第12話クルム


 彼女が気付いた時、周りには死体の山があった。




 母親はひっそりと彼女を育てていたが、五歳になる頃に村の住民たちにばれその命を狙われた。



 「赤い瞳は不吉なモノ、不幸を呼びよせる」



 村の長老はそう言って彼女、クルムを差し出すよう母親に言った。

 村の為、みんなの為、そして平穏な日常の為。


 魔術師だった母親はそれをかたくなに拒んだ。

 しかし魔術師としての技量はそれ程でもない母親が村人たちに抗う事は出来ず、クルムは母親から引き離される。


 そして村の広場でその命を絶たれようと斧が振られた時に身代わりに飛び込んできた母親の背にその斧が深く深く食い込んだ。


 自分の瞳と全く同じ真っ赤な液体が飛び散り、優しい顔の母は口から同じく赤い液体を吐き出しながらにっこりと笑ってその場に崩れた。

 クルムの真っ赤な瞳から止めども無く涙があふれるが村の者たちは彼女の母を引きはがしもう一度斧を振り上げる。


 その瞬間だった。


 クルムの瞳が赤く怪しく輝きその小さな体からは信じられない程の魔力を引き出す。

 そして無詠唱で周りにいる者たちを一人残らず肉塊に変える。

 村人たちは恐れおののき、中にはもう一度クルムを亡き者にしようとする者もいたが全て返り討ちになった。



 そしてクルムは村全体を憎みすべてを破壊したのだった。



 * * * * *



 「ここがその赤き瞳を持つ少女がいると言う場所ですね?」


 「ミ、ミリア様やはりやめましょうよ、危ないですってば!」


 荒れ果てた村は人っ子一人いない。

 残った家屋も崩れかけたものがほとんどだ。

 しかしそんな中、一軒だけしっかりとした家があった。

 そしてその家の周りには石の番人たち、ロックゴーレムたちがうろうろとうごめいていた。



 「ミ、ミリア様、赤眼の魔女を討伐なんて出来っこないですよ! いくら巫女見習のお力があっても相手はあの赤眼の魔女ですよ?」


 「ナーサ、それでもこの試練を乗り越えなければワシュキツラの巫女にはなれませんよ? 私は皆の幸せを願っています。だからこの巫女になる為の試練を乗り越えなければならないのです。赤眼の魔女を大人しくさせる。それが大巫女様が私をワシュキツラの巫女に認定してくれる試練なのですから」


 そう言いながらミリアはそのままその家の近くまで行く。

 すると家の周りをうろうろとしていたロックゴーレムがミリアの前に立ちふさがる。


 「ミ、ミリア様!!」



 「私はミリア、ワシュキツラの巫女見習です。赤眼の魔女いるのなら出て来なさい!!」


 しかしミリアは臆す事も無く大声を張り上げる。

 するとロックゴーレムがその腕を振り上げミリアに殴りかかって来る。


 「まて」



 ぴたっ!



 ロックゴーレムの拳がミリアにぶつかる寸前に若い女の声がした。

 ロックゴーレムはその声に反応して動きを止める。

 そして目の前の家の扉が開き、小柄な少女が出てきた。


 その瞳を赤く怪しく揺らめきさせながら。

 

  

 「ひっ!? 赤眼の魔女!!」


 一緒について来たナーサはその容貌よりもクルムの瞳を見て腰を抜かす。

 魔術を少しでもかじった者ならその瞳の揺らめきに膨大な魔力を感じているだろう。

 それは常識ではありえない程の量。

 人はあまりにも強力な、そして膨大な魔力を前にすると自然と恐怖を感じるものだ。

 それはミリアのお付きであるナーサも例外では無かった。



 「ふむ、巫女の見習いだと? 私に何用だ??」


 「あなたが赤眼の魔女なのですね? こんなに小さな方とは思いませんでした。私はミリア、ワシュキツラの巫女見習です。単刀直入に言います、あなたに大人しくしてもらいたいのです」


 ミリアがそう言うとクルムはその無表情の顔の瞳だけを揺らす。


 「死にたくなければ帰れ。巫女はこの世界でも貴重な存在。殺したくはない」


 言いながら踵を返す。

 それを聞いたミリアは驚く。

 噂ではこの赤眼の魔女は立ち向かうものをことごとく惨殺してしまうほど狂暴で有ると聞いていた。

 しかし巫女の重要性を十分に理解して、しっかりと理性的でもある。

 いずれこのワシュキツラ王国に不幸をもたらすと言う噂の暴君とはだいぶイメージが異なっていたのだった。


 「赤眼の魔女、話を聞いてください! 私がこの場であなたを大人しく出来なければワシュキツラ王国はとうとう軍隊を引き連れてやってきます! ですから話を!!」


 「話すことなど何もない! 私にかまうな!! もう、誰もここへは来るな!! 私はここを離れるつもりはない、誰にも邪魔もさせない、だから私にかまうな! もう、人と関わるのは嫌なのだ!!」


 そう言ってクルムはその瞳に涙をため唇をかみしめミリアに振り返り叫ぶ。


 それは年相応の少女の顔だった。

 ずっとミリアと話している時は陶器のような美しい顔を眉一つ動かさず無表情だったのにまるで感情が一気に爆発するかのように。



 「私は赤眼の魔女! 忌み嫌われ不幸を招くとされる赤い瞳の持ち主! だから誰ともかかわらない、誰もここへは来るな! もう、もうたくさんだ!!」



 「赤眼の魔女、それでもあなたの元へはこれからもあなたをどうにかしようとワシュキツラの国の人はやってきます、だからお話をしましょう」


 「誰が来ようが変わらぬ!! ……話だと?」


 クルムは大いに驚いた。

 今までやって来たものは有無を言わさずクルムを殺そうとする者ばかりだ。

 そしてクルムがどんなに拒んでも何度でも殺しにやって来る。

 

 そしてクルムはいつの間にか無表情になって行き、クルムを殺しに来る者たちを全て抹殺してしまうのだった。


 だが初めてだった。

 クルムを殺そうとせず話をしようと言ってくる者がいるとは。



 「……話すことなど何も無い」


 「でもあなたはここで一人きりなのでしょう?」


 ミリアはそう言ってにっこりと笑う。

 そして勝手にいろいろと話し始めた。

 それは些細なモノから自分が巫女になることを決めた理由まで全くと言って良いほど的を得ないような話ばかりだった。


 しかしクルムはそれを黙って聞いていた。

 

 ミリアの話はあまりにもくだらなく、しかしクルムの心に何故か一つ二つと入り込んでいた。

 それは苛立ちだったり、妬みだったり、自分とは全くと言って良いほど違う境遇を過ごしてきた女性の話。



 クルムはずっと母親と一緒だった。 

 それまで外の世界などほとんど見る事無くそして知る必要すらなかった。

 母はそんなクルムに小さな魔法を教えてくれた。

 言われた通りにその言葉を口にするとその小さな魔法、光の魔法は自分の手のひらに小さな光の玉を作り出し輝いていた。

 

 そんな小さな楽しみだけがクルムの全てだった。


 母は笑いながらそんなクルムに色々と魔法の使い方を教えてくれた。

 本の読み方も。


 そして村人のあの問題が起こり、クルムはそれからずっと心を閉ざしそしてこの地で母の残した魔導書だけを頼りに生きて来た。


 「そんな…… そんな話などするんじゃない!!」


 クルムはそう叫んでしまった。

 しかしミリアはやめずこう話す。


 「赤眼の魔女、あなたに今まで何が有ったかは分かりません。でもあなたは私のとるに足らない話を聞いてくれました。だから私とお友達になってくれませんか?」


 「馬鹿を言うな! 私は赤眼の魔女、この世に不幸をもたらす存在だぞ!?」


 「でもあなたは理性的です。私の話を聞いてくれてそして殺さない。だから分かるのです、あなたは本当は優しい子なのだと」



 「!!」



 母はクルムの事を優しい子だといつも言っていた。

 家の中では幼いながらもクルムは母の手伝いをしていた。

 そして手伝いをするたびに母親はクルムを「優しい子ね、良い子」と頭を撫ででくれた。

 

 この目の前にいる幸せそうな女はクルムの苦労など全く知らない。

 それなのに母親と同じ言葉を言う。

 なんの手伝いもしていない、何もこの女の為にしていないと言うのに。


 そうクルムが思った時だった。



 どがぁっ!!



 クルムの後ろの家の屋根がはじけ飛んだ。

 慌ててそれを見ると中から異形の姿をした人型の三メートルはあろうかと言う巨人が立ち上がる。


 「これは!?」


 ミリアが驚きナーサが更腰を抜かす。 

 しかしクルムは慌てず手をかざし力ある言葉を発する。



 「【拘束魔法】!!」



 すぐにクルムの手から光る縄が飛び出てその異形の人型に飛びつき拘束をする。

 クルムは拘束が終わりゴーレムたちに命令をする。


 「また失敗だ。ゴーレムよあいつを魔法陣に戻せ」


 クルムの命令にゴーレムたちは家に向かい拘束された異形の人型に手を伸ばそうとした。


 『ぐるゎぁ…… ク……ルム……』


 「なに!?」


 しかし驚いた事にその化け物は喋った。

 確かにクルムのその名を呼んだ。


 「赤眼の魔女、これは一体何なのですか!?」


 ミリアがそう叫んだ時だった、クルムの放った光のロープが引き千切られた。



 ばんっ!



 「そんな、成功なのか? しかし何故此処まで体が膨張する? 理論は完璧なはずなのに!?」


 「一体何を…… いえ、この感じ。クリーチャーの中に闇の力を感じます…… まさか!?」


 ミリアは巫女の力でそれに気づいた。

 それはこの世界での禁忌。

 失ったものは二度と戻らないと言うのに人はその業を背負い何度も過ちを繰り返す。

 結果そのれは惨劇を呼ぶ。


 「理論は完璧なはずだったのに何故だ!?」


 唸りクルムに迫る異形の人型。

 その力はどんどんと増して行き、体も更に大きく成り始める。


 「赤眼の魔女よ! それは禁忌です、人体錬成など、死人帰りなどやってはいけないこの世界の摂理なのですよ!?」


 「うるさい! 貴様らに殺されたお母さんを私は呼び戻すのだ! 魔術は偉大なんだ!! 理論構築と原理が一致する、完璧なはずだったんだ!!」


 言いながらクルムはもう一度異形の人型を拘束する為に魔法を発動させるがなんとこの異形の人型はクルムのその魔法をはねのける。

 飛び行く光のロープを弾きまとわりついているゴーレムたちを引きはがし投げ飛ばす。

 そしてクルムの名を叫びながら迫って来る。



 『グぅ……ルムぅっ!!』


 「くっ! お母さん気を確かにして!」



 言いながらクルムはもう一度魔法で拘束しようとしたり地面から沢山の泥の手を出しその動きを止めようとする。

 しかし異形の人型はそれらをことごとく跳ね返しどんどんとクルムに近づいてくる。


 「魔法が効かない? 何故だ!?」


 「死人はいわば闇の世界とつながる者。赤眼の魔女が如何に魔法を使っても全て闇の世界にその魔力が吸い込まれるのです。極大魔法でその者を消し去るしかありません!」


 それを聞いたクルムは動揺に目を見開く。

 いくら膨大な魔力をもってしても死人を生き返らせることはできないと言うのか?

 母はもう戻っては来れないのか?



 「完璧な理論のはずだったのにっ!!」



 クルムはその場から動かずこぶしを握り締めしゃがみ込んでしまった。

 そんなクルムに異形の人型は手を伸ばす。


 「危ない!」


 そう言いながらミリアはクルムと異形の人型の間に飛び込む。


 「ミリア様!!」



 どんっ!


  

 ミリアの身体をナーサが押し飛ばす。

 それと同時にナーサが異形の人型に捕まれ持ち上げられる。


 「うわぁああああぁぁぁぁぁっ!」


 「ナーサっ!!」



 ぐしゃっ!     



 それは一瞬だった。

 ナーサは異形の人型に握りつぶされてしまった。

 口や鼻、耳から鮮血を吐き出し胴体が逆の方向へを垂れる。

 握りしめられた拳からはぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。


 異形の人型はその体を倍近くにまで大きくしていた。


 「お母さん……」


 それを見上げてクルムは涙する。

 しかしミリアは立ち上がり両の手を開き祈りを始める。

 それはこの世界の女神に祈る言葉。

 「世界の柱」を人間に授けこのゲド大陸を奈落から救ってくれた女神への祈りの言葉。


 「慈悲深き我らが女神様、闇に心奪われさ迷いし哀れな魂をどうか女神様の元へお導きください。全ては慈悲深き女神様の元へ。【神聖魔法浄化】!!」


 「ま、まてっ! 全て浄化したらお母さんの形見の髪の毛まで!!」


 闇夜へその魔力を吸収する魂を浄化して全てを無に帰する事が死者の魂を鎮める最良の方法であった。

 かりそめにその魂を呼び戻し死人を蘇らせる事は出来ない。

 それは闇夜とつながった魂を更に惨劇へといざなう。


 死んだ者はもう帰っては来ないのだ。



 「やめろ、私の理論は完璧だ! だからお母さんを消し去るな! 浄化するなぁッ!!」


 『グル……ム…… もう…… い”ぃ…… ク ……ルム…… 生き……て……』


 ミリアの神聖魔法が発動して女神の慈愛の光が天から降り注ぐ。

 その光の中で異形の人型はぼろぼろに崩れながらも最後にそう言う。



 「お、お母さん?」



 その異形の人型は最後にクルムのその言葉を受け、歪んだ口を笑った形にして崩れ去った。

 そして女神の慈悲の力でその体を全てぼろぼろに消し去り、救われなかった魂が天に昇って行く。

 それは半透明であったがクルムの知っているあの優しい母親の姿だった。



 『クルム、生きて…… 私のたった一つの希望、愛しいクルム。あなたの幸せを祈ってます……』



 クルムの母親の魂はそれだけ言うとにこりと笑って空へと消えていった。


 「お母さん、、お母さーんっ!!」


 クルムはその場にひれ伏し泣きじゃくる。

 そんなクルムをミリアはそっと抱きしめるのだった。



 * * * * *



 「何故お前は巫女になりたい?」


 「私は皆が幸せになってもらいたいのです。だからワシュキツラの巫女になって皆さんの為に祈りをあげ、そしてこの国を守っていきたいんです」


 「偽善だな」


 ひとしきり泣きじゃくりクルムは目を腫らしたままミリアと会話する。

 媒体となる母の形見はもうどこにもない。

 そうなればもう母の蘇生は絶望的だ。

 いや、あれだけの理論構築や技術、魔力を注ぎ込んでも結果あの異形の人型にしかならなかった。

 死人を蘇らせることはやはりできないのだろう。

 それをやってしまえばあの様になってしまう。

 闇に繋がる魂では元の人の姿にさえなれなくなってしまうのだ。


 「たとえ偽善でもそれが私の望み。もし巫女に成れたなら最後は大巫女様になるまで私は人々の為に何かをするつもりです。たとえこの命を差し出しても」


 「大巫女だと? 大巫女になると言う事は『世界の柱』を支えると言う事だぞ? それまでに選定されなければ命を失うのだぞ? それでもいいのか?」


 「ええ」


 クルムは初めてミリアの顔をまじまじと見た。


 この女は何を言っている?

 自分の命すら皆の為に捧げると言うのか?


 「お人よしにも程がある。偽善だ、自己満足だ」


 「そうですね、でも今まで私を支えてくれた人やソエたち巫女見習たちもずっとそうやって来ました。私は巫女になって皆さんの為に祈りをあげます」


 ミリアはそう言ってクルムに笑いかける。

 クルムはそんなミリアの顔を見て何故か母親の面影を重ねる。



 「なら、私がお前を巫女にしてやる。お前を私が守ってやる」


 「ふふふっ、ありがとうございます」



 ぐきゅぅううぅぅ~。

 


 ミリアが笑いながらそう言うとクルムのお腹が鳴った。

 クルムにしては珍しく顔を赤らませる。

 するとミリアは笑いながら荷物袋から布に包まった物を取り出す。



 「なかなか食べられないのでこんな所まで持って来てしまいました。どうぞ」


 「なんだこれは?」


 「ホットケーキです。もう冷めてしまいましたがそれでもとても美味しいのですよ?」



 クルムはその包みを受け取るのだった。 

 

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