
決めた、俺は一人で生きていく。 近代科学は日々進歩していっている。 十年後、きっと理想のアンドロイドを妻に娶ろう。 それまで貯金をしよう。
計画的な結婚、なにが悪い。金で買った妻、なにか迷惑かけました?
よし、そうと決まれば名前を決めよう。 そうだな、まなみ、ゆうか、みほ……そうだ、金髪グラマーも捨てがたい、ジェーン、ケイト、ジェニファー……。
ん? なんだ俺の肩をつつく奴は、俺は今未来の嫁を――
「あの、さっきはごめん……」
―――あ、あなたは……!
「じぇ、ジェニファー!」
「――えぇっ!? ちょ、ちょっと……!」
まるで死んだと思ったヒロインとの感動の再会のように、俺は葉山さんを抱きしめていた。
「なっ!? さ、坂井くんやめてっ、なんで!?」
駒形さんの悲鳴のような声が聞こえたが、機械的な未来から人間の温かみを思い出した俺は、それを手放すことが出来なかった。
誰が俺を責められよう、おそらくは法か……。
「生がいい、やっぱり生がいいんだ……!」
「なっ、ナマ!? い、いきなり脱げなんて……お、おしおきなの? そんなの……全然恥ずかしくないんだから……っ!」
「……いい加減に、離れなさいっ!」
駒形さんは力任せに俺と葉山さんを引き離した。 意外とパワーあるんだね。
「どうして? 葉山さんが、好きなの?」
「いや、好き……なんて、まだ会ったばかりだし……」
大体、俺が好きでもあんな高嶺の花のお姉さん、相手してくれないと思うよ?
「罪はカラダで償えってこと? と、年下のくせに生意気なんだから……脅して私を好きにしようっていうの? じ、上等じゃない、受けて立つわよ……!」
……で、なにをブツブツ言ってるんだこのひと。 顔真っ赤にしてもじもじしてるけど……。 あっ、俺が抱きついたからか。
そうだ、俺はこのキレイなお姉さんを抱きしめたんだよな……。 そう考えると……。
こんな事は二度とないかも知れない! 勿体ない、余韻に浸ろう、そしておうちに持って帰ろう。
「好きじゃないなら、なんで葉山さんなの?」
いや、なんでと言われても、人肌に飢えたところにジェニ……葉山さんがいたから、とは言えませんな。
「梨実ちゃん、だっけ? あのね、こういう年頃の男の子はね、大人の女性に憧れるものなのよ。 しかも相手が私じゃ無理もないって」
「すごい自信ですね、私の方が胸はありますけど」
「そっ、そういうことだけじゃないのよ、内から溢れ出る色気ってのはね――」
「そんな足全部出しておしりはみ出してるひとがよく言いますね」
「は、はみ出してなんかないしっ!」
「はみ出してますよ」
「はみ出してないっ!」
……うら若き美少女、美女二人が、こんな卑猥な言い合いをするとは聞けてラッキ――いや、嘆かわしい。
ここは一つ、不肖この私めが決着をつけて差し上げないといけませんな。 角さん、すけべさん、もういいでしょう。
「葉山さん」
「な、なに? 叶米くん?」
「はみ出してますよ」
「「――っ!」」
「坂井くんは見ないでいいの!」
「いやだってはみ出してるんだもの」
「わ、わかったからもう言わないでっ!」
これは、収拾がつかないな。 これ以上ご飯の支度に遅れたくない、だがアンドロイドとの結婚は嫌だ。 つまり………解決方法はこれしかない。
「あのさ、こんな道端で言い合いしてても仕方ないし、俺の家こない?」
「「えっ?」」
「遠慮しないでいいよ、どうせ一人暮らしだし」
「そ、そうなんだ」
(坂井くん、一人暮らしなんだ。 でも、一人暮らしの男の人の部屋に行くなんて……。 ど、どうしよう、まだ早いよね……。 だって、また叱られたら私、抵抗なんて出来ないもん……)
「一人暮らし……」
(い、家に連れ込んでどうするつもりなの……? ま、また脱げなんて脅すんでしょ!? そんなこと言われても、絶対恥ずかしがってやらないんだから……。 その後、また私を怒鳴りつけて……そう、私を……また、怒鳴りつけて……)
「嫌ならいいけど、俺はもう行くね、寄るとこあるから」
「い、行きますっ」
「そんなに言うなら……」
「「あなたも行くの!?」」
うーん、なんだか面白い二人だな。 どっちも可愛いのに、ちょっと変わってるっていうか。
「そういえば、寄るってどこに?」
「ま、まさか縄でも買って縛るつもりじゃ……」
「えっ? うん、スーパーだよ」
さぁて、やっとご飯が作れる。
今日はゲストもいるし、頑張りますかっ!
