幻界急走トランスギア

五速 梁

第1話 リクエストはバッドナンバー

 イルミネーションタイプのインジケータが跳ね上がると、九十年前のスピーカーがご機嫌なメロディを吐き出し始めた。


「ヘイ、レディオマン。これは何て曲だい」


 俺がインジケータに話しかけると、スピーカーから男性の低い声が応じた。


「メイナード・ファーガソン演奏の『スター・トレックのテーマ』だ。二十世紀の映画音楽だよ」


 俺は嬉しくなった。やはり音楽と映画は二十世紀に限る。


「他にはないのかい、レディオマン。もちろん二十世紀の曲でね」


「そうだな。ハーブアルパートの『ビタースウィート・サンバ』やバリー・マニロウの『コパカバーナ』なんてどうだい、坊や。……おっと、キャサリンが何か言いたそうだ。このへんでCMにしよう」


 レディオマンの陽気な声に代わって聞こえてきたのは、幼さと落ちつきが混じった女性の声だった。


「おはよう、ピート。ご機嫌なところ申し訳ないけど、『運び』の依頼が入ったわ」


「ちぇっ、今日は自主的に休業しようと決めたばかりなのにな」


「それはお気の毒。どうする?今すぐ受ける?それとも保留する?」


 そうだな、と俺は考え込んだ。キャサリンは意志と感情を持つ人工人格、通称APだ。


 キャサリンとレディオマン、俺の三人は訳あってチームで運び屋を請け負っている。


「ちょっと助手席に招待してくれ。美人だったら考えるよ」


「美人じゃなかったら?」


「百万クレジットの報酬でも、とりあえず保留だ」


「オーケー、ボス」


 助手席に依頼者の立体映像が映し出され、俺は横目でシルエットをざっとあらためた。


 品のよさそうな若い女だった。恐らく金払いもいいだろう。俺が少し考え、キャサリンに「話を聞こう」と言おうと口を開きかけたその時だった。映像が霧散し、同時にキャサリンが急ブレーキをかけた。俺の秘書はこの車そのものであり、運転の腕前はプロ級だった。


「どうした、キャサリン」


「あれを見て、ピート。前よ」


 いわれるまま前を見ると、フロントガラス越しに黒い大型車が行く手を阻むように停車しているのが見えた。


「どうやらお得意様のご登場ね。どうする?」


「どうもこうもないよ。捕まっちまったらおしまいさ。さっきの仕事はやっぱり保留だ」


 俺がぼやいていると、ドアが開いて三人の黒づくめの男たちと、黒いロングコートを着た女が姿を現した。女は長い黒髪をなびかせて俺の車に近づいてくると、いきなり無言で助手席に滑りこんできた。俺が呆気に取られていると、男たちも次々と乗りこんできた。


「――さ、早く車を出しなさい」


 さも当然のような女の口調に俺は両肩をすくめ、キャサリンに「出してくれ」と言った。


 キャサリンはウィンクの代わりにLEDを瞬かせると、自慢のボディを急発進させた。


                 ※


 俺たちが生きる町、ゼロボーンシティは生と死が交錯する町と言われている。


 高度に発達した人工知能によって治安が制御され、殺害を含む凶悪事件が起きても人口が変わらないからだ。町の中心部は円環状の運河によって周辺部から分断され、限られた人間しか出入りできない『サンクチュアリ』と化している。


 俺は三年前、運河の近くで記憶を失ってさまよっていた。俺を助けてくれたのは玄鬼という住職で、元々は町を仕切っていたマフィアのボスだ。


 俺は住職の副業であるスクラップの仕分けを手伝う代わりに、三度の食事とトレーラーハウスを与えられた。そこで見つけたのが『キャサリン』だった。


 キャサリンは古いオートドライブシステムに潜んでいた人工知能で、当初は自分が誰なのかもわからない状態だった。それもそのはずで、彼女は何者かの手でそれまでのメモリをすべて削除され、初期化されていたのだった。


 彼女を見つけてから一週間、俺は何かに憑りつかれたように不眠不休で彼女を修理した。


 その結果、まるで赤ん坊のようだった彼女は日に日に「成長」し、あっと言う間に分別を持つ「大人の女」へと変貌を遂げていった。


 俺が住職から譲り受けた軽自動車にキャサリンを組みこむと、彼女は優れた運転制御能力だけでなく優秀な秘書としての能力も発揮し始めた。


 彼女自身は自分を開発したのが誰で、どんな目的のために作られたのかを思い出していない。だが以前、怪しい男たちが彼女を盗みだそうと寺に侵入してきたことから、なんらかの大きなトラブルに巻きこまれた過去があると俺は思っていた。


 キャサリン同様、スクラップの中から俺に呼びかけてきたのが『レディオマン』だった。


 見かけは骨董品レベルのカーオーディオだったが、その中身は百年以上にわたる音楽の巨大ライブラリだった。俺は三日三晩、飲まず食わずで『レディオマン』を修復し、陽気なラジオパーソナリティとしてよみがえらせた。


さらに古いトレーラーハウスのキッチンで眠っていた『ワン』という調理プログラムと、王のアシスタントロボットとして開発された『姑娘クーニャン』という猫型の万能メカも同時によみがえらせた。俺は住職に災いが及ぶことを避けるため、キャサリンと王を連れて寺を出た。


 俺とキャサリン、レディオマンはいわくつきの人物や危険な物品を運ぶ「闇の運び屋」を営み、夜になると空き地やキャンプ場でトレーラーハウスと合流した。俺と四人の人工人格たちは闇の世界の住人達からいつしか『ファイブ・ギア』という名で知られる存在になっていった。


 俺たちは様々なルートで『運び屋』の仕事を請け負ったが、中でもとりわけ剣呑な依頼を寄越すのが、とある事件がきっかけで知りあった『夜叉』という名で呼ばれる女だった。


 のっぽで耳の尖ったガム、やたらと肩幅の広いダム、小男で顔の真ん中に傷を持つザムという三人のボディガードを引き連れたこの女は一切素性を明かすことなく、常に上から目線で俺に無理難題としか言いようのない仕事を捻じ込んでくるのだった。


 不思議なことにキャサリンは『夜叉』をあまり嫌っておらず、俺がノーと言わない限り、無茶な依頼にも協力を惜しまないのだった。『夜叉』の決まり文句は『自分が何者か知りたければ、おとなしく協力することね』で、この言葉には抗いがたい魔力があるのだった。

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