第2話出会い
小鳥遊京子は急いでいた。
学校が終われば今日の仕込みを手伝わなければならない。
この不景気、実家の家業である中華料理の飲食店でアルバイトなど雇っている余裕はない。
小さなころから親の苦労を目の当たりにしていた京子は学校が終わるとすぐに実家の手伝いに入っていたのだ。
「ただいま~、母さん。すぐに手伝いに入るね! あ、お腹すいたからなんか無い?」
カウンターの奥で煮込み料理を作っていた京子の母親は娘の帰りを声だけで迎える。
「お帰り~、お昼の残りで肉まんがまだあるよ。あれなら食べてもいいからね」
「お!? 珍しい、肉まんが余ったんだ! 商品だけど食べていいとはラッキー! じゃ、もらっていくね~」
京子はさっそく蒸し器の中に残った肉まんをお皿に移して自分の部屋に行く。
制服を脱ぎながら肉まんをほうばる。
とたんにジューシーな肉汁が口の中いっぱいに広がる。
京子はにこにこしながら着替えを進める。
「うん、やっぱりうちの肉まんが一番おいしいよね~。これ食べたらほかの店のなんて食べれないよ」
そう言いながら肉まん一個ぺろりと平らげる。
そして肉まんを一個平らげるころには下着姿になっていた。
もう一個と肉まんに手を伸ばそうとしたがたまたま姿見鏡に自分の容姿が見とれてしまった。
京子は伸ばした手をピタッと止めて思わず鏡を見る。
そして正面に立ち直しお腹のあたりをさする。
「うっ、やばいかな? 出っ張って欲しくないところが出っ張てる? こっちはなかなか大きくならないってのに??」
ブラの上から両手で寄せて上げてをしてみる。
こうすればあこがれの谷間が現れるが手を離せば消えてしまう。
「ううぅ、これは我慢して冷蔵庫行きかぁ」
残ったお皿の肉まん二個を見ながらお約束のギャグをしようかと思い止まるのだった。
* * *
着替え終わって肉まんの皿片手に京子は店の厨房に向かう。
と、父親が京子を呼ぶ。
「京子、帰ってたか? すまんが店の飾り付けの品物が届いたんだが仕込みが忙しくてな、悪いが小包から出して店の入り口に飾ってくれないか?」
「うん、わかった。どこにあるの?」
「居間に小包で届いてるはずだ、鏡がついているらしいから気をつけてな」
「はーい」
鏡付きの飾りなんて珍しいなと思いながら居間に向かう。
そして居間におかれていた小包を見る。
鏡付きの飾りと聞いていたがそれほど大きな小包じゃない。
京子は肉まんの皿をちゃぶ台の上に置いて小包の梱包を解き始める。
しばらくすると丁重に紙や新聞紙で包まれた赤い刺しゅうで出来た飾りに八角形の大理石と小さな鏡が埋め込まれた物が出てきた。
ちょっとすす汚れているけどその辺安物と違い重厚感がある。
箱の表面を見ると有名なインターネット売買の会社名が書いてあった。
「また変なモノ競り落としたのかな? ま、でもこの飾りなら好いとするか、値段次第だけど」
そう言って真ん中の鏡をはぁ~っと息をかけて袖でこすって磨く。
そこに映し出された自分を見ていろいろと表情を変えてみる。
「どの鏡見ても自分は自分か、もっと美人になりたいよねぇ~」
そんなこと言いながらもう一度鏡をのぞくとそこには自分ではなく赤い目をした銀髪の美少女が映っていた。
「へ?」
驚く京子だったが次の瞬間鏡が光って彼女を包み込む。
訳も分からず近くの物をつかんでそれに隠れようとした瞬間京子の体にフワッっとした浮遊感が感じ取れた。
次の瞬間京子はこの居間から消えていた。
* * * * *
「どうだ、これは?」
『なんだか嗅いだ事の無い匂いだ。それにいろいろと混じっているようだぞ? とても美味そうには見えんがな』
聞いた事の無い声が聞こえる。
軽く体を打ち付けたせいか頭がぼうっとする。
京子は頭を振ってから瞳を開ける。
すると目の前に赤いごつごつした壁に大きな穴が二つ、そこから何とも言えない臭い匂いがしてくる。
思わず鼻を手で押さえるが、この穴から更に生暖かい生臭い匂いが吐き出される。
「うあっ、何よこれ! 臭い!!」
そう言ってその壁から後ずさる。そして初めてここが自分の家の居間では無い事に気付く。
「え? え? ええっ!?」
周りをきょろきょろ見渡すと薄暗い石畳に石の壁っぽいところのようだ。
先ほどの赤い壁にもう一度目を戻して自分の目を疑った。
目の前に言い表すならドラゴンのようなものがいる!?
