だんだん過去になっていくから、

モブようじょさん

第1話 物語のはじまりはじまり

 「おかあさん、あれなに」

 「…花火よ」

 「はなび…きれいだね!いつか…」

 「いいえ、綺麗じゃないわ」

 「そうなの?なんで?」

 「あんなのつまらないものよ。つまらないものは綺麗じゃないの」

 「そうなの?」

 「そうよ、この世界はつまらないものだらけ。だからあなたはね、あの妖魔を倒すことだけ考えていればいいのよ。それがこの世でたった一つの大切なことなんだから」



 七の都は、名の通り七つの「みや」と呼ばれる地域から形成された小国である。

 国の中心である望月宮もちづきのみやを囲むように位置した六つの宮。その中の一つ、夜桜宮よざくらのみやの小さな生花店、そこに虎後原鹿乃子こごはらかのこは住んでいた。あと数年すれば還暦のはずなのに、見た目はどう見ても十代後半の彼女は、もちろん術師としても現役だ。

 彼女がとある退魔術師の少女から依頼を受けたのは、つい昨日のことである。

 ーーー四人ほどで手を組んで各地を回りたい。報酬はいくらでも用意する。腕に覚えのある者、これからの成長が見込まれる者を二、三人呼んでおいてほしい。集合場所はそちらに一任するーーー

 自分より高いところにあった紫の瞳を思い出しながら、鹿乃子は手紙を書き始めた。



 その少年、浅葱紋三郎あさぎもんざぶろうは、今しがた届いた自分宛ての手紙に驚きを隠せないでいた。退魔術師として術師協会に認められ、最低限の仕事ができるようになって、まだ日は浅い。そんな自分に長期の依頼が来るなんて。しかも手紙の送り主の欄には、退魔術師最高位である八段を持つ女性の名が書いてある。

 紋三郎は一度心を落ち着かせようと深呼吸し、やっぱり落ち着かない胸の高鳴りを抱えて別の部屋にいる両親の元へ駆けていった。



 「全く、何をやってるんだ…」

 右目を長い髪で隠した青年、猫屋敷幸人ねこやしきゆきひとは、師であり育ての親である人物から届いた文を一瞥すると、呆れたようにそう言った。

 昔から彼女は好奇心旺盛で、興味のあることにはほいほい着いていってしまうような人だった。が、術師協会からの依頼だけ受けていてもそれなりの暮らしはできるだろうに、こんな民間の、それも危険性のありそうな長期の依頼を了承しなくてもいいじゃないか。百歩譲ってそれはいいとしても、「猫屋敷くんも来るでしょう」などと言って勝手に頭数に入れるのはさすがにやめてほしい。

 でもまあ、ここしばらくは何の予定もない。大きめの仕事でも探そうか思っていたところだ。…なんて、理由をつけて毎回行ってしまう自分も自分だけれど。

 幸人は白い便箋に了承の旨を書き記し、飼っている伝書鳩の脚にくくりつけた。

 涼しげな青空に、純白の羽根が舞い踊った。



 借りている小さな家の中、風呂あがりの姿のまま、真鍵円まかぎまどかは手紙を読んでいた。

 鹿乃子は既に二人を集め終えたようだ。さすが最高位とでも言おうか、仕事が早い。

 ーーー明後日正午、夜桜宮の春井生花店にて待つ。必要なものを各自用意せよーーー

 円は文全体を読み終えると、水滴が滴る陶器のような肌と白い髪を布で拭い、朝から引いたままだった布団に倒れ込んだ。

 ゆっくりと上下する背中に、月の光が射し込んでいた。



 葉桜がずらりと並ぶ大通りを、紋三郎は歩いていた。

 夜桜宮は七の都一美しいとされる桜で有名だが、もうその季節は過ぎてしまっている。桜のない若葉宮わかばのみや生まれの紋三郎からすると少し残念だが、その分観光客がいないので移動は楽になるだろう。現に彼の歩くこの道も、まばらに人がいるだけだ。

