第25話 天国から来た獄卒ども
「まさか君の部屋の真上とはな。ある意味、運が味方してくれたのかもしれない」
俺の話を聞くなり、ジェイコブは就寝中にも拘わらずクリスとベティをを呼び集めた。
「この上とはつまり、メディカルセンターのことですね」
クリスが珍しく興奮した口調で言った。メディカルセンターとは何だろう。
「ピット君、もし君の相棒がいるのが真上の建物だとしたら、今日中に潜入できるかもしれない。メディカルセンターというのはAPと人間、両方の診察と治療を行う施設なのだ」
「今日中に、というのは?」
「ここにはストレスで身体を壊したり、常に誰かしら治療を要する人間がいる。往診の希望はないかコーディネーターに打診すれば許可が出る可能性は高い」
「なんとかしてあんたたちのやり方に合わせるから、できるだけく早く都合をつけてくれ」
俺は気忙しくそう告げると、頭を下げた。クリスからコーディネーターと話がついたと連絡があったのは、それから三十分後のことだった。
「三時間以内にBブロックのF2治療室に来て欲しいとのことです。準備して下さい」
俺は頷くと、レディオマンと姑娘を呼びに椅子とベッドだけのゲストルームへと戻った。
※
「上のメディカルセンターに直接、通じているエレベーターがあるのはこの部屋だけだ」
クリスは地下コロニーの奥にあるがらんとした空間に俺を案内すると、そう言い放った。
「なんだか物置きみたいな場所だな。あの柱も扉がなきゃエレベーターには見えないぜ」
俺は部屋の中央にある太い金属の柱を目で示しながら言った。
「いかにもその通り、ここはゴミ捨て場だ。あの柱も元はといえばAPたちが壊れた部品などを廃棄するためのダストシュートをエレベーターに改造したものだ。奴らにとって我々とはそういう存在なのだ」
「なるほど、とことんなめられてるってわけか。医者を呼ぶのにわざわざゴミ捨て場を通らせるとはな」
少しジョークがきついかなと思ったが、クリスもベティもこれといった反応は見せなかった。二人は柱の前まで進むと、正面についている両開きの扉を開けた。
「さあ、乗りたまえ。……言っておくが私たちもこの先の身の安全はは保証できない。状況の変化には十分、気を配ってくれたまえ」
俺は結構な脅しに感謝しつつ、扉の内側へと足を踏みいれた。内部は何もない鉄の箱で、作動ボタンらしき物がついた出っ張りがあるだけだった。
「ここが何だったかわかるかね。焼却炉さ。つまり我々は燃え残ったゴミと言うわけだ」
上昇を始めた箱の中で、クリスが自嘲気味に漏らした。意外なことに、焼却炉の中といわれても俺はさほど気にならなかった。
「この上に上の世界と我々の世界とを仲介する人間がいる。気難しいが親切な人物だ」
クリスがそう言った直後、箱が停止した。手で扉を押し開けると、そこも殺風景な空間だった。スクラップの山があちこちに見える部屋の奥で我々を出迎えたのは、腰から下が自動制御の車椅子になっている老人だった。
「やあミハイル、具合はどうだい」
「ぼちぼちだ。人間の診察に行くのかね、旦那」
「ああ。……今日は一人助手が多いが、よろしく頼む」
「ふむ、たしかに見ない顔のようだな。……まあいい、あんたたちは顔パスだ。もっともここから出るための扉が何と言うかは知らんがな」
俺が首をひねっていると、隣のベティが「ドア自体がもうAPなのよ」と言った。俺が思わず緊張で身を固くすると、ミハイルと呼ばれた老人が俺の傍に近づいてきた。
「若いの、わしの身体をどう思うかね」
突然問いかけられ、俺は返答に窮した。
「どうと言われても……怪我か何かをなさったんですか」
「ああ戦闘で大きな怪我を負ってな。APどもに任せておいたら知らぬうちにこの通りさ」
そう言うと、ミハイルは自分の下半身を誇示するように左右に回転させてみせた。
「戦闘で?いったいどんな敵と戦ったんです?」
「APじゃよ。わしは反乱APの制圧部隊を率いていたのだ。だが、裏切りにあってな」
「裏切り?誰に」
「人間側の技術者の一人じゃ。つまり、わしがこうなったのは人間のせいと言うわけじゃ」
俺は言葉を失った。こんな地上と地下の中間で暮らしているということは何か事情があるに違いないとは思ったが、よもやそんな過去があったとは。
「ではあなたはAPにも人間にも組しない立場と言うわけですね」
「そういうことになるな。この下半身にはAPが組みこまれておって、そもそも自分の意志で行きたいところには行けぬ。上半身が人間、下半身がAP、そのような状態を長く続けていると両方の気持ちがわかり、どちらの味方もできぬようになるのだ。それで天国でも地獄でも暮らせず、ここで門番を続けとるというわけだ」
ミハイルはそう述懐すると、俺の手に何かを握らせた。
「これを持って行け。APには大したダメージは与えられぬが、人間なら一発で気絶する」
ミハイルが手渡した物は一見すると端のほつれたケーブルに見えた。
「電磁鞭じゃ。よいか若いの、覚えておくがいい。これから先、重要なことは目の前の存在がAPか人間か、ではない。敵か味方か、それだけじゃ」
「ありがとう、爺さん。生きて戻ってきたらお返しするよ」
俺はミハイルに礼を述べると、クリスらと共に外への扉の前に立った。
『これより先に行かれるのであれば、身分を述べてください』
金属製のドアが喋り、クリスがドアについているレンズにカードらしき物を近づけた。
「地下道の犬だ。『奉仕者』の治療と診察の依頼を受けた。ここを開けてくれないか」
『……身分を確認しました。どうぞお通り下さい』
ドアが開き、俺たちの前に上へと続く薄暗い階段が現れた。上ってゆくと、踊り場のところで古ぼけた蛍光灯が点いたり消えたりした。
「交換する手間を惜しんでるのかな。辛気臭いぜ」
俺がぼやくと、先をゆくクリスが頭を振った。
「違うな。あの点滅はいわば機械の『まばたき』だ。あの蛍光灯はAPで、我々の挙動をうかがっているんだ。扉をくぐった時からもう、連中の監視が始まっているというわけさ」
クリスがそう言うと、階段を上り切ったところで足を止めた。
「この向こうが『メディカル・センター』だ。心の準備はいいかな?ピート君」
俺が頷くとクリスは常に出入りしているかのような落ち着いた顔で、ドアを開け放った。
〈第二十六回に続く〉
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