十一章 3


「いったい、これは何事で……」


 初め、バハーはごまかそうとした。だが、ワレスたちの顔を見て、ムダと悟ったらしい。それぞれ、馬に乗って逃げだした。


「捕らえろ! 一人も逃すな!」


 ワレスの号令のもと、第一分隊の働きはめざましかった。

 手綱たづなを切って落馬させ、あるいは馬の行く手にさきまわりし、みるまに六人全員を捕らえてしまう。


「刃物を所持していないか調べたうえ、六人をしばりあげろ。荷物をあらためるのは、それからだ」


 ワレスの命令で六人をしばりあげているところへ、異変を聞いて、輸送隊から兵士がやってきた。さっきの荷物あらための小隊長だ。ワレスを見て顔をしかめる。


「やはり、おまえたちか。報告を聞いて、そうではないかと思った。このありさまについて説明が聞きたい」

「彼らは砦に根ざす盗賊団だ。狡猾こうかつな連中のため、これまで正体を隠しおおせていた。これより砦へつれもどし、吟味のすえ、厳重に処罰する。輸送隊にはこれ以上、迷惑をかけない」


「人命がどうとか言っていたが……」

「彼らの所持品のなかに、きわめて危険な品物がある。こうしているあいだにも、何が起こるかわからない」


「咎人の受け渡しには中隊長の許可がいる。逮捕状を見せてもらおう」

「急のことゆえ、書状はない。いずれ、伯爵閣下より、お沙汰があるだろう」

「いずれ……か。ともかく、隊長の指示をあおいでこよう」


 そのとき、やっと砦から使者が来た。


「たったいま、伯爵閣下のご認可がおりた。書状はここに」


 馬上から、逮捕状をひろげて近づいてきたのは、ギデオンだ。メイヒルと二、三の兵士をつれている。


 輸送隊の小隊長は大きく、うなずいた。

「まさしく、ボイクド城主のご印章」


 今度はあっけなく許可が出る。ワレスはバハーたちをつれて輸送隊を離れた。第一分隊が総力で荷物を検査する。


「荷物のなかには宝石類があります。盗品かどうかは、砦へ帰り、盗難届けとてらしあわせなければわかりません。占い玉らしきものは見つかりません」と、ハシェドが報告してくる。


「さきほど、刃物の有無をしらべるために身体検査をしたときも、占い玉はありませんでした。大きな宝石のようですから、隠せる場所もかぎられているはずですが」


 荷物をしらべつくして、ワレスの部下たちは困りはてたような顔をする。


 一味にバハーがいることから、まちがった隊商をつれてきたということはない。

 しかし、占い玉がバハーに渡っているのかどうか、誰も確証がない。ワレス以外には。


 ワレスは知っていた。

 盗人の汚名を着せられ、隊が二分するさわぎとなり、部下たちのワレスへの信頼は失墜しっついしていた。


 そして今、たいした証拠もないのに、ワレスの勘だけで、砦の城門を強引にやぶって追ってきた一味が、もしも冤罪えんざいだったなら……。


 今度こそ、部下たちは——いや、砦のすべての兵士が、ワレスを見放す。二度と信用しないということを。


 ギデオンだけは、牢屋でアーノルドが盗品を持っているところを見ているが、ギデオンの言葉は、ワレスを手に入れるための欺瞞ぎまんととられかねない。


 バハーたちが盗賊であるという確たる証拠が、今、必要なのだ。のちになってからでは遅い。それでは、ワレスが自分の罪をかぶせるために仕組んだのだと言う者が、絶対に出てくる。


 ハシェドも、クルウも、アブセスも、ホルズやドータスも……彼らは期待している。

 バハーが主犯だという、ワレスの言葉が正しいことを。

 正しくなければならないと。

 人に見えないものが見えるというのなら、今、ここで、それを証明してほしいと。


 すると、見くだすような目をして、メイヒルが言った。


「中隊長。ここはいったん、砦へ帰ってはいかがです?」


 こいつは、おれの足をひっぱりたがってるな。

 そういうことか……。


 ワレスはすべてを理解した。

 同時に、バハーにたどりついた自分の考えがまちがっていないことも確信した。


「いや、まだだ。ハシェド。さっき、クルウが連絡に行ったあと、この隊商と接触した者は一人もいないな?」

「はい。ありません」


「隊のなかで、荷物の受け渡しはしていなかったか?」

「それも、ありません」

「ではまだ、その男が持っている」


 最初に、ワレスが胸を刺されるような感覚をおぼえた男だ。


「その男を立たせろ」

「身体検査は徹底的にしましたが……」

「いいから、立たせてみろ」


 ワレスは男を凝視した。


 魔物め。なぜ、おれにばかり見せるのか知らないが、言いたいことがあるなら、聞かせてみろ。

 おまえの言葉を。


 神経をとぎすませると、あの波動がどこか頭のすみで、かすかにした。

 しだいに近づいてくる。

 その波動に乗って、カツン、カツン、とイヤな音がする。

 耳につきささるような不快な——


「わかった。その男のくつだ。靴をぬがせて調べてみろ。その男が歩くたびに、耳ざわりな音がする」


 男は青ざめて、抵抗しようとした。

 数人がかりで押さえつけ、靴をぬがす。


「——ありました! かかとに細工が!」


 かかとのなかから、金色の玉がころがりおちた。

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