生活が破綻したヒロインはお好きですか?

窯谷祥

プロローグ

 高校生になれば自然に彼女ができてバラ色の学園生活を送ると水樹ーー峰崎水樹

(みねざきみずき)はそう思っていた。


 だがそれは夢の話。高校生になってお付き合いをするのはほんの少しの逸材。容姿や性格がいい人だけの特権。

 水樹は良くも悪くも凡人。何の才もないごく普通の高校一年。強いて言えば家事全般ができる家庭的な青年だろう。自分で自分を評価すると誰だって低く見積もるのは当然である。ただし水樹にとってはそれは謙遜でもなく単なる事実だと思っていた。


 そんな少し不思議な感性を持つ水樹は高校生活が始まって一か月経った今、自分には青春など訪れないと割り切りバイトに明け暮れる日々を送っていた。

 今の水樹のバイト先は所謂何でも屋。犬の散歩から部屋の掃除、中には学校の課題の手伝いなど自分のできる範囲でなら何でもこなすという少々斬新なバイト。これで時給1800円なのだから水樹にとっては数少ない才能である家事全般能力を遺憾なく発揮するついでにお金も貰えて万々歳だった。


 そんなバイト先にある一通の電話が入った。

 内容は一か月住み込みで部屋の掃除と料理、洗濯と家事全般。当然内容と実績、そして家事全般を得意とすることから水樹が駆り出されるのは必然の出来事だった。


「あの…………その、一応安全な人なんですよね?」


 流石の水樹も赤の他人の家に住み込みと聞けば警戒の一つや二つはする。


「あ~大丈夫だよ。何せ依頼人はバイト代を前払いでどっかり払っていったからね」

「一体どんな人なの!?まぁ安全なら俺は何でもいいですけど」

「そっか。じゃあ引きうけてくれる?」

「ま、まぁ」

「良かった!こんな意味不明なバイト頼めるの水樹君ぐらいだし!」

「ちょっと!?」


 バイトリーダーの田中恵美は水樹に相変わらずラフな口調でそう言った。恵美は三十代後半の女性。少々雑なところが目立つ人間で水樹も少々振り回されている。

 一方の水樹の家庭はほぼ自由主義。警察のお世話にならなければ基本何をしても良い。

 故に水樹は自分の身の安全が確保できれば、自分の範囲で何をしても良かった。


 水樹は多少の不安はあったものの一か月の住み込みを了承した。

 それがこれからの水樹の高校生活を一変させるとも知らず。





 住み込みのバイトが始まるのは週明けの月曜日からだった。

 水樹は学生ということもあり当然優先されるのは勉学。日中高校に通い、そのままバイト先に直行というスケジュールが組まれていた。

 故に水樹は一人高校に大きなエナメルバックを背負って登校していた。


「おい水樹…………その大荷物はなんだ?」


 当然周囲からの視線も多少は集めるわけで、こうして現に声を掛けられた。

 水樹のことを親しく名前で呼ぶ青年の名前は向井春馬

むかいはるま

。水樹とは高校で出会った仲だが数か月でとても親しい間柄となった人間だ。


「ああ、これな。今日から住み込みのバイト」

「住み込み?学校はどうすんの?」

「バイト先から直接通う」

「お前…………相変わらずメチャクチャなバイトやってるな…………」

「別にいいだろ?人の青春の浪費の仕方は人それぞれなんだから」

「いや、それにしてももう少しマシな浪費の仕方があるだろ…………」


 春馬は水樹の言葉に『はぁ』と短くため息をついた。

 そして二人が生徒玄関の下駄箱に着いて靴を履き替えているとき、周囲がにわかにざわつき始めた。


「お、学校の女神のお通りだ」


 春馬がぼそりと呟いた。

 その言葉に遅れて水樹も視線を向ける。


 その視線の先にいたのは金髪のストレートヘアーを揺らし、青く澄んだ瞳の美少女。ぱっちりとした二重が原因かふんわりとしたオーラを放っていた。


 彼女の名前は水面楓

みなもかえで

。彼女はハーフとハーフの間に生まれた所謂クオーターだ。故に名前は日本語でありながら容姿は日本人離れした美しさを持っている。しかも両親は何の仕事をしているかは不明だがお金持ちらしい。

 容姿も最高ランクに家庭も裕福。人生何も損をすることない勝ち組を体現した存在。それが水面楓という人間だった。


 そして楓は周りの視線を気にすることなく、うち履きに履き替えその場を去っていった。

 後に残るのは男子の歓声。


「相変わらず水面さんって可愛いよなぁ~」


 春馬がぽっと顔を赤らめながら呟いた。


「まぁそうだな」

「あんな可愛い子と付き合えたらこれ以上にない幸せだろうな~」

「あーそうだねー」


 水樹はうっとりとする春馬の言葉を軽く受け流す。


「お前、何でそんなに反応冷たいの?」

「いや、だって…………」

「あ~そうだったな。水樹にとっては叶わない夢は単なる空想だったな」

「そういうことだ」


 決して水樹が水面楓という存在に魅力を感じないわけではない。むしろ今までにこんな魅力的な女の子を見たことがないくらいに。

 では何故それほど魅力を感じてるのに反応が必用最小限なのか。

 それは敵わない夢だから。いくら妄想で水面楓という人間と結ばれても現実では決して訪れることはないのだから。故に水樹にとって水面楓はいわば観賞用の人形に等しかった。


「お前、もう少し青春を楽しめば?俺の個人的な感想ではお前はそんなに顔は悪くない」

「いいんだよ。自分のことは自分が一番分かってるから」


 そう言って水樹は一人多めの荷物を担ぎながら廊下を歩きだした。

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