第24話 魔の森の定食屋さん
――九月末。東京のオフィス。
「峰山さんが――」
「ああ、峰山さんって――」
ううん!?
何か俺の事をOLちゃんたちが話しているぞ!?
俺は職場で、ちょっとトイレに失礼していた。
戻る途中で給湯室から、同僚のOLちゃんたちの話し声が聞こえたのだ。
そっと給湯室に近づき耳を澄ます。
話し声が聞こえて来たぞ!
「峰山さん、雰囲気変わったよね」
「そうそう。それに痩せたかな? 顔がスッキリした」
ふふっ、気が付いたか!
実は体重が減り、体が引き締まったのだ。
昔は、週末家でゴロゴロして、昼過ぎまで寝ていた。
今は、早起きをして、バルデュックの街に出掛け、人と会う。
単純に活動量が増えている。
サラと一緒にストレッチや軽めの筋トレをやっているのも良いのだろうな。
これは前戯みたいなモノで、運動目的と言うよりは、ボディタッチ目的だったり、開脚させたりするのが目的だが。
まあ、最終的には運動する。
だから、良いのだ。
OLちゃんたちの会話は続く。
「何かあの人、最近良い感じだよね」
「そうそう。定時で帰ってくれるから、私らも帰りやすいよね」
そりゃ、定時で帰りますよ!
俺が帰宅しないとサラは夕ご飯を食べないのだ。
先に食べていても良いと言ったのだけど、『奴隷が主人より先に食事する事は出来ない』と拒否されてしまった。
だから、18時退社、19時帰宅はマストですよ!
「あれさあ。絶対彼女出来たでしょ」
「えっ!? ああ、でも、峰山さんって、四十でしょ? 四十で彼女とかってあるの?」
「そりゃ、あるでしょ。私はアリだな」
「ええー! あんたジジ専!」
なんか盛り上がっているな。
ジジ専は余計なお世話だが、若干のモテ期到来を感じながら、ニヤリと笑って撤収だ。
――夜になった。
そして今日も18時退社、19時帰宅だ。
「ただいま~!」
「お帰りなさい! ご主人様!」
うむ。
サラは今日も可愛い。
もこもこの白いニットとグレーのレギンスが似合っている。
スタイルが良いから、何でも似合うのだ。
「今日はお弁当の日だな。買いに行こう」
「ほか弁ですね! 行きましょう!」
サラはカレーが作れる。
プラス先週末、ホワイトシチューを教えた。
ただ、毎日夕飯がカレーとホワイトシチューでは辛い。
俺が会社から帰って来て、ご飯を作る事もあるけれど、毎日は面倒だ。
そこで、カレーの日、お弁当の日、ファミレスの日などを決めている。
今日は、お弁当の日なのだ。
サラと腕を組んで近所のほか弁に向かう。
メニューが写真なので、日本語のわからないサラでも選べる。
サラは、ほか弁を結構楽しみにしているようだ。
俺は生姜焼き弁当、サラはチキン南蛮弁当。
そう言えば、サラはチキンが好きだな。
ほか弁に来ると唐揚げ弁当とか、チキン系の弁当を頼む事が多い気がする。
「ねくた、ねくた」
帰り道、サラがたどたどしい口調でおねだりして来る。
自動販売機で桃のジュース『ネクター』を買って欲しいのだ。
ネクターもサラのお気に入りで、外に出ると必ず欲しがる。
単語『ネクター』は、すっかり覚えてしまった。
自動販売機でネクターを買ってあげると、サラはもうご機嫌だ。
「すーぱー、すーぱー」
あれ?
いつもはお弁当を買ったら真っ直ぐ帰るのだけれど、今日はサラがスーパーに行きたがっている。
「わかった。スーパーに寄ろう」
ちょっと歩いてロードサイドの大型スーパーに立ち寄る。
サラが子供みたいに張り切ってカートを押す。
何を買うのだろ?
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、豚肉、ピーマン、カレー粉……あれ? カレーの材料だね?
昨日カレーの日だったから、カレーはまだ先だと思うのだが?
サラはドンドン売り場を進み、カゴに放り込んで行く。
卵、ソーセージ、食パン……朝ごはんの食材は、まだあったような?
んんん!?
食パンは八枚切りを二十袋も買っている!
全体的に量が多いぞ!
