第9話 変わる。

 娘が昼食にしようと提案してきたため、静真は財布を出した。

 いつまでも借りを作るのが業腹だったからだが、娘は驚いた顔をした。


「静真さんお金、もってらっしゃったんですか」

「馬鹿にしているのか。貨幣くらい使うだろう。どれにするんだ」

「じゃあハンバーガー行きましょう! お家じゃ食べられませんからね」


 仕事でこちらを要求されることもあるうえ、使命を遂行する際に標的から押しつけられることもある。大して必要性を感じたことはなかったが、役に立つこともあるものだ。

 静真は特に食べる気はなかったが、娘が一人で食べるのは寂しいと主張したため娘を頼む。


「ううう、ジャンクフードはどうしてこう時々無性に食べたくなるんでしょう。ポテトがおいしい」


 なぜか悔しそうにちまちまと食べる娘を観察して食べ方を理解した静真も、包み紙を剥がしてかぶりつく。ハンバーグと肉の味と塩気の強いケチャップと、それとは違う酸味が広がる。あまり味わったことのない味で、普段食べたいとは思わなかったが、まずくはない。

 しかしちまちまと食べ進めていたはずの娘が、じっとこちらを見ていた。


「なんだ、俺に言いたいことがあるのならとっとと言え」

「うあ、ごめんなさい見過ぎでした?」

「今日は視線がうるさい」

「あはは……いつも静真さん、こういう表情をしていたんだなーってわかるから、つい楽しくて」


 ぴくと、わずかに頬がこわばるが、娘は笑みを深めるだけだ。


「お面越しでも、これおいしかったんだなとか呆れてるなとかわかりますけど、やっぱり実際に見れると安心するなあって。あといつもこんな表情をしてるんだってとても楽しいです」