「よし、じゃあ作るから、二人はゆっくりテレビでも観ててよ」
「ふーん、男の一人暮らしにしては、綺麗にしてるんだね」
「私もなにか手伝わせて? クッキーは失敗しちゃったけど、なんにも出来ない訳じゃないんだからっ」
「平気平気、これはさ、俺の大事な目標の一つだからさ」
「目標?」
まあまあ、駒形さんの台所姿も魅力だけどさ、ここは任せてもらうよ。
「一人暮らしの男の子の家に来て、女二人がご飯作ってもらうって……」
「ていうか、葉山さんお料理出来るんですか?」
「はい? 料理ぐらい出来るわよ、カ――」
「カレーですか?確かに誰が作っても美味しくなりますもんね、ルーさえ使えば」
「……梨実ちゃんって、友達いる?」
「ねえ坂井くん、一緒にスーパーに行ってる時、なんだか新婚夫婦みたいだったね……姑付きだったけど」
「女子大生の姑なんかいません、胸ばっかり大きくなって脳が成長しなかったのね」
「葉山さん、大学生だったんですね。 先程のお言葉ですが、なんにもないよりいいと思いますけど」
「――ふ、普通にあるからっ! それに、おしりは結構あるし……!」
「それっていいんですか?」
「……く、国によっては……多分……」
「そうですか、素敵な外国人の男性と出会えるといいですね」
「この……生意気JK……! か、叶米くんはおしり好きだもんねっ……叶米くん……?」
「さっきから反応しませんね」
「料理ってそんなに集中するもの?」
よし、そろそろ大根の下茹でが終わるな。 灰汁あく抜きが終わったじゃがいものきんぴらにでも取り掛かろう、あとは……。
◆
よし出来たっ。 なんだろうこの達成感、そして、食後に訪れる満足感がまた……。
「さあ出来ました、どうぞ召し上がれ」
「す、すごい……」
「男の料理って、どんぶり的なイメージだったけど……」
昨日はちょっとベトナム旅行したけど、今日は和食に帰って来た感じかな。
「今日は水菜の浅漬けにじゃがいものきんぴら、汁物はお麩の味噌汁、メインはブリ大根にしてみました」
「こんなの彼氏に出されたら結婚しにくい……」
「葉山さん、心配しなくても坂井くんはあなたの彼氏になりませんよ?」
「た、例えばの話よっ」
なんだろねこの二人、もうここまでくると仲が良いんじゃないか?
「冷めないうちに食べよう、いただきます」
「「いただきます」」
……うん、中々の出来。 今日も目標の一つだけは達成出来たってとこだな。
「――お、おいしい……! すごいね、こんなお料理上手なら、あのクッキーも言われて当然だよ……」
「そんなことないよ、クッキーは材料がシンプルだから、実は難しいからね」
「ま、まあそうね、男にしては上手なんじゃない?」
「負け惜しみですか? ブリ大根にルーは使えませんよ」
「その胸煮込んで溶かしてあげようか?」
「おい、食事中に喧嘩するなよ……」
「「――ッ!!」」
「「は、はい……」」
(これ……この顔になった時、身体の芯が震えるの……。 言われるままに、抵抗出来ない自分が、段々心地良くすら感じて……)
(男なんて次から次へと寄ってきて鬱陶しかったのに……こんな年下の男の子に叱られて、私……)
――あ……。
ついまた怒ってしまった……。 食事は大事な時間、と言っても、雰囲気悪いよな。
はあ、これじゃいつまでたっても彼女なんて出来ないよ……。
「で、でも、楽しく食べるのはいいよっ」
((――あ、飴と鞭……!?))
ここは何とか場の雰囲気を和ませようと、俺は必至に笑顔で二人に話し掛けた。 俺、ちゃんと笑えてるかな?
「ふ、二人共どうしたの?」
だ、ダメか? やっぱり引いちゃったかな?
