第6話 夕食
仮眠用のベッドに横になったが、結局、眠れない。
考えることが多すぎた。
魔光蟲がなぜ、ここに現れたのだろう。
発光するため、昔から『帝都で飼ってみたい』という要望はあった。過去には、商人が大規模に採集し、帝都へ輸送しようとして、半日も立たずに全滅したという話は聞いている。
好事家か学者が何らかの方法を見つけ出し、ここまで運んだのかもしれない。
そのあたりを調べるのは私達ではなく、憲兵の仕事であろう。輸送方法に興味はあるけれど。
私にできることは、魔光蟲の生態について調べることにつきる。魔術を喰らって最後に破裂してしまう『性質』を持っているかどうか、それはどんな仕組みなのかを調べなくてはいけない。
なんにしても、緊急性は高いけれど、一日、二日で出来ることではない。
「恋愛どころじゃないね……」
私は大きくため息をついた。
仕事に没頭するというのは、悪くない。だけど、そうなると、レムスと一緒の時間がどうしても長くなる。こんな時に、自分のことで思い悩んでいては駄目だと思う。結果として、仕事へのパフォーマンスも悪くなる。
私は眠るのを諦め、食事をとることにした。
少なくとも、だるさはだいぶ取れた……と思う。
軽食を頼んであるので、そろそろ部屋の外の棚に届いているかもしれない。まだ、届いていなくても、すぐそばの休憩室で待っていればいい。
ベッドの上で、ただ悩んでいても仕方がない。
部屋を出ると、部屋の隣にある棚には、すでに食堂から食事が届いていた。
私は食事の入ったバスケットを持って、休憩室のテーブルに運ぶ。
中に入っているのは、サンドウィッチとピクルス。シンプルだけど、とっても美味しい。
なぜか、今日は小さなフルーツタルトまで入っている。
なぜ? と思う。こんなことは初めてだ。
嬉しいけれど、どういうことなんだろう。
足音がしたので、そちらのほうに視線を送ると、レムスがバスケットを持って歩いてくるのが見えた。食堂で食べてくればいいのに、わざわざ持ち帰ってきたようだ。
既に椅子に腰かけてしまっているから、今さら部屋に入るのも気まずい。
私は、そのまま食事を始めた。
「……ジェシカ、今、食事か?」
「うん」
私と向かい合わせに、レムスが座る。レムスの瞳に私が映っていて、思わず慌てて、手元に視線を外した。いちいちドキドキする心臓が、恨めしい。
「レムスは、ゆっくり食べてくればいいのに」
宮殿の使用人たちが食べる食堂もあるし、宮殿の外へ出て食べに行くのも自由だ。もっとも面倒と言えば面倒ではあるけれど。
「別にいいだろう? 時間がもったいないし」
「……仕事人間なんだから」
「ジェシカに言われたくはない」
「そうね」
私は頷く。
「自覚はあるわ」
お互いに、サンドウィッチをほおばる。
二人だけの夕食。二人だけの時間。今まで、幾度となく繰り返された風景だ。私は、この時間が好きだ。過去形にしたいのに、そうできない自分。もどかしい。
「ま、俺も同類だということは、否定しない」
レムスが笑う。だからこそ、馬があったともいえる。
私達は、男女でありながら、男女がするような話をしたことがない。
それなのに、なぜ、私はこんなに彼に魅かれてしまったのだろう。
私達の出会いは、運命的でもなんでもなかった。職場で出会い、同じ仕事をするようになった、ただの『同僚』。一晩、同じ部屋で仕事をしていても何も起こらない──そんな、関係。
それが心地よくもあり、辛くもある。どうして、この関係で、私は満足できないのだろうか。
「そうか。今日、サナデル皇子殿下の許嫁が内定したらしいからな」
レムスがバスケットをみて呟く。
「ああ、それでフルーツタルト?」
まだ公式発表にはなってはいない。お披露目をかねた発表はおそらく数か月先になるだろう。
もっとも、そのころには使用人たちはパーティの用意やらで忙しく、祝うどころではない。
「お相手は、確か……フェルダ公の、リア公女らしい」
「なるほどね……これで、サナデル皇子の帝位継承権がゆるぎないものになればいいんだけど」
「まったくだ」
我がプラームド帝国は、平和のように見えるが、かなりきな臭い。
