クラスの隅で

The Pioneer

クラスの隅で

「ねえ、キョン」


 いつものようにシャーペンで何となくキョンのことをつついてみる。

 眠りが浅ければキョンは反応してくれるのだが、どうも今日のキョンは深い眠りにはまってしまったらしい。ちょっとつついたくらいじゃ起きなかった。


 …まあ、いいか。大した話がしたかったわけでもないし。


 あたしは、こうして目の前にキョンがいるのを見ると、時たまあの時の悪夢を思い出すのだ。


 他の人が消えてしまった灰色の空間で、青い巨人に追われながら逃げまどい、何故かポニーテール萌えだとか言ってきたキョンにキスされるという、何とも言えない夢。

 巨人は見ていて面白かったけど、まさか夢の中でキョンとキスするなんて、あたしは一体何考えてるんだろうね。


 でも、あれ、本当に夢だったのかしら?

 思い出すたびに、あれが夢じゃなかったらいいのにと思ってしまう自分がいることに気付く。


 雪山に現れた屋敷の中で倒れた有希を看病した、古泉くんの言うところの集団催眠と同じくらい、あの夢はリアルだった。

 当然ながらキョンと一緒にいたわけじゃないし、あれは集団催眠では説明はつかない。


 夢なのに妙に気になったあたしが、ポニテにするにはちょっと足りない髪をポニテ風に結んだのを見たあいつは、「似合ってるぞ」と言ってきた。

 あいつが、ポニテ未満の中途半端な髪型が好みの変態趣味だとはどうも思えなかった。みくるちゃんを見て鼻の下伸ばしてることや、古泉くんの顔を近づけすぎる癖を嫌がっていることを見る限り、どう見てもあいつは正常な男だ。

 だから、多分あれは、ポニテ風にしたあたしの髪型の真意を知って、言ってきたんだと思う。


 偶然にしては、でき過ぎなのよね。あいつが何萌えかなんて、あの場以外では聞かされたことがないし。

 巨乳萌えなのは分かりやすいからすぐ想像つくけど、髪型についてピンポイントで当たるのは、やっぱり偶然にしてはでき過ぎている。


 …でも、夢かもしれない話をまさかキョンにする気にもなれず、あたしは、シャーペンでつついたキョンが起きなかったことにむしろホッとしかけてきていた。

 起きてたら何話すか即興で考えなくちゃいけないとこだったもの。


 授業は分かり切った内容の恐ろしいほどに退屈な説明なので、暇つぶしにあれが悪夢じゃなくて現実だったとして、あたしはどうしたいんだろうと考えてみるが、うまくまとまらない。


 まあ、いいか。ウジウジ悩むのはあたしの性じゃない。

 悩みやボヤキは全部キョンに任せとけばいいのよ。それもあいつの雑用のうち。そんでもって、殆どは大したことじゃないのでスルーすれば十分。


 そんなことよりも、そろそろバレンタインだし、どうしようかしらね。

 あいつと、ついでにでもなくアリバイ作りでもなく副団長をねぎらう意味で古泉くんにSOS団のみんなでチョコを渡そうと思うんだけど、普通に渡すだけじゃつまんないじゃない?

 鶴ちゃんに話したら手伝ってくれるかしらね?

 どんな渡し方にするにせよ、あいつが勘違いしないように義理だと伝えることは忘れないようにしないと。

 まあ、古泉くんにも渡しておく以上、勘違いなんかしないか。あいつ鈍感だし。


 あっ、でもその前にやることがある気がするわ。何か大切なイベントを、この前のハロウィンみたいに忘れてる気がするわね…。


 まあ、それもいいか。本当に大切なことならその日が来るまでに思い出せるもの。だってあたしはSOS団の団長なんだから、それくらい当然でしょ?


 今はこいつが目の前の席にいて、それだけで、あたしここにいていいんだと思える、そんな時間を大切にしなくちゃ。


 それでいいんでしょ、キョン?

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