八章 3


 屋上へ行くと、そこにも人影があった。だが、そっちも秘密の話だったのか、ワレスたちを見て、さっさと行ってしまった。


 屋上に誰もいなくなると、アダムが口をきる。


「このごろ、カムのやつ。あちこち逃げまわって、仕事のときと寝るときしか帰ってこない。おれはあの部屋の班長だから、逃げ場所を二、三、知ってるが」


「案内してくれるのか?」

「そうじゃなく、ここへは話があって来たんだ。どうも、あんたが……あなたが知りたがってるのは、あのことじゃないかと思ったから」


 やはり、ウワサの源には、きなくさいものがあるらしい。

 ワレスはアダムの次の言葉を待った。


「イーディスはイヤなやつだったよ。ずるがしこくて、ぬけめがなくて。いばりちらすわけじゃなかったが。本心はユイラ人以外は人間じゃないとでも思ってたんだろうな。ユイラ人はみんな、そうだが。あいつはとくにヒドかった。カムは幼なじみだとかで、イーディスにふりまわされっぱなし。なんでも、やつの言いなりだった」


「それで?」

「それでな」


 アダムはワレスの目をまっすぐ見つめて、意外なことを言う。


「ゆすりの手伝いをさせられてたんじゃないかと思う

「ゆすり?」


「イーディスが生きてるころから、クサイとは思ってたんだ。何度も部屋に来る連中。逃げまわるカムのようす。あれは、ゆすってた連中に、逆につけ狙われるようになったんだ。

 イーディスが生きてりゃまだしも——いや、たぶん、あいつが殺されたのも、そのせいだろうしな。まあ、イーディスは、いつか誰かに殺されるような男だった。あいつ、占いの力を悪用して、人の弱みをにぎってたんだ」


 では、その後、変死したのは、イーディスにゆすられていた連中だろうか? いったい、何を種に脅迫されていたのだろう?


(あ——)


 盗み、か。


 ぴたりと符合する。

 ワレスの部屋から出た換金券に、ほかの隊のものがあったこと。

 短期間で二十もの券が集まったこと。


 砦のなかに、大々的な盗賊の組織があるのだ。

 盗みの件数が目立って増えてきていること。

 ワレスに罪を着せようとしたこと。

 これらから考えて、そろそろ砦をひきあげるつもりなのかもしれない。


 それを知ったイーディスが殺され、秘密を共有するカムエルが狙われている。


(標的になぜ、おれを選んだのか。そこがわからないが)


 まあ、それはカムエルに盗賊の名を聞きだし、捕まえればわかることだ。


「カムエルに会いたいな」

「探してもいいが、見つかるかな」

「ぜひ、たのむ。おれの生命線をにぎってる」

「そこまで言うなら協力してやるよ」


 アダムが笑うと、浅黒い肌のなかで、白い歯が浮き立つ。それは、ハシェドを思いださせた。


「なぜ、おれに力を貸してくれるんだ?」

「あんたを気に入ったからさ」

「おれは嫌われることのほうが多いが」

「あんたは謝ってくれたから」


 アダムの口調はさりげなかった。だが、顔は真剣だ。かるい気持ちで言ったわけでないことは、見ればわかった。


 アダムが抱える痛みは、ハシェドの持つ痛みと同じだ。

 ハシェドが愛しい。

 ハシェドに似ている、この男も愛しい。


「前もって聞いておく。おまえは男を受けつけるほうか?」

「は? 変なこと言うね。そりゃ、ここにいるあいだは、しょうがない。食堂のカワイコちゃんには冷たくされながらでも、ごやっかいになるさ」

「上等」


 笑ってるアダムの頭を両腕で抱きかかえ、深く唇をあわせた。舌をからませると、アダムがあわてて、ワレスをつきとばしてくる。

 アダムの顔は夕焼け空より真っ赤だ。


「……な、な、なんのつもりだ? あ、あ、あんた、わかってねえだろ。自分の見目が、砦のたいていの男に凶器だってこと。本気じゃないなら、よせよな」

「本気なら、いいのか?」


 アダムは理性を保とうと努力するふうで、自分の頰を何度も平手打ちする。


「だから、そういうこと言うなよ。わかってんだ。おれはぜんぜんハンサムじゃないし。今日、会ったばっかのあんたが、ひとめ惚れするような男じゃないってことぐらいな。からかうつもりなんだろ? そうか! 色仕掛けで、おれを味方につけるつもりか。そんなことしなくても協力してやるって言ってんだよ。ああ……ビックリした」


 強引に誘えば、アダムが堕ちることはわかっていた。が、彼があんまり純情なので、身代わりにするのがかわいそうになった。


 カナリーには迫られ、ギデオンには薬を盛られ、この男ならと思う相手には、こばまれる。この皮肉。


 ため息をついて、階段のほうへ歩きだす。


「カムエルのところへ案内してくれ」

「……まったく。行動の読めないヤツだな。あんたのまわりのやつらは、絶対、苦労してる」


 アダムはまだブツブツ言っている。


「しつこく言うと、もう一度、キスするぞ。さっさと案内しろ」

「うわぁ……あんた、イーディスとは別のタイプのヤツだ。いいよ。来な。おれが知ってるとこにいるとはかぎらないが」


 つれられていった場所には、カムエルの姿はなかった。


「今日はハズレだな」と、アダム。


「帰ってきたら、おれの部屋へつれてきてくれ。逃げまわらなくてもいいようにしてやると伝えてな」

「ああ、はいはい。乗りかかった船だ。言われたとおりにするよ」


「仕事が終わったあと、夜中でもいい。東の内塔の五階。一号室だ」

「承知しました。小隊長」


 冗談めかした敬礼をアダムが送ってくる。

 ワレスは南の塔をあとにした。

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