第一章6  『導きの羽②』

 眩しい光。頬を撫でるそよ風。

 とても暖かくて、心地がいい。

 そして徐々に、意識が覚醒する。


「……っ」


 瞼を開いた先。

 辺りを見回せば、オレンジ色の空間が広がっていた。


「ここは……」


 見知った部屋。

 ベッドに横たわった身体を起こして、気づいたことに時刻は夕方と化していた。


「保健室、か……」


 手当てされた身体。

 少しの傷と巻かれた包帯。

 案の定の治癒力により、また死に底なったようだった。


「……」


 解放された窓。そよ風により靡くカーテン。


 その先に広がる夕焼け空。

 どこへ向かうのか、鳥が数羽ほど飛び去って行く。


 当たり障りのない平凡な光景。

 ぼんやりとそれを眺めて、先ほどの戦いが頭の中を駆け巡る。


 捻り出した答えの先。

 彼を取り込むことでしか、あの場を解決できなかった。


 彼と彼女をこの身に宿し、より一層、無感情になってしまった。


 人間では、なくなってしまった。


「ん……?」


 ベッドの横、置かれた一枚の羽に目が留まる。

 白く光り輝くそれを手に、物思いに耽ってしまう。


 嫌な予感が当たって生まれた現状。

 そこに浮かぶは、決意と覚悟で。

 静かにそっと、それを強く抱いて。


「羽亮っ!」


 勢いよく開けられる戸に、遮られた。


「お嬢……」



 現れた、金色の長髪に赤い瞳をした少女――『花園華聯はなぞのかれん』。



 そこへ続くようにして、『月島颯斗つきしまはやと』と『如月龍司きさらぎりゅうじ』が息を切らしてやってくる。


「大丈夫っ?怪我はない?何その傷っ!?誰がやったの?早く教えなさいっ!」


「お嬢、落ち着いて……」


 取り乱した表情。



「さっきのフェザー?そうよね?そうなのよねっ?待ってなさい、今すぐ敵を取って――」



 久しぶりに見る、慌てふためく華聯の姿。

 それ故に大きく息を吸って、


「華聯!」


「……っ」


 落ち着かせるために張り上げた声が、罵声の如く響いたことに嫌気がさした。


「俺は、大丈夫だから」


 だからそっと、苦笑する。

 少しでも、この場の空気を和ませるために。

 必死の笑みを取り繕う。


「……そう」


 沈む顔。

 自分も同じように、申し訳なく俯いてしまう。

 それを見兼ねてか、後ろの二人は顔を見合わせ、口を開こうとして、


「……っ」


 パチンという平手打ちの音が鳴っていた。


「まったく、こんな大怪我して……」


 真剣な眼差し。

 強く叩いたはずの手は、頬に添えられるようにして止まっていて。

 そこに痛みなど無く、


「心配したんだからね……?」


「……ごめん」


 謝る以外の選択肢が、見当たらなかった。


 頬にある優しい感触。

 その手の温もりを感じながら、自分の手を重ねる。



 ――暖かい……。



 伝わってくる熱が心にまで染み渡る。

 ただそれが、嬉しいのに悲しいのは何故なのだろう。


「そんで?」


 ふと聞こえる呆れ声。

 目を向ければ、肩をすくめて、胸を撫で下ろしている彼らがいる。


「結局お前に何があった?」


 当然の問い。

 言い逃れのできないことに、しばらく口を噤んで、ここは素直に答えることにした。


 三人と別れ、外へ向かおうとして体育館でフェザーと遭遇したこと。

 戦う破目になり、ジリ貧になって、なんとか撃退することができたこと。



 それ以外の真実など、告げることなく包み隠して――。



「なるほどな~……」


「それでそんな大怪我してたんだねぇ~」


 呑気な感想。

 こっちは死にかけたというのに、二人の対応はいつも通り。

 そんなことに少しほど不貞腐れていれば、ボスっという振動がして、


「スー……スー……」


 あったのは、こちらへと倒れた華聯の寝顔で。

 そこに驚きつつも、頬は自然と緩んでいた。


「お嬢、ずっとお前の心配してたんだぞ」


「ずっと気を張り詰めて、見ているこっちが疲れてくるほどに」


 二人の態度。

 どうしてそんなにも落ち着いていたのかがわかり、容易にその姿が目に浮かぶ。


「そうか……」



 ――ありがとう、華聯……。



 胸の中でそっと感謝の意を浮かべて、愛おしくも彼女の頭をそっと撫でる。

 心なしか彼女の口元が緩んだように見え、微笑してしまう。


 そして、申し訳なく思う。



 この笑顔も見納めか、と――。



「なぁ……」


「なんだ?」


「先生は、まだいるか?」


「うん、いると思うけど……」


「そうか……」


「なんか伝言か?」


「まあ、な……」


「……?」


 眠っている彼女を起こさないようにベッドから降りる。

 夕日に照らされながら、重く沈んだ心を持ち上げる。


「華聯を頼んだ」


 二つの意味での言葉。

 でもどうやら、勘着いてはいないようで、


「ああ?」


 如月の返答を耳に、ゆっくりとこの場を離れて行く。

 その光から抜け出して、自ら影に飛び込むように。



 重たい足取りで、あの頃の孤独感を抱いて――。


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