「酔狂だな。人の顔をながめて見てて楽しいなど」

「静真さん、呆れてるときそんな顔してたんですね」


 くすくすと楽しげに笑う娘が気に食わず、静真は残りのハンバーガーにかぶりついた。




 昼食の後、ようやく娘が服を買いに店へ入ったところで、静真は外に出た。

 娘に時間がかかるから待ち合わせ時刻を指定され、別行動を提案されたからだ。

 頭のどこかで娘の側を離れることに抵抗があったが、同時に無性に息苦しさを覚えてもいて娘から一時で離れていた方に比重が傾いた。

 しかし雑踏を眺めるように柱に背を預けていれば、なぜか若い女の集団や、四角い紙切れを差し出す男に声をかけられたため、術を使って己に目くらましをかける羽目になった。

 ようやく静真は息をついたが、頭は冷えそうにない。

 いらだちににも似た落ち着かない心地に支配されていた。不愉快ならば帰ればよいのだとなんとなく考えもするが、娘のほわとほころぶ表情が脳裏に浮かぶ。

 引き受けたからには最後まで完遂するのが当然だ、と静真は娘の元に戻ることにした。


 約束していた時間よりも早い時刻だったのだが、娘は居た。

 大きな袋を手に下げてているため、買い物は終わっているのだろう。しかし見知らぬ男二人に立ちふさがられているのに静真は眉をひそめた。

 しゃれた服装に分類されるのだろうが、人の世情に疎い静真でも男達からは軽薄な匂いを感じた。


「なあ、良いじゃないか。一人なんだろ?」

「あの、私連れがいまして……」

「いやさっきからずっと一人だったじゃん」

「置いてから」


 娘は困った顔でやんわりと断ろうとしていたが、押しの弱いそれに静真はなぜもっとはっきりと断らないのかといらだった。

 案の定、男達はまったく取り合わず、男達はなれなれしく迫る。


「なあ荷物もってやるから付き合ってくれよ」

「その後もな。カラオケ? それとも飯? 仲良くしようぜ」

「あっ」


 下品な笑みを浮かべながら一人は娘の荷物を強奪すると、もう一人が娘の肩を引き寄せたのを見て、静真はぐらりと腹が煮えた。

 静真は距離を詰めると、娘の肩にかけられた男の手をたたき落とす。

 男達が虚を突かれた顔をしている間に、娘を背においた静真は冷徹に睨んだ。


「失せろ」


 殺気と共に視線に暗示を乗せれば、男達はたちまち青ざめて脱兎のごとく逃げ出した。

 あの程度の雑魚を近づけしまった己の失態に腹が立った。


「静真さん」


 静真が呼ばれて振り返れば、娘は今までの危難など感じて居なかったようにほのぼのとした顔をしていた。


「早いですね、興味のあるところなかったですか」

「お前、今危険だったことがわかっていないのか。俺が割って入らなかったらあの男どもに連れ去られていたんだぞ」

「静真さんが来てくだされば、引き下がってくれるだろうなあと思っていたんで、時間稼ぎをしようかと」

「荷物を盗られておいてどの口で言うんだ」

「あー。荷物は最悪あきらめばいいかなあと」

「お前は弱い人間で女なのだぞ、どうしてそう無防備なんだ。もう少し警戒心を持て」


 静真はいらいらと忠告したのだが、娘はにこにこと嬉しげに笑うばかりだった。


「心配してくださったんですね」


 ぐ、と息を詰める羽目になったのは静真のほうだった。

 先の腹立ちは収まったが、別のいらだちがわき上がる。


「……誰が人間なぞ心配するか。買い物は終わったんだろう。とっとと帰るぞ」

「はい、ちょっと待ってくださいね」


 静真がさっさと歩き出そうとすれば、娘は傍らに置いていた荷物を抱えると、男達が落としていった荷物を拾いにかかる。

 その姿があまりにももどかしい。静真が手を伸ばした時、娘が顔を上げた。


「ん? どうかしまし……うえ!?」


 こてりと首をかしげる娘の前で、静真は落ちていた娘の荷物を拾った。ついでに娘が持っていた買い物袋も強奪する。

 静真には重くはないが、娘はそれなりに堪えるだろう。なにも言わなかったことにざらりとした心地になったが、こぼれんばかりに目を見開く娘がうろたえるのを静真は淡々と見下ろした。


