第37話 イミテーション・トルーパーズ
――一、二、三……四体か?……畜生、よく見えないな。
バイクにエアコン、歩行者信号機と暗がりに潜んでこちらをうかがっている機械たちはどれも、街角で市民の生活をサポートしている設備がAP化したものばかりだった。
おそらくガタイの小さい奴から来る、俺はそう直感すると包囲の一点を見据えた。
敵の一角が動いた瞬間、俺は身を翻して逆方向に飛んだ。同時に頭上で敵のアームがぶんと空を切る音が聞こえた。俺は振り返りざま、目が捉えた敵の弱点――外装の継ぎ目に鞭を放った。次の瞬間ばちん、という音がして小ぶりなAPが地面に転がった。
「強引にカムフラージュしようとするから、あちこち剥き出しになるんだぜ」
俺は同じパターンで立て続けに数体を黙らせると、最後の一体に対して身構えた。電磁鞭でAPを相手にするにはケーブルやヒューズなど弱い場所を狙うしかない。
「さあ来い、玩具野郎」
触手のような多関節アームを生やした信号機が一歩踏みだした瞬間、俺は重心をぎりぎりまで低め、鞭を放った。敵のアームが俺の顔面に届くより一瞬早く、鞭が脆弱な膝の継ぎ目を打った。つんのめるように崩れた敵の身体に弾かれ、後方に吹っ飛ばされた俺は石段の手前で止まり、動けなくなった。
――やったか?
俺が終わりを確信した、その時だった。どしんという音と共に地面が震え、すぐ近くでモーターが駆動する音が聞こえた。俺が顔を上げると、二メートルほど先に手足を生やした石灯籠が、赤いLEDの眼を俺に向けていた。
――寺の境内にもいやがったのか。さしづめ外人部隊だな。……だがもう動けないぜ。
敵の胴体が上下に割れてマシンガンの銃身が覗いた瞬間、俺は死を覚悟した。頭部を狙っているのかモーター音と共に銃口が上下に動いた、その時だった。突然、がきんという堅い音が響いたかと思うと、敵の胴体が火を噴いた。
「……なんだ?」
俺は自分でも驚くような機敏さで立ちあがると、煙を上げて崩れてゆく敵を見つめた。
地面を揺るがして石灯籠が倒れた後、境内をしばし不気味な沈黙が覆った。俺は倒れている敵に歩み寄り、胴体の継ぎ目に突き立っている物体を見てはっとした。
――これは、
敵の胴体に刺さっていたのは、爪の形の金属に取っ手がついた物体だった。俺はどこかで読んだニンジャの道具を思い出し、いったい誰が投げたのだろうかと訝った。
「なかなかよい戦いぶりでしたよ、ピートさん」
闇の中から聞き覚えのある声が響き、俺は思わずあたりを見回した。
「その声は……毘沙門」
「はい。たまたま近くに私がいたから助けられましたが、あなたの腕ではまだ、大勢を一度に相手にするのは危険です。敵の武装が強力な場合は、逃げる道を選んでください」
「ああ、そうする。……まったくあんたのお蔭で再三、命拾いをさせてもらったよ」
「それもまた、宿命です。それよりピートさん、『美趣仁庵』の場所を探しておいでだとか」
「なぜそれを?弥勒との会話を聞いていたのか」
「私たちにはこの街の不穏な噂は大抵、耳に入るのですよ。……店の場所について手がかりを探していらっしゃるなら明日の夜『
「本当か?……有り難くうかがわせてもらうよ。実を言うとあまり時間的余裕がないんだ」
俺は毘沙門に感謝の言葉を述べた。『兜率天』とは弥勒がオーナーを務める会員制のパブで、『ニルヴァニア・ファミリー』の幹部たちが集まって弥勒と語り合う場所なのだという。
「しかし運河の外に戻ってもこの有様じゃ、元の呑気な生活には当分、戻れそうもないな」
俺がつい愚痴をこぼすと毘沙門が闇の中で忍び笑いを漏らした。
「この街に今、我々の及びもつかない大きな力が働いています。私もあなたも、その渦にすでに巻きこまれている……こうなった以上、潔く覚悟を決めるのが賢明というものです」
毘沙門の予言めいた言葉の後、境内は再び静まり返った。俺は大きく息を吐き出すと、まあいいさと誰に言うでもなく呟いた。
――俺の仕事は『美趣仁庵』の場所を見つけてノートを届けることだ。戦う事じゃない。
俺は打ち身で痛めた部位をさすりながら、長い石段を降りていった。
〈第三十八回に続く〉
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