39|逃走〈6〉

 サクラとツトムは、1kmキロの道のりを全力で走った。


 その先に待ち構えていたのは、大量の土砂と瓦礫でふさがれた〈壁〉だった。


 開通もしていなければ、復旧工事の途中ですらない――それは、そのまま、手つかずの状態で放置されているかに見えた。


 天井からは、どこかから染みでてきた地下水が‘ぽたぽた’と、絶え間なく落ち、通り過ぎた夕立のあとのように地面を濡らしていた。


 大小さまざまなコンクリートのかたまりがうず高く積みあがり、そのすき間を、天井からこんだであろう黒い土砂が入りこみ、よりいっそう強固な〈壁〉をつくりあげていた。


 ネズミ1匹すら通り抜けられないような、閉塞感ただよう場所で、サクラとツトムは、ひたいから流れ落ちる汗をぬぐうこともせず、ただ呆然と、その光景をながめた。

 あらかじめ、わかっていたこととはいえ、それは、サクラたちに大いなる絶望をつきつける。


「思ったより、ぎゅうぎゅうにつまってるね。サクラ…」

 深いため息とともに、ツトムがいう。


「そうだね。でも、こんなの予想の範囲内だよ。こっちには手榴弾がふたつもあるんだから。きっと、なんとかなる!」

 サクラは、持ち前の〈ポジティブ思考〉でツトムをはげますが、サクラ自身、無理やり、カラ元気を作っていることは自覚していた。


(ぜったい、無理だ…)


(たった2個の爆弾で、突破できるはずがない…)


「サクラ、やっぱり無理だよ…」

 サクラの心を読んだかのように、ツトムがつぶやく。


「この瓦礫と土砂は、僕が〈視る〉かぎり10メートル先ぐらいまでつづいているし、それに…この地下水は、地盤がゆるんでる証拠だ。もし、ここで爆弾をつかったら、もっと大量の土砂が流れてきて、生き埋めになる可能性だってある。たぶん…その可能性のほうが高いと思うんだ…」

「………」

 サクラはツトムの言葉をじっと黙ってきいていた。


 目にうっすらと涙をため、必死で泣きたい気持ちをおさえ、〈絶望〉と戦いながら耐えている彼の心情が、痛いほど伝わってきたからだ。


「でも、ツトム…やらなきゃ…」

 サクラは、瓦礫の壁をにらみつける。


『 サクラさん、幸運をッ! 』


 OBBオービービーの声が、脳裏にひびく。


「もしも…私たちが、このまま研究施設に連れもどされて…あの独房に入れられたら、きっとOBBは悲しむよ。せっかく彼が勇気を出して、私たちに希望を与えてくれたのに、それが全部、無駄になっちゃうんだよ?」

「サクラ…」


「私、そんなの嫌だから…。研究施設で死ぬくらいなら、ここで死んだ方がいい…前を向いて死んだ方がいい…ぜったい…」

「そうだね…やろう…」


 ふたりは、目と目を合わせ、うなずきあった。


「当たってくだけろ、だ」

「うん、当たってくだけろ!」


「よし、ツトム。私に、爆弾をちょうだい」

 そういってサクラは、背後に向かって手をのばす、と…ツトムからの返事はなく、なぜか、彼は、「ああああ…」とわけのわからない声を発し、じっと濡れた地面を見つめていた。


