第12話 消えた雪乃

 二〇一九年十二月二十四日。魔法災害隊東京本庁舎。

 雪乃がいなくなって二ヶ月が過ぎた。

「雪乃ちゃん、まだ見つからないね……」

 響華はすっかり元気を無くしていた。

「もう、何落ち込んでるの? 今日はせっかくのクリスマスイブなんだから、もっとテンション上げていこうよ!」

 遥は響華の肩をポンと叩く。

「お前も無理することないんだぞ?」

「私たちも悲しいけど、雪乃がいなくなって一番悲しいのはあなたなんじゃない?」

 碧と芽生が言うと、遥の顔が暗くなる。

「ごめん、逆に気を遣わせちゃったね……」

 ストンと椅子に座った遥に、響華が優しく声をかけた。

「ううん、ありがとう。クリスマスイブなのにこんな暗い顔してたら、きっと雪乃ちゃんも楽しめないよね」

 碧も続けて言う。

「ああ、藤島の言う通りだ。北見は一人で辛い思いをしているはずなのに、私たちが落ち込んでいてはダメだな」

 遥の顔に少し笑顔が戻る。

「そうだね。それにユッキーがいつ帰って来てもいいように私たちはいつも通りいないと、ユッキーきっとびっくりしちゃうよ」

 芽生がそれに頷く。

「ええ。雪乃は人に気を使いすぎるところがあるから、私たちが変な空気になってたら部屋にきっと入ってこられないでしょうね」

 芽生の言葉に、遥は笑って言う。

「アハハ、確かに。ずっと扉のところで黙って立ってて、ユッキーいつからいたの!? ってなるのがオチだよね」

 四人はその姿を想像して笑ってしまった。

「早く雪乃ちゃんに会いたいね」

 響華が窓の方を見て呟く。

「ああ、そうだな」

 碧も窓の方を向いた。

「雪乃さんが戻って来たら、コンビニの鮭おにぎり、たくさん用意しないとね」

「ちょっとメイメイ! 確かにユッキーはお昼ご飯はいつも鮭おにぎりだけど、別にそれを与えておけばいいってわけじゃないんだからねっ?」

「あっ、そうだったの? それはごめんなさい……」

「全く、これだから合理主義者は」

 芽生と遥はクスッと笑うと、二人も窓の方へ近づいた。

 四人が外を眺めていると、窓に白いものがぴとりとくっついた。

「雪! みんな雪だよ!」

 響華が興奮気味に声を上げる。

「確か天気予報では曇りの予報だったはずだが」

 スマホを取り出そうとする碧を、芽生が止めた。

「天気予報では確かにそうだった。だけど今日はクリスマスイブよ? ホワイトクリスマスって喜んでおく方がきっと幸せよ」

「あれ? 合理主義者が珍しいこと言ってる〜」

 遥が芽生に冷やかすように言う。

「うるさいわね。あなたがいつもお気楽なこと言ってるから、私までお気楽になっちゃたじゃない。どうしてくれるのよ?」

「え〜? 私のせいじゃないよ。ていうかそもそも私お気楽じゃないし!」

「どっからどう見てもお気楽な自由人じゃない」

 徐々にエスカレートする芽生と遥。

「まあまあ落ち着いて……」

 それを見かねた響華が間に割って入った。

「そういえばこの役割、雪乃ちゃんがいつもやってたよね?」

 響華が思い出したように言う。

「そういえばそうだったな」

 碧も懐かしむように呟いた。

「雪乃は遥のストッパーになっていたものね」

 芽生が遥の方を見やる。

「自分のことくらい自分で管理出来てるって……思ったけど、言われてみればユッキーに色々言われてたっけ、アハハ……」

 反論しようと思った遥だったが、振り返って見ると芽生の言う通りだった。

「とにかく、雪乃ちゃんが見つかるまで私たちも頑張ろう!」

 響華の掛け声に碧、芽生、遥は大きく頷いた。




 警視庁、取調室。

「改めて聞くけど、雪乃さんの魔法はすでに解けてる状態なのよね?」

「うん、アタシが解こうとした時にはすでに解けた状態だったよ」

 守屋刑事はひかりと一緒に雪乃の捜索を続けていた。

「ということは少なくとも都庁での一件の後には解けていたってことよね。その魔法って他の人が解くことってできるの?」

「う〜ん、アタシに言われても……。アタシちゃんと魔法について勉強してないから」

 ひかりが申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい、そうだったわね。でも魔法能力の高い人間なら他人のかけた魔法でも解くことができたはず。だとしたら、雪乃さんの魔法を解いて連れ去るメリットって何? そもそもどうやって雪乃さんの居場所を特定した? 考えるほど分からなくなるわ」

