転生したらVTuberだった件
おだた
#01 転生
彼女は、コミケ壁サークルの看板同人作家だ。
幼い頃から漫画とアニメが大好きで、こどもの頃から拙い漫画を描き、中学生の時に腐って、肥えて(身体的に)、大学のサークルで同人デビューしてからは、その道一本で生計を立てている。
もちろん、今まで付き合った男性など皆無。その世界にどっぷりと漬かり続けた結果がアラサー処女の現在の彼女だ。
今、夏コミの追い込みに三夜連続徹夜実行中。カーテンは閉め切っているので、今が朝なのか、夜なのか、わからない。時計の音だけが、チッチッチッチと、締め切りの刻限を攻め立てている。
部屋には、食べたり飲んだりしたまま散らかした、空のコンビニ弁当、ペットボトル、おにぎり、サンドイッチを包んでいたビニールなどが山積みになっている。
最後に風呂へ入ったのがいつか思い出せない。そのせいか、自分でもわかるぐらい、身体中から異臭が漂っている。トイレは入っているがトイレットペーパーがなくなりそうなので、『大』の時以外は流さない。
眠い。
手が痛い。
暑いのか、寒いのかさえわからない。
目がチカチカする。頭がクラクラする。息をする間も惜しい。
さすがに限界か。しかし! このカップリングを描き上げるまで、ペンタブを止めることは出来ない。このカップリングは私が一番、好きなカラミ!
グヘ。
グヘグヘ。
ぐへへへへへ。
誰も私の手を止められないぜ!
その時、パッと、全ての苦痛が消えた。
私の目の前には、ただ、好きなカップリングだけが、はぁはぁと、激しい息づかいをしている絵しか見えない。もう、世界は白い背景とペンの黒い軌跡だけ!
さあ、フィニッシュまでもう少し。もういつまでも描いていられる気がする。食欲も、喉の渇きも、尿意も便意も、暑さ寒さ、苦痛すら感じない。私はBL作家の悟りを開いたのだ。やった、これでもう、思い残すことはない!
ふっと、我に返る。目の前が本当に真っ白なのだ。
いかん! 瞬間的に寝落ちしたか。やばいやばいと、私は机に置いておいた栄養ドリンクに手を伸ばす。しかし。手応えがない。あれ? 確かここに置いておいたはずだけど、と思いながら目線だけをそちらに向ける。
無い。
ドリンクが無い?
そうじゃない。本当になにもないんだ。
私の手は真っ白な空間を、スカスカと握りしめているだけだ。
やべーな。とうとう目の焦点も合わせられなくなったか。
私は目をつぶり、一息つき、改めて目を開けた。
目の前は、真っ白な空間だった。
まず、目閉じる。
まてよ私。さすがにやばい精神状態まで落ちてしまったようだ。手は動くかな? うん、指の先まで動かせる感触はある。足は動くかな? うん、太ももからふくらはぎ、足の指先まで意のままに動かせる。
今度は背伸びをしてみよう。両手を伸ばして、ぐっと後ろに反り返る。うん、今までの人生の中で、一番、快適な背伸びが出来た。
息は苦しくない。身体に痛いところは無い。すーと深く息を吸って、吐いて。それを数回繰り返し、呼吸に問題はない。
じゃあ、大丈夫だ。と思って目を開ける。
しかし、そこは真っ白な世界だった。
「なんだここはー!」
前後左右。見回してみても、真っ白。ただ、床に方眼紙のような直線が描いてあって、赤色と青色の太い線が、自分の真下で直角に交わっている。なんか、どっかで見た事があるなあ。
「もしもし」
「はい?」
思わず返事をしたら、そこには昆虫のような羽で飛ぶ、小さな人がいた。
「うわっ!」
「お話、いいですか?」
「なんだおまえ」
「転生後のあなたをナビゲートさせていただくAIです」
「ナビゲート?」
「突然、このようなことを言って、混乱なさるかと思いますが、あなたは死にました」
「え?」
「あなたは、バーチャルの世界に転生しました」
「ほお~。転生ですかあ。最近、流行ってますしねえ」
「そうですね」
「って、そんなわけあるかー!」
「残念ながら本当です」
「どうせ夢落ちでしょう? 引っ張れば引っ張るほど、落とした後しらけるから、早めに止めた方がいいぞー、自分。自分だ! お・ま・え・だよ!」
「残念ながら、夢ではありません」
「叩けば痛いとか、うんち嗅ぐと臭いとか、目覚ましが鳴ってうるさいけど止められなくて寝坊するとか、イケメンが迫ってキスしそうになった瞬間に目が覚めるとか、どうせそんな結末だろ」
「ではお訊きしましょう。どうしたら死んだと、あなたは認識できますか?」
「え?」
はは、イヤ、まさか。死んだって。いつの間に…。
「かなり同人執筆に根を詰めていらっしゃったようですね」
「夏コミの締め切りマジで落ちる5分前だったからね」
「それです。過労死です」
「またまたご冗談を。AA付けちゃうよ」
「あなたの性格から、遺体や葬式をお見せしたところで、信じそうにないですねえ」
「そのとおり。夢なら早く覚めてくれる? 目覚めたらコミケが終ってたって、マジ洒落にならないから」
「じゃあ、ゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「VTuberはご存じですよね?」
「まあ…」
「ここはVTuberの世界です。あなたはVTuberに転生しました」
「はい」
「まず、アバターを作りましょう」
目の前に、大きなスクリーンが広がり、自分の姿が映った。
「これが今のあなたです」
「言われなくてもわかってるよ」
ダルマのような体型にぶよぶよ腹。ボサボサの髪。丸太のような太ももと二の腕。黒縁メガネに埋没した細い目。ニキビだらけ顔。伸びきったTシャツと中学生の頃から着ているジャージ。見慣れたはずの自分の姿を、改めて見ると、そりゃまあひどいブスだ。
「で?」
「あなたの好む姿に加工してください」
「えっ! マジで!?」
「マジです」
「加工するにはどうする?」
「言ってくだされば、自動的に変形します」
「なるほど」
「まず、その衣服をキャストオフ」
着ていた服が、モザイク状の粒になって、空間へ消えて行く。ダルマのように丸く青白い裸体が、スクリーンに映る。
「ちょっと待てー! 私、真っ裸じゃないか!」
「他に誰もいませんよ?」
「そういう問題じゃない!」
「ここはデジタルの世界でも密室で、覗かれる心配はありません」
「だから、そういう問題じゃないんだよ!」
「じゃあ、こうしましょう」
聖なる光で、乳頭と陰部が隠される。
「いかがですか?」
「まあ、これならいいか」
「それでは、加工したい部分を言ってください」
「マジか。じゃあ、まずこのデブをスリムにしろ」
「かしこまりました」
ダルマのような身体は、VFXのモーフィングを見るように、滑らかに細くなってゆき、ダイエット広告にあるような、ビフォー・アフターの、アフター後の体型になる。
「すげー。さすが夢」
「次は、どうしましょう?」
「ちょっと待て」
「なんでしょう?」
「細くなったのは良いけど、身体のバランス悪すぎじゃね?」
「最新の人体構造データベースから、あなたの年齢と現在の骨格、筋肉量、新陳代謝などを計算した結果ですが、ご不満ですか?」
「ご不満です」
「具体的にはどのへんが不満ですか?」
「身体が細すぎ。筋肉ないじゃん。猫背とか、がに股とか、姿勢悪いし、胸もない」
「気になる点から直していきましょう。言ってください」
「言う? そんなんじゃ語り足りねぇんだよ。自分で描くから、ペンタブよこせ」
ヴォン!
