第48話 取り戻した平和

『ピッ、ピッ』

 刻一刻と爆弾のカウントがゼロに近づく中、男性と響華は黙ってそれを見つめていた。

「おい、いい加減離れろ!」

「助けたいって気持ちは分かる。でも、あなたまで死んじゃ元も子もないわ」

 碧と芽生は必死に呼びかけるが、響華の耳には届かない。

「藤島さん、何してるんですか?」

 するとそこへ雪乃がやってきた。

「ああ北見か。藤島は爆弾犯の男を助けるために爆発を止めようとしている」

「だけど、もう一分も無い。止めるなんてそんなの無茶よ。雪乃、響華を爆弾から離れさせて」

 碧と芽生が状況を説明すると、雪乃は響華の方を見遣る。

「藤島さんを離れさせるには、あの人も離れさせないといけませんよね?」

 雪乃の言葉に、碧が首を傾げる。

「それはどういう意味だ?」

「あの人は諦めてしまったからその場から動こうとしない。だから藤島さんは爆発を止める方法を考えてる。だとしたら、あの人を爆弾から離れさせることが出来れば、藤島さんは爆発を止める必要が無くなります。そうすれば必然と自分の身の安全を確保するはずです」

 それを聞いた芽生は、納得した様子で言う。

「確かに、響華にとってはあの人を助けることが優先条件。爆発を止めるのは目的じゃなく手段。でも、もう時間が……」

『ピッ、ピッ』

 爆弾のカウントはすでに二十秒を切っていた。今ここから駆け出しても間に合う気がしない。

「もっと早く気が付いていれば……」

 碧が悔しそうに呟く。

 その時、誰かが男性に思い切り飛びかかった。

「響華さんも離れて!」

 その声に、響華は急いで爆弾から距離をとる。

 男性は勢いよく突き飛ばされ、地面に体を打ち付ける。

「痛って〜な、何すんだよ!」

 男性が飛びかかってきた人の顔を見ようとしたが。

「伏せて!」

 その人に覆いかぶさられ身動きが取れなかった。

 それと同時に。

『ドカーン!』

 爆弾は大きな音を立て爆発した。

「大丈夫、響華さん?」

 響華は立ち上がり答える。

「はい、ありがとうございます。守屋刑事」

 男性に飛びかかったのは守屋刑事だった。

「はぁ? こいつ刑事なのか?」

 男性が不機嫌そうに守屋刑事を睨む。

「ええ、そうよ。私は警視庁魔法犯罪対策室の刑事、守屋都」

 守屋刑事が警察手帳を取り出すと、男性は食い入るようにそれを見つめる。

「本当に刑事かよ。ったく、日本の警察はこんな乱暴なのか?」

 男性は少し呆れ気味に言う。

「オリンピック中の連続襲撃事件です。こちらとしても容疑者死亡では困るので」

 守屋刑事はポケットから手錠を取り出すと、それを男性にかけた。

「もうすぐ捜査二課が来ます。あなたはそちらの指示に従ってください」

 守屋刑事は男性にそう告げると。

「ちょっと長官に用があるの。二課が来るまでその人たち見張っててもらえる?」

 響華たちにお願いして本庁舎へ入っていった。

「守屋刑事、普段は優しい人なんですよ?」

 響華が男性に微笑みかける。

「ふっ、どうだかな」

 男性は笑って呟くと、碧に取り押さえられているもう一人の男性の方を見た。

「お前、随分と早くやられてたよな?」

「そっちが適当な仕事してっから不意打ちされたんじゃねーか」

 もう一人の男性が頭にきたのか碧の前で暴れる。

「おい、捜査二課が来るまで大人しくしていろ!」

 碧が注意すると、二人は不服そうに黙って俯いた。


 魔法災害隊東京本庁舎、屋上。

「わらわノ予測はまた外れたか……」

 黙って響華たちの様子を眺めていたアマテラスは、そう呟くと転移魔法で姿を消した。




 長官の元へと向かう守屋刑事は、エレベーターを降りて廊下に出る。

 するとその時、ちょうど木下副長官とすれ違った。

「木下副長官、お疲れ様です。あの、進藤長官はどちらにいらっしゃいますか?」

 守屋刑事が声をかける。

 木下副長官は守屋刑事の顔を見て答える。

「長官なら司令室に」

「ありがとうございます」

 守屋刑事が頭を下げ、司令室に入る。

 それを見た木下副長官は。

「守屋さん、あなたはどこまで辿り着けるでしょうか?」

 と呟き、不敵な笑みを浮かべた。

 司令室に入った守屋刑事は中を見回し、長官を探す。

「奥にいるわね……」

 守屋刑事が近づくと、パソコンを見ていた長官が顔を上げる。

「あっ、守屋刑事。ごめんね、さっきの電話……」

 長官が言いかけたところで、守屋刑事がそれを遮る。

「あの電話、どういう意味ですか?」

 守屋刑事が鋭い目を長官に向ける。

「ま、待って、話を聞いて!」

 長官は手を水平に動かし、慌てて否定するが。

「今はこちらが聞いているんです。長官、あなたは一体何者なんですか?」

 守屋刑事は全く聞く耳を持たない。

 長官はどうにか話を聞いてもらおうと、必死に説得する。

「あの電話、私がしたんじゃないの! 多分、木下副長官がかけたんだと思うんだけど」

「何でそこで木下副長官が出てくるんです?」

 守屋刑事は訝しむ視線を長官に向ける。

「私ね、あの時間スマホなんて見てないんだよ。それにね、十時半頃に木下副長官が『スマホ落としてましたよ』って私に渡してきたの。でも私スマホなんて落としてないし、だからきっと木下副長官が電話したんだと思うの。守屋刑事なら、信じてくれるよね?」

「…………」

 長官の話を黙って聞いていた守屋刑事は、しばらくして口を開いた。

「どうやら長官の話は本当みたいですね。疑ってすみませんでした」

 守屋刑事が頭を下げると、長官は気にしないでと微笑む。

「それで守屋刑事、その電話の内容は何だったの?」

 長官の質問に、守屋刑事が真剣な表情になる。

「内容はかなり踏み込んだものだったので差し控えさせていただきますが、声は長官そのもので、まさか木下副長官だとは考えもしませんでした……」

「そっか、暗示魔法だね」

「暗示魔法……?」

 守屋刑事が首を傾げる。

「うん、木下副長官の得意な魔法の一つでね。相手に間違った情報を思い込ませることが出来るの。本来は魔獣を混乱させるのに使うんだけど、まさかこんな風に悪用するなんて……」

 長官は少し悲しそうな様子で言う。

「では、木下副長官は一体何者なんですか?」

 守屋刑事が聞くと、長官はこう答えた。

「日本を支配してる魔獣、アマテラス。その味方だと思う」




 二〇二〇年八月八日、夕方。

 響華たちは国元の運転する車に乗っていた。

「……という訳で、僕は公安の人間で、響華さんは僕に協力してくれていたんです」

「ごめんね、ずっと黙ってて」

 国元と響華から公安の話を聞いた四人は、あまりの衝撃に驚きを隠せない。

「まさか、国元さんが公安の刑事だったとはな……」

「ええ、それに響華がそんな隠し事をしてるなんて思わなかったわ」

「はい、藤島さんってもっと単純な人だと思ってました」

「お? ユッキーも言うようになったね〜? でも、私も響華っちがそんなことを隠し通せるなんて信じられないな〜」

 碧、芽生、雪乃、遥が口々に言う。

 それを聞いた響華は。

「え〜? 私だって隠し事ぐらい出来るよ〜」

 と頬を膨らませた。

「それでですね、今回皆さんに打ち明けた理由ですが」

 国元がちらりと響華たちの方を見る。

「皆さんにも、響華さんと同じように、僕の協力者になってほしいんです」

「私たちが、協力者……?」

 碧が呟く。

「はい。公安も人手不足で、もし皆さんのような優秀な魔法能力者が協力してくれれば、こちらとしても大変心強いのですが。いかがでしょうか?」

 国元の問いかけに、芽生が聞き返す。

「本当に、私たちでいいの?」

「もちろんです」

 国元は前を向いたまま頷く。

 すると雪乃は。

「……私に、やれるでしょうか?」

 ぽつりと不安を口にする。

 遥は雪乃の肩をぽんと叩いて微笑みかけた。

「ユッキー、そんな心配しなくても大丈夫だって。面白そうだし、とりあえず受けちゃおうよ?」

 かなり適当な発言だが、遥の言葉は雪乃だけでなく碧や芽生の心も動かしたようで。

「そうですね、やってみます」

「この国の為になるなら、やってみてもいいかもな」

「そうね。国元さんには色々助けてもらってるし、たまには私たちも国元さんの役に立たいとね」

 雪乃、碧、芽生は協力者になることを決心した。

「では改めて。皆さん、僕の協力者になって頂けますか?」

 国元がもう一度問いかけると。

「はい」

 四人は大きく首を縦に振った。

「では、これからは協力者として、よろしくお願いします」

 国元はそう言うと車を路肩に停めた。

「あれ、どうしたんですか? というかここどこ?」

 響華が窓の外を見ると、そこは横浜国際総合競技場の入り口だった。

「魔法災害か?」

 碧が慌ててスマホを取り出し、魔法災害情報を確認する。しかし、何も通知は来ていない。

「もしかして、車の故障?」

 芽生が呟くと、国元は笑いながら首を横に振った。

「あはは、違いますよ。皆さん、ちょっとネガティブすぎじゃないですか?」

 国元の言葉に、遥がうんうんと頷く。

「そうだよ、私みたいにポジティブに生きないと」

「それじゃあ、そんなポジティブな遥さん。僕がここで車を停めた理由は何でしょう?」

 クイズのように聞く国元に、遥は膝を叩いて答えた。

「分かった! サッカー観戦だ!」

「サッカー観戦? 確かに今日はオリンピックの決勝ですけど、さすがにそれは無いんじゃ……」

 遥の突拍子もない解答に、呆れている様子の雪乃。

 だが国元は、ニコッと笑って一言。

「正解です」

 と言った。

「え〜っ!」

 響華が大声を上げる。

「まさか、ホントにサッカー観られるんですか?」

 興奮気味に遥が聞くと、国元はこくりと頷いた。

「えっ? オリンピックのサッカー決勝を生観戦できるなんて、そんな夢みたいなことあるんですか……?」

 雪乃は頭の処理が追いついていないのか、まだ実感が湧かないといった様子だ。

「それにしても、どうやってチケットを手に入れたのよ? 予約段階にはすでに完売してたはずよ?」

 芽生の質問に国元は。

「それは長官に聞いてください」

 とだけ答え、チケットを五枚差し出した。

 碧はそれを受け取ると、国元の顔を見た。

「ん、長官? もしかして、中で長官が待っているのか?」

 国元は首を縦に振る。

「長官も皆さんが来るのを待っています。さぁ皆さん、平和の祭典を楽しんできて下さい」

 響華たちは勢いよく車を降り、横浜国際総合競技場の方へと駆け出していった。




 二十時三十分。

『ピー!』

 競技場にホイッスルの音が響き渡る。

「日本! 日本!」

 サポーターの大歓声の中、青いユニフォームを纏った日本のエース久野がボールを蹴る。

「東京オリンピックで日本が決勝進出するだけでもすごいのに、まさか自分がその試合を生で見られるなんて、まだ信じられません……!」

 雪乃はかなり興奮している様子だ。

「雪乃さんが喜んでくれて良かったよ。前に一緒にテレビで見てた時、『スタジアムで応援したかった』って言ってたから、長官パワーでチケット取っちゃった」

 満面の笑みを浮かべる長官に、芽生はため息をつく。

「とか言って、どうせ自分が見たかっただけでしょ? こんなのただの職権乱用よ」

「でも芽生ちゃん、結構テンション上がってるでしょ?」

 響華が小突くと、芽生は。

「もう、うるさいわね……」

 恥ずかしそうに顔を赤くした。

「うおぉ、めっちゃ攻めてる! いいぞ、そのまま決めちゃえ!」

 日本のカウンター攻撃に、遥が大きな声で叫ぶ。

「滝川、楽しむのは結構だが声枯らすなよ?」

 それを隣で見ていた碧が注意する。

「そんなこと言ってないで。アオも応援応援!」

 遥は碧の肩に手を回す。

「お、おいやめろ! 全く、どこまで滝川は自由人なんだ……」

 碧はすっかり遥のペースに飲み込まれ、仕方なく日本コールを始めた。

「日本! 日本!」

 響華たちを含めたサポーターの大歓声は選手に届いたようで、サッカー日本代表は初の金メダルを獲得した。




 二〇二〇年八月下旬。魔法災害隊東京本庁舎、地下駐車場。

 国元は柱に寄りかかって、守屋刑事と電話をしていた。

『国元さん。平和の祭典、無事に終わって良かったわね?』

「はい、守屋刑事もお疲れ様でした。でも、この国にはまだ真の平和は訪れていません」

『魔獣アマテラスのこと? 進藤長官から聞いたわ』

「そうですか、もう聞いていたんですね。それなら話が早い。以前にもお伝えしたかもしれませんが、君はこの事件に手を出すべきじゃない」

『どうして? 私じゃ頼りない?』

「いえ、そうではなくて。この事件はあまりにも危険すぎる。僕はもう、大事な仲間を失いたくないんですよ……」

『……分かった。だけどその代わり、一つ注文させてもらうわ。国元さん、あなたも深追いしすぎないこと。もしあなたが危ない橋を渡ろうとしたら、信用レートとか関係なく撃ちますから』

「了解です」

『ピッ』

 国元は電話を切ると、一枚の写真を胸ポケットから取り出した。

 その写真には、国元と眼鏡をかけた男性が仲良しそうに笑顔で写っていた。

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