第28話 魔法結晶カプセル

 スカイツリータウンで暴れていた女性は、なぜか信用レートが計測できない。

「これでは攻撃許可も出せないわ」

 守屋刑事は頭を悩ます。

「これじゃあ打つ手がないよ〜」

 遥も困ったように言う。

 すると、響華が「あっ」と声を上げる。何かを閃いた様子だ。

「回復魔法を使ってみたらどうかな?」

「藤島、それでどうなるんだ?」

 碧が首を傾げる。

「もしあの人が状態異常みたいなことになってるんだったら、回復魔法で元に戻るんじゃないかなって」

「なるほどね、確かに試してみる価値はあるかもしれないわ」

 芽生は響華の考えに納得する。

「よし、じゃあ雪乃ちゃん。早速あの人に回復魔法をかけてみて!」

 響華が指示を出すと、雪乃はこくりと頷いた。

「はい、分かりました! 魔法目録四条、回復」

 雪乃が女性に向けて右腕を伸ばすと、緑の光が女性を包み込む。

 緑の光が消えると、女性は力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。

「大丈夫ですか!?」

 響華が慌てて駆け寄る。

「……あ、あれ? 私、何してたんだっけ……?」

 女性はゆっくりと目を開けて響華の方を見る。回復魔法をかけたのは正解だったようだ。

「痛いところとかないですか?」

「ええ、大丈夫。……って、これどういう状況? 私どうなっちゃってたの!?」

 女性は意識がはっきりしてきたのと同時に、自分の置かれている状況が分からずパニックに陥る。

「落ち着いてください。今から私たちが分かる範囲で説明しますから」

 響華が微笑みかける。

「ご、ごめんなさい……。少し取り乱してしまって」

 女性は心を落ち着かせると、申し訳なさそうに言った。




 守屋刑事が女性に経緯を説明する。

「目撃情報によると、あなたは男性と喧嘩になりその際に魔法を放った。その後はゾンビのようにその場をさまよっていた。私たちもこれくらいの情報しか分からなくて……。それで一つ質問なんですが、あなたは魔法能力者ではないんですよね?」

「はい。私魔法なんて使えません!」

「う〜ん……。それでは、何かこうなってしまった心当たりはありませんか? どんな些細なことでも結構ですので」

 すると女性は、何かを思い出したようだ。

「そういえばさっき、サプリの試供品をもらってそれを飲んだんです」

「サプリの試供品? それってどんな?」

 守屋刑事の表情が変わる。

「疲れに効くとか何とか言ってましたけど……。別におかしな点はなかったですよ」

「どこで配ってました? 配ってたのはどんな人でした?」

「えっと、あっちの方で三十代くらいの男の人が……」

「三十代男性……。碧さん、ちょっと女性のこと見ててくれる?」

 守屋刑事に頼まれた碧は首を縦に振る。

「分かりました」

「私ちょっとその人を探してくるわ」

 守屋刑事が駆け出す。

「守屋刑事、私も行きます!」

「私も付いて行くわ」

 響華と芽生は守屋刑事が一人では危ないと思い、後を追いかけた。


 押上駅付近。

 女性がサプリをもらったというのはこの辺りだろう。

「さすがに怪しいものを持って長居するようなバカじゃないわよね……」

 守屋刑事は周囲を見回すが、特に怪しい人物はいなかった。

「それにこんな駅の近くじゃ何か配ってたらすぐ分かりますよね」

 響華は苦笑いを浮かべる。

「ちょっと待って」

 芽生が何かに気づく。

「芽生ちゃんどうしたの?」

 響華が首を傾げる。

「あの人、少し怪しい。何か人を見定めているような、そんな感じがするわ」

「見た目も三十代くらい……。もしかしてサプリを配っているのはあの人?」

 守屋刑事もその男性が不審に見えたようだ。

「私が様子を見てくるわ。何かあったら守屋刑事と響華が駆けつけてくれる?」

「分かったわ」

「うん、すぐに駆けつけるからね!」

 守屋刑事と響華が頷くと、芽生は通行人のふりをして男性の方へ歩き始めた。

 芽生が男性の前を通り過ぎる。すると男性が声をかけてきた。

「すみません!」

「はい?」

 バレないように平然と振り返る芽生。

「今サプリの試供品をお配りしているのですが、ご興味はありますか?」

「どんなサプリなの?」

 芽生はあえて興味ありげな態度をとる。

 男性がカバンからサプリの入った袋を取り出して言う。

「こちらなんですが、疲労や寝不足などに効くサプリとなっておりまして、今回は特別に試供品をお配りさせていただいてるんです」

「へぇ、どんな成分が入っているの?」

「ビタミンや鉄分などですね」

 男性の説明に芽生は不信感を抱いた。

「ちょっとそのサプリの中身をみてもいいかしら?」

「中身、ですか……?」

 明らかに動揺する男性に、芽生が詰め寄る。

「ええ。別におかしなものが入ってるわけじゃないのよね?」

「も、もちろんですとも! どうぞ……」

 男性が袋を差し出そうとしたところを芽生が半ば強引に奪う。

 サプリはカプセルタイプのものだった。

 芽生は袋からサプリを一粒取り出すと、目を閉じて神経を集中させた。

『キーン……』

(やっぱり、魔法反応があるわ。この反応は……魔法結晶?)