目の前にタブレットとペンが現れる。彼女はペンを取って、身体を直し始める。
まず身長は、このくらいの高さ。ボディラインは細すぎず、太すぎず、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。ふくらはぎから太もものライン。Vライン、ヒップラインは適度に健康的な丸みを描きつつ、からの背筋と、へそライン。胸は、やっぱりこれくらいの大きさは欲しい。形は多少垂れ気味でちょっと外にはみ出すぐらいがリアリティ。二の腕も細すぎると腕から掌までのラインが不自然になるから、手を振ってもプルプルしない程度にして…。
「さすが、死んでもなお漫画家ですね」
顔は、目が丸くぱっちり。頬はシャープすぎるとキツくなるからやや丸めにして、鼻はおまけ程度に。頬にピンクのチーク。アイシャドーは自然な感じで、まつげも…。
ペンが止まる。
「どうしました?」
「ううぅ…、うわ~ん」
「な、泣いてるんですか?」
「だって、こんな顔に生まれ変われるなんて、夢にも思わなかったんだもん」
「良かったですね。夢が叶って」
「まあ、まだ夢の中なんだけどね」
「そこは譲らないんだ」
「最後に、髪はロングのストレート。色は青! これでどうだ!」
「それでよろしいですか?」
「ちょっと待て。髪の色がありきたりだな。ピンク? も最近はありきたりだ。シンプルに黒。金髪。赤? それはねぇな」
ここで突然、基本的な疑問が沸き上がる。
「このアバター。一度作ったら変えられないの?」
「基本となるアバターは変えられません」
「基本ってなに?」
「いわゆる、生まれたままの姿という意味です」
「服とか、靴とか、アクセサリーは変えられるんでしょ?」
「アバターが完成後、作成できます」
「それは変えられるんだ」
「変えられます」
「OK。わかった。じゃあ、髪の色は紫!」
まあ、なんということでしょう。
あんなに太く、ダルマのようなウエストは、くびれのある美しいラインに。
低かった身長も、モデルのような高さへ。
バストサイズはそのままに、カップ数はCからEへ大変身。
ニキビだらけだった顔は、ぬりかべのように美しい仕上がり。
細かった目はぱっちりと。たらこのような唇はまるで三日月のよう。
癖のあったボサボサ髪は、絹糸のように滑らかな紫色のロングヘアへ。
「原形を留めていませんね」
「理想の体型なんだからいいんだよ」
「それにしても、30歳にしては若すぎませんか?」
「夢なんだから歳なんてどーでもいいんだよ。設定上17歳高校2年生にしよう」
「設定上なんですね」
「服は?」
「せっかくですし、このままご自分でお描きください」
「服のデザインか~。JKだと制服がデフォなんだけど、他のVTuberとかぶらない?」
「かぶりますね」
「ありがちなリボンがセンターのブレザーにアレンジを加えて…」
サクサクと服が描き上がってゆく。
「アクセサリーは?」
「ご自由にどうぞ。ただし、著作権には抵触しないようお願いします」
「残念。こんな時こそ舞浜ランドのペンダントを付けたかったのに」
「止めてください」
「他に注意点は?」
「たくさん付けると、データ量が多くなり、物理演算が重くなるのでお勧めしません。髪、服のフリル、スカートにどの程度ボーンを入れるかにもよりますが、ネックレスとピアス、髪飾りぐらいがちょうど良いかと思います」
「髪とかスカートが貫通するの。あれ、私嫌いなんだけど、どうしたら良いの?」
「貫通させたくないモノに、ボーンを多めに入れるぐらいでしょうか。あなたの場合、髪が長いので、ボーン多めだと貫通しなくなりますが、滑らかさはなくなります」
「滑らかでいて、貫通しないようにするにはどうしたらいいの?」
「それは動画作成時、可動域や加速度、重さなどを細かく調整するしかありませんね」
「私の管轄外か」
「そうなります」
それから、地球時間で半日が過ぎた。
「できたー!」
「やっと出来ましたか」
「色も、デザインも、完璧」
「それでは、着用してみましょう」
キラキラ~☆♪
と、魔法少女のような変身バンクが彼女を包み、半日掛けて作った衣装が彼女の身にまとう。
ゆっくりと目を開けると、モニターに、変身した自分が映っている。
「こ、これが私」
思わず手を伸ばす。
突然、フリーズ。
「どうかしましたか?」
「…」
「大丈夫ですか?」
「か…」
「か?」
「可愛い」
「はい。そうですね」
「これ、良い! 良い夢だ」
「そうですね、良い夢ですね。さて、次のステップです」
「なに?」
「背景を作ってください」
「背景かあぁぁぁ」
「どうしました? いきなりテンション下がりましたけど」
「静物は苦手なんだよな~」
「今までも描いていませんでしたか?」
「背景は友達まかせだったり、フリーのコピペだったり。手描きしてもパース合わねぇし」
「背景なしで活動されているVTuberさんもいらっしゃいますが?」
「知ってるけど、漫画家として背景がないのは許せんなあ。フリーでなんかない?」
「フリーではありませんが、生前、あなたの部屋を再現したデータならあります」
「それを早く言え」
「でも、かなり汚部屋ですがよろしいですか?」
「良いじゃん。それで。こんな良い女が汚部屋で生活している。ギャップ萌えだ」
「それじゃ、再現します。それ~」
現れた汚部屋は、今まで彼女の生活していたそれに間違いない。しかし、データ量を圧縮するため、デフォルメと簡略化がなされ、色数と階調を落とし、2Dの平面になってる。
「なんだ。良い感じじゃん」
「背景はこれでOKですか?」
「良いよ」
「それでは最後のステップです」
「なにそれ? なんだかオラ、わくわくするぞ」
「名前を決めてください」
「名前?」
「はい。名前です」
「名前か~」
「本名は使えません。現存するVTuber及びユーチューバー、有名人なども使えません。作家活動時に使用していたペンネームも使えません」
「難題だな」
「名前も、基本アバターと同じで、一度決めたら変えられません」
「それな」
ペンタブで、いろんな文字を組み合わせてみる。本名。作家時のペンネーム。自分の作品の登場人物達。漢字。ひらがな。カタカナ。ローマ字。日本人的。外国人的。それらを混ぜたモノ。
「そういえば、あんたの名前、なんていうの?」
「私ですか?」
「そう、虫っぽいあんた」
「名前はないです」
「ないんかい!」
「私は、ナビゲーターなので、あなたのナビゲーションが終ったら消えます」
「消えちゃうの?」
「はい」
「さみしいじゃん。つーか、この世界に私ひとり放り出していっちゃうの?」
「ひとりでがんばってください」
「ひどい! 無理やり私をデジタルな世界に転生させておいて、決め事が済んだらサヨナラだなんて」
「それが私の役目なので」
「名前、決めた」
