第38話 華麗なるカレー晩餐会(ハッ!)

俺が料理の名――『唐揚げ』を告げると晩餐会の会場は一気に騒がしくなった。


「かーらあげー?」

「聞いたことが無い料理だ」

「これは期待できますぞ!」


会場の入り口に目をやるとサラが来ていた。

サラと目が合うと、サラは自信に満ちた笑顔でうなずいた。

ちょうど唐揚げができたらしい。

サラの表情を見るに会心のできなのだろう。


よくやった! サラ!

帰ったらお尻を百万回撫でてやるぞ!


俺は会場の給仕長に手を上げて合図を送る。

すると宮廷給仕たちが皿を捧げ持ちながら次々と入室してきた。

給仕たちが捧げ持つ皿には、揚げたての唐揚げが山と盛られている。


揚げ物の暴力的な匂い……。

危険なカロリーの匂い……。


唐揚げ一つは、約100カロリー!


さあ! いざ、行かん! 体脂肪の旅へ!

遙かなるコレステロールへと、宇宙戦艦は旅立つのであった!

ワープで服は透けないぞ!


ロレイン王国貴族たちの目の色が、表情が、明らかに変わった。


目を大きく見開く人。

無意識に口の端から、よだれを垂らす人。

貴族服のベルトを緩め、腕まくりをして食べる準備を始める人もいる。


――油で揚げる。


日本では、ごく当たり前な料理手法だが、この異世界には存在しない。

つまり、ここにいる貴族たちは、唐揚げを初めて見るのだ。


唐揚げ山盛りの大皿が一人に一皿ずつ配膳された。

大迫力だ!

サラがよほど張り切って作ったんだな。


みんな『早く食べたい!』と顔に出ている。

そして、国王陛下が絞り出すように声を出した。


「ミ……ミネヤマ辺境開拓騎士爵! こ……これが?」


「はい! こちらが唐揚げでございます! 熱々のうちに、どうぞお召し上がりください!」


「うむ! では、みんないただこう!」


国王陛下が、上品にフォークで唐揚げを口に運ぶ。


カリッ!

ジュワ~!


ふっ、ふっ、ふっ、国王陛下の顔を見ていればわかる。

肉汁が口一杯に広がっているだろう。

そして、スパイスの刺激と肉の旨味が舌を満足させ、脳髄が歓喜の歌を奏で出す。


そう、喜びのコラール!

唐揚げよ、人の望みの喜びよ!


もう、あなたは唐揚げから逃れられない。


「陛下。いかがでございますか?」


「これは……なんとも、ジューシー!」


どこかの総理大臣のようなコメントありがとうございました。

マスクをありがとうございました。


国王陛下のコメントを皮切りに、会場の貴族たちが一斉に唐揚げを食べ始めた。

会場中に肉をかみ切る音、肉汁のあふれる音、ハフハフ音が鳴り響く。


「おお!」

「これはなんとも!」

「うまい! ただひたすらうまい!」

「いや、この美味さの前では、フェンリルもひれ伏し許しを請うであろう……」

「からあげ。おお、愛しき肉! その美しき山の頂上に口づけをしよう! 私は、断崖の上から、君をみつめ。断頭台の上、ライオンと踊り――」


誰だよ!

変なポエムを詠み出したのは!


さて、王弟派の連中はどうだ?

おおお! 食べてる! 食べてる!

ガツガツと食べているぞ!


王様がすかさず王弟アンリに声をかける。


「アンリよ。唐揚げは、どうか?」


「むりょ! はうあ! ぶほ! むら! くっ! まだ……、まだっ!」


王弟アンリは、明らかに美味しいと思っている様子だ。

だが……、理性の防波堤を唐揚げは突破できないでいる。


あと、一押しか?


むっ……入り口でサラが給仕長に何事か話している。

給仕長が、宮廷給仕たちに指示を出したぞ……。


給仕たちが何かを持って晩餐会会場に入ってきた。

給仕の両手に燦然と輝く流線型のフォルム。

あれは……。


乳白色の憎いヤツ!

料理界のリーサルウエポン!



マヨネーズ!



