第17話 崩壊への道筋はシナリオ通りに
昨日、薄暗い雨が降った日……結局須藤達の暴行現場はお流れとなった。騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけてきた矢先に、打ち明けようとした藤枝よりも先に先手を仕掛けた須藤が、「皆でついふざけてしまいました」などと宣ったのだ。その結果として信頼を勝ち得ていた須藤の言葉が真実へと昇華され、場はお開きに。
そして今日───休み時間に廊下を歩いていたときに、彼の姿を俺は見かけた。
藤枝とうちの顧問が、なにやら話をしていたのだ。俺はつい耳を澄まして立ち聞きしてしまう。話の内容は、以下の通りだった。
「お願いです……!須藤を、須藤を止めてください!あいつは裏で、篠崎に集団で暴行を振るうような奴なんです!」
「……須藤が?」
一度は藤枝の顔を見やった顧問だったが、彼はそれでも露骨に目を逸らして口を開いた。
「なに寝言言ってんだ。あいつがそんなことをするわけないだろ」
「……!違う!本当なんです!あいつは───」
「藤枝!……お前は、あいつの何を見てきたんだよ。お前はあいつの仲間なんじゃないのか?大会で汗を流し合った間柄なんじゃないのか?」
「───その間柄が偽物だったって言ってんだよッ!」
熱が、上がる。足元が震えたような、そんな気さえした。そして顧問は、激情に身を任せていた藤枝の肩に手を置いて、その続きを語り出す。
「なあ藤枝……今がどんな時期かわかるか?最後の中体連を控えてる、そんな大切な時期なんだよ。お前の独りよがりを聞いてやってるような、そんな暇なときじゃ断じてないんだ」
「……っ、独り、よがり……?」
そこで顧問は踵を返し、廊下を戻り歩いていく。その背中を、彼は───、
「……ッ、」
───憎悪の灯る瞳で、睨みつけていた。
2
───息切れ。呼吸。息切れ。呼吸。そうしてまた一歩を、走り抜ける。向かう先は、彼の……藤枝の眠る、病院だった。
ロビーから彼の病室を聞きつけて、俺は階段を駆け上がる。そして彼の部屋番号の病室まで辿り着くと、勢いよくそのドアをこじ開けた。
「───藤枝ッ!」
───彼は、意識不明の重体だった。その頭には包帯が巻かれ、頬にも手当てがされている。酷い……有様であった。
「……ふじ、えだ……?」
こうなったのは、わかり切ったことだった。業を煮やした彼は顧問を頼るのは止め、今度は自分一人であの集団に挑んだのだ。そして、事態はここへと繋がる……彼は、容赦なくその体を壊されたのだ。
そして教師達はこれを、『事故』として処理した。ありえない───どう考えてもおかしい話だった。そんな嘘がまかり通る狂った世界の何もかもが、最低最悪にありえなかった。
「あ、あ───、」
そして、耐え切れなくなった俺はついに───、
「ああああああッ!!───うぁあああッ!!」
───ただひたすらに、目の前が見えなくなった瞳で、病室の中を独り叫んでいた。
3
その日も、体育倉庫に呼び出された篠崎は暴行を受けていた。彼らはもはや、俺が倉庫内に足を踏み入れていても何も感じず、気にせずに行っていた。
「ほーらっ!もっと叫んでみろよ!どうせ誰もっ、助けにきちゃくれねぇんだからさぁ!」
誰かの罵声、悪意が鳴り響く。弱者の叫びなど上書きして掻き消すくらいに───それは続いた。痛い、という感情が飲み込まれ、快楽が泳ぎ続ける、狂った狂った、狂いまくった地獄───そんな光景が、瞳に押し込まれる。
「……めろよ、」
口元から、それでもまだ牽制しようとする声が溢れようとする。
「やめろ……よ。なあ、もう、いいだろ───お前らは、いつまで……」
止められない。自分で自分が制御できない。だから、続けた。
「……この、怪物共が……」
足が、動きかける。藤枝もまた、こんな怒りに支配されたのだろうか───。彼はやはり凄かった。ちゃんと頭で考えられて、それでも善良にコントロールできずに動けたような、そんな、人間だったのだ。
だから、俺も───そうなりたいと、心の底から思えた。
「───ッ!」
───その先のことは、あまり覚えていない。
4
雨が降っていた。あの日と同じ……黒ずんだ雨が。
「───……」
頭から血を一滴流し、それが雨に流される。そしてまた出てくる赤に、また雨が塗り潰す。
「───……」
そこで気づく。自分の歩く感触が、右と左で異なっていたことに。下を見ると、片方の靴はどこかに消えていた……。しかし、今はそんなことに興味すら抱けない。どうでもよかった。
「───……」
何もかもが、黒にすり替えられていく。痛みに叫ぶ全身が無を求め始めると、もはや心は何も言わないのだ。……心すら、死んでしまったのだろうか───。
「あ、」
そこで俺は、もう一度だけ───振り絞るように、叫んだ。街に訴えかけるように……この狂いまくった世界に、怨嗟の声を送り届けるように。
「うぁぁぁぁぁぁあッ!!」
───そして俺は……すべてを手放して、その場に倒れ込んだのだった。
5
病室から見える、街並み。それは、俺の瞳には灰色に取れた。
終わる世界を───ただ純粋に、終わった瞳で眺めていた。
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