 守屋刑事は頭を抱えた。

 すると突然、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「失礼します」

 部屋に入ってきたのは、警視庁の管理官、楠木くすのき耕一こういちだった。身長が高く、四十代にしては若々しい見た目をしている。

「楠木管理官……!」

 守屋刑事は慌てて立ち上がる。

「今取り調べ中でして、少し待ってもらっても」

「いや、今話がある」

 楠木管理官は守屋刑事の言葉を聞こうともせず、強引に話を進める。

「君は今、取り調べ中だと言ったね?」

「はい、言いました」

「ではどんな話をしていた?」

「え〜と、少女が魔法をかけた魔法災害隊の隊員が現在行方不明になってしまって、その捜索に協力してもらっていました」

 楠木管理官の顔がこわばる。

「犯人である少女に協力してもらっている、だと?」

「はい。しかし、行方不明になっているのは明らかにこの子のせいじゃありません。なのでこの捜査は正しいと認識しています」

 一歩も引く気配を見せない守屋刑事に、楠木管理官は。

「ふん、まあいい。犯人である少女と協力したことに関しては何も言わない。ただ、魔災隊の隊員の捜索は中止にしろ」

 こう言って冷たい目を向けた。守屋刑事はすかさず言い返す。

「楠木管理官、理由を教えていただけますか? もし納得できる理由ではなかった場合、私は捜索を続けます」

 楠木管理官は、大きくため息をついた。

「じゃあ教えてやろう。これを聞いたら納得せざるを得ないだろうだろうけどな。これは、松本警視総監からの通達だ」

「松本、警視総監……!」

 守屋刑事は衝撃のあまりしばらく動くことができなかった。なぜこれに警視庁のトップである警視総監の名前が出てくるのか。何か陰謀のようなものを感じた。

「じゃあそういうことだから。せいぜい頑張りたまえよ」

 楠木管理官は、守屋刑事の方をポンたたくと部屋を後にした。

「……刑事さん?」

 ひかりが心配そうに守屋刑事の顔を覗き込む。

「待たせちゃって悪かったわね。なんの話だったっけ?」

 守屋刑事は心配させまいと笑顔を見せたが、その顔は真っ青で憔悴しきった様子だった。

「刑事さん、さっきの話。おねーさんを探すの中止にしろって……」

 ひかりが小声で問いかける。

「聞こえてたのね。私も中止にしたくない。だけど、中止にしないと私は刑事じゃいられなくなっちゃう。どうしたら……どうしたらいいの…………」

 顔を押さえる守屋刑事に、ひかりが声をかける。

「刑事さん。自分はどうしたいの?」

「えっ?」

 守屋刑事はひかりを見る。

「刑事さんはどうしたいの? 自分の方が正しいって思うなら自分を信じればいいと思う。もしあの人の言ってることが正しいって思うなら、あの人の言うことを聞いたら?」

 ひかりはまっすぐに守屋刑事を見つめている。守屋刑事はその視線が痛く感じられ、すぐに目を背けた。

「……ええ、あなたの言うことは確かに正しいわ。だけど大人はね、そう簡単にいかないのよ。自分が間違っていると思っても、上からの指示には絶対従わなきゃいけないの。そういうルールなのよ」

 それを聞いたひかりは、ガタッと立ち上がる。

「もし刑事さんが間違ったことに従うなら、アタシは魔法で警視庁を吹き飛ばす。アタシは理不尽な世の中を変えるためにあんなことをしたんだ。それでも、魔法使いのおねーさんたちに出会って、話を聞いて、世の中を変える方法としてアタシのやり方は間違ってるって気づけた。それなのに、結局上の大人たちがそんなんだったら、永遠に世の中なんて変わらないよ! だから人間は、ずっと間違い続けるんだよ!」

「ずっと、間違い続ける……」

 守屋刑事はその言葉が深く突き刺さった。

「組織で生きていくために、上からの指示に逆らうなんて考えもしなかった。それが自分の信念を曲げることになるとしても、仕方のないことだとどこか諦めていた。だけどそれが続いていったら、この組織はダメになる。私、あなたの言葉で目が覚めた。これからは、自分を信じて行動することにしたわ」