目をこすってもう一度見るが間違いなく目の前にドラゴンの顔が有る。
「……うっ、うわぁぁぁあああああっっ!!!!」
慌てて後ろにはずりながら全速後退をする。
そのドラゴンは面白くなさそうに首を上げ、京子の前に座りなおす。
「あわあわあわわわわっ、な、何ここっ!! そ、それにドラゴン!!!?」
京子もゲームやアニメで見たことくらいあったのでそれが「ドラゴン」と呼ばれる架空の生物だということくらいすぐにわかる。
問題はなぜ自分がそんなありえないモノの前にいるかだ。
そして何故自分はこんな訳の分からないところにいるのかだ。
『駄目だな、食欲がわかん。こんなもの食ったら腹壊しそうだ。外れだな』
「むっ、お前の進言でわざわざ異界から旨そうな生娘を召喚したんだぞ。外れとはなんだ」
慌てふためく京子だが、ドラゴン以外にも声を発する者がいることに気付く。
そして声のした方を見ればあの鏡に映っていた美少女がいた。
「あ、あなたさっきの鏡の子!?」
「む? こいつこちらの世界の言語が分かるのか? こちらに渡るときにイレギュラーでもあったか?」
『どうでもいいさ、それより俺はこいつは要らんぞ、不味そうだからな』
そう言ってドラゴンは興味なさそうに向こうへと行ってしまった。
京子はしりもちをついたまま固まっている。
不味そう?
まさかあたしを食べるつもりだったの?
「どど、どういう事よ? ここ何処? それにあなた誰?」
混乱する京子ではあったが何とか口は動いた。
そんな京子を少女は何の感情もあらわさぬまま見つめる。
陶器の様な美しい顔に赤い瞳が怪しく揺れている。
銀髪はこの薄暗い場所でも輝きを保ち、小柄なその少女の姿は京子の知る限り魔法使いのそれであった。
魔法使いの少女はこちらにやってくる。
「ふむ、こちらの言語は分かるし意思の疎通は出来ると言う事か? おいお前、お前は美味いのか?」
唐突に質問され京子は混乱する。
あたしが美味い?
それってあたしを食べるって事?
それとも別の意味??
まさかこの子そういう趣味が有るの!?
そんなことを京子は頭の中でぐちゃぐちゃとかき混ぜている。
「む? 言葉が分からないのか? 私はお前の肉は美味いのかと聞いている!」
「お、美味しい訳無いじゃないの!! に、人間の肉なんてザクロの味がするっていうのよ!!」
京子の返答に魔法使いの格好をした少女はしばしぼうっと虚空を見つめる。
ザクロとは何だ?
美味いのか?
ホットケーキより美味いのか??
「おいお前、ザクロとはなんだ? ホットケーキより美味いのか??」
京子は浴びせられた質問に思わず脱力する。
なんなのだこの子はと思いながらも律儀に答える。
「ザクロは果物、でも酸っぱいらしいわ。私ならホットケーキのほうがずっとおいしいと思うけど?」
それを聞いた魔法使いの少女はふんと鼻息荒くやはりホットケーキが一番うまいではないかと思う。
「ではお前は美味くないという事か? 赤き竜が異界の生娘はさぞ美味かろうというからわざわざ呼び寄せたというのに。しかし困った、そうするとお前は要らない。どうしたものか?」
どうやら本気で悩んでいるようだ。
いや、そんなことなら自分をもとの場所に戻してほしいと京子は真剣に思う。
「い、要らないならあたしを元の場所に戻してよ」
「む? それは出来ない。召喚魔法は一方通行だ。もしそれが出来るとしたら大巫女様だけだ」
召喚?
一方通行??
大巫女様????
京子には何が何だか分からない。
「それってどういう事よ? あたしは一体どうなったのよ!?」
「ごちゃごちゃうるさいな。ここはイルバニア、大巫女様が守るゲドの大陸だ。お前は美味いものを捧げるために異界から召喚した生娘の肉だ。私は我が主ミリア様の為美味いものを探している。しかしお前は赤き竜の話では外れらしい。処分に困った。そうだ、地下迷宮にミノタウロスがいたな、あいつにお前を食わそう」
イルバニア?