「えっ静真さん、私のですし自分で持ちますよ!?」

「お前が持っていると遅くなるだろう。何か言うひまが合ったら歩け」


 うろたえる娘が慌てて追いかけてくるのが愉快で、静真は溜飲を下げた。



 *




 夜の屋上ビルで、ふと思い出した静真は懐から小風呂敷の包みを取り出した。

 落ち着いた常磐色に橙色の麻の葉文様が入った小風呂敷だ。


「静真のあんさん、それは」

「握り飯だそうだ」

「お嬢さんの手作りですかい!」


 案内役であった、小鬼の渋郎がなぜか嬉しそうな顔をするのが解せず静真は眉を寄せながらも、小風呂敷を広げれば握り飯が四つ並んでいた。

 一つ、ラップを剥がしてかじりつこうとしたが、ふと思い立って天狗面を外した。

 軽いそれを、傍らに置いて改めて握り飯に歯を立てれば、ほどよくほぐれ、飯と一緒に具であるしそ昆布の塩気を感じた。

 以前、娘が握って差し出してくれたものと同じ味だ。言うなれば普通の味。

 静真が黙々と一個を完食すれば、傍らにいた渋郎がぎょろりとした目玉がこぼれんばかりに見開いて驚いていた。


「なんだその目は」

「だだだだんなめめめ面をををを」


 壊れたラジオのように言葉をぶれさせる渋郎に静真は不機嫌に眉を寄せる。


「俺が面を外すのはおかしいか」

「いいえそういうわけじゃないんですがっ」

「それとも俺の顔は見るに耐えんか」

「あああんさん!?」


 顔を近づけてすごんで見せれば、渋郎はますますうろたえたがなんとか答えた。


「あんさん見てえなお綺麗な顔なんざみたことありやせんよ! 同じ男でもどきどきしちまう! 人間の女も妖の女もほっときやせんでしょう!?」

「色目を使われたことはあるが、あれは打算だろう。天狗と関わりが欲しかっただけだ」

「うわああ間違ってはいやせんが微妙に意味が違ううう……」


 しまいには頭を抱えだした渋郎に静真は少々困惑しつつも、次の握り飯にかじりつく。

 ともあれ渋郎の反応からして、自分の顔は妖にとっても見苦しいものではなかったらしい。

 なんだか肩すかしを食らわされたような、妙に腹の底から笑いたくなるような心地になった。 静真は三つ目に手を伸ばしたところで、なんとなく四つ目を渋郎に差し出した。


「食え」

「い、良いんですかい!?」

「腹を減らして倒れられても困る」


 三つ目をかじり始めた静真は、彼が決まり悪そうに握り飯を食べ始めるのを見るともなしに見やった。

 渋郎は大きく口を開けて、あっという間に平らげた。幸せそうだったが、食べ方は娘がちまちまとかじるのとは違っていた。


「お嬢さんは、あっしら妖と人間の区別をつけやせん。だから腹ぁすかせてるあっしにも食べ物をくださいました。お嬢さんのこしらえるものは、普通なんですが、無性に腹にしみるんですよなあ」


 しみじみと言う小鬼に、静真はふと腹に手をやった。小鬼の言う感覚がわかる気がした。

 静真はちらと己の右手を見下ろす。

 あの外出の時、本当は荷物ではなく娘に手を伸ばしていた。娘と目が合わなければ、肩を引き寄せていただろう。だがなぜそうしようと思ったのか合理的な理由が見つからず、己の不可解な行動に困惑していた。

 三つ目の具は梅干しで、強い塩気と酸味で握り飯はみるみる減った。種は取り除かれていたため、残ったラップを小風呂敷に包み懐に入れ直して立ち上がった。

 天狗の面を付け直す。これからは顔はわからぬ方が良いのだから。


「そろそろ行く」

「……あんさん。ほんとにお一人でやるんですかい」

「いつものことだろうが」


 今更何を言うのかと静真が呆れたのだが、渋郎は大きな瞳を不安げに揺らしていた。


「あんさん、お嬢さんにはあんさんの仕事について話しておりやすかい」

「……なぜ言わねばならん、邪魔だ。とっとと失せろ」


 それだけ言い残し、静真は畳んでいた翼を広げて飛び立った。

 冷涼な空気を切り裂くように翼を使い上昇すれば、たちまち半月を横切るように天を駆けていた一行に行き当たる。


『さあ、さあ。今宵じゃ今宵』

『にっくき治道の天狗どもを根絶やしにせねば』


 大小様々な魍魎どもの百鬼夜行だ。すべて天狗の里に向かい恨みを晴らさんと怨念を渦巻かせ、自我をすりつぶし、呪詛の群れとなったもの。

 静真の仕事の一つは、これらの排除であった。

 いつも通り刀を抜き放ち、片手に神通力を練り上げたが、娘の顔が脳裏に浮かび、ぎ、と奥歯を噛んだ。

 なぜ言う必要がある。このようなことを。

 あれらは天狗達が栄華を極めるために犠牲となったもののなれの果てだ。弱かったからこそ本懐を遂げることも出来ず、こうして静真に跡形も祓われていく。

 知らなくて良い。あの娘は弱いのだから。生きている世界が違うのだから。

 近づけば、魍魎達の怨嗟が一斉に静真へ向けられる。

 せめて苦しまずに逝かせてやろう。

 ほんの少し胸が苦しい気がするのを無視して、一方的な蹂躙を始める。


 ただ、次に娘に会うときは、面を付けるのをやめてみようか。と静真はふと考えた。



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