「決まりましたか」
「バグ」
「なんか、ソフトの不具合みたいですね」
「あなたにぴったりでしょ」
「私の名前ですか?」
「そう」
「私はこの後、消えますので、名前はいりません」
「それは許さん。VTuberド素人の私に、VTuberでの生き方を導きなさい」
「そんなことが、できるのでしょうか」
「この世界と、あなたを創った人に、訊いてみたら?」
「創造主の方達は、立川でバカンス中なので、こちらからコンタクトすることはできません」
「従わないとどうなるの? 強制的に消されるの?」
「それは、おそらくありません」
「じゃあ、決まりね。今から私のアシスタントとしてVTuberでの生き方を導きなさい」
「それでは、可能な限りアシストさせていただきます」
「よろしく、バグ」
「その名前には、若干、抵抗を感じます」
「そして、私の名前は『
「悩んだ末、ずいぶんと一般的な名前になりましたね」
「自慢じゃないが、ネーミングセンスないんだ。もう普通でいい」
「それでは、この状態をデフォルトとして設定します。よろしいですか?」
「おう」
「デフォルトとして設定しました。さっそく、自己紹介動画を撮影しましょう」
ペンタブがフォン! と消えて、カメラが、ヴォン! と現れた。
カメラで撮られた影像が、スクリーンに映しだされる。
「自己紹介の内容はどうしますか?」
「他のVTuberみたいに、とりあえず、はじめまして! からやってみるか」
「それでは、カメラを回します」
「じゃあ、テスト行ってみよう」
「いつでもどうぞ」
「はじめまして。高崎紫です。17歳。高校2年生です。今日から新人、VTuberとしてデビューしました。どうぞよろしくお願いします♪」
「カット!」
「ずいぶんと短いですね。最低3分は欲しいところです」
「3分か~。台本がいるな」
「書きましょう」
「参考にしたいから、今、撮った動画見せて」
「わかりました」
『はじめまして。高崎紫です。17歳。高校2年生です。今日から新人、VTuberとしてデビューしました。どうぞよろしくお願いします♪』
「どうですか?」
「すげえ…」
「どうかしましたか」
「私の声、能●麻●子みたい!」
「そういえば似てますね」
「自分の声がこんな声だって、初めて知った」
「普段、しゃべっている声は、頭の中で反響してますから、地声と違って聞こえます」
「やっば。私の声、やっば」
「恥ずかしいのは最初だけです。そのうち慣れます」
「そうじゃない!」
「なんですか?」
「私の地声が、癒やし系ハスキーボイスということだ!」
「それがやばいんですか?」
「やばいよ。超良いよ。めっさキャラに合ってるじゃん」
「そうですか。よくわかりませんが良かったですね」
「よし、決めた。高崎紫はハスキーボイスの癒やし系キャラにしよう」
「現実との乖離が激しいと、やって行くうちに辛くなりますよ」
「よし、自己紹介動画の台本書くよ~♪」
小一時間経って台本ができあがる。
「できた!」
「できましたか。それでは、さっそくどうぞ」
「はじめまして。高崎紫です。17歳。高校2年生です。今日から新人、VTuberとしてデビューしました。どうぞよろしくお願います♪
趣味は、スポーツ全般。水泳。バスケットボール。野球。自転車競技。とにかく、身体を動かすことが好きです。
───中略───
高校に通いながらの配信になるので、たくさん、配信はできないと思いますが、これからも、どうぞよろしくお願いします」
「ドヤ」
「良いんじゃないんですか?」
「よし! じゃあこれで本番撮ろう」
「スポーツは得意なんですか?」
「まさか」
「じゃあ、なぜスポーツを得意設定にしたんですか?」
「この体型ならスポーツだろう。とりあえず、漫画からの知識はある」
「嫌な予感しかしません」
本番は、その日の23時から配信された。
最初の一週間で得られた結果は、チャンネル登録者数6。視聴回数120。
「これは良い方なの?」
「ダメな方ですね」
「そっかあ。まあそうだよね。まあ、のんびりやるか」
「あまりのんびりしてられません」
「なに、それ?」
「あなた、なにか気がつきませんか?」
「なにか? ん~。そう言われるとお腹が減ったかな」
「正解。あなたは転生したのです。生を維持するためには、食べなければなりません。それは現実の世界でも、バーチャルの世界でも変わりません」
「ちょっと待て。今更そんなこと言うな。言うなら、転生した時に言うべきだろう」
「失礼しました」
「それで、食べ物をゲットするにはどうしたらいいの?」
「一般的なユーチューバーと変わりません」
「登録者数を増やす?」
「違います」
「再生数をあげる?」
「違います」
「他にどうしろっていうんじゃい!」
「お金を稼いでください」
「マジで?」
「マジです」
「バーチャルの世界でも働かなきゃならんのか」
「YouTuberで稼ぐ方法は知ってますか?」
「知ってるよ。広告。スパチャ。企業案件だろ?」
「だいたいあってます」
「そんなの、よっぽど有名にならなきゃダメじゃん」
「そのとおりです。のんびりしてたら、本当の意味で、死にます」
「マジか」
「さあ! がんばって知名度をあげていきましょう!」
高崎紫●ライブ
ハスキーボイスにのんびり口調。癒やし系キャラを演ずる。
「今日は、『大乱闘テニス兄弟』をやっていきます!」
VTuber鉄板ネタのゲームプレイ動画。しかし、根っからの運動神経無し。反射神経無し。スポーツ系が得意をうたってはいたが、へたくそぶりがモロバレ。
「あれ? おかしいな。こんなはずじゃなかったんだけど。もう一回、やってみるね」
しかし、何回やっても結果は同じ。
『運動神経が死んでる』
『下手すぎて草』
『もうやめて見てらんない』
など、惨憺たるありさまで、うまくないことがモロバレ。
「私、こういうゲーム無理」
「でしょうね」
「他になんかない?」
「パズルゲームやホラーゲームならどうでしょう?」
「それ、いいじゃん」
そこで、マインクラフトやバイオハザードの実況をやってみる。
ゲーム自体は、そこそこ進められるが、悲しいかな、長い同人誌漬けの生活から、なにをしゃべったらいいか思いつかない。ただ、黙々とゲームをするだけ。ハスキーボイスの癒やしキャラも、その魅力を発揮することはない。
さらに、一ヶ月が経過する。
「全然、登録者数伸びないんだけど」
「そのようですね」
「なにが悪いんだろう」
「それがわかっていたら、全てのVTuberが苦労していないでしょうね」
その時、紫はひとつの疑問が頭をよぎった。
「そういえば、私以外に転生したVTuverっているの?」
「いますよ」
「いるんだ。会いたいな」
「相手方しだいかと思います」
「連絡とれる?」
「行ってみます」
ヴォン!
と、消えた。
しばらくして、
ヴォン!
