第38話 ホリディ・ポリスストーリー


 川べりの公園に停めた車の中で俺はホットドッグを頬張り、薄いコーヒーを飲んでいた。


「しかし依頼人の父親が弥勒と知り合いだとはな。同じ都市の中とはいえ、狭いもんだ」


 俺は誰もいない車内で呟いた。助手席にはバッテリーボックスが置かれ、そこからケーブルがキャサリンの口――コネクタに伸びていた。つまり俺は秘書とオフィスでランチ中というわけなのだった。


「ピート、依頼人からノートの入ったバッグが届いてるわ。もし『美趣仁庵』が見つからなければそのまま送り返すけど……なんとかなりそう?」


「今夜の首尾次第かな。『ニルヴァニア・ファミリー』の幹部たちの中に、めぼしい情報を持った人間がいることを祈るばかりだ」


 俺がそう言ってコーヒーを啜った、その時だった。ふいに運転席の窓がノックされた。


 俺はコーヒーをホルダーに戻し、窓の方に顔を向けた。車の外からこちらを覗きこんでいたのは、私服らしいジャンパー姿のボガートだった。


「よう、『運び屋さん』。しばらく姿を見なかったが、元気かい。……みたところ黄色いパートナーを取り戻したようじゃないか」


 職務外にもかかわらず不躾な態度のボガートに閉口しつつ、俺は最低限の笑みを作った。


「おかげさまでね。……それより旦那、見たところ非番のようだが、職務質問みたいな口調は勘弁してくれないかな」


「ふむ、そいつは気づかなかった。職業病のようなものだな、気をつけるとしよう。……ところでピート、こいつはあくまでも噂なんだが、姿を見なかった間、君が『サンクチュアリ』に行っていたという話があるんだが、真偽のほどを聞かせてくれないか」


「警部さんでも職務中じゃければ一般人だ。質問にはお答えしかねるね」


「ほう。ノーと言わないところを見ると、あながち突拍子もない話でもないということか。……実はここだけの話だが、ハンコックが『サンクチュアリ』に出入りしているという話がある。お前さん、何か知らないか?」


「そいつは世間話かい?それとも職質かい?……会っちゃいないが、どちらにせよあんたらに提供するような情報は持ちあわせてないね。俺はただの『運び屋』だぜ?探偵でもやくざでもないんだ。裏社会の情報を仕入れたいのなら、他を当たってくれ」


 俺はできるだけつっけんどんに聞こえるように言った。今日は変態野郎のコンラッドもいないようだ。捜査がはかどらないので、非番を利用してはみ出し者たちを片っ端からつるし上げているのだろう。


「その裏社会だが、どうやら『猿回し』たちに手を焼いているようだな。人間の道具になった性悪APがあちこちでギャング顔負けの狼藉を働いている。……『猿回し』たちを陰で操っているのがハンコックだという話なんだが、どうもそれだけじゃないらしい」


「……というと?」


 俺が水を向けるとボガートは一瞬「どうしようかな」と勿体をつけるような顔になった。


「運河の外のごたごたの裏で治安当局のAPが糸を引いてるっていう話があるのさ。治安を守るはずのAPたちが、ごたごたの手引きなんて面白いじゃないか」


 俺は思わずうなった。その話が本当なら、ボガートはかなりやばい話に首を突っ込んでいるということになる。警察は治安当局の指揮下にあり、基本的に『サンクチュアリ』には手出しできないからだ。


「ハンコックも『猿回し』たちも『サンクチュアリ』の指揮で動いていると?」


「利用されているだけかもしれんがな。……『チップマン』という人物について聞いたことはないか?」


「……知らないな。あちこちでチップをはずんでいる男のことか?」


「APがバックアップのために飼っている人間だよ。頭の中はAPに関することで一杯だ」


「そいつがどうかしたんですか」


「ハンコックが脱走した『チップマン』を捉えて治安当局に献上したらしいんだが、逃げられちまったという話だ。そいつはなぜ逃げた?そいつの頭には何が入っていた?気になるじゃないか」


「そうですかね。こちとらおまわりじゃないんで、そいつが何だろうと興味ありませんね」


「三日前、運河の終点でハロルドという裏社会のボスの一人が死体で上がった。奴は生前、『猿回し』たちのスポンサーだった。中古の機械に改造APをつっ込んだ粗悪品を大量に仕入れて小悪党どもに売りさばいていた。


 そいつが何者かに殺されたということはつまり「用済み」になったということだ。俺はそう遠くないうちにハンコックも同様の目に遭うと睨んでいる。そうなる前にしょっぴいてやるのが元同僚としての情けじゃないか。なあ」


「あんたらしくもないな。下手すると自分の首も危なくなるような話に、なぜ拘わる?」


「気になるのさ。どうしようもなくな。……ここだけの話、『サンクチュアリ』の秘密主義にちっとばかし不満が募ってきたというのもある。ハンコックが消されればこの件はおそらく闇に葬られるだろう。その前に断片でも掴んでおきたいんだ」


 俺はボガートのでかい目を見返した。どうやら職務に忠実なだけの男ではないようだ。


「わかった。ハンコックに関する話を耳にしたら、あんたにも教えるよ。それでいいか?」


「いいとも。恩に着るぜ。……じゃあな。せっかく見つけだした秘書を大事にしろよ」


 ボガートはらしからぬ気づかいを口にすると、再びどこへともなく立ち去っていった。


              〈第三十九話に続く〉

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