第一章6 『導きの羽④』
とぼとぼと帰る黄昏れ時。
何年ぶりだろう。素足で歩くのは。
朱色に染まる道を孤独に苛まれながら、ボロボロの衣服で進んでいく。
まるで昔に戻ったかのよう。
だからなのか、懐かしく思う。
教会での思い出。
今の自分。今までの自分。
その何もかもを彷彿とさせる。
――これでいい……。
ずっと、過去に囚われ続けている。
凄く、複雑な心境。
――これでいいんだ……。
恨み続けたフェザー。
なのに今や、そんなフェザーに恋をして、己もフェザーと化している。
それ故に、苦虫を噛み締めるように、笑みを溢す。
「滑稽だな……」
先ほどの皆に手向けた言葉。
見せる表情すべてが演技だった。
一体いつから、欺いていたのかというように。
そんなのは決まっている。
出逢った瞬間から、こうなることはわかっていた。
自分がいれば絶対、迷惑が掛かること。
受け入れてくれるはずがないのだと、最初から諦めていた。
だから今、自分がこんな状態になったのはいい機会だった。
『もう、あいつらとはいられない』と――。
――ただ、
わかってはいても、長く一緒にいすぎたせいで情が移っている。
人間である証拠。
胸の奥が少しばかりチクリとする。
――でも、
寂しいという孤独も、悲しいという痛みも、生きることの辛さも、全部全部覚えている。
常にそうだったように、結局は今もそれは変わらない。
心の中に誰もいないのなら、支えが無いのなら、それはただの棒。
突っ立っているだけの案山子も同然。
「―――」
沈みかかった、夜に変わる淡い空の色。
瞳に映し出されるのはやっぱり、どんな時でさえシスターの笑顔。
その最後に浮かぶのは、同じ色で染められた別れの瞬間で。
そこから誓った今があること。
それを改め直させてくれる。
あの日から、俺は――、
自分で自分を支えている状態。
誰かが傍にいてくれても、埋まらないこの胸の空白。
きっと、日々を無感情に生きている時点で、気づいていたのかもしれない。
人じゃなかったんだ、って――。
「ん……?」
ふと立ち止まった足。
夕暮れにより行き交う人々。
顔を横へと向けてみれば、身に覚えのない店が存在している。
「……」
一歩、また一歩と近づいていくその足。
まるで何かに引き付けられるように、店の前に立ち尽くす。
「《GOVERN《ガヴァン》》……?」
店の看板。ガラス越しに並べられた骨董品の数々。
シックな作りからして、おそらくはアンティークショップの類。
「……っ」
置かれた品物に目を疑う。
普通のアイテムかと思いきや、伝説名高いものばかりでサンプルという札を張っておきながら六桁を超えた破格。
いや、そこに驚いたんじゃない。
札の一つも貼られていない、飾られた一つの剣に魅入られた。
だって、それは――、
「スペルディウス……?」
そこはかとなく黒く、鏡のように艶のある美しき刃。
埋め込まれた紅色のクリスタル。
それは正しく、昔読み聞かされた絵本の剣にそっくりで。
見間違えるはずなど、なかった。
「どうして、これが……」
紛れもない伝説の一振り。
どう見ても本物。
毎日のように絵本を開き、そこにある剣が本当にあったらいいのになと目を輝かせたあの頃。
シスターやその後の調べで、あの絵本の出来事はこの世界の歴史を記したもので実際に存在していることを知って。
ただそんなのは、別世界のことのように感じていた。
そこに描かれていたのは、二人の英雄譚。血で血を洗う長き歴史の記録。
四大天魔と滅びた妖精。愚かな人間と気高きフェザーの存在。
入り乱れ、交錯するそれぞれの想い。
あの頃はただ、かっこいいとしか思わなくて、難しいことはよくわからなかったけど、深く読み進めるといろんなことがあったのだと思い知らされた。
今まで、フェザーに対し、憎しみと怒り、恨みや殺意ばかり浮かべてきた。
絵本にあったフェザーには、英雄としてこの世を救う姿が載せられていて。
自分が見てきたフェザーとは、似ても似つかなかった。
汚れた人間と落ちぶれたフェザー。
そんなのばかりが広がった世界。
平和なんてどこにもない。
故に自然と、この本のことは忘れようとした。
憧れは憧れで。
思い出せば、裏切られた苛立ちでおかしくなりそうだったから。
同時にそれは、シスターとの思い出を汚されたような気分になるから。
――でも、
今目の前にあるのは現実で、息を呑む。
信じられない光景。
もしかしたら、ただの勘違いで、ここに飾られているのは客の目を引くためのレプリカなのかもしれない。
とにもかくにも、店に入ればすべてがわかる。
そう考え、意を決して店の中へ足を踏み入れてみれば、
「――いらっしゃい」
入店直後、新聞紙を広げる眼鏡を掛けた老人に声を掛けられていた。
咄嗟のこと故に黙視する形となり、店内を見渡すことで気を紛らわす。
「……」
殺風景な部屋だった。
というより、どういう店なのかがよりわからなくなった感じだった。
右を向けば木造のタンス。その斜め後ろには先ほどの骨董品。
左には鉄鎧や盾、樽に収めた数本の剣、壁に掛けられたペンダントや指輪などの類。
他にも木彫りやモンスターの頭部なんかが揃えてあり、もはや武器屋なのかアクセサリーショップなのか。どれも案の定の価格。
だから眉を顰めて、店主に問う。
「あの」
「なんだ?」
「あそこにある剣って、本物ですか?」
途端、眼光炯々と老人は黙り込み、
「……だったらどうした?」
眉を顰めて視線はまた、新聞へと戻された。
――本物……。
その言葉を疑うわけじゃないけれど、信じ難い。
もちろん嘘をついているようには見えないし、自分で思ったことでもある。
けれどやっぱり、現実味が持てない。
――ただ、
「いくらですか?」
あの剣には、何かがある。
そう踏んだこの決断に、迷いなんてなかった。
「悪いな。ありゃ、売り物じゃねぇんだ」
嫌味たらしい言い分。
ならなんで飾ってあるのか、文句を言いたいほどに。
「なら、譲ってくれないか?」
「あぁ?」
ぶつかり合う苛立ち。
仕方がない。譲れないものがそこにあるのだから。
諦める選択肢は、ここにはない。
「……資格」
「……?」
「お前がその剣を扱えたなら、譲ってやらんこともない」
どういう風の吹き回しか、意図のわからない物言い。
すると感慨深そうに目を細め、そのわけを口にする。
「知ってると思うが、そいつぁ世界を牛耳れるほどの兵器だ。国のお偉いさんが血眼になって探している。莫大な富を支払ってでも手に入れたいほどのな。売りゃあ一生遊んで暮らせるだろうさ」
「なら……」
『何故、あんたはそうしない?』、そう尋ねようとした時だった。
「だが!」という大声に遮られ、その理由はすぐにわかった。
「並の人間が扱やぁ、いとも容易く殺される。そいつにな」
「……」
「物には意思が宿る。そしてそいつは、人を選ぶ……。認められなきゃ、お前さんの首が吹き飛ぶぜ?それでもやるかい?」
脅すような口ぶり。
いや、きっと試しているのだろう。
何者かはわからないが、伝説の剣が常人に扱えないのもきっと事実。
――けど、
やっぱり、不思議だ。
ソラと一体となって、目に魔力を集中させることで現れる金眼。
この瞳により、背後の剣から漂う不吉な魔力が見える。
振り返ってみれば、黒く禍々しいそれは、徐々に増している。
まるで、こっちに来いと呼んでいるみたいに。
だからゆっくりと手を伸ばすのに、
「……っ」
何かの結界のせいか、拒むように弾かれた。
「ほう……お前さん、
「……?」
聞き慣れの無い単語。
――
確かに店主はそう言った。
手を擦りながらそっと一瞥してみれば、店主は隣に佇んでいた。
「お前さん、フェザーと同化しただろ?」
「……っ!」
老人の瞳が一瞬だが淡い瑠璃色に変わり、やはりただ者ではないのだと、そう確信させる。
「どうしてそれを?」
「そいつは意思を持ってるって言ったろ?」
「ああ……」
「大半のやつはその魔力が見えず、触れるだけで首から上が吹き飛ぶ」
「まじか……」
「マジだ」
いやらしい返事。
だがこれで、わかったことがある。
「じゃあ、そうならなかった俺は……」
「まぁ、嫌われてはいないようだな」
老人はそう言い放ち、カウンターへと戻っていく。
すると次第に止めどなく溢れていたはずのオーラが収まっていき、
「……合格だ」
その呟きと共に、途絶えた。
「合格?」
「ああ」
言葉の意味がわからず、実感も湧かず。
それ故にもう一度、剣へと手を伸ばすのだが、
「……っ」
またもその手が届くことはなかった。
「おい……」
「確かに資格はあるようだが、渡すなんて一言も言ってないぜ?おらぁ扱えたら譲ってやらんこともないって言っただけだからな」
騙されたような裏切り。
だが確かにそんなこと言っていない。
歯痒さともどかしさが身を包み込んだ瞬間だった。
「また明日来い」
「ぇ……?」
「俺が教えてやる。その剣の扱い方をな」
予想外の発言。
一体何を考えているのだろうと、正直戸惑う。
「俺じゃ不満か?それとも怖気づいたか?今ならまだ後にも引けるが、どうする?」
「いや……」
そうじゃない。
教えてくれるのは凄く有り難い申し出で、凄く光栄なこと。
今までの自分なら心の内、大喜びしていただろう。
けれど今は、そんな悠長なことは言ってられない。
だって、俺はもう――、
「何だ?」
はっきりしない態度に嘆息する老人。
受諾しようにも、時間がない。
――だから、
「それ、どれくらいかかるんだ?」
そう問うことが、最善の策だった。
「そらぁお前さん次第だな」
「そうか」
つまり、未定。
実力次第では明日中にも
「んで?どうする?やるのか、それとも、やらないのか。どっちだ?」
「……やる」
だからその決断に、迷う余地など無く。
「そっか……」
怪しげな笑みを浮かべる店主に、嫌な予感がしつつも、
「んじゃ、覚悟しろ?英雄の卵――」
そんな言質を耳に、不思議な高揚感が胸の中でふつふつと湧いていることを感じながら、そっと店を後にした。
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