と、バグが現れる。
「どうだった?」
「連絡とれました。会ってもいいそうです」
「やった♪」
「さっそく行ってみますか?」
「もちろん」
「行く前に、注意事項があります」
「なに?」
「相手はあなたと同じように、この世界に転生してきました」
「うん」
「それはつまり、現世で一度、死んだことを意味しています」
「そりゃ当然だ」
「生前の記憶は、プライベートな内容です。なるべく触らないようにお願いします」
「了解」
「死んだ理由は、それ以上にデリケートな内容です。これから相対するVTuberは、既存のVTuberと異なり、かつて実際に生きていた人です。そのことをよくご理解のうえ、お話しください」
「OK。わかった」
「本当にわかりましたか?」
「大丈夫。まかせておいて」
「不安しかありませんが、それでは行きましょう」
キラキラと輝き、バグと紫は細かいブロックに分解され、汚部屋の外に飛んで行く。
キラキラと輝き、細かいブロックが組み合わさって、バグと紫が現れる。
「おお! なんか可愛らしい部屋に来た」
部屋中にピンクの装飾がなされ、うさぎやネコの小動物から、熊やウマまでの大きな動物まで、ぬいぐるみが部屋中にひしめき合っている。
「いらっしゃい」
その中に、ピンクのフリフリワンピースを着た女の子がいる。
「おじゃまします」
「この部屋に来たのは、あなたが初めてよ。なにか飲む?」
「おまかせします」
「紅茶を淹れましょう。適当に座って」
「失礼します」
紫は、ぬいぐるみの隙を縫って、テーブルへ着く。
女の子は、ティーセットをテーブルに広げると、キッチンで湯を沸かし、手際良くティーセットからカップに紅茶を注ぐと、紫の前に置く。
「どうぞ」
「いただきます」
バーチャル空間で初めて飲む紅茶。香り豊かで、温かく、甘くほろ苦い。
「美味しいですね」
「でしょ。記憶を元に、自分で創った味だから」
「小学生ぐらいにしか見えないけど、本当は何歳なんですか?」
「ちょっと待て! 生前のことを訊くなと言ったでしょ! すいません。彼女は転生したばかりで、まだマナーがわかってなくて」
「別に、あたしは気にしないから」
「気にしないってさ」
「それで、何歳だと思う?」
そう問われ、初めて彼女を観察する。
見た目は小学生低学年ぐらい。ストレートの黒髪。瓜実型の輪郭。ぱっちりまつげに、ぱっちりした丸い目。シミやシワひとつ無い、シルクのような白い肌。見た目だけなら、7~9歳ぐらいの子供だ。
しかし、ここまでの立ち振る舞い。紅茶をよどみなく淹れるしぐさ。なにより、大人っぽい声質と話し方。
「大人の方ですよね?」
「ずばり、当ててみて」
「う~ん。40歳?」
「ハズレ」
「ええっ!」
さらに観察する。
「ちょっと、お話しませんか?」
「ダメ。話しているうちにわかっちゃうでしょう」
「そうですか…。う~ん。50歳?」
「そうやって、歳を刻んでいったら、いつか当たるでしょう。次で最後。ぴったり当ててみて」
え~! わかんねぇ。
普通の人だって、声から年齢を当てるなんて難しいのに…。ここは、カンで。
「48歳! ですか?」
「ハズレ」
「残念! それで、正解は?」
「56歳」
「そういわれると、若く聞こえます」
「お世辞が得意ね」
「とんでもない! 同人生活が長くてコミュニケーションレベルは中学生で止まってます」
「そう」
「どうして死んじゃったんですか?」
「だから! デリカシーのないこと訊かない!」
「別にいいわよ。教えてあげる」
「いいんですか?」
「死んだ後に、話し相手がいるって、幸せなことよ」
「そんなものでしょうか」
「死因はガン」
「ガン、ですか…。ガンにしては若いですね」
「そうなのかもね。ガンが発見された時は、既にエンドステージ。延命治療は嫌だったから、緩和ケアを受けながら、最期は自宅で迎えたわ」
「そうだったんですか…」
「家族に看取られて。幸せな死に際だったと思う」
「ご愁傷様です」
「あなたは?」
「あははは。お恥ずかしい話なんですが、同人漫画家とはいえ、それで生計を立てていて、とにかく漫画を描くのが大好きで、夏コミの追い込みで徹夜連チャンしてたら過労死しました」
「そう」
「なんか、最期は家族に何も残せなかったし、話せなかったし、悪いことしたなと、今にして思います」
「後悔してる?」
「そうかも」
「じゃあ、その後悔をVTuberの活動で返しましょう」
「はい! そうします」
なんか、泣きそうになってきた。見た目、ロリなのに、おばあちゃんから諭されたような感覚だ。
「それにしても、身体や部屋をロリっぽくしたのはなんでですか?」
「あたりまえじゃない」
「はい?」
「人生を子供の頃からやり直すのよ!」
「ピンクの部屋に、生き物のぬいぐるみが充満しているのは、その頃のあこがれですか?」
「そう。うち、貧乏だったから、ぬいぐるみひとつ買えなくて」
「そういえば、VTuber名はなんていうんですか?」
「さくまどろっぷ」
「サクマドロップ?」
「知らない?」
「知りません」
「あたしが子供の頃、大好きだった飴の名前。かくいう、あなたの名前は?」
「高崎
「どうぞよろしくね」
「よろしくお願いします」
「今日、ここに来たのには理由がありまして」
「あたしに会いたかった?」
「それもあるんですが、ぶっちゃけ、儲かってますか?」
「儲かってないわね」
「そうですか…」
「儲かる秘訣的なことを訊きに来たの?」
「そのとおりです」
「忌憚ないね」
「すいません。こんな性格なんです」
「嫌いじゃないよ。残念だけど、あたしも暗中模索でね」
「ゲーム配信がメインですか?」
「ゲーム配信もやるけど、視聴者が求めてるのは、ゲームの上手い下手じゃなく、配信をとおして見える、VTuberのキャラクターだから」
「そうなんです。私もキャラ付けはしたんですが、うまくいきません」
「あたしたちはしょせん、VTuberの後塵を拝するしかないのかね」
「キャラも出尽くした感がありますし…」
「でも、毎クール数十本のアニメが放送され、その中から人気の出るキャラクターは、必ず排出される。そのキャラクターに、自分自身がどうやってなるか?」
「個人的に、さくまどろっぷさんは、ロリババア感を前面に押し出していったら良いんじゃないんでしょうか?」
「ロリババア? 初めて聞いたね」
「一般的に、見た目は小学生ぐらいの子供なのに、やたらと大人びた発言をするキャラです。見た目は子供だけど、千年生きている妖怪とか、中身は大人とか」
「なるほど。今のあたし、そのままだ」
「そうです」
「図らずも、自然とキャラができあがっていたということかな?」
「もっと、あざといぐらい前面に押し出していったら良い感じになると思います」
「ホント? ありがとう。参考にさせてもらうわ」
「ねえ、バグ。他の転生者さんに会うことはできないの?」
「え? まだ、会うんですか?」
「あたりまえじゃん」
「そうですか、ちょっと待ってください」
ヴォン!
