第5話 坂道が燃え尽きる日


 さらに上り続けると傾斜がふいに無くなり、目の前に下り坂が現れた。次の瞬間、俺の目は遥か下方のカーブを上ってくる車列のライトを捉えていた。


 ――まずい、このまま降りてゆけば対向車はトレーラーとすれ違うことすらできず踏みつぶされるだろう。


 俺は考え得る最悪の事態を思い浮かべ、戦慄した。その時、追い詰められた思考の中にふと、大それた絵が浮かんだ。


「キャサリン、内部に『トリモチ』は積んでいるか?」


 俺は閃いた言葉を、キャサリンに放った。『トリモチ』というのは、厄介な相手につけ回された際に使用する、逃亡グッズの一つだった。


「あるわ。使う気?」


「こうなったらなんでも試してみるさ。十秒後にノズルを出してくれ。化け物の車幅に長さを合わせるんだ」


「オーケー、ボス」


 キャサリンは小気味よい返事を返すと、何かを作動させ始めた。車体の左右から、特殊な物質を放出する細長いノズルを出しているのだ。


「終わったわ。ちょうど怪物のタイヤの幅よ。心の準備はいい?」


「とっくにできてるさ。盛大に頼むぜ、相棒」


 俺がキャサリンにゴーサインを出した、その時だった。フロントガラス越しの夜空に、何かが舞い降りてくるのが見えた。戦闘用ドローンだ。畜生、挟み撃ちにする気だな。


「ピート、撃ってきたわ!」


 戦闘ドローンに搭載されている機銃が、俺たちを襲い始めた。簡単に貫通するようなやわなボディではないが、立て続けに攻撃を受ければどうなるかわからない。


「キャサリン『トリモチ』を出せ。出したら反転して奴の股座に突っ込むんだ」


「やってみるわ。……少しだけ天井を低くするから、頭をぶつけないようにね」


 俺が言われた通りシートの上で体を縮めると天井がぐん、と近くなった。キャサリンがフレームを変形させて車高を低くしたのだ。


「さあ来い、勝負だ化け物!」


 身体を寝かせたまま振り返ると、リアウィンドウ越しに路面に放出された粘性物質――超強力接着剤がこしらえた光る帯が見えた。


「行くわよ、覚悟なさいっ!」


 機銃掃射でフロントガラスの縁が砕け散り、次の瞬間、反転した車体の正面に、接着剤に制動をかけられたトレーラーの鼻先が見えた。俺たちは平べったくなったボディでトレーラーの下につっ込むと、そのまま長い車体の下を走り抜けた。


「出た!」


 俺が叫ぶのと同時に後方で何かが激突する音が聞こえた。キャサリンが急ブレーキをかけると、車体は百八十度回転しながらガードレールに激突して停まった。


「……見ろよ、猛獣同士が噛みつき合ってるぜ」


 俺たちの目の前では、急制動によって逆立ちのように高く持ち上げられたコンテナがドローンと衝突し、爆炎と破片を巻き散らしていた。やがてコンテナがスローモーションのように地面に落下し、夜空に断末魔の叫びを轟かせた。


「寝る前の運動にしちゃあ、少々きつすぎるな。こっちはもう若くないんだぜ」


 俺が割れたサイドウィンドウから顔を突き出して言うと、突然、カーラジオから古いハードロックナンバーが聞こえ始めた。


「さあて今宵は懐かしいブリティッシュ・ハードロックの名曲をお届けするよ。ディープ・パープルの『ハイウェイ・スター』だ。こいつを聞いたらかつての若者たちも、もうひと暴れしたくなるんじゃないかな?」


 俺はレディオマンの、たったいま到着しましたといわんばかりの口調に思わず苦笑した。


「もういいよ、ひと暴れは。……それより王たちは無事かな?」


 俺が車高を元に戻そうとしているキャサリンに声をかけると、「無事みたいよ」という返事と共にスピーカーから陽気な中年男の声が飛びだしてきた。


「こっちは無事よ。なんだかまた映画みたいなアクションを演じたみたいだねえ、旦那」


「こんな風にあちこち痛くなる映画は勘弁して欲しいな。お茶の用意をして待っててくれ」


「早く帰ってきてね、ボス!あたしが手厚い看護をしたげる」


 割りこむようにして聞こえてきた姑娘の声に、俺は「看護はいいから、いい子にしてろよ」と短く返した。こんなことになるなら、早々と美人の依頼を受けておくんだったぜ。


              〈第六回に続く〉

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