「ご、ごちそうさまでした……」
「こ、駒形さん? まだ残ってるよ?」
「ぬ、脱げばいいの……?」
「は? 食事中ですよ?」
なんだか二人はふにゃふにゃだけど、場の空気はなんとか保てそうだ。
その後は気を取り直して、楽しく三人で食事を摂った。
いつもは一人で食べるけど、やっぱり誰かと食べると一層おいしいもんだな。
「「「ごちそうさまでした」」」
片付けも終わり、少し三人で食休みをしたところで。
「さ、ご飯も食べたし、二人共遅くならないうちに帰った方がいいんじゃない? 送っていくよ」
一人ずつならこんな展開夢みたいだけど、てか二人きりなら来ないよな。 そもそも、二人共俺なんかじゃ釣り合わないし、仲良くなれただけでも良しと思わなきゃ。
「梨実ちゃんはまだ高校生だから早く帰った方がいいよね、私は近所だし、大人だから大丈夫」
「お気遣いなく、私と坂井くんは同じ学校の同級生、色々訊きたいことがあるんです。 関係ない桃香さんこそお帰り下さい」
そういえば、初めて女の子が部屋に来たな、こんな可愛い女の子が二人かぁ、いい景色だ。
「訊きたいことってなあに? お姉さんが聞いてあげるから、終わったら帰りなさいね」
「さっきから私を帰らせたがってますけど、坂井くんになにするつもりですか? 坂井くんが嫌がってるのでやめて下さい」
さっきから何の話だ?
どっちもまだ帰りたくないのかな? ていうか、どっちかが帰るの? そ、それはちょっと……さすがに二人きりってのは緊張するって……!
君達自分の見た目わかってる!?
俺だって健康な男子よ? 寧ろギラギラの思春期ですよ? どっちが残っても美少女か美女なんだから、そんな強い精神力持ってないって!
「い、嫌がってるってなによ、そんなの本人に聞いてみなくちゃわからないじゃない」
―――えっ?
二人が俺を見ている。 俺にコメントを求めているのか? え、ええと……。
「べ、別に、嫌がってはないけど、葉山さんは用があるんですよね? 怪我の事なら本当に大丈夫ですよ? 駒形さんの訊きたいことって言うのは、この場では言いにくいって事かな?」
「ほ、ほら嫌じゃないってよ? そんなの嬉しくもないけどね、私が嫌な男なんていないんだからっ」
「用はないって坂井くん言ってますけど」
「じゃ、じゃあそっちの用ってなんなのよ!」
「そ、それは……」
訊きたいことね、なんだろう? クッキーの作り方のコツとか? 料理の事だろうな、それしか取り柄ないし。
「わ、私が訊きたいのは、坂井くんが人生の目標って言ってたのは、なんなのかなって……。 お料理がその一つって言ってたけど」
「ああ、それか。 うーん、それはちょっと、言いにくい、というか……」
「そう。 でも、坂井くんの人生の目標って、教えてほしい……な」
いや、別にいいんだけど……ちょっと恥ずかしいというか、なんというか……。 それ話し出すと、また我を忘れてしまいそうなんだよね、俺。
「私も、知りたいな……。 ち、ちょっとだけ、なんとなく、聞いてあげてもいいぐらいだけど……」
え、二人共聞きたいの?
うーん……冷静でいられる自信、ないなあ……。
「それぐらいなら帰って下さい」
「そんな言い方ないでしょ!?」
「私は本気なんです!」
「私だって本気だから!」
「「私達、本気なのっ!!」」
―――お、おお、ハモった………。
この二人に本気、なんて言われると、男としては勘違いもしたくなる台詞だよな……。
ごちそうさまです、美味でした!