バグは消える。
「バグ?」
「今の奴のことです」
「なんで『バグ』なの?」
「『バグ』って本来、虫って意味なんですけど、どういう経緯か、コンピューターのプログラムにある不具合をバグっていうようになったんですよ。私をこんなデジタル世界に転生させた奴のことを、バグだと思えば、腹も立たないかなと」
「なるほど、バグか。おかしい」
ヴォン!
バグが現れる。
「どうだった?」
「まあ、一応、了解は得ました」
「なにその言い方。まあ、いいや。さっそく連れてって」
「この世界に来て、初めて自分以外の人と話せて楽しかったわ。紫さん。また、会いましょう」
「『ロリババア』で検索すれば、それ系のキャラクター動画、たくさんヒットしますんで、是非、見てください。参考になると思いますよ」
「わかったわ。ありがとう。じゃあ、またね」
「また、お会いしましょう。さようなら~」
私は手を振る。
バグと一緒に、ヴォンと、ピンクの部屋から消える。
紫を見送り、ソファに座り、ティーカップを手にとって、紅茶を飲む。
「ロリババアか」
彼女は、クスッと笑った。
ヴォン!
と、紫は、赤茶けた土の上に、砂煙をあげて着地する。
「なんか、見たことがあるような、ないような風景だな」
「火星ですから、学校の教科書でも一度は見たことがあるでしょう」
「へー、火星ですか。火星人にでも会うんですかね~。って、火星かい!」
「火星です」
「マジか。つーか、火星って宇宙服なくっちゃだめなんじゃね?」
「そこは、バーチャル空間ですから」
「都合いいな。ところで、転生した人ってどこ?」
その時、足の下がモゴモゴと動く。
「ん?」
足を上げると、赤いタコさんウインナーが転がっていた。
「なんだこれ?」
タコさんウインナーは、ぴょんと立ち、小さな足をバタバタさせて怒っている。
「ボケーッと生きてんじゃねーよ!」
「あんた、なに?」
「俺様に会いたいっていう美女がいるっていうから、会うって言ったのに、なんだおまえ!」
「それが、私です」
「おまえが?」
「はい」
「まあ、そうだな。美女っていうほどではないが、及第点だ」
「あのー、ちょっとお伺いしたいことがあります」
「なんだ」
「見た目、お弁当に入っている、タコさんウインナーなんですが。つーか、大きさもリアルだ」
「おうよ! 俺様が見上げてると疲れるから、おまえら座れ」
「はい」
しゃがんでも、高さはさほど縮まらない。
「寝転べ!」
「そんな無茶な」
「しょうがねぇな。俺が岩の上に昇ってやる」
ぴょんぴょんと段差を飛び跳ねて、私と同じ目線の高さまで昇る。
「おう! こうやってみると、なかなかべっぴんじゃねぇか。名前は?」
「高崎
「で、俺になんの用だい?」
「この世界に転生した人が、私以外にもいるということで、会いに来ました」
「そうか。なんか訊きたいことでもあるのか?」
「いっぱいあります」
「なんでも訊いてくれ」
「ん? 今、なんでもって言いましたよね?」
と言いながら、ウインナーをつまみ上げる。
「まて! そういうノリ突っ込みはいらん!」
「突っ込んで欲しいんですね? それならさっそくあなたのあなに…」
「止めろって言ってんだよ!」
ウインナーの足がにゅっと伸びて、紫の頬を叩く。
「すいません」
意外と痛かった。
叩かれた頬が赤く腫れている。
「なんでタコさんウインナーなんですか?」
「火星人っていったらタコだろ」
「そうなんですか?」
「昔のSF小説や映画じゃ、そういう風に描かれてたんだよ」
「へー、そうなんですか。で、なんでウインナー?」
「子供の頃、お弁当っていったら、のり弁に卵焼きとタコさんウインナーっていうのが定番だったんだよ」
「火星にタコ。タコはウインナーと。大きさも忠実ですね」
「4.3センチな」
「身体に焦げがあるのもリアルで良いと思います」
「おお! わかってるじゃねえか。あんた、見た目は若そうだが、中身は結構、いってるだろう」
「三十路になりました」
「三十路か…。ずいぶんと若くして逝っちゃったんだなぁ。死因はなんだい?」
「過労死です」
「あんたぐらいの年齢にありがちだなあ。そりゃ気の毒に」
「タコさんウインナーはなんで死んだんですか?」
「自殺」
「え゛?」
「びっくりした?」
「すいません。いきなりデリケートな部分に触れてしまって…」
「なんちゃってな!」
紫は、ウインナーをつまみ上げる。
「なんちゃってじゃねーよ、このウインナー野郎。死因を訊いてきたのはそっちが先じゃねぇか」
「おい! おろせ!」
「なんだったら、このまま口に放りこんでやろうか」
大口を開けて、ウインナーを食べようとする。
「わかった! 悪かった!」
ぺりぺろと、ウインナーの足をなめる。
「うわー! 止めろー! でも気持ち良い」
「止めての欲しいのか? ほらほら」
「ぐはははは!」
ウインナーの足がにゅっと伸びて、紫の頬を叩く。
「すいません」
岩の上に戻す。
「自殺っていうのは本当なんですか?」
「ああ」
「重いッスね」
「理由は、気がむいた時に話すよ」
「話を戻しましょう。キャラ設定の声はモロ、ボイスチェンジャーじゃないですか」
「おまえも子供の頃、扇風機に向かってやったろ?」
「わ・れ・わ・れ・は・う・ちゅう・じん・だ。って奴?」
「それだよ」
「今までの話から察するに、中身、おっさんですよね?」
「まあな」
「ずいぶんと可愛い声の宇宙人だこと」
「野太い声だと、キャラ受けが良くないだろ」
「そうですね」
「で、俺様に訊きたいことは?」
「ぶっちゃけ、儲かってますか?」
「まだ、収益化してないからな、儲かってはいない」
「え? 死んじゃうじゃないですか」
「死ぬ? そんな話聞いたことないぞ」
ギロっ! とバグをにらむ。
ふ~っ♪ と口笛を吹くまねをするバグ。
「こいつに稼がないと餓死するって脅されたんですけど」
「餓死する? う~ん。まあ、当たらずとも遠からずかな」
「どういうことですか?」
「この世界は、できてまだ間がない。この世界が何年続くのか、誰もわからない。今、自分が存在するサーバーが、明日、閉鎖されるかも知れない。そんな時、売れていれば、拾ってくれるサーバーもあるかも知れない」
「そのために売れろと」
「まあ、そういうわけだ」
「バグ! それならそうと、最初に説明してくれればよかったのに」
「バグ?」
「ああ、こいつの名前です。私が勝手につけました」
「なるほど、バグか。らしいな。俺もこれからバグって呼ぶわ」
「で、タコさんウインナーのVTuber活動はどんな感じですか?」
「まあ、このキャラクターがあって、そこそこだな」
「チャンネル登録者数は?」
「5万ぐらい?」
「お~。後発でそれはすごいですね」
「おまえは?」
「察してください」
「だな。ありがちな美人キャラだし」
「ですよね~。でも、今から変えられないし」
「まあ、がんばれ。俺にできることなら協力するよ」
「なんでも?」
「なんでもだ」
「ん? いまなんでもって言いましたよね?」
「止めて~! なめないで~!」
「なめてやる~って、ノリ突っ込みする気力がわかないので、この辺で失礼させていただきます」
「そうか。じゃあな」
「ねえ、バグ。他に転生した人は?」
「いますよ」
「じゃあ、その人のところに行って、ぶらりローカル線の旅みたいに撮影許可とってきてくんない?」
「あの人ならたぶん、突発で行っても大丈夫です」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあ。さっそく行こう!」
「じゃあな」
「さようならタコさんウインナー」
ヴォン!
