レポート44:『共犯者』

「……ん?」


 彼を見送り、ふとポケットが振動しスマホを取り出す。

 それはもしかしなくとも、部活仲間チームメイトからの電話だった。



『――上手くいったみたいっすね』



 調子のいい第一声が聞こえ、思わず頬が緩む。


 いくら頼まれ事だからと言って、事が済んだと同時に連絡が来るなど、タイミングが良すぎるにも程がある。


「見てたのか」


『いいえ? ただ廊下に現れたあいつの不機嫌そ~な顔で、そう思っただけです』


「そうか」


 後輩にいいように使われ、苦笑する。

 けれど彼のおかげで部内の問題は解決した。

 だからこちらに文句を言える資格などなく、軽く嘆息する。


「というか、本当だったんだな」


『何がです?』


「真道鏡夜の秘密」


『ああ……』


 彼から頼まれていたことの『真道鏡夜』に会話する際の注意点であり、事前にアドバイスとして教えてもらっていた二点の項目。


「真道鏡夜は、聞かれないと答えないタチ」


 言葉にするのが面倒な性格のため、彼を知りたいのであれば、どこまでも積極的に話題を掘り下げて行けば良い。


 そう言われて勧誘してみたものの、軽くいなされ、正直言ってアドバイスの意味はあまりなかったように思う。


 しかも、相手を知りたければ詰問するというのも、普通の行為ではないかと、今更ながらに気づいた。


「真道鏡夜は、長重美香の話題に触れるとキレる」


 実際、そこまで怒ったようには見えなかった。


 けれど確かに空気のピリついた感触を肌は捉え、漏れ出た覇気が、奥底で燃え滾る熱を伝えていた。


 見た目に現れなかっただけで、胸の内で相当お怒りになっていたのではないかと思う。


 彼には申し訳ないことをしたと、内心で謝罪の念を抱く。


『どうです? 面白いやつだったでしょ?』


「まぁな……」


 部内の問題を解決するためとはいえ、一人の存在を利用したことに変わりはない。


 そこに反省しているのかと思えば、彼は呑気に面白がっており、呆れてしまう。


『あいつ、長重美香にぞっこんだから、そこに触れたら絶対キレると思ったんすよね~』


「お前、いつか刺されるぞ……」


 今回の場合、長重美香の話題に触れたことよりも、間違いなくそれをばらした彼に対して怒りを覚えているのではないかと思う。


 もしかしなくとも、彼はこの一件の犯人について見当がついているだろう。

 それを彼もまた承知の上で、恨まれ役を買って出ている。


「それが、お前のやり方か?」


『はい』


 人に言えた義理ではないが、そんな道を歩んできたからこそ断言できることがある。


 誰かのために何かを犠牲にすることのできる人間は、強いようで、脆く弱い。

 どれだけ外面を取り繕ったところで、必ずどこかで誰かに嫌われている。


 彼のやっていることは彼のためであるかのようで、自己満足である。

 それでも、否定する気にはなれなかった。


 彼が優しい人であると、自分は知っていたから。


「わざわざお前がそこまでする理由はなんだ?」


 助けてもらった身としては、彼を止められるような資格は自分にはなく。


 ただ彼が自分のためだけに動いているわけではないから、彼のために何がしたいのか、それが気になっていた。


『救われたんです。あいつに……』


 その意外なたった一言に唖然とする。


『あいつにとってはちっぽけなことだったのかもしれない。それでも、俺は恩返しがしたい』


「だからって、自ら悪役に転じなくてもいいだろうに……」


『ナハハ』と笑って誤魔化す彼に呆れてものが言えない。


 いくら慕っているからと言って、当の本人から嫌われるような真似をしてまで、彼が叶えたいものとは一体何なのか。


 それが気になるも、それ以上を聞くことを自ら拒んでいた。


『嫌な役、押し付けてしまってすみません、部長』


「んー? まぁ別に気にしてないけど……そう思うなら、報酬もっと弾ませろよ」


『校長のブロマイドですか? 好きですね~……どこがいいんです?』


「バッカお前、年上美人最高だろうが」


『ははっ、クールな生徒会長とは思えない発言っすね』


「元生徒会長だ、元」


 おチャラけた彼の態度に心配になる。


 自分が何のために協力したのか。

 軽い空気に全てが台無しにされそうだったから。


『そんじゃま、報酬は下駄箱の中にでも入れておくんで。あざした』


「おう」


 素っ気なく切れる電話に息が漏れる。


 一安心しながら、薄暗い体育館の中でひっそりと佇み、罪悪感に打ちひしがれる。


 本当は『長重美香ながえみか』の秘密なんて一切知らない。

 ただ自分は、彼の言う通りに動いたに過ぎない。


 そうすれば、部内の安泰も自分の欲しいものも手に入るから。


 それでも、いくら後輩の頼みとはいえ、報酬に目がくらんで、その友人を煽る陰湿な態度は生徒会長として、あるまじき行為だろう。


「まぁ……『元』だけどな」


 五市波高校史上、最も優秀な生徒会長。

 そんな肩書を背負った自分だが、実際はそう取り繕うだけで精一杯だった。


 いつボロが出ないか不安になりながら頑張ってきた。

 けれど、流石に何でもこなせるなんて都合のいい力など、自分は持ち合わせてはいない。


 だから部内の問題さえ、解決できずにいた。


 そこに手を差し伸べてくれた後輩には感謝しているが、自分の未熟さに嫌気がさす。


 後輩を頼り、自分の欲に忠実で、醜いことこの上ない。


 自分を偽って作り上げた地位と、汚れた自分。

 言い訳することでしか自分を宥めることができない無力さ。


 今はそれをただひたすらに呪っていた。


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