ふたまたねこまたまたまたまた

勝次郎

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「俺のことを本当すきだったのか?」


 なんとも情けないこの質問。その返答は――


「好きだったけど……二番目だよね」


 目の前にいる俺のはそう答えた。



 本当に情けない話ではある。

 大学二年生の夏休み、俺は突然に彼女から話があるといって喫茶店に呼び出された。通っている大学近くにある行きつけの喫茶店だ。


 そんな彼女とは大学一年生の春休みにバイト先で出会い、そのまま関係が発展し、今では交際半年とちょっとであった。


 呼び出された俺は内心びくついていた。彼女に呼び出されるというシチュエーションにおいて、いい連想はあまりできそうにない。俺自身小心者だから、何かやらかして彼女を怒らせてしまったのでは、どう謝罪するべきかと内心で悩みを育ませていた。


 それから半年ということもあり、もちろんSEXもしているわけであって、大学生という身の上(俺自身最大限で細心の注意と事前準備及び確認を行ってはいるが)妊娠報告なのではないかと冷や汗をかいていて、しかもそれでいて責任をとらなければという潔さもあってしっちゃかめっちゃかだった。


 しかし、そんな状況においても俺はこれが別れ話による呼び出しであるとは微塵も思っていなかった。


 何故ならば俺は彼女を信じていたからだった。


 そしてそれから数分後。


 俺は女性を、人を信じることを一切やめることとなった。


「私他に付き合ってる人がいるの」


「え?」


「だから別れて欲しい」


「ふぉ?」


 言葉もしゃべれない乳幼児みたいなしゃべり方しかできなかった俺は、彼女を見つめることしか出来ない。


 まぁ、彼女はとても美人である。なぜ俺なんかと付き合っているのかが不明なぐらい。


 それに比べて俺はどうであろうか。普通より少し下の顔(いや気持ち下かな?)。これといった特技もなく、学業も可もなく不可もなく。


 まぁ当然当然の結果だろう。ふられることは。


 しかしちょっとまてい。いまなんとおっしゃった?


「だから、私他に彼氏がいるの」


「じゃあ……俺はなに?」


「うーーん??……彼氏」


「そうか……」


 いつの間にか運ばれてきていたブラックコーヒーに砂糖を入れる。明らかに適量ではい量を投入する。震える手で。みるみる増えるコーヒー。俺の気持ちとコーヒーどっちが溢れるか勝負だろうな。


「じゃあ、俺は騙されてたってこと?」


「そんな人聞きの悪いことじゃ……」


 じゃあ俺はなにされたんだろ。


 ちなみに俺は彼女のことが死ぬほど好きだった。周囲が引くほど好きだった。


 三色飯食う前に彼女の顔を思い浮かべ、神前だろうが仏前だろうか彼女最優先。友人、学業、バイトに家族、できる限り切り詰めて彼女に尽くしてきた。


 しかし、それはつもりだったのかもしれない。


 いま目の前にいるに質問をする。


 本当に情けない質問だ。


「俺のことを本当すきだったのか?」



 *



 俺の右手には缶チューハイ、左手には奮発したコンビニで売ってるちょっと高いビーフジャーキー。


 俺がいまいる場所は誰も寄り付かない神社の境内。小学生のころから溜まり場としていた秘密基地のような場所だ。古ぼけていて管理者なんて誰もおらず、春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうがすっからかんだ。


 ちなみに9月すぎたあたりの今、夜の境内は相変わらず誰もいない。虫と俺ぐらいだ。


 どかりと本殿の階段に腰を下ろしている俺は、ぐびぐびぐびーっとチューハイをあおる。いまの俺にできることはそれくらいだった。


 混濁した意識の中、数時間前の記憶がもやもやと浮かんでくる。湖面に移る景色のようにゆらゆらしたそれは、気付けば誇張まで加わっているかのように鮮明に記憶を駆け巡る。


 結局その後彼女と別れた俺は、その足取りのままコンビニで宴の準備をすませてここに来た。


 いまの俺は一刻も早く数時間前の事実を忘れたかった。


 というより彼女と過ごした半年間。騙され続けた半年間。信じ続けた半年間。その全ての報われなかった半年間を記憶から吹き飛ばしたかった。


 だが、酒を飲んで忘れようとすればするほど、涙が溢れてきていた。


 パッとしない俺の人生に安らぎと華やかさ、そして活力を与えてくれていたのは紛れもなく彼女だったからだ。


 因みに彼女の言い分は二人とも好きだったらしい。成る程、人間というのは器用なものだと思ったのが率直な感想だった。だけど最後は俺の方が顔も見たことないもう一人の彼氏との恋愛闘争に負けたということだろう。


 コンビニのビニール袋に大量に入った安酒を次々とあおっていく。それにともない混濁する思考、絡まる思考、なのにも関わらずだけははっきりしたイメージで現れる。


 ビーフジャーキーを獣のように噛み千切り、再び酒をあおる。


「そっかぁ、二番目かぁ。そうだよなぁ……」


 クチャクチャ肉を噛みながら、そんなことを一人呟く。


 学校行く気力もないなぁ。バイトもなんだかなぁ。


 俺は完全にやられていたようだった。


 それにもう人間不信だ。あれだけ信じた彼女に裏切られた。あれ? そもそも俺がばか? なおさらやってられねぇじゃねぇか。


 ふざけんな全員禿げろまじで。


 俺以外ハゲ散らかせ。


 ほんとに。


 境内はぐるぐる回る視界で確認しても相変わらず誰もいない。


 気づけば時刻も深夜二時だ。


 どんだけいたんだよ俺とドン引きである。


「そろそろ帰るかぁ」


 ビニールに買いだめされた酒つまみ類は既にすっからかんだ。俺は最後の酒をぐいっと天を仰ぎながら飲み干した。


 するとそこで俺はなんだか一人の女と目が合うのだった。頭に耳が生えたよくわからん女に。


「しけた面してますなぁ」


 大分酔ってるなぁ俺って……こんな酒弱かったかな?











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