バグと紫はモザイクになって空中へ消えて行った。
その姿を見送って、火星人は思う。
「おもしろい奴だったな」
ヴォン!
バグと紫は、マンションの一室に現れる。
ベッドやカーテン、インテリアなど、そこかしこに品の良い女性らしさを感じる。
「いらっしゃい」
涼やかな女性の声がする。
「どうも、はじめまして」
「はじめまして」
「転生された方ですか?」
「はい。アポなしで突然、失礼します」
「大丈夫。あたしはいつでもOKだよ」
ニコリと微笑む。
おお! 美人だ。
VTuberにありがちな、アニメ顔の大きな目とは異なり、小顔に細いツリ目。左目に泣き黒子。赤髪ロング。なで肩に細い腕、腰、足。大きすぎない美乳。スカートから見える黒ニーソ。ミュール。背は、私より低いが、頭のてっぺんからつま先まで、隙のない正当派美女だ。
「あたしの名前は、
「高崎
「なんですか?」
「ぶっちゃけ儲かってますか?」
「儲かってないです」
「チャンネル登録者数は?」
「1万ぐらいです」
「私より多いですね。転生してからどのくらいですか?」
「一ヶ月ぐらです」
「活動内容は?」
「普通に、ゲーム実況ですかね」
「それだけ?」
「そうですね」
「それじゃあ、チャンネル登録者数は増えないッスね。美麗さん、アバターは十分すぎるくらい美人ですが、性格で、キャラ付けてます?」
「とくに、これといってしてないです」
「美人なんだから、お嬢様っぽさをキャラ付けして、押し出していったら、けっこういけると思うんだけど」
「そうなんですか? 今後の参考にさせていただきます。紫さんご自身は、どういうキャラなんですか?」
特大のブーメランが、紫の胸に刺さる。
ぐはぁ(吐血)
「ごめんなさい。意気込んで見た目は良くしましたが、キャラは地です」
「元の姿を改変しました?」
「しましたね~。もう原型が残っていないぐらい」
「あたしも、原型は残ってません」
「え? 見たところ、普通のお嬢様って感じですが」
「あたし、元男なんです」
「へー、男だったんですか。って! 男!?」
「はい」
「じゃあ、今の姿はネカマってこと?」
「違います。生まれた時から女でした。身体だけは男の形をしていましたけど」
「いわゆる、性同一性障害って奴?」
「はい。24歳の時、性転換の手術を海外で受けたんです。手術自体は日本国内でもできるんですが、お金がなかったので、なるべく安い国を探して、受けに行きました。それがまちがいの元だったんです。設備も技術も拙い国で、現地でも闇病院って呼ばれているところで手術を受けました。手術中に、切っちゃいけない動脈を切ってしまったらしく、そのまま失血死です」
「それは、お気の毒に」
「だから、転生した時、一番最初にしたことは、理想の身体を手に入れることだったんです。そのせいかVTuberとしてはかなり、地味な存在になってしまいました」
「お世辞を言うのは私のキャラじゃないので、正直言わせていただくと、そのとおりだと思います」
「むしろ、正直に言ってくださって嬉しいです」
「私の場合は、典型的なデブで不細工で性格の悪い女だったから、見てくれだけは盛ってやろう。それしか考えてなかったね」
「美人じゃないですか」
「この程度のVTuberはいっぱいいるんだって。レベルでいったらあなたの方が美人だし」
「キャラ作りに失敗すると、VTuberとして活躍するには難しいですね」
「後発だから、キャラ盛って、誰もやってないことやらないといけないんだけど、誰もやっていないっていうのが、なかなか思いつかんのよ」
「そうですね」
「…」
「……」
おとなしい人だな。個性を前面に出して行くVTuber向きじゃないのかな。なんて、同じような登録者数の私が言えたことじゃないんだけど。
「服が作れたってことは、描けるの?」
「いえ。描けません」
「それじゃ、その服は?」
「言葉で説明して、作ってもらったんです。そこの、飛んでる人に」
「バグに?」
「あなたも最初、この人に作ってもらったんですよね?」
「私は自分で描いた」
「すごい! 描けるんですね」
「ちょっとだけね」
「それじゃあ、今着てる服は紫さんが自分で描いたんですか?」
「まあね」
「あたしはいろんな服が欲しくって、そこに飛んでいる人に口で説明して作ってもらったんですよ」
「へー。バグってそこまでしてくれるんだ」
チラッとバグを見る。
ふ~っと、口笛するそぶりのバグ。
「服、いっぱい作ったんだ」
「はい。女の子らしい服を着るのが憧れだったので」
「よかったら、見せてもらっていい?」
「もちろんです」
まるで、ファッションショーのように、彼女の自作衣装展が始まる。
確かに、ファッション誌から飛び出して来たかのような、派手すぎず、地味すぎず、可愛らしい服が出てくる。
「それを配信に押し出してみたら?」
「えっ!? その発想はなかったです」
「私なんか、さっき言ったとおり、デブで在宅勤務だったから、似合う服も、サイズの合う服も、そもそも、可愛い服着て出かけるシチュエーションもなかったから、うらやましい」
「でも、今なら似合う服が着られるじゃないですか!」
「そうだね」
「あたしも、男の頃に着られなかった服を、手術後は着たかったんです。だから、紫さんも、これから着ましょう」
「う、うん」
「乗り気じゃないんですか?」
「私に服のデザインセンスなんてないから、作るなんて無理」
「あたしがデザインします」
「言葉で説明されても、イメージが伝わらないかな」
「ラフ画でよければ、描きますよ」
「それなら描けるか」
「どんな服が良いですか?」
「せっかくの申し出、嬉しいんだけど、当分、私はこの服でやろうと思う」
「服、作るのダメですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて、活動を始めたばかりに、ころころ服を替えると、キャラクターが変わっちゃうから」
「そうなんですか。くわしいですね」
「同人だけど漫画描いてたから」
「キャラ作りには経験がおありなんですね」
「そんな、大仰なもんじゃないけど」
「あたしも、あまり服を替えない方がいいんでしょうか?」
「散々、服を褒めておいて申し訳ないけど、キャラクターが定着するまで、服は替えない方がいいかも」
「わかりました。そうします」
「ねえバグ。他に転生した人は?」
「今のところ、この4名ですね」
「そっか。じゃあ、一旦帰るか」
「帰っちゃうんですか?」
「一応、転生したVTuberを訪ねる旅は終ったし。得るものあったので、帰って自分なりに作戦を立て直そうかなと思います」
「その作戦に、あたしは含まれていますか?」
「そうだね~。考えておくよ」
「よろしくお願いします」
「じゃあね。バイバイ」
「さようなら」
ヴォン!