ゲドの大陸?
異界から召喚された生娘の肉??
京子はぞっとしながら少女に懇願する。
「や、やだ! 死にたくない!! あたしをもとの所へ帰してよぉ!」
「む? ミノタウロスが気に入れば殺されず生かされるぞ? 子供を産ませるために。それに先ほども言ったが私にはお前をもとの世界に戻すことは出来ない。大巫女様でなければできないだろう」
京子は魔法使いの少女にすがりよりお願いをする。
「だったらその大巫女様にお願いして! あたしをもとの世界に返して!!」
魔法使いの少女は無表情のまま京子を見る。
そしておもむろにお腹を鳴らす。
くぅ~~~~~っ
「魔力を使って腹が減った。人肉は食べた事ないがお前を食ってみるか?」
そう言って京子に近づく。
あたしを食べる気!?
京子は思わずしりもちついて後ずさる。
「逃げるな、食えないだろ?」
そう言って少女は口を大きく開けて近寄ってくる。
「あ、あたしなんか食べてもおいしくない!!」
そう言って更に後ずさると何かが手に触れた。
見ると肉まんが転がっている。
京子はとっさにその肉まんを拾い上げ魔法使いの少女の口に肉まんを詰め込む!
ぽふっ!
もぐ。
もぐもぐ……
「!!!?」
ガツガツガツ!!
魔法使いの少女は肉まんに食らいつきおいしそうに食べる。
そしてあっという間に肉まんを平らげてしまった。
「これはなんだ!? うまいぞ!! ホットケーキにも劣らない!! お前私に何を食わせた!?」
京子はもう一度手元を見る。
するともう一つ肉まんが転がっている。
慌ててそれを拾い上げ魔法使い少女にそれを見せる。
「こ、これは肉まんっていう食べ物よ! うちの作った肉まんはその辺の肉まんなんかよりずっとおいしいの! ど、どう? これ欲しい!?」
「欲しい! よこせ!」
魔法使い少女の目は肉まんしか見ていない。
京子はそれを高々と持ち上げてこう言う。
「だったらあたしをもとの世界に返して! そしたらこの肉まんあげるから!!」
両手を上げてぴょんぴょんはねて肉まんを取ろうとしていた魔法少女だが、京子の言葉にピタッと止まる。
「む!? 契約か? しかし私はお前をもとの世界に戻す事は出来ない。先ほども言ったが出来るのは大巫女様だけだが、その大巫女様もお年で力が弱ってきている。新しい大巫女様が決まりお力を受ければ帰れるかもしれんが、それには我が主ミリア様が大巫女様になってもらわなければだめだ」
「じゃ、じゃあそのミリア様ってのが大巫女様になったらあたしをもとの世界に返してよ!! そしたらこの肉まんあげる!!」
「む? 私はミリア様を大巫女様にするのが目的。いいだろう。ミリア様が大巫女様になったらお前をもとの世界に返してやる。だから肉まんよこせ!!」
そして魔法使い少女はまたぴょんぴょんはねて肉まんを取ろうとする。
「や、約束だからね! 絶対よ!!」
そう言って京子は肉まんを魔法使い少女に渡す。
とたんに肉まんにかじりついた魔法使い少女は幸せそうな顔で肉まんを食べつくす。
そして頬っぺたの端に肉まんのかすをつけたまままた感情の無い表情へと戻る。
「うむ、契約成立だ。我がクルムの名に懸けてお前をもとの世界に戻してやる」
そう言って何やら呪文を唱える。
魔法少女クルムと京子の足元に魔方陣が現れ淡い輝きを放つ。
それは一瞬強く光って消え去った。
何が起こったのか分からない京子は思わず腕で顔をおおう。
「これで正式に契約成立だ。お前の名はなんという?」
「え、え? 京子、小鳥遊京子」
「では小鳥遊京子、お前もミリア様を大巫女様にするため手伝え。そうすれば元の世界に帰れるぞ」
魔法使い少女はそう言ってすたすたと歩き出した。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!えーと確か……」
「クルムだ。我が名はクルム。ゲド大陸最強の魔導士、クルムだ!」
これが小鳥遊京子と大魔導士クルムとの出会いとなった。
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