「それでこそ刑事さんだよ。雪乃おねーさんの居場所、早く見つけよ?」

 ひかりが笑いかける。

「そうね、困ってる人をいち早く助けるのが警察よね」

「あれ? 刑事さん響華おねーさんみたいなこと言ってるよ」

「ふふ、本当ね。もしかしたら影響されちゃったのかも」

 この時の守屋刑事は、とても澄み切った表情をしていた。




 二〇一九年十二月二十五日。魔法災害隊東京本庁舎。

 響華が廊下を歩いていると、奥の方に国元の姿が見えた。

「何してるんだろう……?」

 近づいてみると、どこかに電話をしている様子だった。響華は壁に隠れて聞き耳をたてる。

『いよいよ九州支部が動いた』

「確かに改憲を防ぐにはここが最後のチャンスだからな」

『ただ一つ気になるのは、公民党と何か取引をしたらしいんだ』

「取引? なぜ改憲派の与党と取引をしたんだ? 九州は護憲派のはずだろう?」

『それは分からないが、取引をしたことは間違いない。何か裏があるのかもしれない』

「分かった。僕も調べてみる。じゃあ気をつけて」

『ああ、そっちもな』

 国元が電話を切る。響華は国元にバレないように慌ててその場を離れ、食堂の方へと向かった。

 食堂では碧、芽生、遥の三人がテレビを見ながら休憩していた。

『昨日行われた臨時国会内で、衆議院の解散が決まりました。これにより、解散総選挙が来年二〇二〇年の二月二日投開票で行われる見通しです。公民党の神谷かみや総裁は会見で、「今我々への世間の目は大変厳しくなっている。その中でどれだけ国民の皆様に支持されているのか、またいないのか。直接審判を下していただきたいと思っております」と話し、野党転落の可能性も否定しませんでした。以上、国会記者クラブからでした』

 ニュースを眺めていた碧がふと呟いた。

「野党転落って、今の野党にそんなに強い党はないような気がするが?」

「言われてみればそうね。旧民新党系の二党とか共明党みたいな既成政党はパッとしないし、参院選で旋風を起こしたへいわやJ国だってせいぜい何議席か確保するのがいいところって感じよね?」

 芽生は神谷総裁の発言の真意を探ろうとする。するとその横でスマホをいじっていた遥が興味なさげに言った。

「こういうのってどうせパフォーマンスでしょ? いちいち難しく考えることもないんじゃない?」

 碧はそれに反論する。

「たとえパフォーマンスだったとしても、それらも含めてどの政党がいいのかを考えるのが大事なんじゃないか」

「はいはい、そーですね」

 遥は一瞬碧の方を見やると、すぐにスマホの画面に目を戻した。

「全く。公務員として仕事をしている以上、政治にも興味を持ってもらいたいものだがな」

 碧のぼやきに芽生は。

「これが普通の若者の感覚よ。投票しても何も変わらないっていう風潮を変えないと、若者の投票率が上がることはないと思うわ。といっても私たちはまだ選挙権がないのだけれどね」