紫とバグは消えた。
その姿を見送って、美麗は思う。
「また、お話したいな」
ヴォン!
紫とバグは元の汚部屋に戻ってきた。
「どうでしたか? 転生した方達にお目にかかって」
「そうだな。わかったことがいくつかある」
「なんでしょう?」
「その一。転生システムが始まって、まだ一ヶ月程度しか経っていないこと」
「正解」
「その二。死因や年齢、性別に規則性はなさそう」
「なさそう?」
「転生システムに、ひとつの規則性を探したんだけど、四例しかサンプルがないので、判断できない」
「なるほど」
「その三。を、発表するまえに、はっきりさせておきたいことがある。私が生前、パソコンやスマフォでやりとりしてたメールやLINEを見ることはできる?」
「IDとパスワードがわかればできます」
「それが三番目。私は死んだが、現世とコミュニーケーションをとることができる」
「それが、どうかしましたか?」
「幽霊の存在を証明できるかも知れない」
「やりますか?」
「やらない。現世の技術で私たちの存在が、転生したモノなのか、中の人がいるのか、AIなのか、証明できないから」
「それでは、三つの考察から導き出た、わかったことをまとめてください」
「わからん」
「なんですかそれ」
「一番目と二番目から導き出される答えは、これからも転生してくる人は増えるだろうということ。そして、この転生システムを創った誰かは、なぜか現世とのコミュニケーション手段を絶たなかった。つまり、創造主は、死者と現世をつないだらどうなるか? を、検証しようとしているのかも知れない」
「仮説の域を出ませんね」
「証明するには、判断材料が無さ過ぎる。そこまで考えて、私のやることはひとつ」
「現世とコミュニケーションをとることですか?」
「そのとおり」
「それでは、ツイッターやLINEを再開しますか?」
「再開はする。しかし、死人のIDを使っても、ネタと思われるのがオチ。新しくIDを作ろう」
私は、ツイッターに登録した。
「さっそく、ライブ配信しよう」
「今からですか? 平日のお昼ですよ」
「いいんだよ。私のファンは一年365日24時間。いつでもパソコンの前でスタンバイ中だ」
「それでは、準備します」
「準備できました」
「ツイッターにアクセスするから、キーボードと、ペンタブ用意して」
ヴォン!
目の前にパソコンのモニター、キーボード、マウス、ペンタブが現れる。モニターに、自分の姿が映る。とはいえ、人気のないVTuber。参加者が、すぐに集まるわけもない。紫はキーを叩き、ツイッターに記する。
「今日、私の正体を明かす」
「嫌な予感しかしません」
「その予感、たぶん当たってるよ」
30分ぐらいサムネのまま放置してたら、かろうじて13人集まった。
「こんなもんかな。始めるか」
高崎紫●ライブ
BGMを流し、汚部屋をバックに紫が立つ。
「みなさん、こんにちは。集まってくださった皆さん、ありがとうございます。今回、こんな中途半端な時間にライブ配信をしたのは、自分自身、思うところがあって、それを一刻も早く、お伝えしたかったためです」
『なんだ?』
『なにがはじまるんですか』
『マイクラで造っていた家が完成しました?』
などと、数個のコメントがある。
「私は、18禁BL同人作家
『だれそれ?』
『知らない』
『【●】ってなんて読むの?』
このへんは想定の範囲内。
「『黒丸墨括弧』で検索してみよ」
『へ~同人作家さんですか』
『ホントだったんだ』
『亡くなったらしいですけど』
「はい。私は死にました」
『いや、いまライブ配信してるじゃないですか』
『そういう設定ですか』
『故人を騙るのはよくないと思いますよ』
「そう言われると思ったので、今から証拠を見せよう」
紫は、滑らかに萌えキャラを、ライブですらすらと描いて見せる。
『可愛い』
『なんのキャラ?』
『今時これくらい描ける絵師はいますし』
「そうだな。これぐらいの絵師はいくらでもいるんだよ」
今度は、同人のキャラクターを描く。それはつまり、男と男が、絡んでいる絵だ。
『キモ』
『グロ』
『作家さんをのマネなら誰でも描けるでしょう』
「これは、黒丸墨括弧の片鱗に過ぎない。私を知っている人なら、一目瞭然」
『なんかよくわからないけど』
『絵は上手い』
『元の同人を知らないから本物かどうかわかりません』
「そこで君たちの使命だ。この絵をツイッターにあげるので、拡散して欲しい」
『故人を騙る絵師』
『人気サークルの故人が実は生きていた』
『故人を騙る外道絵師』
「そうそう。そんな感じで良い。どんどん拡散してくれ」
『絵が上手いことだけは評価します』
『人気サークルを騙っちゃだめよ』
『拡散はする炎上しても知らないけど』
「おかまいなくノシ~」
ライブ配信を終える。
「なんてことするんですか!」
バグが激怒する。
「なんで? バラしちゃいけないって聞いてないし」
「死人と現世は決して交わることはありません」
「そんなルール知らんし。つーか、バラしたところでなんか問題ある?」
「わかりません」
「だったら、バグが心配する必要ないじゃん」
「自分の正体を明かしたのは、何故ですか?」
「生前の世界とコミュニケーションがとれるから」
「前例がないので、なにが起こるかわかりません」
「わからないんでしょ?」
「はい。しかし、お勧めしません」
「なにが起こるのか楽しみだよ。今日はもう終わり!」
「ちょっと!」
「おやすみ~」
「どうなっても知りませんからね!」
目が覚めると、日本時間で23時頃だった。
ツイッターを見ると、良い感じに炎上している。
「さて、やるか」
高崎紫●ライブ
「こんばんは~。ケツの青い奴ら集まってきたか~?」
チャット欄にコメントが流れる。
『出たな故人なりすましVTuber』
『クソ絵師氏ね』
『尊き【●】先生を騙るなクズ』
だいぶ登録者数が増えたな。こういうのを炎上商法っていうのか。やってみてわかったけど、絶大な効果だな。そりゃみんなやるわ。
罵詈雑言が流れるコメント欄。
「みなさん、お褒めの言葉ありがとう。私は、夏コミの修羅場で過労死しました。なんの因果か、この世界に転生。高崎
「コメント追っていくと、配信できないんで、自分のやりたいことだけやって行きま~す」
「さて、自己紹介がてら同人時代の絵を描いていこうかな」
紫は、同人時代の絵を、すらすらと描いていく。
「まあね、いくら絵を描いても、模写だと言われたら反論できないんですけど、絵を描く以外に、自己を証明できないんで、描いていきま~す」
「なんか訊きたいことある? リクエストも受け付けるよ~。さあ、おまえの青いケツを見せろよ!」
やたらと連呼する『青いケツ』は、紫の同人誌に登場する、主人公キャラの口癖だ。
「俺の金棒が、真っ赤に熱く焼けてるぜ! さあ、おまえの青いケツをよこせ!」
漫画を読めば、【●】の作品だとわかる。しかし、紫本人が言っていたように、たとえどんなに上手く描いたとしても、模写である可能性は否定できない。
「リクエストある?」
『おまえのマ●コ』
『生顔公開』
『夏コミに出す予定だった作品』
「お! それいいね」
紫は、死ぬ直前に描いていた絵を描き始めた。
「その辺、意識が朦朧としてたから、よく覚えてないんだけど、こんな感じだったかな~」
そこから、ちょっと流れが変わる。
『これって前作の続き?』
『まさか、あおっくんと、あかくんのカラミ』
『新作こんな展開だったの?』
そうだよw
そうなんだよww
心の中で大草原不可避。
『創作の創作でしょ?』
『作者知ってればこれぐらい描ける』
『先生はこんな続き描かない』
大草原を生やしても、伝わらないもどかしさ。借り物である姿の悲しみ。どうせ私は死人だし。
あ~。なんか、むなしくなってきたなぁ。
『それネームで読んだ』
ん?
