『的あてゲーム』と言うんじゃない。

涼暮 憂灯-スズクレ ユウヒ

第1話 前夜

 穴の空き過ぎた的はもうどれも、あたっても音をたてなくなっている。本来なら黒と白の縞模様があるべきビニール紙直径36センチの円は、その向こうの土が丸見えで、もはや枠しか残っていない。

 その内側に鋭く矢が刺さった。射手は3年生のいつきだ。

 午後6時に部活を終えて自主練を始めてから40分が経ち、学校の弓道場から零れる蛍光灯が無ければ辺りは随分と暗くなっていた。雲の厚い空のせいで月明かりも乏しい夜だ。

 使い古したフェイスタオルを片手に、樹は30本の矢を的場まとばに取りに行った。中っていたのは19射。的中率は63パーセント。明日の高校総体個人戦で県大会に進めるかギリギリのところと言っていい。抜き取った矢の、矢羽根の反対側、矢尻についた土を丁寧に拭き取りながら、そんなことをぼんやりと考えた。

 道場内に戻ると、矢立やたてと呼ばれる竹籠に矢を挿して片付け、張られていた弦を外して、帰り支度を整え始めた。

 明日の朝は始発の電車で学校に来ても、引けるのは4射だけだろう。6時半にチャーターバスで学校を出て会場に向かっても、受付に間に合うか微妙な予定だ。電車の始発の都合もあって十分な調整が出来ないまま会場に向かわなければならない事に不安があるのは否めない。

「やっべ、電車逃がす」

 現在時刻午後6時58分、樹が乗りたい電車の発車時刻まであと10分も無かった。慌ててリュックを背負い、消灯して、プレハブの弓道場の引き戸の南京錠を締めた。

 駅までは約5分、急勾配の坂と交差点の先だ。スマートフォンのライトを頼りに全力で走り出した。

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