「サラ!」


俺がサラに目をやると、サラはぐいっと親指を立てた。

ここで勝負か! サラ!

闘魂マヨネーズ注入だな!


俺はサラの援護に感謝し、立ち上がって会場の目を集める。


「ただいまお配りしておりますのは、マヨネーズと言う調味料でございます! 我が母国日本で、非常に人気のある調味料でございます。唐揚げにマヨネーズをかけてお召し上がりください!」


俺は自分の前の唐揚げにマヨネーズをかけて見せた。

王様が興味津々で寄ってくる。


「ほう! マヨネーズ! 初めて見る調味料だ!」


「どうぞお試しください」


「ふむ。早速、いただこう! ハフハフ……むっ! これは! 味が変わるではないか!」


衝撃の強さに国王陛下の顔が固まる。

マヨネーズで横っ面を思い切り叩かれたような顔をしている。


ふっ……異世界人はマヨネーズが好き……サラもマヨネーズが好き。

これは真実。

真実には誰も逆らえないのだ。


国王陛下がフリーズから脱して、マヨネーズをオンした唐揚げを超ハイペースで平らげていく。


貴族たちも一気に動いた!


マヨネーズを透明な容器から絞り出し、容赦なく唐揚げに絡め口に運ぶ。

またも会場に響き渡る咀嚼音。

そして、マヨネーズと唐揚げの濃厚でセッショナブルな香り。


やがて、歓喜とともに晩餐会会場にアンセムが響く。


「おー! 我らの喜びー♪」

「無情の喜びー♪」

「おー! おー! その名はー♪」

「「「「「「からあげ! からあげ! そして、マヨネーーーーーーーーズ!」」」」」」

「「「「「「万歳! 万歳! 唐揚げ! 万歳! マヨネーズ! 万歳!」」」」」」


すさまじい反響だ……。

王弟派の連中も一緒になって万歳している。

これはもう、決まっただろう。


国王陛下が王弟アンリに強い口調で聞いた。


「アンリよ! どうか?」


「参りました……。兄上、このアンリ、完敗にございます……」


「では、ミネヤマ辺境開拓騎士爵の陞爵には?」


「……同意いたしましょう」


やった!

王弟アンリ、唐揚げマヨネーズの闘魂注入に、あえなくノックダウン!


俺はサラに目をやる。

サラは晩餐会の入り口に立ち心配そうにこちらを見ている。


サラと目が合った。

俺は精一杯の笑顔をサラに送った。

サラもうれしそうに笑顔を返してくれた。


ああ、これでハッピーエンド!

万々歳! バンバンジー! クラッシャー・バンバンビガロ!

全て問題なし――。


と、俺がホッとしたのもつかの間。

王弟アンリが、国王陛下に強く要求をした。


「しかし! 兄上! 我ら王弟派は要求いたしますぞ! この唐揚げとマヨネーズを分配する事を!」


「むっ……それは……!」


しばし、国王陛下と王弟アンリがにらみ合い、視線が真正面からぶつかり激しく火花が散る。

晩餐会会場に緊張が走る。


その時、サラボナー子爵が俺にそっと耳打ちしてきた。


『ミネヤマ辺境開拓騎士爵。この場はなんとしても納めないと』


『えっ!? 私が!?』


サラボナー子爵の額から、嫌な汗が一筋流れた。


『このままでは、国王派と王弟派で戦争が――』


『いや、待ってください! なんでそんな話になるんですか!』


『唐揚げとマヨネーズが、どちらの物になるかという大きな問題が――』


『いやいや、そんな大した問題じゃないですから!』


冗談じゃない!

唐揚げとマヨネーズが原因で、ロレイン王国で内戦が起きるなんて真っ平だ。

異世界の歴史書に、『ミネヤマが引き起こした唐揚げマヨ戦争』とか変な形で名が残るのは願い下げだよ!


俺は国王陛下と王弟アンリがにらみ合う中、大声で割って入った。


「お待ちください! 唐揚げとマヨネーズで争ってはなりません!」


「ムッ! しかし――」


「国王陛下にレシピを献上いたします」

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