04|フラッシュバック

 その青年は、アクション映画に登場するマシンガンのような武器を構え、


「俺がを焼き払うから、スキをみて逃げだせッ!」


 そう言って「うおおおおぉぉぉーーーーッ!」と叫びながら、モンスターのかたまりめがけて、ぶっ放した!

 その銃口からは、勢いよく炎がふきだし、モンスターたちは、またたく間に焼き払われてゆく。彼が持っていたのは〈火炎放射器〉だった。


 モンスターたちは〈悲鳴〉のような叫びをあげながら、しゅーしゅーと音をたてて燃えていった。半透明の皮膚はただれ、溶けだし、透けて見えていた内臓は皮膚の裂け目からどろりとあふれ、ぼとぼとと奈落の底へ落ちてゆく。


 その、なんともいえない悪臭とグロテスクなビジュアルに、サクラは顔をゆがめつつも必死に耐え、必死に鉄骨にしがみついた。

 体にまとわりついていたモンスターがつぎつぎと穴へ落ち、身軽になったサクラは、鉄骨に片足をかけ、そこから穴の淵へとよじのぼる。


 みると、背中に一体だけ、ヒルのようにはりついているモンスターがいる。

 そのおぞましい物体を、力をこめて引きはがすと、巨大な口をあけている暗黒の闇の中へ放り投げた!


「とっとと、おとなしく、暗闇に帰れぇぇぇーーーッ!!!」


 そこへ――青年が放つ、炎のかたまりが容赦なくふきつけられ、モンスターは最期の断末魔とともに業火ごうかの中で消えうせた。


 火炎放射をあびせた主は「やるな、メイドちゃん」と満足げにほほえみ、サクラをハッチのほうへ手招きする。


「さ! 早く早く、ここは危険だ。早く建物の中へ…」

「わ、わかった…」


 ハッチの中へ入るとき、ふと、ふりかえってその場所をみると、モンスターたちが溶けて一体化したのだろうか、あたり一面は、真っ黒なコールタールの海のようになっていた。



          ***



「うへぇ。何度みてもぞっとしねぇ眺めだな…」


 ハッチのハンドルを力をこめて回し閉めながら、青年は苦虫をかみつぶしたような顔でいった。ハッチの内側は、8畳ほどの広さの、まわりをコンクリートで固めただけの殺風景な空間だった。


 それから彼は、サクラのほうをふり返り「大丈夫か?」といって傷だらけの足をそっといたわるようにさわった。サクラが、痛みで顔をしかめると、


「いま、手当てするから待ってろ」


 そういって、かたわらに放り投げてあった、ナイロン製の作業バッグを引きよせ、中から救急グッズらしきものを取りだし「こんな足で、よく走れたな」と感心しながら手当てをはじめる。

 謎の空間にとつぜんあらわれた〈謎の青年〉ではあったが、第一印象は悪くなかった。


「いったい、あのモンスターは、なんなの?」

 サクラは、興奮からさめないまま、とうぜんの質問をする。


「あれが、なにかって? そいつは、むずかしい質問だな…」

 青年は、サクラの足の傷に消毒液(らしきもの)を吹きかけながら眉間にシワをよせた。

「し、知らないの?」

「わかってたら、ここで研究なんかしてないさ」

 それは、もっともな答えだった。青年はつづける。


「でも、わかってることもある。あいつらは〈古代生物〉だ」

「古代生物…?」

「そう。三百万年まえの地層から化石が見つかってるんだ」

「化石…」

「そう。ずっと絶滅したと思われていた生物だが、1年前…なぜかこの場所に大穴を開けて湧きでてきたんだ。エキサイティングだろ?」

 そういって青年は、サクラに片目をつぶってみせた。

「………」

 サクラは、あのモンスターに覆われたときの、ぬるりとした感触を思い出し、背筋がぞわっと粟だった。


「それよりさ…」

 足のケガの応急処置を終え、薬をバッグにしまい込みながらその青年はいった。


「きみが本当に知りたいことは『あいつらが何者か』ってことじゃないだろ?」

 すこし心配そうに首をかたむけながら、サクラにほほえみかける。


「私が、本当に知りたいこと…?」

「そう。いま、きみが、いちばん知りたいことは『ここが、どこか』ってことだ。そうだろ?」

「………」

「この場所――この殺風景な建物は〈ノアズ・アーク社〉っていう製薬会社が管理する研究施設なんだが…それよりも、もっと根本的なこと――まず、それを、きみに話さなきゃ、な」

「どういうこと…?」

「心して、聞いてほしい。この世界は、きみがいた世界じゃないんだ」

「え…?」

「この世界は、きみがいた世界とは別次元に存在するなんだってことさ…」

「もうひとつの、世界…?」


 サクラは、その言葉の意味を、その言葉の重みを、まだ、はっきりと理解することができなかった。まだ、どこかで「ここは夢の続きだ」と思っていたからだ。

 一度死ぬか、一度眠るか、とにかく一度リセットして目覚めれば、もとの世界にもどっているだろうと、なんの根拠もなくただぼんやりと思っていたのだ。


「この世界は、夢の続きじゃない…」


 青年は、サクラの心を読んだかのようにそういい、目の中に悲しみをひそませて説明をはじめた。


「きみたち〈エムズ〉は、最初、みんなそういうんだ。ここは、夢の中の世界だってね。みんな夢を見ながら転移してくるからかもしれないけれど。だから、どうせすぐに、もとの世界にもどれると思ってる…」

