第11話 終章
輸送に用意されたのは、大きな幌馬車。
外から見えない幌の中に、ケージをしっかりと固定し、私とレムスとルワンが囲むような形で座る。
揺れるし、馬車の中は薄暗い。三人ともしっかりとした箱にクッションを置いて座っているけれど、乗り心地はすこぶる悪い。そんな中、魔光蟲がゆらゆら光っている。ケージの網から出てくることはないし、車内に魔道具の類はのせていないので危険はないのだが、昨日の今日なので怖い。
もっとも、一番は、暗い中で虫を見ているだけ、というこの状況だ。正直、なんとも暇としかいいようがない。
私達は、ルワンから、今までの研究内容についてゆっくりと聞いた。
ルワンは、ディアナの推薦で助手の仕事についたらしい。
最初の一年は、二人でレーゲナスの森に作った小さな小屋に泊まり込んで、ひたすら魔光蟲を観察したそうだ。
ある程度の生態をつかんだところで、数匹を捕らえては、公爵の私設研究室で飼育観察を繰り返した。
話を聞いてみると、ルワンの知識はディアナに及ばないものの、実に豊富で見識も鋭い。
言葉の端々ににじむ人間性も、真面目で、とても今回のような軽はずみな行動をするようには見えなかった。
「こんなこと聞いていいのかわからないけど」
かれこれ半日近くたったころ、私はルワンに話を切り出した。
「虫をプレゼントしようとした女性は、どんな女性だったの?」
「……それは」
ルワンが戸惑いの顔を浮かべた。
切り出してから気づく。彼は、アプローチを拒絶されたのだ。
「ごめんなさい。無神経だったわ」
私は慌てて謝る。人の失恋を興味本位でほじくりかえして良いものではない。
彼はこれからも、何度となく同じ質問をされ、それに答えなければいけないけれど、それは事件解明のためにされるもので、誰かの興味を満たすためにするものじゃない。
「答えられるわけがないさ」
レムスがルワンを見やりながら、口を開く。
何かを察しているかのような口調だ。どういうことなのだろう。
「そんな女は存在しない。彼は、単純に中庭にかごを放置しただけなのだから」
「どういうこと?」
驚く私に、レムスは大きく頭を振った。
ルワンはうつむいたまま、肯定も否定もしない。
「今まで聞いた話を思い出せ。この男は、ディアナに四六時中くっついて研究ばっかりしていた仕事人間だ。いつ、宮廷に勤めている女性と知り合うというんだ?」
「でも……宮廷に出入りはしていたんでしょう?」
公爵付きの魔術師であれば、宮廷に出入りすることもあるし、そうなれば、当然知り合う機会だってある。
「よく知りもしない異性の気をひくのに、珍しい虫を贈るほど、この男は研究バカの世間知らずではない」
「知りもしない?」
「相手が『虫が嫌い』で受け取りを拒絶したなんて、相手への事前リサーチがなさすぎるだろう? それに研究用の虫を持ち出すとしたら、少なくとも、珍しい虫だと吹聴してからやるはずだ。それなら虫が嫌いでも、受け取る可能性が出てくる。そもそもこの男はそんな浅慮で軽薄な男じゃない」
「それはそうだとは思うけど」
その違和感は私も感じてはいるけれど。
「この男は、ディアナの反応をみたかっただけだ」
「ディアナの反応?」
ルワンは下を向くばかりだ。
「誤算だったのは、置いておいたはずのカゴのふたが開いて、虫が逃げ出してしまったこと。魔光蟲が危険な生物で、ディアナが大ケガをしてしまったということだな」
ゴトリと馬車が揺れ、魔光蟲の何匹かがケージの網にぶつかる。光が明滅して、少しひやりとした。
「……その通りです」
何かを諦めたように、ルワンが頷いた。
「ディアナに惚れているなら、素直にそう言えばいいじゃないか」
「何度となく伝えようとはしたけれど、はぐらかされるばかりでした。あの人にとって僕は保護対象でしかなかった」
ルワンの声がかすれる。
