38|逃走〈5〉

‘ ドゥン…!!! ’


 遠くで爆発音がきこえたかと思った直後、トンネル内の前後数十メール圏内を爆風が駆けぬけた。


「うわッ…」


 サクラたちの背中が‘カッ’と熱くなったと同時に、バイクの車体は熱風をまともに受け、バランスを崩してスリップした。


「マズい…!」


 サクラは、体勢を立て直せないまま、左の壁に押しつけられながら、不快な音をたてて壁をけずり、火花をちらしながら、そのまま数メートル進んで、横倒しになって止まった。


「サクラ、だ、大丈夫ッ!?」

 サイドカーから這い出してきたツトムが、声をかける。


「私は平気…」

 よろよろとツトムに歩みよるサクラの右足は、すり傷で血がにじんでいた。


「それより、この爆発は、なに…?」

「おそらく、装甲車が爆発したんだ。僕が投げた手榴弾の中に不発弾があったからね。きっと、それが爆発して、エンジン部分にダメージを与えたんだと思う」

 ツトムは、ヘルメットをとりながら興奮ぎみに説明する。


「でも、よかったよ、サクラ。これで、少しは時間がかせげる!」

「う、うん…」

 だが――サクラは、ヘルメットをとることもせず、爆発があった方角をじっと見つめていた。


「それで…バスターズはどうなったのかな…?」

「どうって?」

「爆発で、誰か…怪我したり、死んだり…してないのかな?」

 サクラの脳裏に、4Cフォーシーの顔がちらりと浮かんだ。

 無意識に〈誰か〉という言葉に〈4C〉を重ねていた。


「バスターズが、死んだかって?」

 ツトムは、せっせとサイドカーの荷物入れから自分のバックパックをとりだしながら、とくに関心もなさそうに返した。


「サクラ、バスターズは軍隊だよ。プロの戦闘集団だ。こんなことで命を落とすようなヘマはしないさ」

「ほ、ほんとに…?」

「それより、僕が心配なのは、やつらに追いつかれることだ。僕たちのバイクも破損したし、やつらも、きっとすぐに体制を立てなおして追ってくる。急がないと!」

「うん、そうだね…」

 サクラは、やっと自分の置かれてる状況を把握し、ヘルメットを外した。


(4Cは、生きてる…)


(そんなことは、どうでもいい…)


(彼が生きていようが、死んでいようが、関係ない…)


(なにも、関係ないんだ…)


 サクラは左右に頭をふって、4Cの残像をふり払った。


「サクラ、落盤事故現場は近いよ」

 ツトムは〈ポータブル・ナビ〉を手にとり、確認作業をしていた。


「あと1kmキロぐらいだ。このまま走ろう!」

「うん、走ろう!」


 それからツトムは、「そうだ、これを持っていかないと」といって、リアボックスから弾薬ケースをとりだす。4Cの予想どおり、落盤事故現場で手榴弾を使う作戦だからだ。


「あと、これも、念のため、持っていこう…」

 そういって、ツトムが手にしたのは〈銃〉だった。


「ツトム、それ、私が持つよ」

「うん」

 サクラがそういったのは、特に深い意味があったからではない。


 荷物がぎゅうぎゅうに詰まったバックパックを背負い、弾薬ケースと銃を両手に持ちながら走り出すツトムをみて、自分だけ身軽なのは不公平だと思ったからだ。


 そして、サクラは、9ミリ口径の〈銃〉を手にとった。

 そのとたん――ずっしりと重い鋼鉄の感触と、その冷たさがリアルで、サクラの心はふるえた。


 一週間まえ――サクラは、これと同じカタチの銃を手にしている。


 〈審査ルーム〉で覚醒したとき、ガードマンが落とした銃をとっさに拾い、23ゲートのまえに立ちふさがるバスターズに銃口を向け、威嚇するために撃った。


 あのとき、サクラは覚醒しており、銃を撃った瞬間も、夢の中の出来事のように、すべてがスローモーションでみえ、すべてが軽く‘ふわり’とした感覚だったことを覚えている。


 だが――いまは違った。


 圧倒的なリアルの中で、サクラは思う。

 これは、人を傷つける道具だと。

 人の命を奪う道具だと。


 そのとき、また、サクラの脳裏に4Cの姿が浮かんだ。


(ち、ちがう…)


(そんなことは考えてない…)


(そのために、持ったんじゃない…)


 だが、サクラの中に生まれた、どうしようもない〈負〉の感情は、サクラの心の中にじわじわと染みこみ、少しずつ、少しずつ、暗闇の色へと染めあげてゆくのだった。



          ***



「全員、無事か!? 怪我人は!?」

「いません! 全員、無事です!」

「よしッ…」


 黒煙が立ちこめる中、4Cは、10名のバスターズの安否をたしかめると、次の指示を与えた。


「通信係2名は、道路沿いに設置されてる〈非情電話〉で緊急連絡! 消防隊の応援を要請しろ!」

「了解しましたッ」

「他8名は、応援が来るまでここで待機だ。むやみに動くんじゃないぞ。爆発の影響で天井の壁ももろくなってる。身の安全を確保しろ」

『イエッサー!』


 全員が4Cに向かって敬礼をすると、通信係の2名は後方(南)にむかって駆けだしていった。


 それから4Cは、前方(北)を――黒煙でくすぶりつづけている装甲車の残骸をながめ、深呼吸をひとつすると「よし、行くか…」といって煙のほうへ歩きだした。


「おい、どこ行くんだよ?」

 同期の青年が、あわててあとを追う。


「いや、ちょっとションベン…」

「はぁ?」

 そういって目をむいたあと、すぐに青年は4Cの意図をみとり、意味ありげに‘にやり’と笑う。


「ちがうだろ…おまえひとりで、エムズを捕まえにいく気だろ? おまえの魂胆はみえみえなんだよ!」

「………」

「そうは、させるか。俺も行くぞ」

「おまえ…」

 4Cは一瞬、「どうしたものか…」と首をかたむけ、なにかを思案するようなそぶりをみせたが、大きく頭をたてにふった。


「しかたねぇな…一緒について来い」

「よし!」

「おまえの言う、『落盤事故現場、開通してました説』を確かめに行こうぜ!」

「ああ、楽しみだな」


 そういって、4Cと青年は、黒煙の向こう側へと姿を消した。


 小走りに駆ける4Cの腰のあたりで、皮製のヒップ・ホルスター(銃ホルダー)がゆれていた。


 そこには、サクラが持つ銃と同じ、9ミリ口径の〈銃〉が収まっていた。




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