第3話 男子寮の夜
「おっ、白川くんが帰ってきた。……生徒会は?今日はなかったのか?」
───白川が寮の玄関から足を踏み入れると、ちょうど洗濯物を取り込んでやってきた彼女と鉢合わせになった。白川は靴を脱ぎながら、「ええ」と頷く。
「それどころではありませんから。とても、生徒会の集まりなんてできる雰囲気ではありませんよ」
「……へえ?というと?」
「実は、今日僕のクラスに転入生が来たんです。それだけならまだしも、驚くことに───」
白川が彼女に事の経緯を話し終えると、聞き終えた彼女は目を丸くしながら叫ぶ。
「───お、女の子が来た……?それは、どんなご都合主義漫画なんだか……」
「はい、驚きました。クラスメイト達も、彼女が身内に入った途端に明るくなり、もはや取り合いですよ」
「白川くんも、満更でもないんじゃない?」
「それはまあ、嬉しいですよ。なんせクラスに花が咲いたわけですからね。───まあ、花ならこの男子寮にもいますが」
と、白川は微笑んで目の前の彼女を見据えた。すると肩を竦めた彼女は、「よせよせ」とそのまま洗濯物を運んで歩き出す。
───宮原
「夕食になったら、またその転入生について聞かせてくれ。これは、いい酒の肴になりそうだからさ」
「はい。もちろん」
返事をすると、それっきり宮原は姿を消す。それを見届けた白川も足を動かし、自室を目指した。
「……?」
廊下の奥が騒がしいことに気がつく。数十人の怒号の声が溢れているような、喧騒らしい喧騒であった。そして、やがてそれはこちらに近づき、ドタドタと賑やかな足音が嵐のように通りかかった。
「「てめぇ藤枝ァ!こればっかりは許せねえからなぁっ!?」」
「ちょっ、ちょいちょいちょい!だから誤解なんだってばーっ!」
数十人の怒鳴り声に押し潰されるように、藤枝の助けを求める悲痛な叫び声が寮内に響き渡る。……これは、何事なのだろうか。
やがて白川の目の前に、アメフト部の群れに全身を潰される藤枝がスライドされてきた。彼らの重圧は相当だと、一目で理解できる。それ故に、藤枝の華奢な体躯はすでにズタズタのはずだ。
「ぐぇぇ……ぐるぢぃ……っ!───あっ!そこにいるのは委員長!後生だよ!助けてくれっ!これ以上は死ぬぅ!」
「どうしたんです、藤枝くん。何を争っているんですか?」
彼を捻り潰しているのは主に藤枝と白川と同じクラスの人間だ。白川は自分で口にした疑問に、言ってからその原因に気づく。
「……桐崎さんですか?───皆さん、せっかく我がクラスに彼女が来てくれたのですから、お互い仲良く過ごしていくべきですよ」
「そうだな白川、仲良くやってくべきだろうよ。……あんな裏切りさえなけりゃなぁ!」
「……裏切り、ですか?」
きょとんとする白川だが、藤枝はすぐに今の発言に否定を加えた。
「裏切りもなにも、俺はただ榎並と花ちゃんと一緒にクレープ食べに行っただけだよ!?」
「は・な・ちゃ・ん・と……ってとこが重要なんだろうがっ!『裏切り者には死を』とはよく言ったもんだなぁ!?」
「だだだだってだって!まだ花ちゃんだって緊張の糸とか解けてないだろうし、だからそのっ、俺と榎並が代表してその手助けをしたとかしてないとかで、むしろ善行を成し遂げたというか……!」
「悪行すぎる……!こいつ、終身刑にしてもまだ足りないくらいだ!」
「ぎゃぁぁぁ!重い重い!トン単位で重い!」
「誰が豚じゃごらぁぁぁ!」
そのトンではない、とさすがにツッコめる余裕はない。藤枝の細身が蹂躙され続けるが、なんだか微笑ましくなり白川はそのまま自室に向かうことにした。
「あっ!委員長が見捨てた!───職務放棄じゃないんですかねぇ!?……ぁぁあ!痛い痛い痛い!」
───男子寮は、今日も賑やかだ。
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