第44話 追跡
調布、甲州街道。
新宿方面へ向けて猛スピードで走行するスポーツカーを、国元は魔災隊のミニバンで追跡していた。
「魔災隊の車じゃリミッターがあるから速度が出せない。どうすればいい?」
国元がそう呟いた時、上に架かるペデストリアンデッキから誰かが飛び降りたのが見えた。
『ドサッ!』
車が大きく縦揺れする。どうやら飛び降りた人は車の上に着地したようだ。
「あの姿、響華さんか……?」
すると、助手席のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「国元さん、開けてください!」
国元はちらりと声のした方を見る。
助手席側の窓の外には、上から覗き込む響華の顔があった。
「協力者になってほしいとは言いましたけど、こんな無茶をしろなんて言ってないんですが」
国元がドアのロックを解除すると、響華はドアを開け車内に飛び込んだ。
「いや〜、怖かった〜。そんなことより国元さん、なんであの車を追ってるんですか?」
響華は助手席に座り、シートベルトを締めながら聞く。
国元は華麗なハンドルさばきで他の車両を躱すと。
「あの車の運転手の男は、響華さんが飛び降りてきた歩道橋の方をずっと眺めていました。大きな爆発音があった時も、動揺するどころか楽しんでいるかのように笑っていた。あの男はきっと何かを知ってるはずです」
と答えた。
響華は遠くを走るスポーツカーを見つめる。
「もしかしたら、組織のボスの高さんかも」
「高? 一体誰です?」
響華の言葉に、国元が問いかける。
「さっき特殊部隊の仲間を一人捕まえたんですけど、その時にその人が言ってたんです。ボスは高っていうスナイパーだって」
「高、スナイパー、どこかで聞いたような……。そうだ、台湾作戦、台湾トップ暗殺の立役者だ!」
あの車の男が高だと知った国元は、血相を変えてアクセルを踏み込んだ。
「うわぁ! 国元さん?」
急な加速に響華が驚く。
「そんな危ない人間を日本に入れてしまったなんて。一刻も早く捕まえなければ……。響華さん、この車のリミッター外してもらえます?」
国元は不愉快そうな表情を浮かべ、響華に向かって指示を出した。
「わ、分かりました! 魔法目録二十三条、電子操作!」
響華は言われるままに魔法を唱え、リミッターを解除した。
響華がリミッターを解除したことで、ミニバンの速度は二百キロ近く出ていた。
「追いついてきましたね」
国元が呟く。
先ほどまで数百メートルは離されていたが、今は数十メートルの距離といったところだ。
「国元さん、この後はどうするんですか?」
響華が聞く。
「そうですね……。とりあえずあの車を右車線に誘導したいんですが。響華さん、魔法光線で進路を限定させられますか?」
国元の言葉に、響華が頷く。
「はい、それは出来ますけど。どうして右車線に誘導したいんですか?」
「高速に乗られると厄介なんでね。もうすぐインターです。響華さん、お願いします」
響華は窓を開けると、魔法を唱えた。
「魔法目録二条、魔法光線!」
響華が車外に身を乗り出して左手を前に突き出す。
左手から魔法光線が放たれると、光線は左車線を一直線に進んでいく。
『ブーン、キキーッ! ブーン!』
男の車は左車線への車線変更を窺っていたが、右車線に戻らざるを得なかった。
その間に男の車は高速の入り口を通り過ぎる。
「よし、ひとまずは安心ですね。次はどうやって追い詰めるか……」
国元はこの先の地図を頭に浮かべる。
しばらくして、国元がふと閃いた。
「このまま道なりに行けば警察署がある。上手く警察を動かせれば進路を塞げるはず」
するとその時、響華が大きな声を上げる。
「ちょっと国元さん! 前、前!」
「え? あっ、鶴川街道……」
国元が慌てて前を見ると、男の車が赤信号を突破しようとしているのが目に入った。交差する道路もかなり交通量が多く、たくさんの車が絶え間なく行き交っている。
「電子操作魔法で信号を……!」
響華は急いで電子操作魔法で信号を切り替えようとするが、国元がそれを止めた。
「待ってください、響華さん。そんな急に信号が変わってもむしろ混乱を招くだけです。ここは事故無くすり抜ける方が賢明でしょう」
「でも、あの車はかなり無茶な運転をしてます。そんな上手くすり抜けられるとも思えません!」
響華の言葉に、国元は。
「そんなことを言ったら、こちらもかなり無謀な運転をしています。僕ですらあれを上手くすり抜ける自信はありませんよ」
と言ってハンドルを強く握り直した。
『プーッ!』
男の車がクラクションを響かせながら赤信号の交差点に進入する。
『キーッ!』
『ププーッ!』
急ブレーキのタイヤの音やクラクションが鳴り響く。
男の車はギリギリで衝突を免れ、甲州街道を直進する。
「抜けられたか……」
