第12話 信頼できる者(2)
心配の必要はないとフランがそういう以上、本当に大丈夫なのかもしれないが、攻撃を仕掛けられたと聞いては気が休まらない。
「毎晩、毎晩、よく飽きないわね。」
「祈りの塔の崩御から十五年、幻獣魔族たちも予想以上に手こずっているので内心焦っているのでしょう。」
オルギス王国の民の心に深く刻まれたレルムメモリアから十五年。
月日は、当時三歳だったラゼットを十八歳の少女へと成長させていた。
その間もテゲルホルムからの侵略が休まることはなく、幻獣魔族たちはオルギス王国を手に入れようと毎晩休むことなく砲撃を繰り返しいる。
「わかったわ。支度が済んだら、祈りを捧げに行きます。」
先ほど、王よりの伝言というのはきっとこの件に違いないだろう。毎回同じ事件が起こるたびに、いや、おこらなかったとしても、ラゼットが祈りを捧げる役目を担うようになってから実に七年の間、父親である国王がラゼットに対して他の言葉をかけたためしがなかった。
誕生日でも病気でも関係ない。もちろん結婚初夜が明けた朝だと知っていて、王は娘に国のために犠牲になれと告げてくる。
「はぁ。」
落ち込んだところで仕方がない。
物言わぬ苦渋の顔で見つめてくるフランの心中を察してか、ラゼットはため息を誤魔化すように、にこりと力なく微笑んだ。
「大丈夫よ、フラン。こんなのもう、慣れっこだもの。」
「守ってみせますよ。」
「え?」
「この命が尽きるその時まで、わたしはあなたの傍におります。」
笑顔が崩れそうになった原因は目の前の従者にある。
「フラン。」
ありがとうという言葉がうまく出ていたのかは定かではない。その言葉をくれるだけで、どれだけ勇気づけられているのか彼は知っているのだろうか。
心から信頼できる人がいるということは、この上ない幸せだと思った。
「ところで、リゲイド様は?」
お湯を用意した後で朝の給仕に戻ろうと背中をむけたフランにむかって、ラゼットは最後の疑問をなげかける。
意外にも、機嫌のよさそうな笑みを浮かべたフランが少し弾んだ声で振り返ってきた。
「矛としての務めを果たされておりますよ。」
「そ、そう。」
フランの機嫌がどこでなおったのかはわからない。
それでも鼻歌まで歌いだしそうなフランの機嫌が損なわれないうちに支度を済ませてしまおうと、ラゼットはそれ以上は何も聞かなかった。
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綿のような雲が浮かぶ穏やかな青空が頭上に広がっているというのに、周囲の空気は張り詰めたように殺伐とした雰囲気を携えている。
「…っ…」
ごくり。誰のノドが鳴ったのかはわからないが、その空気の振動が合図だとでもいうように、次の瞬間、キンと高い金属音が交差して二人の男が互いに剣を振り切っていた。
「チッ。」
「ふんっ。」
黒い髪と亜麻色の髪。
金色の双眸が、海のように深い紺碧の双眸とにらみ合うようにして、また向かい合う。
「さすが史上最強の矛と名高い、ギルフレア帝国の戦士と言われただけはある。」
「オルギス国のアキームは相変わらず、噂通りで嫌になるね。」
そうして互いにニヤリと口角をあげると、また高い金属の交わる音が場内に響く。
大の男たちが朝から汗を流して鍛錬を怠らない訓練場。少し前までは毎朝と同じように誰もが自分の腕を磨こうと各々に自主訓練に励んでいたが、今では誰もがある一点を見つめたまま微動だにしない。原因は言わずもがな。
下手に剣をふるっていれば、渦中の騒動に巻き込まれて大怪我をしてしまうだろう。
「は?」
夜が明け、ラゼットと共に過ごした寝室から出てきたリゲイドは、眠たそうなあくびをこぼしたまま固まっていた。
「マジで一晩中いたわけ?」
新婚夫婦の寝室の扉をあけたすぐ脇で、見慣れた二人の男が立っていたことに少々面食らう。いるだろうとは思っていたが、本当に寝ずに初夜の番をしていたのだと思うと、気分がげっそりと落胆していくのがわかった。
「ラゼットならまだ寝てるぜ。」
ひらひらと片手を振りながらその場を立ち去ろうとしたリゲイドだったが、もちろんこの二人が無言で見過ごすはずもない。
「きさまに王からの伝言がある。」
肩を無作為につかんできたアキームに、リゲイドの瞳の色が鋭利に変わる。
刹那、前方に回り込んできたフランがにこりと微笑んでリゲイドの行動に歯止めをかけた。
「ここで矛の力を発動させるのはやめてくださいね。」
「チッ」
祈りの姫の傍仕え。他国では噂に尾ひれがついて囁かれていることではあるが、その両者に挟まれたリゲイドは噂が作られたものではないことを瞬時に悟る。
ここで反抗すれば、ものの数秒で身体は八つ裂きにされるだろう。
だが、リゲイドは常人とは違う。抵抗されれば戦闘は必須。
しかし、ここで血の雨の攻防をするつもりもないのか、意外にもすんなりとリゲイドは聞く姿勢を見せた。
「で、王からの伝言ってなんだよ?」
「幻獣魔族たちから攻撃されていることは?」
「ああ、昨晩も激しかったようだな。けど、それがどうしたってんだよ。」
まるで自分には関係ないといった風に、リゲイドはアキームの手が離れた肩をぐるぐると回す。
「祈りで守られてるんだろ。俺の出番はないはずだぜ。」
「まさか。」
「は?」
「本気で言っているのではないでしょう?」
笑顔のフランに見送られるようにして、リゲイドはアキームに回していた肩を再びつかまれる。
その重さは言葉では表現しにくいと、リゲイドは現在、交わる剣の振動を肌で感じ取りながら思い返していた。
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