レポート16:『君はまるで猫のよう』

「ただいま~……」


 疲れながらに覇気のない声を上げる。


 面倒臭くも感じるけれど、それをすれば彼が駆けつけて『おかえり』と言ってくれるから。


 その優しい笑顔に癒されたいから。


「あれ……?」


 いつもなら出迎えてくれるはずの彼がいない。

 靴はあるし、電気も点いている。


 おかしいなと思い、リビングへと行ってみれば、いつものように特等席ソファで寝ているのだと気づいた。


「ふふ」


 小顔で童顔の可愛い寝顔。

 大きくなっても、代わり映えのしない容姿が羨ましく思う。

 頬を小突けば、モチモチの白い肌の感触。


 細身の体形も相まって、女装すれば『男の娘』もいけるかもしれないと、くだらないことを考えてしまう。



「―――」



 一向に起きない鏡夜カレの姿から、相当疲れていたのだと察せられる。


 だからふと、襲いたくなる。


「……ん?」


 彼の上に跨ろうとした時だった。

 お腹の上に見慣れない毛玉が丸くなっている。


 よく見れば、鏡夜が好きな猫という動物に見えなくもないが、いるはずのない存在に疑問符が絶えない。


「え?」


 途端、子猫も目を覚ましたようで、こちらを一目に飛び掛かってきていた。


「うわぁ!」


 子猫が顔に張り付き、前が見えず。

 けれどその力も弱く、爪を立てていないことが幸いとして、すぐに外れた。


「……何やってんの?」


「ああ、起きた……ってこっちの台詞よ!」


「……?」


「なんで家に猫がいるの!?」


「LINE、送ったよ?」


「え?」


 言われて気づく。

 送られたことに気づいていなかったということを。


「ミー、おいで」


「ミー?」


 彼の掛け声をもとに子猫は跳ぶ。

 それをすかさず彼がキャッチする。


「名前?」


「うん。ミーって鳴くから、ミーにしようかなって」


「へ~……って飼うの!?」


「ダメ……?」


「うっ」


 潤ませた瞳で小首を傾げる。

 手に持つ子猫も同様にこちらを見つめてくる。


 それが可愛くて、眩しくて、どうしようもなく思えて。

 顔を背けて逃れようとするのに首を落として承諾していた。


 すると鏡夜はニヤリと笑みを浮かべて、子猫を手放す。


「ミー。俺の家族の瑠璃だ」


 『挨拶をしろ』という遠回しのセリフに子猫を見れば、こちらに歩み寄って、膝の上に乗る。


 お座りをして『ミー』と笑むように声を上げる。


「凄い……」


 唖然と眺め、自然とフサフサの毛に手は伸びて頭を撫でていた。

 子猫は嫌がる素振りも見せず、頬ずりをしており、人懐っこい子だなと思う。


「それで?」


「ん?」


「子猫にも気づかず、寝ている俺に何をしようとしてたんですか?」


「あー……」


 バレバレの思考回路に思わず視線を逸らす。


 全て見透かされているような彼のジト目に、上手く誤魔化せる理由なんて思いつかず。


「寝ている鏡夜が、可愛すぎるのがいけないの!」


 そう口走っていた。


「理不尽すぎる……」


 呆れ返り、ため息を漏らすけれど、不服なのはこっちも同じ。

 好きな人を前にすれば、ものにしたくなるのは自然の摂理。


 私は悪くない!


「鏡夜だって、強引に猫飼おうとしてたんだから、お相子でしょ?」


「まぁ、確かに……確かに?」


「ふふ」


 都合のいいこじつけを見つけ、言い逃れる。

 お茶を濁したところで、立ち上がると『ぐ~』というお腹の音が聞こえる。


「腹減った……」


 お腹を押さえる鏡夜を目におかしく思う。


 寝て起きたら空腹になるという彼の体質は不思議なもので、ミーも這いつくばってお腹を空かせていることに笑みが零れた。


「じゃあ晩御飯にしよっか」


「うん……」


 覇気のない声を上げながら、鏡夜は子猫と一緒に倒れ込む。

 その姿はまるで猫のようで、ベッドで丸くなる姿が彷彿とさせられる。


 今度、猫耳を付けようと企んだ夜だった。


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