「虫を盗み他の女に渡そうとしたと話したら、僕が犯罪者になってしまうと、そのことばかり心配して、軽蔑すらしてくれなかった。僕は、非難されても仕方ないことをしたのに」
「……軽蔑されたかったの?」
「少なくとも、僕を守ってほしくはなかった。あんなことになった今も、あの人は僕を守ろうとする。もちろん、悪いのは僕で、あの人は悪くない」
そういえば、フェルダ公は、ディアナがひたすらにルワンを庇っていると言っていた。
きっと、ディアナにとってルワンは大切な人間なのだろう。
ルワンにとっても、ディアナは大事で。でも、その想いは、交わることのない別なもの。ルワンはそれに耐えられなくなったということなのだろう。
「これから、どうするの?」
「さあ?」
ルワンは他人ごとのように首を傾げた。
「たぶん、僕は解雇されるのが妥当でしょうが、魔光蟲の今後が決まるまでは、保留となるかもしれません」
これだけ魔光蟲のことを知っているルワンをただ解雇、という形にはならない気もする。
よくわからないけれど、一定期間謹慎させて、国の機関で雇いながら監視、という処分が妥当かなとも思う。
「ディアナには、あなたの本当の気持ちは伝えないの?」
「無理です。僕は手段を間違えた。今さら伝えても、楽になるのは僕だけで、あの人には迷惑だろうから」
「そう……」
楽になるのは自分だけ。その言葉は、私にも突き刺さる。私が本当の気持ちを告白したら、レムスとの関係はきっと壊れる。
迷惑とは言わないだろうけれど、仕事がやりづらくなるのは目に見えている。
ルワンはその後沈黙し、私とレムスも話すのをやめた。
ガタガタと揺れる馬車の音を聞きながら、私は明滅する魔光蟲をずっと見つめていた。
公爵の私設研究室は、公爵の別邸の一角に作られており、窓を開くと森がよく見える。
少し離れた位置を想像していたけれど、ほぼ森の入り口であり、集落よりも森のそばだ。
普通の森と変わらぬようにも見えるが、濃厚なエーテルが渦巻いている。森の植物は、他の森と同じものもあれば、この森特有のものもある。動物はまだみていないが、同じように、さまざまな動物が生息しているらしい。
いずれにせよ、三日の輸送の間に、魔光蟲は半分以上死滅し、生き残ったのは数匹だった。
森に返してしまうのも、一つの案だとは思うのだが、これから先、研究を続けるのであれば、貴重なサンプルである。
私達は馬車のケージから、研究室の大きな飼育箱に移しながら、死んでしまった虫を数え、卵などのチェックを行った。
森から離して不自然な状態になってしまった虫を、そのまま自然に返しても良いものかどうかの判断もつかない。
室長は三日で返事を出すといったけれど、それだけの短い時間で議論に決着はつかないだろう。私達は、とりあえず、輸送の安全の確保と施設研究所での飼育が危険でないという確認が取れるまでの補佐だが、ひょっとしたら長期化してしまうかもしれない。
森はとても興味深いものばかりだった。
ディアナが夢中になるのもよくわかる。私達は、ルワンに案内してもらい、森で生息している魔光蟲を見た。サイズは、小さい。試しに封印をしてみたが、魔術に反応する様子はなかった。
なぜ魔光蟲が破裂したのか、簡単に謎は解けそうもない。
私は日常を忘れ、森の不思議に魅せられた。
「ちょっと、散歩してみないか?」
明日には室長から連絡がくるという夜。私はレムスに誘われて、夜の森へ出かけた。
もちろん、奥まで行くのは危険なので、ルワンとディアナがいつも観察をしていたという付近までだ。
「綺麗」
昼間も見たけれど、夜の森に飛び交う魔光蟲は本当に幻想的だった。
魔光蟲だけではない。耳を澄ますと不思議な音色が聞こえてくる。この森には夜になると、歌う木々があるのだという。
魔道具は危険な可能性があるので、手にしているのは油を燃やすタイプのランタン。
小さな灯を手に歩くのはちょっとした冒険気分だ。