じゃ言うけどさ、引かないでよねー。
「そこまで言うなら教えるけどさ」
「ほ、ホント!?」
「仕方ないわね、お姉さんが聞いてあげる」
「あんまりかっこいい目標じゃないんだけど、俺は真剣に思ってる」
「「うん」」
「俺の目標は……」
「「目標は!?」」
「人間の三大欲求を誰よりも味わうことだッ!」
「「……さ、三大……欲求……?」」
―――言ってしまった……。
ちょっとなあ、女の子には言いにくいんだよね。 ま、いいか。 もう言っちゃったし。
「俺はね、みんなスポーツ選手になりたいとか、女優になりたいとか色々夢見るけどさ、そもそも人間が欲しがっているのは何か、それを手に入れるのが一番だと思ったんだ。 だから、それを追求してる」
「え……と、なんか、この職業になって、こんな目標があるってことかと思った」
うんうん、そうだよね、普通。
「駒形さんの言うように、夢の職業、その先に目標がある。 でも俺の夢は、生まれながらに誰もが持ってるからね」
「ちょっと、原始的な感じもするけど……」
うん、だからちょっと言いにくかったんだよね。
「葉山さんの言うのももっとも。 でも俺は、ある意味ゴールの無い究極の難題だと思うね。 その時満足しても、もっと上があるんじゃないかって思うし、その好みは人によって全然違うんだから」
「そうだけど……」
「三大欲求って、でも……。 ねえ、梨実ちゃん」
「な、なんですか? 知りません」
あ、ヤバい、そろそろ止まりませんよ、ボク。
「三大欲求、それは、『食欲』、『性欲』、『睡眠欲』」
「う、うん」
「そ、そんなのわかってるわよ……」
「でもね、俺の考えでは、実はこの三大欲求、二つ満たされれば完成じゃないかと思うんだ」
「そう、なの?」
「わ、わかるように言ってよね」
「俺は、『食欲』、『性欲』、これに重点を置いている」
「……は、はぁ………」
「そ、そうなんだ……」
「そうっ! 何故なら……」
「「何故なら?」」
「美味しいものを食べて満足して、性欲も空っぽになるまで満足したら、快眠出来ない訳がないッ!!」
「「――!!」」
「そ、そうですか……」
「か、空っぽって……か、叶米くん……」
「だから俺は、自分が食べたい時に食べたい物を作れる様に料理の勉強をしてる。 俺にとって料理は、『食欲』を満足させる為の手段なんだ。 だからより美味しく作れる様に、これからも研究していく」
(じゃ、じゃあ性欲も……坂井くんにとって、お、女の子は、性欲を満足させる為の……手段ってこと……? そして、研究……されちゃ……う……)
(……つまり、食欲と同じように、た、食べたい時に食べたい女の子を……か、空っぽになるまで、自分が満足するまで食べる?……か、叶米くん……な、なんなのそのエンペラーっぷり……)
――はっ。……案の定熱く語ってしまったか。
ひ、引かれてるかな……やっぱ。
「えっと、まあ、性欲に関しては、そ、その、相手も必要な事だし、料理みたいに自分勝手に考えてはないけどさ……」
あれ? な、なにか話そうよ……。
き、嫌われちゃったかな? せっかく知り合えたのに……。
そうだよな、キモいよな……言わなきゃよかった……。 どうしよう、学校で広められたら。
氷河期でも仕方ないか……つーか、卒業まで俺を冷凍保存してくれ……。
「……私が帰ったら、葉山さん、残るんですか?」
「――うっ……。 そ、それは……」
とりあえず、駒形さんに土下座して内緒にしてくれと頼み込むか。 あ、葉山さんも近所に住んでるんだった……。 二人に土下座だな……。
(この高飛車な性格のお陰で高嶺の花なんて思われて、この歳まで彼氏もいなかったけど……。 か、叶米くんなら、きっと私を普通に扱ってくれる……昨日も、今日も、叱ってくれた……)
「……ちょっと……残ろう……かな……」
「あ、あなたはっ! き、昨日会ったばかりの男性にっ……! な、なんて尻軽なのっ!」
「べ、別に変な意味なんてないからっ! 大体さっきまで残るなんて言って、怖くなったからって帰るんでしょ? は、早く帰りなさいよっ」
………はて? この二人は何の話をしてるんだろか?
「か、帰りません! あなたみたいな遊び人の尻軽女子大生の毒牙にかかるとわかっていて、坂井くんを放っておけませんから!」
「だ、誰が遊び人よっ!……そんな事言って、そっちこそ残ってなんか期待してんじゃないの? この痴女子高生っ!」
「――なっ!? あなたと一緒にしないで下さい、私は汚れを知らない16歳なんですからっ」
「わ、私だって18だしっ、三つしか違わないじゃないっ」
「坂井くんが27の時、葉山さんは三十路ですよね?」
「たった3歳の差をフル活用する言い方しないでよね!」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「「な、なに……?」」
「いや、さっきからさ、なんの話してんの? ちょっと展開が理解出来ないんだけど……」
「そ、それは……だって、坂井くんが……」
「そ、そうよ……あんな事、言うから……」
俺が? あんな事?
………なんだ? 全く掴めないんだが……。
「よく、わからないんだけど」
「だから……坂井くんは、女の子を物みたいに、その、手段として……見てるでしょ?」
「――は?」
「か、叶米くんが、好きな時に、好きな女の子を……その、そうするのをダメって言ってる訳じゃないの。 ただ、何人も、って言うのはどうかと……ひ、一人でも、満足、出来るんじゃないかな……か、空っぽに……」
「――へ?」
「け、研究ってちょっと……なにするのか、怖いけど……」
なに言ってんの駒形さん?