現在、温厚派のサナデル皇子が第一候補だが、かなり血の気の多いルバト皇子を熱烈に推す声も大きいのだ。
私達、宮廷魔術師としては、忠誠を尽くすべき相手はあくまでも皇帝であって、皇子のどちら側にも与しない、という立場をとっている。
ただ、私個人としては、帝国の武力勢力を拡大し戦争も辞さないような発言をしているルバト皇子より、平和による発展を願うサナデル皇子のほうが何倍も良い。公の場では言えないけれど。
「魔光蟲の件、ルバト皇子派に悟られるとやっかいだ」
「そうね」
魔光蟲は、森にいくらでもいる蟲である。兵器にすることが可能とわかったら、どうなるかは、目に見えている。
「そういえば、リア公女の誕生日会が明日よね」
「詳しいな」
「私たち、一応、招待を受けたわよね?」
「そうだっけ?」
私達宮廷魔術師というのは、当然、皇族や貴族とのつながりも大きい。
私達の研究は、貴族がスポンサーになっているものもある。当然、レムスも招待されているはずだ。行く気がなかっただけで。
「行くのか?」
「……行くつもりだったけど」
私は苦笑した。
足も痛いし、魔光蟲の問題がある。無理して行くだけの価値はないかもしれない。参加といっても、目的は社交というより、営業だ。ドレスではなく、宮廷魔術師の正装だし。もちろん、ダンスする予定もなかった。
「公爵家には、ディアナがいるから」
ディアナというのは、宮廷魔術師をやめて、公爵家の専属魔術師となった女性で、私達の元同僚だ。年齢は私より三つ下だ。
天才と呼ばれるほどの才を持ってはいたのだが、ただ、宮廷勤めが合わなかった。研究と称して、レーゲナスの森に出張しており、いりびたった。とにかく「宮廷」にいない、宮廷魔術師。さすがに出張申請が通らなくなってしまって退職した女性だ。
「今も、つとめているのか?」
「うん」
「……よく続いているな」
専属とはいえ、ひょっとしたらずっとレーゲナスの森の研究をさせてもらっているのかもしれない。
公爵領は森の近くだったし、不思議ではないだろう。
そう。ディアナは誰よりもレーゲナスの森に詳しい。ということは。
「魔光蟲についても、詳しいかしら?」
「……かもしれん」
レムスは突然立ち上がった。
「室長に話してくる。でかける用意をしておけ」
「う、うん」
私は頷き、サンドウィッチを喉に流し込んだ。
石畳をかなりのスピードで走っているため、馬車は非常に揺れる。
二人乗りの小さな車内は広いとは言い難く、揺れるたびに隣のレムスの腕が肩に当たってしまう。
お互いに不可抗力だから、気にするのも変だ。とはいえ、近すぎる距離。意識するなという方が難しい。
レムスは、ずっと車窓を見ている。例によって、気にしているのは、私の方だけ。そう思うと、胸の奥底が重く感じられた。
「揺れるな」
レムスがぽつりと呟く。
「ご、ごめん」
必死で足を踏ん張ってはいるが、どうしても体が傾ぐ。
「謝るな、お互い様だ」
「でも……」
倒れかけた身体をレムスが手をのばして支えてくれた。
思わずその腕につかまってしまい、私はあわてたが、レムスは気にしていないようだった。
「ディアナに会いに行くのは賛成だけど……まさかこんなことになるなんて」
「厄介ゴトの匂いがするな」
「うん」
私は頷く。
レムスは、レーゲナスの森の専門家ともいえるディアナと話をしたいと室長に提案した。
その後、室長が公爵家に連絡を取ると、『すぐに来てくれ』という返事とともに公爵家のほうが、馬車をよこしたのである。
「ひょっとしたら、かなり深刻な事態になっているのかもしれん」
「深刻な事態……」
「魔光蟲が絡むかもしれない」
レムスの顔が険しくなった。
「魔光蟲を運んだのは公爵家?」
今まで、誰もできなかったことを、公爵家がやったということだろうか。
ああ、でも。ディアナなら、そして、公爵家の財力があれば、できるかもしれない。
「でも、それなら正式なルートで依頼が来てもおかしくはないのでは?」
「正式ルートにのせる前に、俺たちが連絡をしたということもある」
「そうね」
やがて馬車は、大きな公爵家の門をくぐった。
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