ひんやりとした風が頬を撫でる。
私達は、ルワンとディアナが観察の時によくおとずれたという大きな岩に並んで腰かけた。
ここだけ、ぽっかりと木がなくて、空が広い。暗い星空は、星が降ってきそうだ。
岩は二人で座るには少しだけ狭い。お互いの肩が触れそうで触れ合わない、そんな距離。
「デートみたいね」
「……みたいってなんだよ」
レムスが呟く。ちょっと怒ったような口調だ。
これくらい聞き流してくれればいいのにって思う。少しの間くらい勘違いさせてほしかった。
「ごめん」
私は慌てて謝る。親友なんだって、自分に言い聞かせて、泣きたい気持ちを必死にこらえる。
「ロマンチックな雰囲気に酔っちゃっただけ。気にしないで。レムスがコーデリアと付き合っていることは知っているし、私相手にそんな気分になれないのはわかってるから」
まくしたてるように言い訳して、そのまま立ち上がろうとした。
「なんで俺が、コーデリアと付き合っていることになるんだよ?」
怒ったような口調とともに、突然、腕をつかまれて引っ張られた。バランスを崩し、私はそのまま後ろにいたレムスに包まれるように倒れこんだ。
「俺が欲しいのはお前だけだ」
「え?」
背中にレムスの体温を感じる。私はレムスの足の上に座り込む形になって、腕でギュッと抱き寄せられた。
「男に夜の森を二人で散歩しようと言われたら、下心くらい疑え」
耳元に囁かれるレムスの言葉。
「からかわないで。今の今まで、私を女だと思ったことないくせに」
意味がわからない。涙がぽろぽろこぼれた。
「ずっと、考えていた……ジェシカを絶対に失わない方法を」
レムスの手が、優しく私の頬に触れる。
「誰よりも大事で、誰よりもそばにいて欲しいから……言えなかった。好きだと言ったら、そばにいられなくなってしまう気がして」
それは私も同じ。レムスを失いたくなかったから。
だから、恋を捨てようとしたし、縁談を受けようと思った。
「親友なら失わないでいられると思った。でも、ダメだ。他の男がお前に触れると考えるだけで気が狂いそうになる。俺が言い出したことだが、俺は、お前の親友にはなれない」
ぴくりとふり返るとすぐそばにレムスの顔があった。
「好きだ。縁談は断れ。結婚したいなら、俺としろ」
暗闇の中でもレムスの目は、私を捕らえて離さない。胸が熱くなる。
レムスが私の顎に手をあてた。
「イエスなら、黙って目を閉じろ」
私は静かに目を閉じる。柔らかいものが唇に重なった。
木々の歌が、優しく私達を包んでいた。
帝都に戻った私とレムスは、室長に婚約したと報告した。
室長は驚きもしなかった。
そもそも縁談の相手とやらは、存在していなかったらしい。もっとも、今回の出張で、何事もなく帰ってきたら、室長は本気で相手を探してくれるつもりだったようだ。
私とレムスは、室長の手のひらで踊っていたわけだが、そのことに抗議するつもりは全くない。
室長が何も言わなかったら、そのまま私とレムスは親友ごっこを続けていたと思う。
魔光蟲の件は、公にはされないまま、レーゲナスの森に大きな研究所を作る方向で話が進むことになったらしい。責任者はフェルダ公爵で、所長はディアナが付く予定だ。ルワンはその研究員となることが決まっている。彼の罪は、ディアナが保証人となるということで不問になるらしい。
ルワンの気持ちは複雑ではあるだろうが、政治的な決定であるので、これは仕方がないだろう。
二人の関係についてはまた別の話だ。時間をかけて、お互いが納得できる関係になるといいなあとは思っている。
空回りしていた私達を繋いでくれたあの森が、二人を見守ってくれるはずだ。
優しい歌を歌いながら。
了
親友……では、ない 秋月忍 @kotatumuri-akituki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます