第11話香り良きもの


 京子たちはバツナンダラで二の門の課題を知り、ワシュキツラ王国に戻って来ていた。



 「『香り良きもの』か、小鳥遊京子どうするつもりだ?」


 「うーん、その前にこの世界でお料理で『香り良きもの』ってどんなお料理を指しますか?」



 京子は自分でも香りのよいものを考えてみたが、中華料理では香味を沢山使うのでどうもピンとこない。


 あちらの世界では「香り良きもの」なんて言われるとまさっ先に思い出されるのがスイーツ系だ。

 学校の帰りにお小遣いに余裕が有れば友達と帰り道にクレープなど買って食べたことを思い出す。

 あの薄い生地を焼いている時の香りなどは京子も大好きな香りだ。


 そう言えばホットケーキとクレープの皮は似ているな、とか思っているとワシャルは首を傾げながら言う。



 「『香り良きもの』と言ってもな、私などは特に気にした事すらないがな」


 「おいしそうな匂いと言うのであればソエが焼いていた牛の丸焼きなど好い匂いでしたね」


 意外と食いしん坊なんだなぁと京子はミリアを見ながら思う。

 しかしそうなって来るとこの世界での「香り良きもの」とは美味しそうな香りで良いのだろうか?



 と、京子の鼻にある香りが漂う。



 「あれ? なんか金木犀に似た香りがする、この世界にも金木犀ってあるのかな?」


 「むっ? そう言えばこの香りはキキの花か? もうそんな時期になるのか」


 「キキ? この香りの花ってそのキキって言う花なの?」


 クルムがそう言いながら小さな鼻をヒクヒクさせている。

 京子も鼻をスンスンと動かすとその香りがふわっと漂っている。



 「もう、そんな時期ですか。キキの花は秋の訪れを示します。この香りは私も大好きな花なのですがもう嗅げないかもしれませんね……」


 「そんな事は無い。ミリア様は必ず勝って大巫女様になる。私とキョウコがいればきっと勝てる」



 窓際に歩いて行きながらミリアはそう言うとクルムはミリアの前まで行ってそう言う。

 ミリアは優しいがどこか寂しそうな笑顔をする。



 「うーん、所でそのキキの花って沢山有るんですかミリア様?」


 「はい? ええ、中庭にキキの木があります。毎年この時期になるとそのつぼみを開かせるのですよ」


 それを聞いた京子はすぐに中庭に行く。

 そしてきょろきょろとその花を探すとオレンジ色の小さな花をたくさんつけた庭木を見つける。


 「やっぱり金木犀だ! ミリア様、この花のつぼみって取ってもいいですか?」


 「はい? ええ、かまいませんが一体何に使うつもりなんですか?」


 「まだ花粉が出ていないつぼみなら使えるはずです、クルム、ワシャルさんまだ花の完全に開いていない物かつぼみをたくさん取ってください!」


 言いながら京子は開きかけでも香りがしっかりとする金木犀そっくりなその花を摘み始める。

 

 「一体こんなものを何に使う気なんだ?」

 

 「金木犀のジャムを作ります!」


 「むっ? こんな花でジャムが作れるのか?」


 京子に言われワシャルもクルムもたくさんのつぼみや咲きかけの花を摘む。

 それを京子は持ってきた籠に沢山いれてにっこりと笑う。



 「香りはおいしそうな匂いだけじゃないって事を教えてあげる!」



 言いながらその大量なキキの花を厨房に持ってゆくのだった。



 * * * * *



 「こ、これは!?」


 「凄い香りですね?」


 「ふむ、ジャムからキキの香りがする」



 京子はあの後厨房でキキの花をさっと洗い、大鍋で煮込み始める。

 そして砂糖を大量に入れながらそれがレモンを少し絞って、粘度を持つまでじっくりと煮込んで行く。

 時折煮だしされたキキの花を取り除いてゆく。


 当然厨房にはその香りで満たされ秋の訪れをそこにいる者たちに連想させるが、出来上がったジャムはその煮込んだ量からは想像がつかない程少ない。


 うっすらとオレンジ色で半透明なそれは大鍋から片手に乗る瓶にやっと一杯と言う程の量だった。



 「小鳥遊京子、正直こんなものが喰えるのか?」


 「食べると言うより香りを楽しむための物なんですよ。さて、ここからが大変ですよ!」


 言いながら京子はバツナンダラで手に入れたライスを水でよく洗い、ザルで水切りしてから蒸し器で蒸し始めた。

 蒸し始めるとタイ米独特な香りがして少々その香りがきついほどだ。


 蒸しあがったそれを京子は砂糖、片栗粉を咥えながらすりつぶすかのようにして餅を作る。

 そしてそれを小さく切って行き先ほどのキキの花で作ったジャムを少量餡として中に入れていく。



 「よっし、これで出来あがり!」



 それは小さな一口大の大福のようなものだった。

 それがいくつか皿に載せられミリアたちの目の前に出される。


 「小鳥遊京子、これは?」


 「白くて丸くてなんか可愛らしいですね?」


 「ふむ、初めて見るな」


 三人とも興味津々でそれを見る。


 「とにかく食べてみてください。『涼果』って言うお菓子なんです」


 にこにこと京子はそう言いながらミリアたちにそれを進める。

 ミリアはそれをつまみ上げまじまじと見る。

 一口大のそれは白玉団子程度の大きさで片栗粉が周りについているので小さな雪の玉のようにも見える。

 ミリアはそれを口に放り込んでみる。



 「もごっ…… んむぅっ!?」



 「ミリア様、どうした!?」


 驚きに大きく目を見開くミリアにワシャルは慌てて聞く。


 「く、口の中にキキの花が…… 凄い、甘い味なのにキキの花の味がする?」


 「そんな、キキの花に味なんかあるはずは!」


 ワシャルもそう言いながら涼果をつまみ口に運ぶ。

 そしてミリアと同じく驚きに目を見開く。

 それは同じく涼果を口にしたクルムも同じだった。



 「なんだこれは!? 花の香りが、味として感じられる!?」


 「凄いぞキョウコ! これがキキの花の味か!?」



 その様子を見て京子も一つつまみ口に運ぶ。

 もちもちとした食感をかみしめると途端に鼻腔にまで通り抜けるキキの花の香。

 甘いジャムにしているのでもっちりとした大福のようなそれと相まってとても美味しい。

 タイ米を使った餅なので癖があるが、それを凌駕するほどのキキの花の香りが口いっぱいに広がる。



 「味覚には鼻から受ける香りも『味』として感じられるの。だから強力な香りのする花をジャムにするっていう料理は中国の皇帝が好んで食べたお菓子として有名なの。ただ、金木犀の花は短い期間、しかも花粉が出る前に摘まなければならないからなかなか食べられないのよね~」



 以前父から聞いたその話を実践してみたが、思いの外うまくいった。

 確かにこれだけ芳醇な香りのするお菓子は珍しい。



 「凄いぞキョウコ! これなら確実に勝てるぞ!」



 珍しくクルムも興奮気味だ。

 しかし京子はその涼果を見ながら思う。


 「でもこれって料理になるのかな?」


 「いえ、素晴らしいですよ、小鳥遊巨子さん」


 ミリアはそう言ってもう一つ口に運ぶが、妙な表情をする。


 「どうかしましたかミリア様?」


 「あ、えっと、いえ、なんだか最初に比べると香りが弱くなったような気がしまして」

 

 ミリアがそう言うとワシャルもクルムも同じく口にして見る。

 そしてミリア同様妙な顔をする。


 「確かに、最初に比べだいぶ香りが弱くなっている?」

 

 「ふむ、キキの花の香りが無くなった訳では無いのに不思議だ」


 それを聞いて京子は同じく涼果を口に運ぶ。

 そして感じる。

 確かに最初に比べ香りが弱くなている。

 だが、それは錯覚であり実際には最初の物と二個目の物は全く同じである。


 味覚に嗅覚が混じるとその香りが味として感じるが、嗅覚は意外と強い香りに慣れやすい。

 最初の一個目に比べ二個目は既に口内と鼻腔をその香りで満たしている為にインパクトがどうしても薄くなってしまう。

 結果一個目ほどの感動が無くなってしまうのだ。


 「うーん、やっぱりこれって一発勝負か。となるとやはりこれだけじゃ駄目ね?」


 「どうするのだキョウコ?」


 「その為にクルムに手伝ってもらったあの海産物を使うのよ!」




 そう言って京子は保冷庫に保管していたバツナンダラの市場で買って来たイカやエビを解凍始めるのだった。 

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