第3話 ファクトリーで夕食を
「ふむ、やっぱり我が家はほっとするねえ。……大将、恵まれない流れ者にひとつ、胃袋が喜ぶような食事をふるまっては貰えないかね」
俺は細長いリビングのソファーに身体を預けると、奥に据えられた年代物の十四インチテレビに話しかけた。
「今日も無事でなによりね、旦那。そんじゃひとつ旦那の好物、こしらえるとするかね」
俺の問いかけに応じるようにテレビが点き、ブラウン管の中一杯に笑みをたたえた中年男が現れた。
「ところで娘さんはお散歩中かい。もうそろそろ食事の時間だぜ」
俺はテレビに話しかけつつ、リビングを見回した。ざっと見たところ姿はないが、なにせいたずら盛りだ。想像もつかないような隠れ場所を見つけたのかもしれない。
俺が飲み物でも探そうかとバーカウンターの方に足を向けかけた、その時だった。戸棚の一つが勝手に開いたかと思うと、黒っぽい塊が俺の胸ぐらに飛び込んできた。
「やっぱり隠れてたか。いたずらっ子め」
俺がどこか作りものめいた、それでいて野生の猫より愛らしいロボットの頭を撫でると、トレーラーハウスの主でもある万能メカが「にゃっ」と鳴いた。
「
テレビの中の父親――王が声をかけると、娘の姑娘は俺の腕をするりと抜け出してキッチンの方に移動した。同時に作りつけの食器棚が二つに割れ、奥からエプロンをつけたロボットが姿を現した。ロボットは姑娘の前で動きを止めると、その場にかがみこんだ。
「調理開始」
無機的な音声と共にロボットの胸がぱかんと開き、小さな空洞が現れた。姑娘が飛び込んで両開きのハッチが閉まると、ロボットは立ちあがって両腕をぶるんと交互に回した。
「食材はどこ?パパ」
鳥籠にコック帽を乗せたような頭部に猫の顔が現れ、可愛らしい声で問いを放った。
「冷蔵庫にまとめて突っ込んであるよ。データは行っとるから、後は任せたね」
「もう、本当にずるい親父だなあ。手伝いだとかなんとかいって、あたしに丸投げじゃん」
エプロン姿の胴体に猫の頭を乗せた素敵なコックは、我が家でしか見られない眺めだ。
やがて王の言葉どおり十分足らずでテーブルに料理の皿が運ばれてきた。俺の大好物、
「ふむ、いい匂いだ。王、お前の娘は大した料理人だよ。これならすぐ店が持てるな」
俺がお世辞を言うとブラウン管の中年男は、はっはっと顎の肉を震わせて笑った。
「ここじゃなきゃこの味は出せないね、旦那。トレーラーハウスじゃないとね」
俺がそうかも知れないな、と呟くと膝の上に何かが飛び乗った。猫型万能メカだ。
「どうした。俺はこれから食事だぜ」
「あたしの食事は?」
猫は俺を見上げると、人工音声とは思えない響きで喉を鳴らした。俺ははっとして腰を上げると、近くの戸棚から稲妻と猫のマークが重なったパッケージを取り出した。
「悪い悪い、すっかり忘れてたぜ」
俺はパッケージの封を切ると、皿に中の液体を注いだ。一見、ミルクに見えるがこいつは俺が開発した液状電池なのだ。姑娘は俺の膝から降りると、エネルギー源をおいしそうに舐め始めた。
俺はテーブルに戻るとさっそく油淋鶏を頬張った。皮の内側から肉汁が迸り、俺はひとしきり悦楽を味わった。もうこれ以上、望むものはない。明日に備えて病院へのルートを見ておこうかと思っていたが、今日はもうやめだ。俺がキャサリンにそのことを告げようと端末を取りだしかけた、その時だった。
「ピート、聞こえる?何かが近づいてくるわ」
キャサリンの逼迫した声が飛びだし、俺は耳を澄ませた。たしかにさほど遠くない場所でエンジンをふかす音が聞こえてきた。しかも普通の音じゃない。爆音といっていい音だ。
「何なんだいったい。わかるか?」
「カメラで見る限りじゃ、大型トレーラーみたいね。でもキャンプってわけでもなさそう」
俺は短く舌打ちした。ここはシーズンオフのキャンプ場だが、図体のでかさといい、立ち木を薙ぎ倒す音といい、どう考えてもバーベキューをしに来たってわけではなさそうだ。
「キャサリン、俺はそっちに行く。……悪いが王たちも適当に逃げてくれ。後で合流だ」
俺はそう叫ぶと、トレーラーハウスを飛びだした。何だかわからないが、昼間の続きにしては展開が早すぎる。今回は食事も満足にさせてくれないような連中が相手なのか?
俺は相棒の待つ黄色い軽自動車に飛び乗ると、挨拶代わりにキーを思い切り回した。
〈第四回に続く〉
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