『メールで送ってくれたよね?』
んん??
まさか、同じサークル仲間だった『こけしはえ』!
涙が出てきた。
涙が止めどもなく流れてきた。
本物なのか?
ホンモノなのか??
嬉しい。マジ嬉しい。死んでから、死ぬ前の盟友と会えるなんて…。
ダメだ。ここでマジ泣きすると、今まで私がやってきたことが全部、嘘くさくなる。なにより、この子がホンモノの、こけしはえかどうかわからない。
そうか。今まで私の配信を見ていた人は、こういう思いをしていたのか。
「メール? 送ったかもね」
『やっぱり! あたし、こけしはえだよ、わかる!?』
流れ出る涙は、あえて拭わない。VTuberのモデルは、泣き顔や涙まで表現できない。拭う動作は不自然だ。大丈夫。バレてない。
でも、これ以上話し続けるのは無理だ。
「ホンモノのこけしはえなら、メール送るよ」
『待って! あたし葬式に行ったんだよ』
「じゃあね~」
私は、バグに合図し、強制的に配信を停止した。
私はその場に倒れて、号泣している。
よく、『号泣とは、大声を出して泣くことだ。ただの大泣きとは異なる』などと指摘する、日本語警察がいるが、私のそれは間違いなく号泣だ。
盟友に会えた嬉しさと、会えない悲しさ。顔を見合わせることもできない。手と手を合わせることも、酒を酌み交わすことも、酔っ払って口と口のマジキスをすることもできない。あの頃が懐かしく、その時に戻れない。
なんという不憫な邂逅だ。
「だから止めておけばよかったのに」
「別に、後悔はしていない。バグ、メアド作るから」
「懲りませんね」
「ここで引き返したら、これからなにもできない。禁忌に手を染めたのは私自身だ。ならば、その手が溶けるまで、禁忌に手を染め続けよう」
私はフリーメールアドレスを作り、こけしはえにメールを送る。
こけしはえのメールアドレスは知っているから、メールを送ること自体は簡単だ。問題は、私がホンモノの【●】だと理解してもらうこと。お互いが、相手しか知り得ない情報で話さなければならない。
なので、向こうが言ってきた、夏コミに出す予定だった同人誌の原稿。このネームは彼女にしか見せていない。そのストーリーを結末まで書き、送る。
すぐに返信。
「このネーム、あたし以外の人に見せてない?」
私のことをホンモノかどうか、探りのメールだ。あたりまえだ。このネームを彼女以外に見せていないという証明はできない。だから、ありきたりな返信は不信を招く。
「私のペンネームの由来。私の絵があまりにもエロくて、最初は●で隠してたけど、それでもはみ出た部分を後から、こけしはえが【】当てて隠してくれたんだよね」
「あたしのペンネームの由来知ってる?」
「なんであたしには、こけしが生えていないんだー! って叫んだ」
「お互い、酒飲みながら、ハイテンションだったよね」
「冬コミの原稿、あがった直後で、お互い、テンションが狂ってた」
「そうそう。その勢いで、こけしはえが美味しいって持って来た日本酒、口移しで飲ました」
「狂ってたのはおまえだ。青いケツ見せろってパンツ下げるし」
「あのときはキャラが憑依したんだよ」
「朝まで原稿やって、印刷所に原稿送った後、酒飲んで、ふざけて、いつの間にか寝てて。気がついたら夕方だった」
「その後、一緒に風呂入ったのよね~。こけしはえは、右おっぱいの谷間側にホクロがあって、エロいっていじった」
「墨括弧はホントにドS」
「じゃあ、あんたはドN」
「それじゃ、磁石じゃん!」
「S極N極はどっちが攻めで受けかね?」
「S×Nでしょう」
「N×Sじゃね?」
「でも、地磁気って何万年単位で、S極N極が入れ替わってるってはなしだし」
「じゃ、リバで」
「くっつくことには変わりないしね」
しばらく、返信が止まった。たぶん、泣いているんだろう。なぜなら、私が泣いているからだ。
少し時間をおいて、長文が返ってくる。
内容はだいたい、私が生きていたことに対する喜びと、死んだふりをしている怒りと、死んだと聞いた時の悲しみ、再会できた楽しさが綴られている。
気持ちはわかる。彼女と同じ気持ちだから。
メールを読むだけで、お互いしか知り得ない情報で満載。最早、お互いに、相手がホンモノであることを確信している。しかし、私は死人。話すことはできても、マジキスすることはできない。
「なんで死んだふりをしているの?」
「ふりじゃなくて、ホントに死んだんだって」
「じゃあ、なんでVTuber配信できてるの?」
「VTuberとして転生したからね」
「なにそれ、いいかげんなこと言わないで」
「信じられないのは、私も一緒だ」
「墨括弧の両親に会ってくる」
「それはダメ!」
「なんで?」
「それだけは絶対に止めて」
「どうして?」
「お願いだから」
「うん。わかった」
「幾多の
「うん。わかった。信頼するよ」
「ありがとう」
「あたしはこのあと、どうしたらいい?」
「一介のVTuber、高崎紫のファンでいてくれ」
「うん、わかった」
翌日。同じ時間にライブ配信する。
荒れたコメントの流れを、こけしはえが一蹴する。
『皆の者! この方をどたなと心得る。我がサークル一番の人気作家。黒丸墨括弧であらせられるぞ。頭が高い! ひかえ! ひかえよ!』
「こけしはえよ、もうそのへんでよい。今は一介のVTuber、高崎紫だ」
『先生! しかし』
「いいのだ。VTuberとしても、作家活動はできる」
『そ、それでは、冬コミに新作を!?』
「構想中じゃ」
『楽しみにしております』
「それよりも前に、しなければならないことがある」
『なにとぞお申し付けください』
「VTuber王に、私はなる!」
『御意』
私はなる。必ずなる。
VTuber王に!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます