第8話 帰路と彼女と横顔と
異変に気づいたのは、いつからだったのか。疑問は生まれるだけ生まれ、辺りは暗がりで満たされていく。そんな中にも、白があるのかないのかを、見定めることさえ難しい。
勝手に操作されるように、無機質的にこの体は動く。重い脚はゆっくりと一歩一歩を踏み出し、その世界を歩いていた。
───雪が、舞い散るように降っていた。
辺りは白一面に染まり上がっているはずなのに、それなのに……この瞳には黒く見えた。色覚の壊れかけた視界を抱えて、もう一歩だけを、強く踏みしめた。
───もうこの世界には、希望なんてないと悟った。
2
騒がしすぎた夕食を終えると、そのまま場はお開きとなった。白川と榎並は寮で生活しているため、俺と桐崎のみで退場することに。……去り際、彼らは「またいつでも来てくれよ!」と何度も念を押していた。それに約束を取り付けた彼女との帰路、というわけだが、夜もすっかり深くなってしまった。ここは、男らしく彼女を家まで送り届けなければ───そんな意識にすり替わっていた。
「桐崎、楽しかったか?」
「はい、とても……。また、あの寮にお邪魔したいです」
「ああ、いつでも行ってやれ。あいつらなら年中ウェルカム体勢だろうしな」
そんな会話をしていると、電灯のあまりない道路に出てしまった。暗がりの闇も深まり、本格的に足元も見えづらくなる。すると、急に右腕に何かの感触が伝わった。隣を見やると、そこには───、
「き、桐崎……?どうした?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。唐突であった。何の前触れもなしのアクションであったから、思わぬ彼女の行動に動悸が暴れてしまう。
隣を歩く桐崎が、俺の右腕にしがみついていた。
「……そ、そうだな。暗いし、離れないようにした方がいいか」
そんな言い分を用意してしまうが、桐崎はなぜか黙りとしている。だからなのか、余計心配になってその横顔を覗いた。すると彼女もまた、口を開いていた。
「……思えば転入したあの日から、何かと榎並くんには頼っていますね。私、支えられっぱなしです。藤枝くんにも、白川くんにも、色んな方にも───」
「……いや、それでいいだろ。それが普通だし、当然だ」
「───ありがとう、ございます」
微笑んで、彼女はさらに腕に力を加える。その小さな手でぎゅっと掴まれると、彼女が女の子なのだということを改めて再認識される。……単刀直入に言って、ドキッとした。
「ねえ、榎並くん───」
鈴のような声色が、ふわりと宙を泳いで耳元へ。彼女は掴んでいた腕を離すと、俺の正面まで歩いていく。そうして向けていた背を翻して、対面した。
「───私、好きです」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。しかしそのワードを脳内で何度も何度も反芻していくうちに、やがて理解を掴む───。そこで俺は、すっかり彼女に釘付けにされた。そんなことを言われて、平常心はとうに揺らいでいたから。
「学校が、好きなんです。あの場所が、愛おしく感じるんです」
「……が、学校かよ」
なんとややこしいことか───変な勘違いをしてしまった。俺の態度にきょとんとする桐崎だったが、自覚はないままでいい。とりあえず今の俺がすることは、この赤面し切った顔を覆い隠すことである。
「そりゃ良かったよ。もっともっと、好きにっていってくれ」
「───はいっ。好きになり続けます!」
元気よく彼女ははにかんだ。そのからっとした小綺麗な笑顔は、夜のそれとは不釣り合いな明るさだ。もうすぐ始まる文化祭でも、これくらいの笑顔を見せてくれたらいいと思えるほどに───。
そんな変哲のない、帰路だった。
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