「か、空っぽって……な、何回……か、わからないけど……」
あの、逆に頭大丈夫かな? 葉山さん?
………どうやら、ビッグな誤解が生まれているようだな。
あ、危ねぇ……! このまま帰したらマジで危ないところだった………!
「ちょっと、よく聞いてよ二人共」
「坂井くん、こ、これ以上は……」
「叶米くん、どこまで鬼なの……」
「違う、違うんだって!」
「「はい?」」
「俺は、『性欲』を追求するのに必要なのは、 “心底好きになった女性《ひと》 ” だと思ってる」
「「――えっ……?」」
「そういう相手に巡り会えて、恋人になれたなら、きっとそれは達成出来る事だって、そう考えてるんだ」
全く、可愛い顔してなんだこの二人は。
人のことを女の子を物扱いして好き放題する、最低のゲス男みたいに言って……!
「そ、そうなんだ……私、てっきり……」
「坂井くん、私はわかってたよ? ちょっと揶揄っただけなの、ごめんなさい」
「――あ、あんたってひとは……!」
「なんですか? むっつり女子大生の葉山さん」
「も、もう我慢出来ない……! この生意気痴女子高生めっ!」
「望むところですっ、おしりのはみ出したお姉さん!」
……おいおい、今日何回目だよ、この二人。
立ち上がって視線の火花を散らしてますわ……。
やれやれ。
「やめろって!!」
「「ひんっ!?」」
「せっかく知り合えたんだからさ、皆仲良くしようよ。 冴えない俺じゃ釣り合わないと思うけどさ、駒形さんとも、葉山さんとも友達になれたらって思うし……ど、どうかな?」
ど、どうだ、どうなんだ?
引っ越して来て通い始めた高校だし、男友達はいるけれど、女っ気なしの氷河期だった。
それが、突然こんな美少女と美女がまとめてお友達になってくれたら、氷は溶け出し溺れて死ぬかも。
出会いは事故みたいなもんだったけど、これも何かの縁ってやつという事で、どうでしょか?
「はいっ、まずはお友達からお願いします。 坂井くんっ」
「ま、まあ、そんなに言うなら、いいけど……」
「ま、マジっすかっ!?」
―――やった………!
ついに、日本の……坂井叶米の夜明けぜよッ!!
黒い船に乗った金髪の外人さんが、俺にスマイル&サムズアップしている!
「でも、ちゃんと戸締まりしてね、坂井くん」
「えっ? なんで?」
「この近所のお姉さん、危ないから」
「ちょっと、人を変質者扱いしないでよねっ! 叶米くん、学校でこの子と友達って言わない方がいいわよ、評判悪そうだからっ」
「私は葉山さん以外とは上手くやってますから」
うん、実はこれが二人のコミュニケーションの取り方なんだな、やっとわかってきた。
「まあまあ、二人だけでじゃれないでよ。 それよりさ」
「わ、私は本当は坂井くんと……」
「な、なに? 私とじゃれたいの? 調子に乗らないでよねっ……こ、子供のくせに……」
はいはい。 でもさ、今日感じたのはやっぱり―――
「また作るから、一緒にご飯食べよう」
「「うんっ」」
ご飯は皆で食べると、何倍も美味しいよな!
きっと、これから三人で、何度も味わえる筈だ。
楽しみだな、まさに怪我の功名ってやつかねっ!
「で、でもさ?」
「はい?」
「彼女が出来たら……す、するんでしょ? か、空っぽになるまで……」
「へ、変態女子大生っ……! 坂井くん、やっぱりやめましょう、こんな変態と友達なんて!」
「ま、まぁ、その、それは相手がいいなら……研究を怠る訳には、いきませんなぁ……ぐ、ぐふふ」
((………変態♡))
この二人じゃ相手にされないだろうけど、いつかは……ね。
それが揃う時、満たされるかな?
なんか今日はいつもより、満たされている気がするけどね。
◆
その日から、叶米、梨実、桃香の三人は、度々夕飯を共にすることになった。
日々食を極めつつ、叶米がこの先手にする果実は、梨 になるのか、はたまた桃になるのか。
しかし、昔の人は言いました、 “二兎を追う者は一兎をも得ず” と。
―――結局………どっちもナシかな?(笑)
道端で美少女2人を説教したら、なりゆきで俺の家に来ることになりました。 なかの豹吏 @jack622
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