カートが山盛りになっているのは、俺の目がおかしくなったのだろうか……。
――帰宅!
俺の部屋でほか弁を食べながら、サラに話を聞く。
「カレーが売れたのです!」
「カレーが売れた? 昨晩の余り?」
「そうです!」
サラの鼻息が荒い。
詳しく話を聞いてみると、今日の昼間、冒険者たちが訪ねて来たそうだ。
いつものように『水を分けて欲しい』と。
それから、『何か食べ物がないか?』と。
サラは、昨夜の夕食で余ったカレーに食パンをつけて、冒険者たちに有料で提供した。
冒険者たちからは、かなり好評だったらしい。
なるほどね。
カレーが売れたって、そう言う事か。
「それで、いくらで売ったの?」
「3000ゴルドです」
「えっ!? 全員で!? 一人!?」
「一人3000ゴルドです!」
ボッたくるなあ~。
夕飯の余り物カレーが3000ゴルド、日本円で約3000円か。
バルデュックの街の定食屋だと、定食は高くても1000ゴルドだ。
3000ゴルドは、かなり高い。
「3000ゴルドは、高くないか?」
「高くないですよ。カレーは珍しい異国の料理ですし、ここは食料の手に入らない魔の森の中です。安いくらいですよ」
「ああ、まあ、そうか。なるほど」
うん。確かにそうだね。
異世界だと塩コショウで味付けするだけの単純な料理が多い。
それに比べるとカレーは、スパイスの効いた未知で複雑な味だ。
高級料理って事で、3000ゴルドでもおかしくないか?
それにサラの言う通りで、ここには俺の家しかない。
魔物を狩ってその場で解体して食べるにしても、解体するのに大量の水が必要になる。
この魔の森で食料の補給は、簡単に出来ないのだ。
「冒険者は五人いたんですよ。それで二人にはカレーを出して、残りの三人には目玉焼きとソーセージを焼いて食パンをつけて出しました」
なるほど、カレーだけじゃ足りないので、ソーセージ・エッグ定食を出した訳ね。
「目玉焼きとソーセージの定食は、いくらで売ったの?」
「2000ゴルドです」
強気の価格設定だな。
目玉焼きと腸詰めは、バルデュックの街で見た事がある。
バルデュックの街なら、たぶん800ゴルドとかじゃないかな。
「魔の森の中とは言え、良くその値段で売れたな」
「そこは調味料ですよ! ケチャップ、ソース、マヨネーズをかけて出したのです!」
「あっ! なるほど!」
異世界では、塩、コショウ位しか調味料を見た事がない。
ケチャップ、ソース、マヨネーズなら、かなり珍しいな。
「みんな『美味しい! 美味しい!』って、喜んでいたのですよ! 12000ゴルドの売り上げなのです!」
サラは、『ふんす!』と鼻息荒く、大きな胸を反らした。
うむ。
ここは大いに褒めておこう!
「おおっ! 良くやったぞ! 偉いぞ! 偉いぞ!」
「えへへ!」
俺に褒められ、クピクピとネクターを飲んで、サラはご機嫌だ。
そうか、大量に食材を買った理由が分かった。
「じゃあ、今日買った食材は冒険者に売る為か?」
「そうです! 『魔の森の定食屋さん』なのです!」
「おおう! なるほど!」
サラが張り切っている。
かわいい。
そして、サラは珍しく激しく話し出した。
「大体、冒険者さんたちも、『水くれ! 水くれ!』って、ズウズウしいですよ! ここは魔の森の中なのに!」
「おっ……、おう! そうだな」
「カレーを売って、分けてあげた水の分を回収します!」
「それ良いな……」
なんだろう?
サラは冒険者の対応にストレスを感じているのかな?
なんでも冒険者の数は増えているらしい。
バルデュックの街から伸びる街道が半分使えるようになった影響だろう。
俺の家の前に野営する冒険者が増えれば、水の利用量も増える。
うーん、サラの言う事も、もっともだよな。
今までは好意で水を分けていたけれど、水の利用量がドンドン増えて行くと水道代も上がる。
冒険者に食事を出して、食事代でカバーするのは良い策かもしれない。
何よりサラがやる気になって、張り切っているのだ。
ここは一つ暖かい目で見守ってあげよう。
「よし! サラ! 任せたから!」
「はい! お任せください!」
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