 半ば諦め気味に言うと、自販機に飲み物を買いに行こうと立ち上がった。

「ねえみんな」

 息を切らした響華が勢いよく食堂に入ってきた。

「どうした、そんなに慌てて?」

 碧が問いかける。

「国元さんってどう思う?」

 響華の急な質問に一瞬困惑する三人。しかし、響華は真剣な表情でこちらを眺めている。答えないわけにはいかない状況に、遥が口を開いた。

「かっこいい、イケメン」

 響華はぶんぶんと首を横に振る。

「そういうことじゃなくて、もっとこう……なんか怪しいところとか」

「怪しいところ?」

 碧が首を傾げる。

「特に思い当たることはないけれど……」

 芽生は自販機からペットボトルを取り出しながら言う。

「何? 国元さんがどうかしたの?」

 遥はスマホをポケットにしまいながら聞いた。

 響華は三人に近づくよう手招きすると、小声で話し始めた。

「ここだけの話だよ。さっきね、国元さんが廊下で電話してるのを聞いちゃったんだよ」

「どんな電話だったんだ?」

 碧が聞く。

「よく分からなかったんだけど……、九州支部と公民党が取引したとかなんとかって」

「本当に国元さんはそんな話をしていたの?」

 芽生が驚いたように聞く。

「うん。それとあと、僕も調べてみるみたいなことも言ってた」

「それってスパイか何かってこと!?」

 思わず遥が大きな声を上げる。響華は慌てて遥の口を塞ぐ。

「ちょっと遥ちゃん聞こえちゃうよ……!」

「何が聞こえちゃうんですか?」

 後ろから聞こえてきた声に、響華の背筋が凍る。振り返ると、国元が冷たい笑みを浮かべて立っていた。

「えっと、その、あれですあれ。……テレビ!」

 響華は必死に誤魔化そうと、とりあえず適当なことを言った。

「テレビ?」

 国元がテレビの方を見る。

「政治についてちょっと、な?」

「え、ええ。どの政党が一番まともか、ね?」

 碧と芽生も挙動不審になりながらもなんとかこの場を乗り切ろうとする。

「へぇ〜。今やってるのは政治のニュースじゃないけど?」

 怪しむように四人を見る国元。四人はハッとしてテレビを見る。

『シナイ王国の内戦は、アメリカ、ロシア、中国の軍が介入し、まさに覇権戦争といった様相を呈してきました。シナイ政府は、「国民の避難は完了しており、民間人に被害が及ぶことはない」と……』

 国元の言う通り、すでに全く違うニュースをやっていた。

「あ、それはですね、その……」

 響華は内心パニック状態で、言い訳すら思い浮かばない。その様子を見た遥が助け舟を出す。

「さっきまでやってたんですよ、解散総選挙って。ねっ、響華っち?」

「あ、はい。そうですそうです」

 響華は首を縦に振り、国元の顔を窺う。

「……そうでしたか。ガールズトークの邪魔をしてすみませんでした。ついどんな話をしていたのか気になってしまって」

 そう言って国元は笑顔を見せた。

「い、いえいえ。別にガールズトークってほどでもなかったんで。ハハ……」

 響華は引きつった笑顔で答える。

「僕は予定があるのでこれで」

「はい、お疲れ様です……」

 国元が食堂を出ていくのを見送ると、四人は大きなため息をついて椅子に座った。

「あ〜、なんとか乗り切った〜」

 響華は緊張から解放され、大きく伸びをした。

「とりあえず感づかれてはいない、よな?」

 碧が不安そうに聞く。

「そう思いたいけど、あの感じじゃ多分、相当怪しまれてるわよ」

 芽生はペットボトルのキャップを開け、一口それを飲んだ。

「とにかく、国元さんは怪しいってことで。分かんないこと考えてもしょうがないよ?」

 遥はパンと手を叩いてそう言うと、メモ帳を取り出した。

「遥ちゃん何をメモするの?」

 響華が首を傾げて聞く。

「ユッキーに手紙でも書くかなって。まあユッキーの目に触れることはないかもだけど、文字にしたら気持ちが届くかなって。どう?」

 響華、碧、芽生は顔を見合わせる。

「それ、すっごくいいと思う!」

「ああ、遥らしいアイデアだな」

「ええ、年賀状っぽくていいんじゃない?」

 三人の反応を見た遥は、メモ用紙をそれぞれに手渡した。

「紙はいっぱいあるから、ユッキーへの思いを存分に書いてね!」

 響華、碧、芽生、遥。それぞれが雪乃への気持ちを手紙にしたためる。

「みんな書けた?」

 遥の問いかけに三人が頷く。

「じゃあこの手紙は、その辺の窓際にでも置いておこう」

 遥が窓の方を指差す。四人は立ち上がると、順番に窓際にその手紙を置いた。

「あっ、ちょっと君たち〜! これ運ぶの手伝ってくれるかな?」

 廊下の方から長官の声が聞こえてきた。

「せっかくいい雰囲気だったのに〜」

「仕事中なんだからしょうがないだろう」

 頬を膨らませる響華に、碧は呆れたように言った。

「ねえ早く来てよ〜!」

「は〜い! 今行きま〜す」

 四人は駆け足で廊下の方へと向かっていった。




「雪乃ちゃん、元気ですか? 雪乃ちゃんがいなくて少し淋しいけど、私たちはいつも通り元気にやってます。雪乃ちゃんは今どこにいるのかな? 東京はとても寒くて、雪も降っています。私たちはずっと雪乃ちゃんの帰りを待ってます。ずっとずっと、待ってます。早く会いたいな。その時は、またいろんな話聞かせてね! 響華より」

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