 春井生花店は、夜桜宮の繁華街からは離れたところにある。もうすぐ大きな呉服屋が見えてくるはずなので、そこの手前で曲がれば、あとは真っ直ぐ進むだけ。初めて来る場所に少しどきどきしていたが、案外なんとかなりそうだ。

 紺の袴をふわりとなびかせ、心地よい風が吹き抜けていった。



 「あの、もしかして猫屋敷幸人さんですか」

 「はい?」

 突然声をかけられ、とっさに振り返る。幸人より大分背の低い少年が、じっとこちらを見ていた。

 「あ、でしたら貴方は浅葱紋三郎さんですね」

 「はっはい、そうです!猫屋敷さんみたいな強い方と一緒に仕事ができるなんて光栄です!」

 深い青の目をきらきら輝かせてこちらを見てくる紋三郎から、幸人は少し困ったように目を反らした。こんな反応をされるのは初めてだ。

 「…なぜ、私のことを…」

 「術師協会の便りで見ました。前の月での五段取得、おめでとうございます!さすがです!」

 術師をまとめる術師協会は、月に一度試験を行っており、段位を取得することができる。退魔術師のそれは下から順に三級、二級、一級、一段と続き、最高位は八段。民間や協会から仕事を受けられるのが一段からで、紋三郎も一段を取ったばかり。そのまま二段に上がれない者もいるなかで、五段を取れるのは相当な強者の証だ。

 「あ、ありがとうございます…?」

 「いえ…あっ、申し遅れました!僕は浅葱紋三郎です。未熟者ですが、よろしくお願いします」

 紋三郎がぺこりと頭を下げた。高く結われた黒髪がばさりと音を立てる。

 幸人は困惑したように目を泳がせたが、やがて同じように体を折った。

 「こちらこそ、よろしくお願いします」



 「こんにちは」

 「いらっしゃ…あら。円ちゃん、一番乗りよ」

 店先からした聞き覚えのある声に、鹿乃子は振り返った。逆光で顔が見辛いが、約束をした退魔術師の少女であろうことは、安易に予想できた。

 「今日も外国の服を着ているのね。お似合いだわ」

 「…」

 鹿乃子の言葉を気にも留めずに、円は側にあった白百合をいじりだした。どこか違和感を覚えるようで、鼻を近づけ顔を歪める。

 「…?」

 「鼻がいいのね。それ、触らない方がいいわよ」

 鹿乃子がそう言った途端、花はうねうねと悶えるようにして姿を変えた。

 細く骨張った五本の指に生前は綺麗に磨かれていたのだろう爪、生っ白い肌。円が白百合だと思っていたそれは、紛れもない人間の腕だったのだ。

 「…これが、あなたの術」

 少しばかり感嘆したように、円が呟いた。鹿乃子がこくりと頷く。

 「…勘付かれたのはあなたが初めてだわ。これ、私の特技なの。いくつか本物の花もあるけど、半分…いや、もっとあったかしら?それくらいは手とか、足とか…ともかくそういうものよ」

 ふわりと春風のように笑うと、鹿乃子は円に声をかけた。

 「円ちゃん、ちょっと手伝ってもらえるかしら?お茶とお菓子を用意したいの」



 生花店の奥、四つの椅子に、彼らはそれぞれ腰掛けていた。

 「みんなに頼むのは、長期の旅。各地を巡り妖魔退治を手伝ってもらいながら、研鑽を積むことが目的」

 そう告げた円に、幸人が訊いた。

 「依頼を受けた時から気になっていたのですが、報酬はどこから出ているのですか?貴女がそこまでの金額を用意できるとは、さすがに思えないのですが…」

 「…わたしが出す。最終的な目標さえ果たせれば、いくらでも出せる」

 「私はそれで構わないわ」

 鹿乃子が言った。

 「元々面白そうだから依頼を受けたのよ。それに、行く先での妖魔退治の報酬もあるし」

 「僕も大丈夫です。鹿乃子さんや幸人さんの技術を側で見られるなら、それ以上のことはないです」

 紋三郎も続けてた。

 「猫屋敷くんはどうしたいかしら?」

 三人にじっと見つめられ、幸人は仕方なさげに溜め息をついた。口の端は笑っていた。

 「分かりました、行きましょう」

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