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砂樹あきら

第1話

人生とは辛く危険なものである。

幸福を求むるもの得られず、

弱い者は苦しまねばならない。

愛を求むるものは失望し、

貪欲な者は与えられず、

平和を求むる者は争いを見出す。

真実は勇気ある者にのみ与えられ、

喜びは孤独を恐れぬ者にのみ与えられる。

そして、

生は死を恐れぬ者にのみ与えられる。

                         ジョイス・ケアリー



ざざざ・・・ん。

ざざ・・・。

波の音だけが近くに、そして遠くに響いている。

あたりに明かりはない。外灯もない。灯台すらない。

真っ暗な闇夜の海。

よく見ると海と陸は真っ黒で、水平線から上は鏡のような星空がひらけていた。

波打ち際にたたずみ、潮風と波音に身を任せる。と、ここはまるで上も下もない宇宙空間のようだ。五感が麻痺していくような、逆に研ぎ澄まされるような不思議な気持ちになる。

自分の意識がこの世界に広がっていく。心が、解放される。そんな瞬間。

砂浜のひんやりとした感覚が足から伝わる。その感覚がここが地上であることを認識させてくれた。



「夜の海もなかなかええやろ?」

砂浜に座りながら惚けているバーンに臣人は後ろから声を掛けた。

「昼の海ならもっと!!楽しい思いもできるのに。ああ、残念や。水着の姉ちゃんとか、水着の姉ちゃんとか!水着の姉ちゃんとか!!」

握りこぶしをフルフルさせながら力説する臣人に、おまえそれしかないのか、という顔で(もっともそんな顔も臣人には見えもしないが)背後に視線を送った。

夕方、テルミヌスで一杯飲んでいるところに臣人が乱入してきた。かと思うとそのまま引きずられて車に乗せられて、無理矢理連れ出されてしまったのだ。そのまま車に揺られること、2時間半。見たこともない海岸に連れてこられていた。

「ったく。せっかく夏休みやっつうのに、日がな一日テルミヌスにばっかり入り浸って不健康なやっちゃ。」

「……」

「どや?少しは気分転換になったか?」

「……」

「まあ、立秋も過ぎたから土用波で高いけどな」

人差し指で鼻の下を何回かさする。そしておもむろに車の方に歩き出し、カチャッとトランクを開けた。浜辺に乗り付けられた車は臣人には似つかわしくない小型でかわいらしい赤い車だった。

「確かこの辺にクーラーボックスが、」

薄暗がりの中、手探りであるものを探していた。ルームライトはあえて点けなかった。

バーンの雰囲気が穏やかになっていたのがわかったので、それを壊したくなかった。

それに暗闇に目が慣れたのを戻したくなかった。

「!」

ようやく探しものがみつかったらしく、両手に1つずつ何かを握っていた。

「ほらよっ」

手に持っていたもののひとつをバーンに向かって放り投げた。それはきれいな放物線を描いて落ちていった。パシッとバーンは左手でキャッチする。

「ナイスキャッチ!」

と、言うと同時に自分の缶のプルタブを上げた。プシュッと心地よい音がして、臣人はビールを飲み始めた。とてもよく冷えていた缶がバーンの手の中にもあった。

「飲酒運転……」と、ボソッと言った。

それを聞いたもののまったく気にしない素振りで答えた。

「かまへんって。1本だけや。醒めるまでゆっくりしたってええやろ?」

臣人の強引さに少し頭をかかえた。いわゆる計画的犯行が結構多い。

「飲まんのならわいがもらうで?」

缶ビールを持ったまま硬直しているバーンを見ながらさらに追い打ちをかけた。

臣人に飲まれるのは癪だったので、バーンもビールに手をつけた。

「・・・?」

水平線に強い光を放つものがいくつも動いている。顔に真っ白いライトが当たりまるで昼間のようなコントラストが生まれた。

「あれは?」

彼方のそれを指してバーンはたずねた。

「ああ、イカ釣り漁船の漁り火や。明るいやろ。今が最盛期だかんな。あの光の下にイカが集まってきたところを捕まえるんや。」

納得したようにバーンが微かにうなずいた。

「うわー、イカそうめんが食いたくなってきたわ!」

指二本を箸に見たててツルツルッとすするふりをしている。バーンはまた黙ってしまった。

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