「ど、どうしたの?」

「ああああ…! なんてことだ…これは…これは…」


 ツトムは、地面を見ているわけではなかった。地面の、さらにその下を見つめていたのだ。


「き、奇跡だ…」

「なにか、あるのね? この地面の下に、なにかあるのね?」

「ツトム…なにが〈視える〉の?」


 ツトムは、片手に持っていた弾薬ケースを手放し、ある1点をめざして歩きだす。サクラは、ツトムの行動をじっと見守った。


「この下に、なにがあるの?」

「通路だ」

「通路? ほ、ほんとに…!?」

 サクラの心臓が、‘どくどく’と激しく動きはじめる。


「たぶん、すごく古い感じの通路だ。ほら、研究施設の配線通路も古代遺跡みたいな古い通路だっただろ? ここも同じような感じで…もっとずっと複雑につづいてるんだ…」


 ツトムは瓦礫でふさがれた壁の、右端――大小さまざまなコンクリートの塊が積み上げられた場所まで来ると、その撤去作業をはじめた。サクラもそれに参戦する。


 たしかに注意深くみると、その部分の瓦礫には土砂がなく、その下になにかを隠しているような不自然な置かれかたをしているのだ。


 ほどなくして――


「これは、ハッチ…?」

 サクラは、目をみひらいて、それを凝視した。


 ツトムが退かしたコンクリートブロックのその下から、マンホールのふたのような〈ハッチ〉が出現したのだ。


「どうして、こんなものが…?」

「わからないよ。でも、ひとつわかるのは――落盤事故の前には、きっと、なかったものだ。事故があって偶然〈通路〉が発見されて…それを隠すためにハッチをつくって瓦礫でふさいでごまかしてたんだ。これで、やっと、復旧工事をしなかった理由がわかったよ」


 ツトムは、最後のコンクリート片を撤去し、すっかり姿をあらわした〈ハッチ〉のふたを満足げにながめる。


「でも…誰がこんなこと…」

「そんなの決まってるよ。L=6さ」

「L=6…」

 サクラの脳裏に、妖しくほほえむ彼女の顔がうかぶ。


「きっと、この場所も〈機密〉のひとつなんだ。彼女は…っていうか、研究施設の中は秘密や嘘ばっかりで、信用に値しない人間ばっかりだけど、でも、まあ…そのおかげで、僕たちは生きのびられるんだから、これに関しては感謝しなくちゃね…」


 ツトムは、皮肉たっぷりにいいつつ、〈ハッチ〉のふたに手をかけた。


(秘密や嘘…)


(信用に値しない人間ばかり…)


 サクラは、その言葉にぐっと胸をつまらせ、4Cの影を追い払う。


〈ハッチ〉の下は、暗黒の世界だった。

 暗黒に向けて鉄製のハシゴがかかっている。


「僕が、先におりるよ。大丈夫、僕は〈視える〉から…」

「うん…」


 こうして――ふたりは、OBBの導きか…あるいは、嘘で塗り固められた研究施設の体質にたすけられ、窮地を脱した。


 はたして、それは幸運だったのか、あるは破局へとつづくプロセスだったのか――その真実、その結末は近づいていた。



          ***



 その数分後――


「見ろ、4Cフォーシー! こんなところに〈ハッチ〉があるぞ…」


 4Cの同期である青年は、それを見つけると「だから言ったことではない」と、声を荒げ、誰にぶつけていいかわからない不満を4Cへなげた。


「だから、言っただろ? 上層部の連中は、平気で俺たちに嘘をつくんだ! 開通こそしてなかったが、これは、開通してたことと同じだ。まんまとエムズを逃がしちまったんだからな」

「まてまてまて…まず、深呼吸して落ち着け!」

 4Cは、やけに落ち着いた態度で、興奮する青年を制した。


「おまえ、興奮しすぎると〈過呼吸〉になる癖があるだろ。こんなところでぶっ倒れたら、おまえをかついで、また数キロの道をもどるのは俺だぞ…」

 4Cは、いつもの調子で、大袈裟になげいてみせた。


「そりゃ、おまえの言ってることはわかるよ。たしかにこの研究施設は秘密だらけだ。でも、ま…それは、いまにはじまったことじゃないだろ? それに、その体質のせいでエムズを逃がしたなら、それは俺たちの責任じゃない。そうだろ?」

「そ、それはそうだが…」


 どうにも納得がいかない青年をなだめつつ、4Cは、なんのためらいもなくハッチに近づき、その〈穴〉中を携帯ライトで照らした。


「ここでぼやいてても、子ネズミちゃんたちは捕まえられないぞ」

 そういって、なれた動作で真っ暗な〈穴〉の底へおりてゆく。

 青年は、その4Cの様子に注意をはらうこともせず、しぶしぶ、それにしたがった。


「ここが、行き止まりの場所であることを願うだけだな…」

 青年は、深いため息とともに言葉をはきだし、


「ああ、神のみぞ知る、だ…」

 4Cの受け答えは、どこか空々そらぞらしく暗闇にひびいた。


 闇は沈黙をたもったまま、ただそこに黒くうずくまり〈運命のとき〉を待っているかのようだった。




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