 芽生が目を開ける。

「別におかしなことはないでしょう?」

 男性はどこかぎこちない笑顔を浮かべている。

 その様子を見た芽生は、ここで仕掛けることにした。

「そうね、何もおかしくないわ。怪しいサプリを配る人の焦り方として」

「えっと、それはどういう……?」

 男性の目が泳ぐ。

 芽生は生徒手帳を取り出すと、それを男性の目の前に突き出した。

「魔法災害隊です。このサプリには魔法結晶が含まれていると推察できますが、承認は得られていますか?」

 男性は一歩後ずさりすると、駅の入り口の方に向かって逃走した。

「待ちなさい!」

 芽生が大声で呼び止める。しかし男性は振り返ることもなく走り続けた。

 その時、男性の目の前に守屋刑事が現れて立ちふさがった。

「警察です! おとなしくその場に止まりなさい」

 男性は驚いたように足を止める。

 守屋刑事は男性の信用レートを計測する。

《Credit Rate:1228 under272》

 千五百以下、拘束対象だ。

「あなたを不信者として拘束します」

 守屋刑事は男性に手錠をかける。

 男性は少し抵抗したが、諦めたのか力なくうなだれた。

「すみません。守屋刑事がいなければ取り逃がすところだったわ」

 芽生が謝りながらこちらに歩いてくる。

「いいのよ別に。そのためにこうやってスタンバイしてたんだから」

 守屋刑事は笑顔を見せた。

「もし反対に逃げてても私がいたからね!」

 後ろから響華の声が聞こえてきた。

「響華、あなたいつの間に?」

 芽生の問いかけに、響華は得意げに答える。

「こんなこともあろうかと、さっき裏から回り込んでおいたんだ〜」

「きっと芽生さんは取り押さえにかかるだろうって、響華さんが言ったの。だから捕まえることができたのよ」

 守屋刑事の言葉に、響華はドヤ顔で言う。

「ずばり、挟み撃ち大作戦だね!」

 芽生はため息をついて呟く。

「全く、響華はすぐ調子に乗るんだから……」

「え? なんか言った?」

「いえ、何でもないわ」

 響華の機嫌を損ねないよう、芽生はごまかすように微笑んだ。

「私はこの人を警視庁に連行しないといけないから、あなた達は三人と一緒に本庁舎に戻ってて」

 守屋刑事が言う。

「分かりました!」

「分かったわ」

 響華と芽生が頷くと、守屋刑事は男性をパトカーに押し込み運転席に向かう。

「取り調べが終わったら連絡するわね」

 守屋刑事はそう告げるとパトカーを発進させた。

 それと同時に碧と遥、雪乃がやってきた。

「藤島、桜木、大丈夫だったか?」

「やっぱりサプリは黒だったんだね」

「無事で何よりです」

 笑顔を見せる三人に、響華が質問をする。

「あの女性は結局どうなったの?」

「ああ、念のため病院で検査を受けることになってな。ついさっき救急車で搬送された」

 碧が答えると、響華は「そっか……」と呟き少し俯いた。

「守屋刑事は警視庁で取り調べをするために先に戻ったわ。私たちも本庁舎に戻って守屋刑事の連絡を待ちましょう」

 芽生が三人に言う。

「よし、じゃあ戻ろう!」

 遥の言葉に雪乃が続ける。

「私たちは地下鉄なので時間もかかりますしね」

 五人は地下鉄の駅へと歩いていった。




 警視庁、取調室。

 守屋刑事が怪しいサプリを配っていた男性の事情聴取を行う。

「あのサプリ、一体何なの?」

「知りません……」

 男性はあくまで白を切るつもりのようだ。

「いいえ、知らないはずないと思うけど? 逃げようとしたところからみても、あなたは危険なものだと分かっていた。違いますか?」

 すると男性は、強い口調で言う。

「でも、まさか魔法結晶なんてそんなものが入ってるなんて知らなかったんです! 信じてください!」

 それを聞いた守屋刑事は男性に問いかける。

「では、危険と分かっていたことは認めるんですね?」

「は、はい……。気をつけろとは言われました。だけどどうして危ないのかは教えてくれなかったんです」

「教えてくれなかったという、その人の名前は?」

 守屋刑事の質問に、男性は名前を思い出そうと少し考える。

石倉いしくら製薬の、確か明石あかしかえでさんとか言ったような……」

「石倉製薬?」

 石倉製薬は日本国内では名の知れた製薬会社で、国内シェアは常に上位という大手企業だ。最近では海外の製薬会社の買収も進め、海外展開も図っている。

 守屋刑事はなぜこの会社の名前が出てきたのか疑問に思った。だが、それはすぐに解決した。

『コンコン、ガチャ』

「失礼します」

 取調室の扉が開く。入ってきたのは楠木管理官だった。

 守屋刑事は立ち上がって一礼する。

「楠木管理官、現在事情聴取を行なっている最中ですので、ご用件は後ほど伺います」

 守屋刑事は楠木管理官を追い出そうとするが、上手くいかなかった。

「それは出来ません。今伝えないといけないことですので」

 楠木管理官は強引に話を進める。

 この状況に、守屋刑事は嫌な予感がした。

「もしかして、これ以上調べるなと。そういうことですか?」

 楠木管理官はニヤッと笑う。

「分かってるじゃないですか。それなら話が早い。この事件は捜査一課が預かる。だから魔犯には手を引いてもらいたい」

「そんなこと、到底受け入れられません!」

 守屋刑事がきっぱりと否定する。

 楠木管理官は大きなため息をついて一言。

「……上の言うことが聞けない人間がどうなるのか教えてやる」

 とだけ残して、取調室を後にした。

(石倉製薬も何か裏があるってこと?)

 守屋刑事は、この社会が深い闇に包まれている気がして怖さを感じていた。

「刑事さん、大丈夫ですか?」

 男性が心配そうに聞く。

「あっ、すみません。私がこんなんじゃダメですよね……」

 守屋刑事は取り繕うように笑顔を見せるが、頭の中は取り調べどころではなかった。

「それで、僕はどうなるんでしょうか?」

 男性が不安そうに言う。

 取調室で不安なのは、本来は刑事ではなく容疑者の方のはずだ。守屋刑事は新刑法の規定を頭に浮かべる。

「えーと、信用レートが千五百を回復すればその時点で釈放、というのがあなたに当てはまるものかもしれません。ちょっと待ってください」

 守屋刑事はアイプロジェクターを起動する。

《Credit Rate:1503 over3》

「どうですか……?」

 男性が恐る恐る問いかける。

「千五百は上回ってるし、あなたが雇われていただけという以上は拘束は出来ないわね」

「それじゃあ……!」

 男性が前のめりになる。

「ええ、一旦は釈放ね」

「良かった〜。ありがとうございます!」

 男性が立ち上がって深く頭を下げる。

 守屋刑事も立ち上がると、男性に忠告する。

「もう怪しいバイトには手を出さないことね。お金が欲しいのは分かるけど、信用レートがどんな数値を叩きだすのか私にすら想像できないから。いいわね?」

「はい、すみませんでした」

 男性は心から反省しているようだった。

「では、外まで送りますね」

 守屋刑事はそう言って、男性を警視庁の正面玄関まで案内した。

「本当にすみませんでした」

 男性が去り際にもう一度頭を下げる。

「もう戻ってこないようにしてくださいね」

 守屋刑事は優しく声をかける。

 男性は大きく首を縦に振ると、家へと帰っていった。


 守屋刑事が時計を見ると、すでに四時を過ぎていた。

(もうこんな時間。だけど、石倉製薬について調べておこうかな……)

 守屋刑事は魔法犯罪対策室に戻ると、パソコンを開く。

《石倉製薬 疑惑 検索》

 検索サイトで調べてみると、気になる情報が出てきた。

「これ、『選挙期間は業務として公民党候補の応援をしている』ってあるけど、もし事実なら公職選挙法違反になるかも」

 守屋刑事はスマホを取り出し、響華に電話をかける。

『守屋刑事、取り調べはどうでしたか?』

「ええ、少し前に終わったわ。だけどあの人は末端に過ぎなくて、サプリについては分からなかった」

『そうですか……』

 困ったように言う響華に、守屋刑事が続ける。

「でもね、一つ分かったことがあるの」

『何ですか?』

「あのサプリを作ったのは、石倉製薬ってこと」

『石倉って、ええっ!? あの製薬会社ですか?』

 響華が驚きの声を上げる。

「私も驚いた。だけど公民党と繋がってるって疑惑もあるし、調べる価値はあると思う」

『分かりました。その会社に踏み込むのはいつですか?』

「なるべく早くとは思ってるけど、確証もないのに令状は取れないから」

 守屋刑事の言葉に、響華は。

『じゃあ日にちが決まったら教えてください。魔法結晶は素人が扱うと危険なものなので、私たちも一緒に行きます』

「そうね。あなた達がいてくれたら心強いわ。また連絡するわね」

『はい、よろしくお願いします!』

 守屋刑事が電話を切る。

(石倉製薬は何を企んでいるの……? とにかく調べてみないことにはどうしようもないわね……)

 守屋刑事は裁判所に捜索・差押許可状を請求するための手続きを始めた。

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