(2)不思議な店主
狭い店内に窓は1つしかなかったが、魔法の明かりがいくつか天井付近に浮いているので十分明るかった。
中央に大きなテーブルがひとつと、壁にそって棚や台がいくつかあり、そのテーブルにも棚にも台にも所狭しと商品が並んでいる。
そして一番奥にカウンター があるのだが、今は無人だ。カウンターの向こうに2階への階段と裏口の扉が見えるので、そのどちらかに店主はいるのだろうか。
商品を並べっぱなしで誰もいないとは無用心なことだが、きっと店主は魔法士なのだから魔法でなんらかの仕掛けを施してあるのだろう。
「すみませーん……」
小声で呟いてみても聞こえるはずはない。そろそろと店内を奥へすすむリーム。横目で商品を見てみるが、見た目に融けそうとか爆発しそうとか、そういう印象は 受けない、いたって普通の商品だ。
ただ本当に雑貨屋というより何でも屋というような、寄せ集めの品揃えではある。鍋やまな板、包丁から調味料、小物入れ、袋、ほうき。生活必需品だけでなく、アクセサリーや置物、はては鎧や武器まで並んでいた。
カウンターには、美しい細工の呼び鈴が置いてあった。魔法道具だろうか。傍に置いてある紙に『御用の方は鳴らしてください』と書いてある。
公用語の他にリームの読めない文字が数種類書いてあり、文字が読めない人のためか、呼び鈴を鳴らす絵も描いてある。
リームはしばらくじっとその呼び鈴を見て、階段の上と裏口、そしてもう一度店内を見回し――思い切って呼び鈴を鳴らした。
チリンチリィーーン
澄んだ音色が店内に響く。一瞬の間があり、ぱたぱたと2階から足音が聞こえた。予想していたはずなのに心臓がどきんと鳴り、リームは思わず半歩下がってしまう。
「おまたせしましたー! お買い上げでしょうか? それとも何かお探しでしょうかー?」
営業スマイルで階段を下りてきたのは、話に聞いていた通り若い女性だった。少女といってもいいくらいで、おそらく17~8歳ぐらいだろう。長い金髪を高い位置でひとつに結っていて、丸首のシャツと細身のパンツ、薄くてゆったりとしたシルエットの上着を着ている。
もう少し魔法士っぽい格好を予想していたのだが、どこにでもいそうな動きやすい服装だった。
そうだ、もしかしたらこの人は手伝いで、店主ではないかもしれない。
「あ、あの、私は客じゃなくて……実は商業組合で」
バタンッ!!
話し始めたその時、店の入口の扉が音をたてて開いた。リームが思わず振り向くと、ヒゲ面で質の良さそうな衣服を着たおじさんが顔面蒼白で駆け込んできた。
小さな壺を持った両手を思い切り前に突き出したままカウンターに駆け寄ると、熱いものでも触ったかのようにぴゃっと壺から手を離す。
ごとん、とカウンターの上に放られた壺は、茶色のつるりとした表面のシンプルなもので、どこにでもある普通の壺に見える。
「おおおおおおいっ!! 店主っ、店主はどこだいっ!?!?」
「この店の主は私ですけれど、どうかしましたか?」
おじさんの様子に少し目を丸くしつつも慌てる様子はなく、あっけらかんと小首をかしげて金髪の女性が答えた。
あ、店主だったんだ、と思いつつ、リームはカウンターから後ずさりながら成り行きを見守る。
「どうかしたっ!? そうだ、どうかしてるんだよ、この壺っ!! 3日前にここで買った壺さ。入れておいた塩がなくなってるから、おかしいなとは思ったんだ! それが……ああ、なんでもいい、その壺に何か入れてみてくれっ!!」
「何か、ですか。んー」
店主はカウンターの下から一番少額な銅貨を取り出すと、つるりとした茶色い壺に入れた。
3人の視線が壺に集まる――何も起こらない。
「……あのー?」
「……ひ、ひっくり返してみてくれ……」
壺を指し示すおじさんの指先が震えている。店主はきょとんとした表情のまま何気なく壺をひっくり返した。
――何も出てこない。
店主は壺を覗きこんだ。
「あれ? 消えた?」
「そうっ、そうなんだよっ! その壺は、中に入れたものを喰っちまうんだっ!! あああ恐ろしい、悪魔の壺だっ!!」
真っ青な顔で叫ぶおじさんをよそに、店主はマイペースに壺をひっくり返したり覗き込んだり振ってみたりしている。
「そんなことはないと思うんですけどねー。うーん、ごめんなさい。すぐに原因は分からないです。あと無くなったものも……」
何気なく、店主は壺に手を突っ込んだ。うおっ!?とおじさんが目をむく。
壺から引き抜いた店主の手は、しかし齧られているなんてことはなく、ひらひらと横に振られるばかり。
「ダメですね。行方不明です。この壺、お預かりしていいですか? もちろん料金はお返ししますし、無くなった塩の代金もお支払いしますね」
「あ、あぁ、もちろんだ! そんな物騒な壺、家に置いておけるかっ! いつか自分も喰われちまうんじゃないかっ!?」
「あははは、そんなことはないですよー……たぶん」
店主が銀貨を数枚渡すと、おじさんは(おそらく後ろから襲ってこないか心配しているのだろう)壺をちらちら振り返りながら小走りで店を出て行った。
――残されたリームと店主の間に、微妙な沈黙が落ちる。
「ごめんなさいねー。それで、なんだっけ?」
いそいそとおじさんの残していった壷をカウンターの内側にしまいつつ、店主はリームに話しかけた。
「……えっと、そのー……」
やっぱりこの店で働くのはやめたほうがいいのかも、と、かなり、とっても、強く思ったリームだったが、ではどうするのか。
組合ではこの店ぐらいしか働く場所がないと言っていた。別の街に行こうにも、もう路銀は尽きている。ひとりで生きていこうと決めたのに、ここで終わってしまうのか……。
リームは紹介状を持つ両手にぎゅっと力を込めて、真っ直ぐに店主を見上げた。
「私……リームっていいます。組合から仕事の紹介状をもらってきました。ここで働かせてください!」
一息にそれだけ言うと、リームは店主に紹介状を突き出した。
若い店主は納得した表情と思案するような表情おりまぜて紹介状を受け取る。
「あぁ、そういえば随分前に募集出してたのよね。んー、まぁ年齢の指定はつけなかったけど……リーム? っていうの? えーと、12歳?」
「あ、はい、もうすぐ13歳になります」
リームは足を揃えて、背筋を伸ばし、ちょっとかかとを上げてみた。どうせ確実な誕生日は分からないのだから、嘘にもならないだろう。
店主は思案顔のまま頷き、紹介状に書いてあるリームの情報を読み進める。
「で、公用語の読み書きはできる、と。……住み込み希望? 家族は?」
「いません。だから働くところを探してるんです」
「なるほどねー……」
店主は紹介状から再びリームへと視線を戻した。孤児にしてはリームの身なりは清潔だったし、ひと抱えとはいえ荷物もあった。事故か何かで家族を失ったのだろうか。年齢にしてはしっかりしているし、なにより壷のやり取りを見ても出て行かなかったのだ。
不安げに、しかし真っ直ぐ店主を見つめるリームに、店主はにっこりと笑いかけた。
「いいわよ、雇いましょう。私は店主のティナ・ライヴァート。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
差し出された手を握り、こうしてリームの不思議な雑貨屋での生活が始まったのだった。
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