「ち、ちがうの?」

「ちがうよ」

 青年は即答した。


「じつは、きみたちが、こっちの世界に――そしてにあらわれるようになったのは、もうずっと昔…100年以上もまえからなんだ。でも、ここ20年ぐらいで頻繁にあらわれるようになって、それで、本格的にきみたちを受け入れる施設をつくって研究をはじめた。あの古代生物の研究も、まぁ…重要ではあるんだが…メインはきみたち〈エムズ〉なんだよ」

「エムズ…」

「そう…我々はきみたちをそう呼んでる。で、きみたちが、こっちの世界に転移してくる理由は、いまだ解明されていないし、もとの世界に帰る方法なんてなおさら、誰も、なにも、わかっていない。それが現状だ。エムズは、みんなこっちの世界で生活し、そして、こっちの世界で一生を終えるんだ…」

「………」


 青年の言葉には説得力があり、とても嘘をついてるようには思えなかったが、それでも、サクラは、まだピンときていない。

 すると青年は、目元をゆるめ、ふっと笑う。


「ま、そういわれても、まだぜんぜんピンとこないよな? たったいま、ここに来たばっかりだもんな」

「う、うん…そうだね…」

 困った顔でサクラは笑い、青年も笑った。


 目鼻立ちのはっきりした浅黒い肌に、白い歯をのぞかせて笑う彼の顔は、一点のくもりもない青空のようで――サクラは、この謎に満ちた空間、謎に満ちたシチュエーションの中で、ほっとできる人間に出会えたことを、誰にともなくひそかに感謝した。


(なんかわからないけど、彼がまとってる空気、すごく安心する…)


(彼に、出会えてよかった…)


 サクラにとっては、この世界が《もうひとつの世界》であることより、あのモンスターがなんなのか、この研究施設がどういうところなのか…そして、目のまえにいる青年が誰なのかということのほうが、はるかに興味をひくことがらだった。


「さてと…」

 青年は、救急グッズのはいっている作業バッグと、火炎放射器を重そうに背負い、

「そろそろ、ここを離れないとな。ハッチを閉めてるとはいえ、ここは安全じゃない」

 そういって、サクラを通路のほうへうながした。

 みると、ハッチの反対側には、研究施設内へ通じるているらしい通路があった。


「歩けるか?」

 青年はそういって、あらためてサクラの足を心配そうに見る。


「うん、歩ける。私、こうみえてタフなの」

「そう…みたいだな」

 青年は、足をひきずりながらも力強く歩きだすサクラをみて、ほほえみ、

「あのモンスター…俺たちは〈ゴースター〉と呼んでるが――あのゴースターに屈しない体力、精神力はなかなかのもんだったよ」

 そういって感心したようにうなずいた。


「上司にも、よく言われるの。窮地に追い込まれたときの私は、敵地に乗り込むときの武将のようだって…」


 と、そのとき…


『 おまえは、ジャンヌダルクだよ咲良さくら… 』


 サクラの脳裏に、まるで映画のフラッシュバックのように、記憶の断片が浮かんでは消えていった。そう、それは〈記憶〉だった。


『 おまえは、ジャンヌダルクだよ咲良… 』


『 勇敢で、正義感がつよくて、男まさりで… 』


『 おまえは、俺の誇りだ… 』


『 俺の…お姫さま… 』


(…え?)


 それは、あきらかに、サクラの上司の言葉だったが、やはり、サクラは、その顔を思い出そうとすると、頭の中が霧でおおわれてしまう。


(彼は、私の上司…)


(でも、どんな顔だったのか思い出せない…)


(それに――私と彼の関係は…)


「どうした?」

 青年が心配そうに声をかける。


「私、いま…職場の上司を思い出したんだけど…」

「それで?」

「わからないの。ちゃんと思い出そうとすると、頭にもやがかかってしまって…」

「ああ、なるほど」

 彼は、さほど驚くようすもなくサクラの言葉をうけとめた。


「それは、記憶障害だな」

「記憶障害?」

「そう。エムズがこっちへやってくるときに起こる弊害へいがいだ。記憶が曖昧あいまいになったり、思い出せなかったりするんだ。でも、だいじょうぶ、すぐに回復する」

「ほ、ほんとうに?」

「ああ、ほんとうさ。俺を信じろ」

「………」

 青年は青空のような笑顔をむけてくれたが、サクラの心は晴れなかった。


 そのときから、サクラの心の奥底に、言い知れぬ不安の種が芽吹き、すこしずつ、すこしずつ、サクラの心を侵食してゆくのだったが――それが、サクラの運命を大きく左右するできごとの発端ほったんになるとは、まだ、サクラ自身にも、となりにいる青年にも、予測不能なことだった。


 サクラの運命、そしてこの星の運命は、そうして、すこしずつ、すこしずつ、動きはじめた。




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