国元はそう呟くと、続いて交差点に進入した。
「国元さん、行けそうですか?」
響華が話しかけると、国元が答える。
「このままなら、多分」
しかしその瞬間、左側から大きな音が聞こえてきた。
『パーッ!』
慌てて左を見ると、トレーラーがすぐ真横に迫っていた。
「まずい!」
国元は右にハンドルを切るが、回避するのは不可能だった。
『ガシャーン!』
車に衝撃が走り、響華と国元の体があちこちに打ちつけられる。
「うあぁ!」
「くっ……」
二人の乗るミニバンは右に横転し道路を滑ると、街路樹に当たったところで停まった。
「痛た……。国元さん、大丈夫ですか?」
響華が体を起こしながら問いかけると、国元は。
「僕は大丈夫ですが、響華さんこそ怪我ないですか?」
と聞き返した。
「私も大丈夫です。まずは車から出ないと……」
響華は助手席側のドアを開け、外に出る。
それに続いて国元も車から這い出てきた。
「おい、平気か?」
「あれ、お嬢ちゃん魔災隊の子? いつだかテレビ出てたよな?」
ミニバンの周りにはその場に居合わせた人たちが集まっていた。
「あっ、そうです。なんかとんでもない事故起こしちゃってすみません。あはは……」
響華は笑って誤魔化そうとするが、そんな状況でもなかった。
「それよりあんたさぁ? そんな可愛い子乗せといて信号無視は無いでしょ」
「魔災隊のドライバーなら普通は安全運転するだろうよ? 何でこんな事になっちゃった訳?」
周りにいた人たちは一斉に国元を批判し始める。
国元は公安警察であることを言う訳にもいかず、反論できない。
「あ、あの……!」
その様子を見ていた響華が声を上げる。
「ん? どうしたお嬢ちゃん」
全員の視線が響華に集まる。
「その人は悪くないです。私が無理を言ったからこんなことになったんです!」
「それはどういう意味だ?」
首を傾げる人たちに、響華は。
「一台前に信号無視したあの車、実は凶悪犯が乗ってて……。私はそれを追いかけることに必死で、つい無理をさせてしまったんです。この事故は私の責任です。謝って済む問題ではないと思いますが、本当にすみませんでした!」
と頭を深く下げた。
するとその人たちは、顔を見合わせると響華に向かって優しく微笑んだ。
「ま、そういうことならしょうがねぇな」
「お嬢ちゃんもそれが仕事だもんな。次はドライバーに無茶させんなよ?」
そう声をかけられた響華は、ホッとしたように笑顔を見せた。
「はい、ありがとうございます!」
その横で国元は、横転したミニバンをじっと眺めていた。
翌日、二〇二〇年七月二十六日。警視庁、魔法犯罪対策室。
「随分と派手にやってくれたわね」
守屋刑事は相当苛立っている様子だ。
「すみません、まさかトレーラーが来るとは思わなかったもので」
国元はそう言って頭を掻く。
「別に適当な理由付けて処理することはできるけど、こっちにも限界があるってことは覚えておくことね。これ以上はいくら公安の頼みでも庇いきれないわ」
守屋刑事の忠告に、国元は。
「了解です。次はもう少し抑えるようにしますね」
とよく分からない言葉を残して去っていった。
「抑えるとかそういう問題じゃなくて、二度と事故るなって言ってるのよ。全く……」
守屋刑事は椅子に座ると、深いため息をついた。
『プルルルル』
するとその時、電話が鳴った。
「はい、警視庁魔法犯罪対策室の守屋です」
『もしもし、守屋刑事?』
聞こえてきたのは長官の声だった。
「進藤長官、どうされました?」
守屋刑事が問いかける。
『ねえ、響華さんたちのドライバーやってる国元くんってさ?』
「はい?」
『もしかして知り合いだったりする?』
「えっ? どうしてです?」
突然の質問に動揺を隠せない守屋刑事。
それを察したのか、長官はさらに深く切り込む。
『それじゃあ質問変えるね。国元くんって警察の人間なのかな?』
「い、いえ。私には分かりません。そんなに面識もないですし。その方のことに関しては進藤長官の方がお詳しいのでは?」
守屋刑事は何とかはぐらかそうとする。
しかし、長官は最後にあり得ない一言を残した。
『まあ、答えにくいよね。だって……国元くんって、公安の刑事なんでしょ?』
「あなたは、一体……!」
『ツー、ツー』
電話が切れる。
守屋刑事は動揺と恐怖を感じ、しばらく動くことが出来なかった。
魔法災害隊東京本庁舎。
『ツー、ツー』
薄暗い廊下に電話が切れた音が鳴り響く。
「やっぱりあの男、公安の人間でしたか。アマテラス様に報告しておきましょう」
その声の主は、そのことをスマホに入力するとメールで送信した。
「あんな簡単な魔法で騙されるなど、魔犯の刑事失格ですよ、守屋さん?」
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