第100話

「泰道くんは、泳げるのかい?」

背中越しに、秋吉さんから声をかけられる。


「いえ、10メートルしか・・・」

「じゃあ、さくらちゃんに、特訓されてるね」

「まだ、初心者コースですけどね」


竿を互いに投げる。

気長に待とう・・・


「俺も、教わってるよ」

「えっ、秋吉さん泳げないんですか?」

「ああ、ここへ来る前は、あまりな・・・」

意外だな・・・


「でも、意地を張って、溺れてしまって」

「はい」

「チャコに、お姫様だっこで、運ばれた・・・」

照れくさそうにしているのが、伝わる。


「久子さん、腕力あるんですね」

「ああ、情けないかぎりだったよ・・・」


あそこの、女子の腕力はどうなっているんだ?


「俺も男だから、負けてたまるかと意地になり、むこうも、女だからって負けてくないと、意地になり・・・」

「はい」

「そしたら、いつの間にか、無くてはならない存在になったよ」

「そうなんですか・・・」


時は静かに流れる・・・


♪~


着メロがなる。


ここは、圏外ではなかったのか・・・

ぅて、これは・・・中島みゆきさんの、時代?


「あっ、俺だ。失礼」

秋吉さんは、電話に出る。


「あっ、チャコ?ああ、今やってる。えっ?泰道くん、ああいるよ」

何を話てるんだ。


秋吉さんが、スマホを渡す。


「チャコが、話があるって」

返事をして、スマホを受け取る。


「もしもし、久子さん?」

「あっ、泰道くん。俺だ、久子」

「どうかしたんですか?」

「すぐに戻ってきてくれ、さくらが大変だ・・・」

「えっ、さくらがですか?でも今からだと急いでも、2時間は・・・」

「構わない。戻ってきてくれ。じゃあな」


電話が切れる。


「どうした?」

「さくらが、大変なので、戻ってきてほしいそうです」

「で、どうする?」

秋吉さんは、訊くが・・・


「選択肢は、ひとつしかないでしょ?」

秋吉さんは、僕を見る。


「よし、戻ろう。かすみ静養館へ・・・」

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